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「この町に出現する予定の魔獣を鎮圧する、そのための期間限定短期バイト。それがあなたがうちに協力する条件でしたね」
「そうですね」
「該当案件が解決した今、わざわざ今の生活を手放してギルドに所属する理由は無い。……本当に?」
「……単刀直入に言うんじゃなかったんですか」
「言いましたよ。リーダーの私が、あなたを、スカウトしに来たんです」
アレサンドロは一つ一つ、言葉を区切って強調するように言った。
ホールから離れた場所にあるこの部屋では、店の喧騒も、お気に入りの店内BGMも聞こえない。落ち着かなくて無意味に腕を組んで、肘を撫でる。
「……戦力」
「え?」
「戦力、惜しいのは分かります。陽動飛行隊なら尚更」
「あぁ、そう見えます?」
小さな笑い声。口元に手を当て笑うアレサンドロの姿は実に洗練されていた。
「そう見えるなら、あなたには私がギルドのリーダーとして見えているようですね」
「実際そうじゃないですか」
「まぁ。リーダーとしての私があなたを戦力として欲しがっていることは事実ですからね」
これは実に初対面、正確には2回目らしいが、とにかく初めてアレサンドロが楠を勧誘に来た時からずっと言っていることだ。
飛行魔法を扱える魔法使い。そんな存在をギルドは必要としている。
その要求を楠は一度突っぱね、その後、期間限定であることを条件に受け入れた。そんな条件を飲むくらいにはギルドは飛行魔法使いを重宝したいようだった。
「それに、やはりあなたはうちが探していた存在でしたし」
「……それ、結局飛行魔法が使えるからってことですか?」
「それもありますけど」
アレサンドロと真正面から目が合う。
「あなたがどういう人物か、という所が大きいですね」
この全部見透かすような目がどうにもずっと苦手だった。
「この短期間で、ですか?」
「と、いうと?」
「私がギルドにいた短期間。それで私のなにが分かったって言うんですか」
もっと言えば3回だ。
接客の時と、初めて勧誘に来た時と、臨時の契約を結んだ時。その3回でアレサンドロは楠のなにかを見極めて、信頼を置いた。その信頼は契約を終えた今も続いていて、それこそが楠に正式加入を求める理由だと言う。
あぁもう、本当に居心地が悪い。
「もちろんあなたの全てを理解したとか、そんなことを言うつもりはありません。でも少なくとも、今私にとって重要なことだけは分かります」
「重要」
「えぇ。ようは、あなたは大分ヒロイックな人物だな、と」
「……ふふ、えぇ?」
ヒロイック。勇ましいとか、英雄的とか、そういう感じだったはず。
あまりにも自分とかけ離れた形容につい笑ってしまった。
「本気で言ってます?」
「ええ」
「どこが? 私言いましたよね。あいつ……シモンさんを助けたのだって、店のためですよ」
楠は利己的な人間だ。町のため人のために命を投げ出す真似なんてできない。そんな楠をヒロイックなどと、一体誰が言うだろうか。
だがアレサンドロは、それこそ我が意を得たりと人差し指を立てた。
「それですよ」
「え?」
「お店のため、と言いますが、それであんなに急いで飛び込んでくる必要は無いでしょう。あの時もしリュカが負傷したとして、それをこの店のせいにするような状況でもなかった」
「そんなの分からないじゃないですか。不安要素を無くすのは、なんてことない当然の事だと思いますけど」
「つまりあなたは、お店に降りかかる火の粉を払うために、わざわざ魔法を使ってリュカを助けに入った、と」
「……回りくどいの、やめませんか」
「あぁすみません。だからつまり、あなたは、身内のために身を削ることができる人物なんじゃないかと思うんですよ」
それを聞いて、楠は内心首を傾げた。
一体何を言われるのかと思えば、そんなことか。
それが一体なんだ?
自分が面倒な性質なのは自覚している。万人に受けるタイプじゃないだろうとも思う。その上飛行魔法なんてものを使うので、そこそこに厄介な目で見られることもあった。
そんな自分を大切にしてくれる人たちがいる。じゃあ楠も同じように、いや、それ以上に彼らを大切にするのは当然のことだ。
この世の全てにはどうしても手が届かない。楠の腕は長くないから。
だから、この腕の中に抱え込んだものだけは絶対に全て取りこぼしたくない。そのためにやれることは全力で全部やる。これは別に自己犠牲でも正義感でもなくて、楠のエゴ、我儘である。
「それが?」
「……なるほど、自認の問題だったか。自分でも分かっていて、それを何とも思っていない。寧ろ……」
「すみませんもう帰ってもらっても?」
「あはは、喋りすぎた」
反射的に出た棘のある言葉にもアレサンドロは愉快そうに笑うだけだった。
「とにかく、あなたのそういう所が実に好ましい。あなたみたいな人は信頼できます。だって身内を切り捨てない」
「はぁ……」
「それが、あなたを勧誘する理由です」
いかがですか、と向けられた手をじとりと見返す。黙ったままの楠に、アレサンドロは「じゃあ」ともう一本指を立てた。
「もう一つ。いくらこの辺りが魔獣出現頻度の低い地域とはいえ、また魔獣が現れないとは限りませんよね」
「……まぁ、はい」
「そんな時、あなたがギルドに居ればどうですか? それまでにもっと力を付けて、知識を付けて、経験を得た、そんなあなたが居れば、きっともっと確実にここを守れます」
「……うぅん」
「不安要素を無くすのはなんてことない当然の事ですもんね」
「うわ。性格わる……」
「こんな奴じゃなかったんですけどね。腹芸しないと、なかなか厳しくて。内緒ですよ」
アレサンドロはキザったらしくウインクをした。そして目を細める。
「で、どうですか? このくらい挙げれば言い訳になります?」
「……やっぱり分かって来てますよね?」
「さぁ、なんのことやら」
楠の睥睨などまるで効いていないように、アレサンドロは笑みを深めた。
くそ、やっぱりこの人苦手だ。
楠はちらりと視線をずらす。事務室の奥、作業机の上に、乱雑に置かれた複数のファイルがある。
あれは楠がここ最近ずっとまとめていた、引継ぎ用のマニュアルだ。
「別に言い訳なんて必要なかったのに。なんで来たんですか?」
「いやぁ、なにせ臨時加入の時の勧誘がアレでしたから。こちらから来ないと来にくいかなと思いまして」
「あんな急に命を懸けろとか言われたら、誰でもああなりますよ」
「私の名刺、破ってやろうとか思ってませんでした?」
「そこまでは思ってないです」
「へぇ?」
「無くしたらどうなるんだろうとは思いました」
「素直だなぁ!」
豪快に笑うアレサンドロに、背筋を伸ばして向き直る。アレサンドロの纏う空気が変わった。
ピン、と張りつめた雰囲気の中、楠は真っ直ぐに彼を見上げる。
「姓は楠。名前はゆかりです。私をギルド北支部の陽動飛行隊に入れてください」
まぁつまるところ、楠が全部を取りこぼさないようにするには、これが一番最善なのだった。




