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o゜包o≡ 足=  作者: 〇樽小樽
ep.2 目が眩むような
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 リュカは緩慢な動きで胸ポケットから携帯を取り出した。端末を小脇に抱え、携帯のカメラを起動する。しまった、こうなるなら飛行艇を巡っている間に端末を一旦置いてこればよかった。

 調理台に歩み寄り、携帯を縦に構える。楠はレンズ越しにこちらを見上げると、すぐにその視線を桃に落とした。

 桃のくぼみに沿って包丁が入れられていく。カメラ画面に映るその慣れた手つきを見ながら、リュカはシャッターボタンを押した。


「……それ、料理?」

「こんな時間にがっつり料理してごはん食べるわけにもいかないし」

「それは……そうかもしれないけど」

「意志は見せられるでしょ。料理する気はあるって」

「その場しのぎじゃない?」


 会話をしながらくるりと刃を一周させる。そうして切れ目の入った桃を両手で持ち捻れば、ぱかっと半分に割れた。シャッターチャンスだ。逃さずカメラに収める。

 

「いいの。桃だし」

「桃におけるその信頼はなに? 美味しいけどさぁ」

「普通に、好きな果物」

「あ、そう、なんだ」


 そうだったのか。好物。なるほど、と内心頷いて、そういえば楠の好きな物を初めて知ったな、と思い当たった。

 まずはそういう所からかもしれない。当たり障りない所から少しずつ彼女のことを知っていこう。


「その……さ。他に好きな物ってなにかある?」

「なに、急に」


 種をくりぬいた楠が眉を顰める。


「いや、そういう話したことなかったなって思って」


 嫌かな? と首を傾げると、楠は一つ息を吐きだした。


「……コーヒー」

「へぇ。ミルクとか砂糖は?」

「要らない。というか、まぁ、コーヒー自体も好きだけど本当に好きなのはうちの店のやつ」


 うちの店、ね。


「こだわってるのかな。豆とか、淹れ方とか」

「その辺は店長が趣味で色々やってる。パンとか、店内の雰囲気とかも」

「あ、パンね。そういえばハンバーガーが美味しいって聞いてお邪魔したんだったな」

「その節はどうも」

「あぁいや、こちらこそ」


 なんとなく畏まりながら会釈すると、楠は空気が抜けるように小さく笑った。なんとまぁ、珍しい。楠がこんなに穏やかに笑うなんて。

 やはり彼女はあの店が好きらしい。コーヒーやパンだけじゃない、きっとあの店そのものが好きなのだろう。そこには河合もいる。全部ひっくるめてあそこが彼女の居場所なのだ。

 それが分かってしまったからこそ、尚更理解できない。

 そんな素晴らしい居場所があるのに、楠は何故それを手放した?


「はい」


 考え込んでいたリュカの目の前に、ずい、と瑞々しい果実が現れた。僅かにたじろぎ、瞬く。


「え、なに?」

「写真撮ってくれたから、お礼」


 いつの間にやら桃はくし切りに切り分けられていた。楠はそのうちの1つをこれまたいつの間にか取り出したフォークに突き刺し、リュカに差し出している。どうやら写真を撮るという目的は達成した扱いらしい。


