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o゜包o≡ 足=  作者: 〇樽小樽
ep.2 目が眩むような
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 バタン、と無慈悲に扉が閉まる。オートロックのそれを外からどうにかできる術はなく、リュカはリーダー室の外で途方に暮れるしかなかった。


「じゃ、僕は忙しいから」


 その言葉を最後にアレサンドロはリュカを追い出した。事実ギルドのリーダーなんて忙しいに決まっているわけで、そう言われてしまえばリュカ側は何も言えない。なすがままに外まで押し出されてしまった。

 とはいえこれからどうするべきか。

 今日は研究部隊への呼び出し以降そもそもなにも予定がない。元々の予定では日用品の買い足しなんかをしようと思っていたので、じゃあそうするか、とガレージに足を向けかけた所でリュカは動きを止めた。


 「おいおいどこ行くんだよ」。脳内アレサンドロが騒いでいる。

 「たった数分前に言ったこと、もう忘れたか?」。忘れてないけど……。「じゃあ何するかなんて決まりきってるだろ」。……そうは言うけどさぁ。

 楠と話そう。そんな流れになったとはいえ、そもそも今彼女がどこでなにをしているのか分からないので話そうにも話せない。だって自由時間中の楠のことなんてリュカはなにも知らないのだ。それを知ることを目的に会話をしてみるという話なのだがそのためには楠に会わないといけないわけで、いやだから今なにしてるか分からないんだって!

 大きな大きなため息。手の甲でもう片肘を支えて額を押さえる。

 堂々巡りだ。どうしようもない。とはいえこのままずっとリーダー室の目の前で頭を抱えているわけにもいかなかった。いつか出てきたリアルアレサンドロに、やいやい詰られるのが目に見えている。


 ……一旦、動くだけ動いてみよう。

 飛行艇の中をぐるりと一周。その間に見つかれば話をして、見つからなければ今日はその機ではなかった。そういうことにしよう。

 だってどこにいるか分からないんだから仕方がない。広い飛行艇の中を闇雲に探し続けるわけにもいかないし、地上に降りでもしていたら見つかるわけもない。だから一周だけ。よし。

 そう己を納得させて歩き出す。よくよく考えれば飛行艇内部を歩くのにマップを手放せない彼女が行ける場所なんて限られているし、飛行車の免許を持たないのだから当然飛行艇から出られるわけもないのだが、リュカはその考えにそっと蓋をした。

 とにかく一周だ。そう決めた。その理由だって(リュカの中では)ちゃんとある。脳内だろうがリアルだろうか関係なくアレサンドロにだって何も言わせない。


 そんな言い訳を誰に聞かせるでもなく考えながら廊下を進む。道中忙しそうな隊員とすれ違った。会釈もそこそこに駆け足で急ぐその姿を見送る。

 確かあの子は研究部隊出現予測班の隊員だ。となれば忙しい理由も明白。いつもありがとう、リュカ達が魔獣の被害が出る前に動けているのは、かの部隊の皆のおかげである。

 

(……こっちは、後にしよう)


 ドアにかけかけた指を引っ込める。この先は居住区だ。自由時間に隊員達が過ごす場所として多く挙げられる所の1つが自室であり、まぁだからと言うわけではないがそこに向かうのは一度避けることにした。

 踵を返そうとしたところで、シャッ、と目の前のドアが開いた。魔法陣隊の隊員が驚いたようにリュカを見て、わたわたとしながら場所を空ける。


「わ、あ、リュカ・シモン隊長! お疲れ様っす! どうぞ」

「お疲れ様です。すみません、その、そっちに行くわけじゃなくて」

 

 申し訳なさに眉を下げた。ドアの前に突っ立っていたら当然そっちに行くと思われても仕方がない。なんともおかしな行動を見せてしまった。魔法陣隊とは密接に関わる立場なわけだし、どうか変に思われていないといいのだけれど。

 恐る恐る顔色を窺えば、彼は「そっすか!」とカラッと笑っていた。

 

「じゃあ僕はこれで!」

「はい。あ」

「あ?」


 立ち去ろうとした彼が立ち止まり、不思議そうに首を傾げる。しかしリュカはすっかり困ってしまい目を泳がせていた。

 一瞬だけ、楠の居場所を聞こうと思った。そのために呼び止めようとして、いや待てと思い留まる。

 これでもし居場所が分かったとして、そこに向かうのか?

