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o゜包o≡ 足=  作者: 〇樽小樽
ep.2 目が眩むような
36/66

 楠ゆかりは危うい。


 楠ゆかり。ギルド北支部陽動飛行隊の新人隊員。類稀なる飛行魔法の技術を持つ。ギルドが待ち望んだ有望な人材。

 そんな彼女はリュカにとってなんとも危険極まりない存在だった。


「……え? 今、なんて?」


 信じられない、というようにオルテンシアが目を見開く。


「分かります。そういう反応にもなりますよね」


 うんうんと頷く楠に、リュカは眉を顰めた。


「なに、なにが分かるの?」

「だから反応。コンティさんの」

「自分の耳を疑うほど信じられないものを聞いた、みたいな?」

「そう。よく分かってるね」

「顔色はね、分かるけど。でも」


 どうして彼女がそんな表情をしているのか。それがさっぱり分からない。


 回想。

 リュカ達はギルド北支部飛行艇内部を歩いていた。真新しいマップと睨めっこしながら歩く楠に、今はこの辺りで、そこを曲がるとこのエリアで、実はそのエリアに行くにはここを通り抜けた方が早くて、とマップを指差し教えるのが最近のリュカの日課になっている。

 今日は研究部隊エリア方面に向かっていた。我らがリーダーことアレサンドロからの呼び出しだ。片手に端末を抱え、空いた片手で楠のマップをなぞる。その道中ばったりオルテンシアと出くわした。目的地が同じだということで合流し3人で歩き出す。

 「ギルドには慣れましたか」とオルテンシアが尋ね、楠は「そうですね、3日目にしては」と返答した。それにオルテンシアは目を瞬かせ、「……そうでした。3日目でしたね。その、ひと月くらい経ったものだと」そう言い誤魔化すように咳払い。彼女がそう思うのも無理はない。リュカはフォローのつもりで言った。「シュガーが正式に隊員となってからは確かに3日目ですけど、その前に臨時隊員としてそこそこの期間ギルドで過ごしてましたからね」。

 そして、今。

 回想終了。


「……いや、やっぱり分からないな。何も問題なかった気がするけど」


 一体オルテンシアはこのやり取りの中のどこに引っ掛かったのか。斜め上を見ながら首を捻る。

 

「本当に分かんない?」


 と楠。


「うーん……待って、そもそも俺が原因なの?」

「私だと思う?」

「可能性としてはあるでしょ。俺とシュガー、どっちだって」

「あっまた!」

「え?」

 

 悲鳴のような大声が上がる。見ると、オルテンシアはわなわなと震える指で口元を押さえていた。


「そっ……それなんですか!?」

「それ?」

「シ、シュガーとかいう、それです!」

「あぁ、これですか? 彼女のことですよ」


 彼女、で楠に掌を向ける。向けられた彼女は小さく会釈。


「愛称ですね」

「愛称!?」

 

 オルテンシアの視線がリュカと楠をいったりきたりする。


「かの、いや、彼女は楠さん、楠ゆかりさんですよね!?」

「はい」


 楠が頷く。


「フルネームですよね!?」

「フルネームです」

「どこにシュガーがあるんですか!」

「ですよねぇ」


 肩を怒らせ詰め寄るオルテンシアに、何度も首肯する楠。そんな2人分の視線を一身に受けたリュカはしかし、あまりピンと来ずに首を傾げた。


「まぁでもコードネームみたいなものですよ。ほら、全然名前に掠ってないコードネームとかよく見るじゃないですか」

「あの、コンティさん。私が納得してると思わないでほしくて、これは譲歩です」

「え、いやってこと?」

「そうは言ってないよ」

「だって譲歩って」

「納得してないからね」

 

 それって嫌ってことなんじゃないだろうか。これまた意味が分からず、反対方向に首を傾け直す。

 楠の言葉はどうにも分かりづらい。なにせ彼女の口からは結論しか出てこないのだ。本人からしたら全て流れが繋がっているつもりなのだろうけれど、過程を省かれてしまってはリュカ側にはそれは伝わらない。

