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o゜包o≡ 足=  作者: 〇樽小樽
ep.2 目が眩むような
45/66

10

 翌日。リュカは再びリーダー室に居た。

 今度は押しかけたわけでは無い。隊長とリーダーとしての、ちゃんとした打ち合わせだ。それも滞りなく終わり、ドアの方に足を向けた時のことだ。

 あぁそうだ、と呼び止められた。

 振り返って首を傾げる。リュカを呼び止めた声の主ことアレサンドロは、椅子の背凭れでぐぐっと背を伸ばしながらこちらを見やった。


「そろそろ大きな町の上空に着くから、買い出しとかあれば用意しておけよ」

「買い出しか……」


 ふむ、と共用備品の在庫を思い浮かべる。日用品はいつだって入用だ。食材はともかく、物品はいくらあったって良い。

 食材といえば、それこそ青果を見てこようか。旬の物や地域の物はいつだって隊員人気が高いから。


「一応言っておくけど」


 声をかけられ視線を移す。なんだその、呆れたような笑い方。


「おまえの、必要な物の話な? 全体の買い出しは本部に頼んで予算から下ろせるんだから」

「分かってるよ。でも届くまでちょっと時間かかるでしょ。すぐ必要なものくらいは経費で俺が買ってくる。アレサンドロだってそうしてるじゃん」

「僕はな? なにせリーダーだから」

「リーダーってそういうものかなぁ」

「そっくり返すぞ、陽動飛行隊隊長」


 誤魔化すように肩をすくめてみせる。アレサンドロはわざとらしく首を左右に振ると、デスクに頬杖をついた。


「折角だし楠に付き添ったらどうだ?」

「え」

「あいつ下に連れてってやれよ」


 自然と口が一文字になってしまう。逸らした視線の端でアレサンドロが笑みを深めたのが見えた。


「そんな怯えるなって」

「どこをどう見たら怯えてるように見えるの」

「おまえの顔をちらっと見たら」

「ああ言えばこう言う」

「それが取り柄なもので」


 それはどうなんだ? まぁ口が回るという点ではその通りだけれども。


「そもそも楠が地上に降りるには誰かの助けが要るだろ。あいつ結局免許取ってないんだし」

「免許、免許ね……」

 

 ため息を吐くリュカの脳裏に楠のドヤ顔が浮かぶ。スピードメーターを掲げ見せびらかす。どうだこの速度、飛行バイクと遜色あるまい。……ぶんぶんと首を振って追い出した。

 楠はもう免許を取る気はないのだろうか。せめて、最悪、できる限り全ての歩数譲って、飛行バイクで陽動飛行してほしい。リュカの願いは変わっていなかった。

 実際問題、飛行艇で暮らす以上、飛行車免許はあるに越したことはない。今回に限らず今後地上に降りる時、毎回のようにリュカに頼るというわけにもいかないだろう。楠自身もきっと嫌がるし……。

 と、そこまで考えて気が付いた。あぁ、すっかり丸め込まれている。


「まぁ、いつ辞めるかも分からないんだし、問題ないんじゃない。免許くらいなくたってさ」


 いつの間にか楠の主張に乗っけられてしまっていた。あの子がずっと理解できない主張を続けるせいだ、とは、少し責任を転嫁しすぎだろうか。

 アレサンドロは器用に片眉を跳ね上げた。それから「まあ座れよ」と手のひらを向けてくる。

 なんだか前もこんな感じだったな……。内心ぼやきながら、リュカは椅子を持ち上げた。

 

「おまえ、結局楠となんか話したの? 何してたかーとかさ」

「話したよ」

「いいじゃん。で、なにか分かったか?」


 なにか分かったか、ってそんなの


「なにも」

「ん?」

「なんにも分からない!」


 投げやりに言って椅子を下ろす。アレサンドロのデスク越し斜め正面。乱暴に座り込み、腕を組んだ。

 正確に言えば、分かったこと自体はある。桃が好き、店のコーヒーが好き、河合と頻繁にやり取りしている、等々。でもそれだけだ。肝心なことはなにも分からないし、寧ろ分かったことのせいで余計になにも分からなくなった。


「……アレサンドロさ」

「なんだよ」

「きみからあの子に言ってやってよ。いつでも辞められるよって」

「バカおまえ、それ僕が言ったら実質のクビ宣告になっちゃうだろ」

「そういうんじゃなくてさぁ、もっとこう、やんわりと。お願い聞いてくれるんでしょ」

「おまえさぁ……」


 アレサンドロが呆れたように苦笑する。

 まぁでも、こればかりはそんな顔されても仕方がなかった。自分でも思う。リュカ・シモン、なんて卑怯で呆れた奴なんだ。つくづく嫌になる。


「いや、ごめん。今の無し。なんでもない」


 腕を解き、片手で顔を押さえる。もう片手をアレサンドロに向けて上げた。ストップ、のポーズ。

 閉じた視界に照明の光が眩しい。顔が見れないので、アレサンドロが今なにを思ってこんなリュカを見ているのか、さっぱり分からなかった。

  