 アレサンドロとの会話を思い出せば、答えは「向かう」一択だ。だからこそ、彼が楠の居場所を知らなければいいのに、とリュカは思ってしまった。そんなことなら最初から質問をしなければいいわけで、その考えの元言葉を押しとどめたのだが――最初の一言だけが口から滑り出た。


 出てしまったものはどうしようもない。隊員の彼は、「あ」とだけ呟いて動きを止めた陽動飛行隊隊長をジッと見つめ続けている。きっと「あ」に続く言葉を待っているのだ。

 どうしよう。このままずっと黙っているわけにもいかない。かといって質問をする勇気もない。リュカは視線をうろつかせて、それから誤魔化すように笑ってみせた。


「あ……の。魔法陣隊には、その、いつも、お世話になってます。本当に。ありがとうございます」

「え! そんなそんなそんな、お互い様っすよ!」


 彼は両手を激しく振った。それからその手を太ももに置き、深く上半身を折りたたむ。なんとも律儀なその様子にリュカは居た堪れなくなって目を逸らした。


 感謝は本心だ。魔法陣隊無くしてギルド北支部の魔獣鎮圧は成り立たない。その上リュカはこれまで何度か魔法陣隊に迷惑をかけてしまっている。だからいつだって感謝を伝えたいと思っているし、その機会があるたびにリュカは心からの感謝を告げてきていた。それは何度告げたって決して足りるものではない。いつだってリュカは言える時に「ありがとう」を言いたいのだ。

 でも正直今じゃなかった。別にいつ感謝したって気持ちは本物なのだが、疚しいことを誤魔化すために出した感謝というのがどうにもこう、不純な物のような気がしてしまう。そんな不純物に対してここまで丁寧な態度を取られてしまったことで、リュカの良心は余計にチクリと突き刺されていた。

 そんなリュカの内心など露知らず、隊員の彼は嬉しそうに頬を緩ませた。


「ていうか僕のこと知ってくれてたんすね!」

「勿論。北支部の仲間のことですから」

「えーへへ。まさか別の部隊の隊長さんが知ってくれてるなんて」


 「僕影薄いんすけどねぇ」と続けて頬をかく。そんな彼にリュカは内心苦笑しながら、


「そんなことないですよ」


 と返す。


「いやいやいや、やっぱ中々目に入らないっすよ! でもリュカ・シモン隊長はよく皆のこと見てるんすねぇ。なんか嬉しいな」


 彼は感心した様子で頷いたと思えば、ハッと目を見開いた。


「あ、すみません長々と! お忙しいっすよね!」

「いえ。時間は空いてるので、お気になさらず」

「なら尚更っすよ。よく休んでください!」


 ペコリ、彼はもう一度深く頭を下げ、「失礼します!」と元気よく去っていった。知らず詰めていた息を吐きだす。

 あの態度をそのまま受け取っていいのなら、彼はリュカを少なくとも悪くは思わなかった、はず。素直にそれに安堵した。


 ただ、やはりどうにも胸の内がもやもやする。

 今の自分の行動は、彼にあそこまで喜んでもらえるようなものではなかった。だって自分のために感謝の気持ちを利用してしまったのだ。今思えばもっと別のことが言えた気がする。なによりリュカ自身が逃げずに楠の居場所を聞けていれば……あぁ、もう。まただ。リュカは頭を振る。


 人とのコミュニケーションにおいてこうやって色々と考えてしまうのは、リュカにとって常のことだ。しかし、それにしたって最近はこんなことが多い。それも全部あの子のせい……いや、「せい」なんて責任を押し付けるのは良くないか。勝手に色々考えて勝手に疲弊しているのは自分なわけだし。

 とはいえ彼女との会話でこうなることが多いのも事実だ。

 一番記憶に残っているのは、彼女が飛行魔法で飛ぶと宣言したあの時。リュカは大人げなくも我儘を言ってしまった。それだけじゃない、彼女はずっと冷静だったのにこちとら声まで荒げてしまったし、その後気まずい空気を壊すことさえ彼女に任せてしまった。その後悔がハッキリと形を持ってリュカの中に残り続けている。