 たまに気が向いたのかその結論に至った過程を話してくれる時もある。ただそんなのは本当に稀で、普段の会話なんかで楠の気が向いたことは今の所一度もない。

 それでも、と口を開きかけて


「ギルドのバディ間の呼び方ですかそれが!?」


 思わず肩を揺らす。大声で叫んだオルテンシアは直後にはっと目を見開き、誤魔化すように咳払いした。


「す、すみません。取り乱しました」

「いえ……」

「ですが、その。なんというか……コードネームにしても何かありませんか、他に」

「他に、ですか」

「そういうのってコードネームになりうる由来があるでしょう。シュガーじゃ楠さんとまるで無関係じゃないですか」

「そういう問題ですか?」


 楠が口を挟む。


「じゃあコンティさんも、関係があればバディの方をビスコッティとかって呼ぶんですか?」

「呼びませんよ!?」


 声を裏返すオルテンシアに、リュカが続ける。


「そうだよシュガー。長すぎると咄嗟の時に呼びにくいでしょ」

「そこ気にしてたんだ……」

「そりゃあね。素早い情報伝達はできるに越したことないし。それともシュガーは実はスウィートチョコレートの方がよかった?」

「うわ出た」

「うわってなに?」

「とっ、とにかく!」


 オルテンシアは2人の間に割り込むように声をあげ、腰に手を当てた。


「あなた達はこのギルド北支部の一員なんですよ! シモン隊長は陽動飛行隊の隊長、楠さんは陽動飛行隊の隊員! そのバッジにふさわしい言動を心掛けてください!」

「ふ、ふさわしくないですか、これ」

「少なくとも初めて聞いた人は驚かれるでしょうね。私が証人です」


 先程のオルテンシアの様子を思い出す。信じられない、我が耳を疑う、突拍子もないものを聞いた、そんな表情。これから出会う全ての人をあんな風にしてしまうのだとしたら、確かにそれはバッジにふさわしくない言動だと言えるのかもしれない。

 すっかり困ってしまった。言葉に詰まって頬をかく。う、とオルテンシアがたじろいだ。


「そ、その」

「隊長! オルテンシア・コンティたいちょー!」


 3人そろって振り返る。背後の方で隊員がこちらに大きく手を振っていた。彼には見覚えがある。魔法陣隊の者だ。


「すみません、少し外します」


 眉を下げるオルテンシアに手をあげる。彼女の背を見送り、リュカは呟いた。


「……やめた方がいいかな」 

「なにが?」

「なにって、呼び方」

「別に好きにしたら?」


 予想外の返答に見下ろせば、楠はマップを見ていた。一度顔をあげて周囲を見る。それからまたマップに視線を落とし、手袋越しの指でマップの一部分を指して、


「これ、この部屋?」

「いや、こっちだね。この辺りは同じくらいの大きさの部屋が多いから、ちょっとややこしいけど」

「あぁ……そっか、こうやって来たから」

「そうそう。正面はこれ」


 腰を屈めてマップに指を滑らせたところで、はた、と気づく。

 いやいや、そうじゃない。彼女の疑問に答えるのは大事だ。でもその前に自分が疑問を投げかけたのに。

 だめだ。どうにも最近すっかり彼女のペースにのまれている。


「シュガー?」

「なに」

「呼び方の話だけど」

「だから、好きにしたら、って」


 楠はマップを見たまま答えた。

 好きにしたら、と言うけれど、先程の彼女の態度を見てしまえばその言葉は素直に受け取れない。

 リュカとてどうしても譲れない理由があるというわけでもなく、ましてや嫌がらせがしたいわけでもなかった。楠が嫌がっていることを続ける理由はないわけで、彼女の真意を確認するべく言葉を続ける。


「でもさっき、コンティ隊長に賛同してたでしょ」

「なんでシュガーなのとは思ってるよ」

「なんかいやっぽいし」

「そうは言ってない」


 顔を覗き込む。楠は小さく息を吐いて顔をあげた。


「あんたが呼びたいように呼べば?」


 真っ直ぐ見つめられて、思わずリュカの方が目を逸らしてしまった。曖昧に笑って肩をすくめる。

 本当に意味が分からない。なぜ納得していないのに「シュガー」を受け入れているのか。

 リュカがもう少し詰めれば、楠はきっと答えてはくれるだろう。リュカが理解できるかはさておき、こちらの疑問を蔑ろにすることはないはずだ。

 でもリュカはそうはしなかった。お互い様だったからだ。

 楠がリュカに対して納得できないながら譲歩している所があるように、リュカにも楠に対して納得できていないことがあった。


 楠がギルドの隊員となってから3日。臨時隊員の時期を含めると、もう少し。リュカは楠のことが未だによく分からない。

 彼女がなぜ今自分の隣にいるのか、全く納得できていないのだ。

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