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o゜包o≡ 足=  作者: 〇樽小樽
ep.2 目が眩むような
43/66

 ギルド飛行艇での生活は基本的に居住区で完結させられる。

 睡眠は当然自室のベッド。自室にはさらにシャワールームやトイレ、コンパクトキッチン等も備え付けられており、これらこそが自由時間を自室で過ごす隊員が多い理由だ。一歩も外に出ずだらりと身体を休ませられる。一城の主になれるのだ。

 だがそんな中でも、こと食事においてだけは居住区の外、カフェテリアを利用するという者も数多くいた。

 理由は単純明快、カフェテリアには共有キッチンが存在するからだ。

 道具は勿論のこと、自室では不足しがちな食材も共有できる。当然いくつかのルールやマナーはあるが、やはりなにより他人との交流の場ということもあり、カフェテリアは常に誰かしらの姿が見られる場所だった。

 

「えっと……何か作る?」

「作るってほどじゃないけど、空いてれば」

「今なら空いてるよ。時間も早いし」


 カフェテリアのドアを開けると、目の前の開放的な広い大窓から澄んだ青空が見えた。

 座席にはぽつぽつと疎らに人の姿があった。彼らが座る座席の間を横切りながらキッチンの方へと足を向ける。隊員達の傍を通り過ぎると、彼らは顔をあげリュカ達に挨拶をしてくれた。同じように手をあげ、会釈し、「お疲れ様です」と返事をする。


「あんたって」

「なに? アレサンドロ以外との交流だってあるよ」

「……そんな姿見なかったから」

「言わなかったっけ。俺、結構古参なんだよ」


 ちら、と後ろからついてくる楠の方に顔を向ける。楠は俯きながら、すり、と顎を指で撫でると、


「……言ったかも」


 と呟いた。


「それにしたって皆と顔見知りなの?」

「そりゃあ北支部の隊員のことは大体知ってるよ」

「もしかして、やっぱり結構偉い人?」

「まぁ、一般に隊長っていうのは偉いのかもね」

「そうだよなぁ……」


 ため息と共に出された言葉に、リュカは軽く笑ってみせる。


「気とか使おうとしてる?」

「それは全然そんなことない」

「そっか、良かった。俺は確かに隊長だけど、立場上そうってだけだからね」

「立場上?」

「ほら、うちはずっと俺1人だったから。隊である以上隊長は必要で、じゃあ俺しかいないよねって話」


 同じ隊長でも、オルテンシアとリュカでは大きく違う。彼女は多くの隊員を抱える魔法陣隊をまとめるトップ。対してリュカはほぼ形だけの隊長だった。指示を伝える相手もいない、鼓舞する相手もいない、統一するべき目的はそもそも自分の物だけなので統一も何もない。リュカ・シモン隊長とはそんなものだった。隊長として敬われるような凄い人では決してない。


「だから、俺が偉いか偉くないかで言えば、答えは偉くない。古参だからって別に無条件で偉いわけでもないし」

「確かに」


 楠は深く頷く。それから「でも」と前置きし、


「今はちゃんと隊長だし、やっぱり偉いかもね」

「……たった今、確かに、って言ってなかった?」

「それは古参の部分」

「あぁ、そう……」


 リュカは眉を下げた。なんと言っていいのか。

 続く言葉を探していると自然に足取りが重くなる。その横を楠がするりとすり抜けていった。


 リュカの予想通り、この時間にキッチンを利用している隊員はいなかった。

 座席の方に居た彼らがお茶を淹れたり、つまむ物を取っていったりはしたかもしれない。だが本格的に料理をするようなスペースには使用の形跡がなかった。時刻は15時過ぎ、お昼時に利用した者が片付けたっきりといったところだろう。