「あぁ、ありがとう……」


 カメラアプリを閉じる。ちらっと、最後に撮った写真が見えた。桃を割った場面の写真だ。


「……ごめん。話に夢中であんまり写真撮れなかったかも」

「何枚くらい?」

「2、3枚くらいかな……」

「十分。1枚でもよかったよ」

「そうなの? なら一番良い場面で一番良いのを撮ったのに」

「こだわるね」

「こだわるよ。あ、今撮ったのが別に適当ってわけじゃなくてね」

「じゃ、そのこだわりの数枚、あとで送っておいて」


 はい、と楠は手の中のフォークを操り、持ち手側をリュカに向ける。リュカは携帯を胸ポケットの中へと滑らせ、フォークを受け取った。


「でも本当にこれでいいの? ごはん時にちゃんと料理してる写真撮るっていうなら付き合うけど」

「私が好きなものを食べてる、その写真を撮ったのがリュカ。この2つ揃ってるなら河合も喜ぶよ」


 1つ、2つと指折り理由を数える。それから楠はリュカに渡したのとはまた別のフォークを取り出し、調理台上の桃を突き刺した。

 リュカは己が受け取った桃に視線を移す。うっすら桃色がかった白い果実が、じゅわ、と果汁を溢れさせていた。それを見ながら口を開く。


「それだけど。やっぱり、写真を撮ったの俺だって言わなくてもいいんじゃないかな」

「そうしたら誰が撮ったのってなるじゃん」

「それは……」

「何度も言うけど、あの子あんたのこと気に入ってるからね。だからあんたに写真頼んだんだし」


 そう、それだ。それも分からない。分かるようになるために話しているはずなのに、これじゃあ逆効果だ。


「本当に?」


 楠は桃を齧りながら頷いた。リュカはフォークの先の桃に口を付けないままに目を伏せる。


「あんた、河合苦手なの?」

「え!?」


 突然の問いに、バッと勢いよく楠を見る。なんでそうなった!? 相も変わらず過程がぶっ飛びすぎだ。


「そんなわけないでしょ!」

「じゃあ何がそんなに気になるわけ?」

「そ、れはぁ……」


 狼狽えるリュカに楠は身体ごと向き直った。調理台に付いた片手に体重を預ける。リュカを見上げる彼女の目は、すっと凪いでいた。


「……きみもその場に居たから聞いてたと思うけど」


 そして結局リュカは誤魔化せずに話してしまう。


「俺は河合さんにさ、言ったんだよ。きみを無事に帰す、って」


 それは言葉通り、「楠に怪我の1つも負わせず五体満足で河合達の元に戻ってもらう」、そういう意味だ。

 だが結果はどうだろう。楠は怪我こそしなかったものの、正式に隊員になってしまった。店に戻るどころか、飛行艇に定住し河合から離れてしまったのだ。

 リュカは河合を裏切ってしまった。健気に想い続ける後輩から先輩を奪ってしまったのだ。


「それで、なに?」

「それが、嘘吐いたみたいで……」

「気まずいってこと?」

「……うん」


 それに、と心の内だけで続ける。

 それに、なんというか。正直なところ、後ろめたいのだ。

 リュカは、己が河合に言ったことを守れなかった。それこそが後ろめたくて、少し怖い。

 誰にだって嫌われたくはないが、河合に関しては嫌われていても仕方がないかもな、とも思う。ただ、それを確定付けたくはなかった。

 「リュカに撮ってもらったよ」なんて送信されたら確実に答えが出てしまう。返答次第ではこの後ろめたい塊はより濃く、よりずっしりとした重さを持って沈み込んでいくだろう。


「それなら心配いらないね」


 だが、それを知らぬ楠はさらりとそんなことを言ってのけた。

 残り一口サイズになった桃をひょいと放り込む。もぐもぐと口を動かす楠をリュカはまじまじと見つめ、


「……そりゃきみは気まずくないだろうけど」


 そんな恨み言を呟いた。

 リュカのフォークに刺さった桃は未だにつるりと綺麗なままだった。それを意味もなく下げて、口の傍まで上げて、また少し下げる。

 ごくん、と嚥下した楠が半眼でリュカを見上げてくる。今の台詞がお気に召さなかったのだろうか。目を逸らす。


「実際、心配する必要なさそうだったから。まぁ私があの子の本心を語れるわけはないけど」


 そんなの当然だ。いくら仲が良かろうが相手が本当に思っている事なんて分かるわけがない。当たり前のことを言われたって……うん? ちょっと待って。


「……もしかしてなんだけど」

「うん」


 楠は調理台に並ぶ新しい桃に狙いを定めている。いやいや、それどころじゃなくて。その、今の言い方は、もしかして。


「俺の話もうしたの?」

「あんたと組んでるって話なら、とっくに」

「いつ!?」


 大声が出た。はっとなって口を引き結ぶも時すでに遅し。どうかカフェテリアに居た隊員達にまで聞こえていませんように。

 間近で声が響いてしまった楠は一瞬目を眇めた。それから桃にフォークを突き立てる。


「初日」

「初日!?」

「そりゃするでしょ。どこに所属してどういう仕事するのかみたいな話」

「いや、いやまぁでもそうか。する、するかもだけど!」


 会話としてはなにも不思議じゃない。仲の良い相手と新しい職場の話。うん、するだろう。でもまさかリュカの話をするなんて。だってあんまり河合と話してほしくなさそうだったのに。


「その流れで相方の話もするよ」


 しかもよりによってそれ。

 河合にリュカのことを上司と紹介したのはそれこそ楠だ。なのに同じ部隊とかを飛び越して、相方紹介!? 河合と離れたその日のうちに!?