 2人で飛ぶ気が無かったとはいえ、嫌われたかったわけではない。それなのについ感情まかせに言葉を吐いてしまった。こんなはずじゃなかったのに……そうだ、感情まかせといえばアレだって、


「リュカ」


 パサッ。軽い音と共に、右腕に僅かな衝撃とも言えぬ刺激が走った。


「えっ」

「そっち行くの? 行かないの?」


 ハッとなってそちらを向く。誰かの頭頂部が見えて、それに沿って背を丸め視線を下げれば想像通りの姿があった。今一番会いたくなかったような、でも会わなければならなかった姿。

 楠ゆかりその人が、折りたたんだマップを掲げてリュカを見上げていた。


「そっち、って」

「居住区。ずっとドアの前に立ってるし」

「あ、いや。行かない、かな」

「ふぅん」


 楠は興味があるんだかないんだか分からない相槌を打つと、自分の肩を叩くようにマップを乗せる。


「じゃ、なにしてるの?」


 至極当然の疑問だった。だがリュカには答えられない。だってなにをしているのかと言えば、リュカはただ考え込んでいただけなのだ。

 ずっと、という言葉が出るくらいにはリュカはこの場所で立ち往生していたらしい。考え込むと周りが見えなくなる、これもリュカにはままあることだ。ただ、そのせいで楠の接近に気が付けなかったのは本当に良くなかったな、と思う。

 そういえば、彼女と初めて会った時もそうだった。

 あの時もリュカはぼうっと記憶を探っていて、アレサンドロに肩を叩かれた。気付いた時には目の前にカウンターがあり、そこで注文を取っていたのが楠だ。つまり、彼女の前でこんな態度を取ってしまったのは二度目ということになる。

 店員に変な目で見られたと心配するリュカに、アレサンドロは確か「気にして無さそうだった」と言ったんだったか。


「……考え事してて」


 呟くようにそう言って、楠の様子を覗き見る。

 

「あぁ、そう」

「……それだけ?」

「なにが?」


 楠は小首を傾げ、「あ、でも場所は変えた方がいいと思うけど。人通るし」と続けた。その表情は先程からまるで変わらない。業務連絡をするような、そんなフラットな表情で楠は真っ直ぐリュカを見ていた。

 リュカは緩やかに頷く。それから、


「きみは?」


 と尋ねた。

 まったく想定外の遭遇だったとはいえ、出会ってしまった以上はこれを彼女との会話のチャンスとするしかない。ここで「それじゃ」と手を振る選択はリュカの中には存在しなかった。

 問われた楠は何故だか半眼でリュカを見上げると、手にしたマップをひらりと揺らす。


「探検してた」

「この時間に?」

「どういう意味?」

「あー、えっと、自由な時間なのに、って意味。休んだりしてたって良いのに」

「だからでしょ。これからここで暮らすんだし、ずっとマップ片手に過ごすのも嫌だから」


 一瞬言葉に詰まった。

 そうか、彼女はこれからこの飛行艇で暮らすのか。

 ここで寝起きして、食事をして、たまに地上に降りて買い物をする。きっと友人もできる。既にオルテンシアと仲が良いようだし他の人とも仲良くなれるだろう。それは間違いなく、とても微笑ましい光景だ。

 そして魔獣が現れれば、彼女の隣には――いや、考えるのを止めよう。


「あんた、今暇なの?」

「え?」

「レオーネさんとの話は?」

「あ、終わったよ。今は……そうだね。用事は無い、かな」


 どうして? と首を傾ける。


「じゃあついてきて」

「……良いけど、どこ行くの?」

「カフェテリアの、キッチン」

「キッチン? あぁ、使い方分からない?」

「そうじゃなくて……」


 楠は珍しく口ごもった。少しの沈黙、その後彼女は勢いよく息を吐き出す。


「写真を」

「写真」

「写真を撮ってもらいたくて」

「……なんの?」

「私の」


 ……本当に、どうして?

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