「それで、なにするの?」


 入り口付近で立ち止まり尋ねる。楠はそのままキッチンの中を進んでいった。どうやら食材が保存されているコーナーへ向かっているようだ。


「写真撮れるやつ、何か持ってる?」


 そういえば、写真を撮ってほしいとかなんとか。本気なのだろうか。分からないが、ひとまず質問に答える。


「携帯でよければ。端末もあるけど」

「陽動飛行隊のやつでしょ、それ」

「部隊で使う写真なら端末で撮るよ」

「そんなわけないって分かってるくせに」

「可能性としてはあるんじゃない? 活動日誌的なのをアレサンドロに頼まれた、とか」


 途端、楠の後ろ姿からものすごく嫌そうなオーラが見えた、気がした。


「……あの人、隊員のプライベートに深入りはしないって言ってたけど」

「そりゃそうだ。ごめんね、今のは冗談」

「良かった、本当に」


 ……本当に、アレサンドロは彼女にいったい何をしたのだろうか。楠の露骨なこの態度、唐突に友人を名乗ったというだけでは説明がつかない気もするが。

 首を傾げるリュカを横目に、楠はざっと手を洗い、保存庫の扉を開けた。あそこには青果が入っている。


「河合、って覚えてる?」

「もちろん。きみの同僚、後輩かな?」


 飛行車用ターミナルで出会った彼女のことを思い出す。

 河合黒音と名乗った彼女は、楠のことをそれはそれは好いていた。頬を膨らませながらこちらを睨んできたのをよく覚えている。大好きな先輩をいじめていないか、身の危険はないのか、自分の元に無事に帰って来てくれるのか、と、そんな風にリュカを警戒していた。

 あれだけ仲が良い様子なのに、どうやら付き合いはそう長くはないらしい。楠に聞いた時の返答は「数年くらい」とのことだったが、彼女の言う数年が2、3年なのか、はたまた8、9年なのかはよく分からない。アレサンドロとリュカの付き合いは十数年になるが、言い方的にそれよりは短そうだなとは思った。


「河合さんが、なに?」

「河合と約束したの」

「約束」

「顔が見たいから自撮り送ってって」


 なるほど。なんともいじらしいお願いに思わず頬が緩む。

 楠が臨時隊員として期限付きで店を離れていた時でさえ、河合は不満たっぷりな様子だった。それが正式にギルドに所属するとなれば、ひと悶着あったであろうことは想像に難くない。その果てのお願いがこれなのだ。そして、楠もそれをきちんと叶えようとしている。良い関係だ、と頷きかけて、気が付く。


「自撮りなら俺いらなくない?」


 河合との約束は自撮り。自分で自分の写真を撮ることだ。リュカが楠を写真に収めてはそれは自撮りではなくなってしまう。ますますリュカが連れてこられた理由が分からない。


「自撮りはもう何枚か送ったんだけど」

「へぇ、いいね」

「ごはんどうしてるのかって、心配されて」

「……心配?」


 それこそどうして? 送った写真の中に食事をしている場面のものが無かったのだろうか。

 

「念の為聞くけど、ちゃんと食事はしてるんだよね?」

「今日のランチ一緒に食べたでしょ」

「あれが3日ぶりの食事だったとか」

「毎日3食食べてます」

「じゃあ量の問題かな。少なすぎる?」

「あんたに比べたらそりゃ少ないだろうけど……」


 つまり、量の問題というわけでもないらしい。他人より大食いの自覚があるリュカは、楠の半眼に肩をすくめて返した。


「そうじゃなくて、料理をね」


 楠は保存庫から何かを取り出す。扉を閉めて、調理台へ歩を進めた。

 丁度彼女の手に収まるくらいのまるい桃色……いや、色ではなく、正しくそれは桃だ。果物の桃。


「自分で料理してるのか聞かれたの」

「してるの?」

「……まだ3日だよ」


 していないらしい。


「でもまぁ、しないと忘れるから」

「忘れるのは、どっちを? 料理の腕? それとも河合さんの心配?」

「料理の方に決まってるでしょ」


 決まってるんだ。逆説的に、河合の言葉を忘れることはない、と、そういうことのようだった。

 調理台の前で楠はなにかを探すように視線を彷徨わせる。


「包丁とかナイフなら下の戸棚だよ」


 そう声をかけると、「ありがとう」の言葉と共に彼女の姿が調理台の影に消えていった。


「つまり、河合さんに料理してるよって伝えるためにも料理中の写真を送りたい、ってことだね」

「そう」

「なるほどね。確かにそれは自撮りじゃ難しいだろうけど……」


 ひょこ、と楠が立ち上がる。調理台に包丁を置き、蛇口をひねった。


「俺でいいの?」


 流れる水で桃を洗いながら、楠はこちらも見ずに口を開く。


「いいでしょ」

「いいんだ」

「いいよ。あんたに撮ってもらったって言った方が河合も安心するだろうし」

「……え、なんで?」

「なんでって……」


 思わず呆けた声が出た。そんなリュカを見上げる楠の表情はどこか苦々し気で、リュカはその顔に見覚えがある気がする。


「河合、あんたのこと好きだからね」


 なんだか、話せば話すほど分からなくなってきた。

 困惑に口角が下がる。だが楠は素知らぬ態度で「ほら」とリュカを急かした。


「桃切るから、撮って」



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