「な……」


 なんて言われた? と聞きかけて、それ以上言葉が出てこない。口角がひくりと戦慄く。

 だがそんな調子のリュカには見向きもせず、楠は「あ」と何かに気付いたように声を漏らした。


「因みにギルドのことは言っても大丈夫そうなことしか言ってないから」

「あ、あぁ、そこはそう、だね。大事なところか……」

「うん。河合もそういうの無理に聞くタイプじゃないし。隊服可愛いですねって言ってた」

「そっか……」


 いや、聞きたいのはそこじゃない。勿論大事なことではあるけれど。


「……え?」


 だがいくら待てども楠がそれ以上何か言うことはなく、彼女は桃を堪能していた。


「え、終わり?」


 目を丸くするリュカに楠は頷き、首を傾げる。終わりだけど、なにか? そう言いたげだ。


「いや、その」

「……だから心配いらないって言ったでしょ」


 リュカが口ごもっていると、口内の物を飲み込んだ楠が口を挟んだ。


「リュカと組んでるって言ったけど、河合は仲良くしてねって言ってたよ」

「それ、だけ?」

「あぁ、喧嘩しないで、とも言ってたかも」


 そんな遊びに行く子どもを見送る親みたいな。


「とにかくそういうことだから。まだ何か心配?」


 楠はリュカを仰ぎ見る。リュカは僅かに眉を下げながらそれを見返した。

 確かに今の話の限りだと、河合がリュカに悪印象を持っているようには聞こえなかった。勿論本心のほどは河合にしか分からない。だからリュカにはまだもう1つだけ聞きたいことがある。


「きみはそれを聞いてどう思った?」

「どう……? 別に、いつもの河合だなって思ったけど」

「俺に何か思ったり」

「なにも。河合の言う通りそれなりに上手くやってくか、とか、そのくらい」


 一体何を聞かれているのか、と楠が訝し気に眉を顰める。それを見て、リュカはひっそりと()()()()()()()()

 そうか。変わらなかったか。

 仲の良い相手の言葉を受けても楠のリュカへの印象は変わらなかったんだ。


「……あぁ、でも」


 楠は、じっ、とリュカの顔を見ていた。と思えば目を細めながら声をあげる。


「喧嘩しないではきけないかも」

「えぇ?」


 急になに。そんな気に入らないこと言った? リュカはパチ、パチと瞬きして楠を見返した。


「あんた自分勝手だし」

「…………今、すごく言葉を飲み込んだ」

「だろうね。間が長かった」


 ぎゅっと目を瞑る。片手を腰に当てて深呼吸。

 どの口が!? ……と、叫びそうになるのを堪えて尋ねる。


「今後の参考にしたいんだけど、どの辺りがその、気になるの?」

「さっき。嘘吐いたみたいでってところ」


 あれか。河合に嘘を吐いたみたいで気まずい、の部分。


「私が飛行艇に乗ったのは私の意思なのに、まるで自分事みたいにさ」

「それはさぁ、そういうことじゃなくて」

「そもそも私はあんたに引き留められた記憶もなければ勧誘された覚えもない」

「してないからね」

「むしろさっさと諦めて降りろとまで言われた」

「そ、れは言ったかも……そんな言い方はしてないけど」

「なのにいざ私が隊員になったら自分のせいで河合に悪いみたいに思ってるんでしょ? はい自分勝手」

 

 ……こ、この。


「それを言うならきみもじゃないの?」


 口を尖らせて伺い見ると、楠は何故だか口角を少し上げていた。その愉快気にも見える微笑がまたリュカを煽る。


「河合さんに待っててなんて言ったくせに、なんできみは今河合さんの元に居ないのかな」

「これが最善だからだね」

「大事な後輩に寂しい思いをさせることが?」

「私も寂しいし、とんとん」

「……本当に意味が分からないんだけど。お互い寂しいのにこれが最善? 勝手すぎない?」

 

 思わず口調も強くなる。そんな自分への嫌悪8割、楠への苛立ち2割でリュカは顔を歪めた。

 対して楠はというと、これまた意味が分からないことに、リュカを見て笑みを深めている。


「なに笑ってるの」

「喧嘩してるなって思って」

「笑うことじゃないでしょ……」


 ため息混じりにぼやく。

 まったく、本当になんなんだこの子。喧嘩がしたかった? それも意味が分からない。喧嘩ってあんまりしたくないものなんじゃないのか。


「……こうして喧嘩するの、いやじゃない? 俺と組むの、いつだってやめられるよ」


 なんて言ってみたはいいものの、楠の答えは分かりきっていた。


「やめない」


 理由は全く分からない。リュカは不満を隠しきれない声音でかろうじて返事をする。


「……そっか」

「ていうか今の話聞いてた? 自分の意思でここに来たって言ったばっかりだよね」

「聞いてたよ。俺の悪口も聞いてた」

「ここで私がやれるのは陽動飛行なんだから、そりゃあんたと組むでしょ。あんたが辞めない限りね」


 楠の言う通りだ。ギルド北支部陽動飛行隊。その隊員数は実に2名。ともなれば、当然その2人で組むしかない。

 そして、楠が辞めないというのなら、そのバディは解消されない。


「俺は辞めないよ」

「じゃあ、これからもバディだね」

「3日目で言うセリフかな、それ」

「3日目で解散の危機だったんだよ」


 する気もないくせに。

 いくつ目かの桃を食べきる楠に半眼を送り、リュカはようやっと自分が貰った桃に齧りついた。少し乾いても桃は美味しい。

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