「分かった、言ってやるよ」


 だから、アレサンドロのそんな突然の言葉に反応するのが完全に遅れた。


「……え?」

「他でもないおまえの頼みだからな。大事な大事な友人の頼み」

「え、え」

「真剣な頼みには、真剣に対応しないと」

「ちょ、え?」


 困惑するリュカの前で、アレサンドロは素早く手元を操作していく。はっと気が付いた時にはもう静止する間もなかった。キィン、と短い金属音。


「あー、陽動飛行隊隊員、楠ゆかり。至急、リーダー室に来るように。繰り返す」


 部屋全体に響き渡るアレサンドロの声に、リュカはまるで眩暈がするような心地だった。椅子に座っていなければその場に崩れ落ちていたかもしれない。

 だってそんな、ノータイムで艇内放送を使うなんて!


「そんな大ごとにしなくても!」


 放送が切れたのを確認して叫んだ。音を立てながら立ち上がってデスク越しに詰め寄る。しかしアレサンドロはどこ吹く風。


「鉄は熱いうちに打て、っていうだろ」

「そもそも俺今訂正したよね!? 今の無しって!」

「僕はなリュカ、おまえに遠慮させたくないんだよ。友人なんだから」

「それで全部なんとかなると思わないでよ……」


 グッ、とデスクの上でリュカが拳を握り締めた、所で。

 コンコンコン、とノックの音。


「どうぞ」


 リュカの影から、アレサンドロがひょい、と顔を覗かせる。その口元が弧を描いた。

 あぁ、まずい。どうしてこんな早いんだ。マップが手放せないくせに。


「やあ楠。休日に悪いな」

「プライベートの干渉……」

「は、してないだろ。まだ」

「まだ?」


 ゆっくり、錆びたブリキのように鈍い動きで振り返る。そこには当然のことながら楠が立っていた。

 休日と言いつつ、リュカ達の任務はいつ発生するか分からない。そのためリュカは今も隊服を着こんでいるし、それは楠も同様だった。陽動飛行隊や魔法陣隊といったいわゆる現場組が私服に着替えるのは、休日の中でもごくわずかなタイミングだけである。

 楠は訝し気に眉をひそめ、強張った表情のリュカと、にこやかなアレサンドロを交互に見やった。


「で、なんですか休日に」


 リュカは、ちら、とアレサンドロを見下ろす。言うのか。本当に。


「あのな、単刀直入に言うけど」


 アレサンドロが何を考えているのか、全く見当がつかない。今度こそ顔が見えているはずなのに。

 なんでそんななんでもない顔してるの。なんでそんな躊躇わないの。なんでそんな――


「おまえ地上に」「あ、のさ!!」


 咄嗟に、被せて大声を出した。

 2人分の視線が突き刺さる。パッ、と顔を上げれば、楠は目を丸くしてリュカを見つめていた。

 ……静かな時間が流れる。

 割り込んだものの、別に何かを言いたいわけでもない。寧ろ逆で、アレサンドロにその言葉の続きを言われたくなかっただけだ。だから何も言葉が出てこない。

 その無言の長さに、とうとう楠が首を傾げた。


「なに?」

「……えっ、と」

「地上がどうとか言ってたけど」


 あぁもう、よりによってそこが聞こえてるなんて。

 どうしよう。アレサンドロが話を再開する前になにか言わないと。違和感が無いように、誤魔化せるように、なにか、なにか話題、話題……。

 

「……そう、地上。地上、に、降りれるんだよ。そろそろ町に着くから」


 思い出したのは先程の会話だった。

 この際仕方がない。どう転んだって、アレサンドロに話題を戻されるよりマシだ。

 こっそり深呼吸。自然に、自然に。


「空の上だといつでも買い出しができるわけではないからさ。こういう時にね、各々買い物しに下に行くんだよ。あとはまぁ普通に息抜きしたり。でもほら、きみ免許持ってないでしょ」

