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「やだ……」
「河合」
「やだやだやだぁ!」
ひし、と腕にしがみついて離れぬ後輩に、楠は息を吐く。そうは言っても、約束の時間はもうすぐそこだった。この駄々っ子をそのまま連れて行くわけにもいかない。
「今回ばかりはぜぇーったいにやだ! 納得してないし、理解もしてないですからねぇ!」
ギルドに正式加入することを告げてから、河合はずっとこの調子だ。
こうなるとは思っていた。思っていたけれど、だからといって選択を変えるつもりもない。それを河合も分かっている。だけど今回はどうしても彼女も譲れないらしかった。
「わたしがなんでも許すと思ったら大間違いなんだからぁ!」
「まぁ河合が許さなくても公的な書類が許してるからね」
「そーうーいーうーもーんーだーいーじゃなーいー!」
いきり立つ河合はぶんぶんと楠の腕を振った。痛くはないが、ちょっと頭が揺れる。
「先輩はなぁんにも分かってない」
「……うーん」
「わたし、先輩と一緒に居られればそれでいいんだよ。それが一番なの」
「うん、私もだよ」
「行かないでよぉ! 寂しい寂しい!」
「うん、私もだよ」
掴まれていない方の手を河合の手に重ねる。河合は動きを止めて、不満たっぷりといったように上目遣いで楠を見た。
「先輩って本当にわがまま。エゴイストだし、自分勝手」
「ふふ」
「なんで笑うのぉ!」
「そうだよ。我儘なんだよね私」
手の甲を軽く叩く。ゆるりと河合の手から力が抜けて、腕が解放される。
その手を楠は両手で包み、抱え上げた。
「全部離さないから」
「……先輩」
顔をあげる。河合は口をへの字に曲げてこちらを見ていた。目の端が赤い。
「ずるい」
「そう?」
「そうだよ。だってわたしが先輩のそういうところを可愛いと思ってるって、分かって言ってるんだもん」
「あんたくらいだよ、そんなこと言うの」
「そういうところが好き!」
「はいはい、ありがとね」
小さく笑うと、ようやく河合も笑顔を見せた。
うん、可愛い。
「でも好きだからって譲れないこともあります」
河合は、今度はつん、と唇を尖らせた。いつの間にかこちらが包んでいたはずの両手が逆に握り込まれている。
「顔が見たいから、たくさん自撮り送って?」
「いいよ」
「テレビ電話もしたい!」
「うん」
「お休みの日は帰ってきて!」
「そのつもり。……場所によっては無理かも」
「もう!」
頬を膨らませたと思えば、次の瞬間には笑っている。
楠は河合の表情が好きだ。ころころ変わる可愛らしい表情が好きで、それをずっと見ていたいと思う。
「こういう時、忘れないでねとか言わないのが河合っぽいね」
「そりゃあそうですよ。だって先輩がわたしのこと忘れるわけないもん」
「……あんた、可愛いね」
「でしょ!」
愛らしく微笑み、河合が抱きついてくる。それを受け止めて、抱き返した。
本日この後20時10分にもう1話更新いたします。