「まぁ、そうだね。でも許可証はあるよ」

「ああいうのは使用用途が決められてるんだよ。こういう場面に限り特例で規定以上の魔法使用を認めますよ、ってね。きみのは当然、ギルドの任務用」

「へえ。じゃあプライベートで飛んだりはできないんだ」

「その通り。許可証があるからって飛行魔法で飛行艇(ここ)から降りようとしたら、普通に違反になるからね」

「つまり、あんたが地上に連れてってくれるってこと?」


 ピクッ、と自分の眉が震えたのが分かる。


「……そうだよ」


 そう告げた瞬間、堪え切れず漏れたような笑い声がデスクの方から聞こえた。

 リュカは頭を抱えたくなった。アレサンドロめ、こいつ全部分かって泳がせてたな。この友人は、リュカが話を遮るだろうと初めから予想していたのだ。今更気づいてももう遅い、まんまと手のひらの上で踊り切った後である。

 とはいえ、だ。楠側から断られる可能性だって十分ある。

 リュカの運転には任せられない、とか、そもそも飛行艇に乗り込んでまだ数日しか経っていないのに買い出しするもなにもない、とか、理由は何だっていい。楠はそういう所で遠慮するタイプでは無い。包み隠さず断る所は断れる子だ。だからそう、多分、きっと断るはず。

 と、そんなフラグめいたことを考えていたからか、彼女の口から飛び出てきたのは全く予想外の言葉だった。


「丁度良かった」

「え?」

「丁度さっき、コンティさんに地上に行かないかって誘われてて。飛行魔法で行けるのかなって思ってたけど、ダメなんだよね?」

「あ、うん。そうだね」

「なら尚更。あんたが乗せてくれるなら丁度良い」

「へぇ、オルテンシアが」


 と、アレサンドロが口を挟む。

 

「オルテンシアが誘ったのか」

「えぇ、まぁ。なんですか?」

「いや。楠がギルドに馴染んでるようで何よりだと思ったんだよ」

「馴染んで……」


 すると、楠は何故だかリュカを見上げてきた。リュカは、衝撃で固まっていた喉をなんとか震わせる。


「なにかな」

「私、馴染んでると思う?」

「俺が見てる限りでは、かなり」

「本気で思ってる?」

「そりゃあ全隊員ときみの関係を知ってるわけではないけどね。でもほら、ランチの時とか、あと廊下でだって普通に挨拶してたでしょ。コンティ隊長から誘われたのだってそうだし、少なくとも馴染んでるとは言って良いんじゃない」


 リュカなりに、根拠を持って言ったつもりだった。


「馴染んでるかなぁ」


 なのに彼女は不満らしい。

 そりゃあ確かに、楠はギルドに正式加入してまだ数日だ。臨時加入の時期もあったとはいえ、あの時は殆どの時間を訓練に費やしていたわけで、オルテンシアのようにたまたま出会って会話した相手以外とは関わる機会もなかったはず。その上()()陽動飛行隊の新人ともなれば、通常以上の好奇の目線を向けられたっておかしくない。

 だとすれば、陽動飛行隊第一の隊員かつ隊長の身としてはなんとも申し訳なかった。だって楠がそんな目で見られるのはどう考えたってこれまでリュカが築いてきた陽動飛行隊イメージが原因だ。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


 胡乱な目で楠がこちらを見上げてくる。

 リュカは極力軽く、なんてことなく見えるように笑って肩をすくめた。


「きみ本人のことを知れば、すぐ皆慣れる。コンティ隊長がそうだったみたいにね」

「皆?」

「もちろん」


 リュカの言葉に、楠は少し考えると頷いた。良かった、ひとまず安心させられたみたいだ。ふっ、と肩の力が抜ける。

 まぁ確かに楠は頑固だし言葉が足らないし色々分からない人物だ。オルテンシアはどうもそこを込みで楠と距離を縮めたようだけれど、リュカの様に二の足を踏む人だっているだろう。

 だが彼女は自分が住む町を守るためにギルドに臨時加入し、過酷な訓練をこなし、慣れない陽動飛行をこなした人物でもある。ギルドの隊員がそんな彼女に何も思わないはずがない。だから彼女の心配は大丈夫、杞憂に終わることだろう。


 そうだよね、と同意を求めてリュカはアレサンドロを振り返る。しかし、その彼は何故だか半眼でこちらを眺め、呆れたような笑みを浮かべていた。な、なんで。

 困惑にリュカの口角が下がる。そんなリュカと目が合うと、アレサンドロはわざとらしく咳払いした。


「ともあれ、これで決まりだな。皆で今の内に羽伸ばしてこい」


 そう言って、彼は視線をモニターに移す。そこにはある地域のマップが表示されていた。

 マップ上のいくつかの位置に、マーカーが置かれている。一定の場所に集中して多数、それから少しバラけてもう何個か。それらのマーカーから離れた位置に、これから向かう町がある。


 先日、魔獣出現の兆しが観測された。

 ギルド北支部飛行艇はその当該地域に到着しようとしている。


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