27
とはいえリュカの言う通り、なんとも無茶苦茶な作戦だった。
なにせ完全にノープラン。すっごい昇ってすっごい降りたら時間稼ぎになるよな。考えていたことといえばこれだけだ。魔獣がどのくらいの高度まで飛んでこられるのかとか、飛行速度はどんなものかとか、そんなこと全く頭にない。
ただ、上昇の時は自分の方が速かったな、とは思っていた。楠は自分が見て聞いて経験したことが全てだ。だからまぁ下降も自分の方が速いだろうし、どこかで適当に身を捻って平行飛行に切り替えようかなぁとか思っていた。
激しいエンジン音がするまでは。
はっ、と目を見開く。落下の勢いで身体を丸めて一回転、頭を上げる。途端、楠と魔獣の間に割り込むようにして飛行バイクが突っ込んできた。
飛行バイクは魔獣の頭を下からかち上げるように飛び上がる。引っ張られるように魔獣はその軌道を変えた。楠の頭上を大きな影が飛んでいく。
「……近い」
見上げた魔獣が、思っていたより近づいていて驚いた。
ありがとう、と言おうとして、電子音に口を噤む。
「魔法陣隊! 鎮圧用魔法陣の設置、完了しました!」
「了解。陽動飛行隊、対象を誘導します」
なんといつの間にか5分経っていたらしい。始まる前はとんでもなく長い気がしていたのに、経ってしまえばあっという間だ。
「シュガー、飛行艇の方角は分かるね?」
「うん。さっきの所にいるよ」
魔法陣は飛行艇の方角だ。先程リュカが飛んで行ったのは逆方向。と、いうことは、ぐるっと回ってこっちに帰ってくるはずだ。
浮き上がりリュカの様子を探る。右か左、どっちから回るだろうか。
「今あんた達よりちょっと高度上」
「丁度いい。対象を連れてそっちに戻るから、シュガーはそのままの高さで飛行艇まで飛んでって」
「わかっ……うん?」
頷きかけて、首を傾げる。なんか今、ちょっと変な言い回しをされなかった?
そういう表現だと考えればそこまでだが、なんというか……リュカが言ったからこそ引っかかる。
リュカ達の姿は大分小さくなっていた。遠くでリュカが大きく弧を描く。魔獣もそれに続いた。かなり行路が逸れていくのを横目で確認しながら、楠も軌道を合わせるように移動する。
「シュガー、いい? ぜっ、たい、俺の進路に入ってこないでね」
「……あのさぁ」
大きなため息が出そうになって、堪えた。
こいつ、ここまで来てまだそんなことを言うのか。
「いや、理由だけ聞く。なんで?」
「じ……じゃ、ま、だから」
言い慣れてない。
「あのね、これから魔法陣までとにかく直進するの。このまま俺が気を引きながら進めばそれでいいんだから、シュガーは上に居て」
「途中で魔獣の注意が逸れたらどうするの? あんたの言い方だと、それでも私が降りてったら駄目だって言うんでしょ」
「すぐ戻れるよ」
「その間に私が誘導を進めた方がもっと早い」
「っそ、そもそも」
いつになく荒く言葉が投げられた。ふと見下ろせば、リュカはコーナーを曲がり切っていた。
遠くで小さなリュカが、キッ、とこちらを仰ぎ見た気がした。
うっすらエンジンの音がする。
「シュガーは短絡的なんだよ」
「はぁ?」
「なんの根拠もないのにできるできるって言ってさぁ」
「それは」
「俺がなに言っても聞きやしない」
「……なら言わせてもらうけど」
どんどんリュカの姿が大きくなってくる。猛スピードで迫りくるリュカの後ろを、魔獣が猛追してきていた。
「あんたさっきから1人で飛んでるの、気付いてるからね」
「これまでそうやって上手くやってきたんだよ」
「今は私がいるんですけど」
「より確実な方を取ってるの」
膝を曲げて、ぐぐっ、と溜める。リュカが飛んでくる。楠の下を通り抜ける。
その瞬間に目が合った。
「だから!」
「なんだよ!」
どんっ!
「私を利用した方が確実だって言ってるの!」
「そんなことっ、駄目だったらどうするの!?」
「また別の手段を取る!」
「そうやって無茶して、取り返しがつかないことになったらどうするつもり!?」
リュカと2人、上下に並んで一直線にすっ飛んでいく。時折距離が開きそうになって、引き離されてたまるかと全力で空を蹴った。
高性能な無線が今だけは忌々しい。どれだけエンジンが唸っても、どれだけ風が轟いても、どうしたってリュカの声が耳に届く。
空の上で、背後には魔獣が迫っていて、絶対にそんな中でやることではない。それでも黙る気は無かった。これが売り言葉に買い言葉、というやつなのかもしれない。
まぁ確かに、リュカの言い分は全部その通りだ。
リュカは楠なんかとは比べ物にならないくらい陽動飛行に詳しいし、経験も深い。これまで通り慣れた手段をとった方がきっと楽なんだろう。人に頼らず全部自分でやりたいタイプの人はいる。それも分かる。
それはそれとして、じゃあなんで楠がいると思っているのだろうか。
「そうならないようにするんでしょ!」
「そうなる原因をしなければいいんだよ!」
「そんなこと言ったらなにもできないよねぇ」
「だから! 俺がやるって言ってるんだよ」
「あんたならいいって?」
「俺ならいいよ」
「いいわけあるか!」
「いいんだよ!」
大きな何かが動く気配があった。咄嗟に身を捻って右に逸れる。
瞬間、びりびりと震えるような鳴き声があがる。魔獣が激しく羽をバタつかせた。危ない、いつの間にか少しずつ高度が下がっていたらしい。
クロールの息継ぎのような姿勢で浮かぶ楠の傍を、魔獣が横切っていく。進行方向を変えてしまうだろうか。少し焦ったが、魔獣は蛇行しながらもきちんと目的地方向へ飛んでいた。左右にふらつく巨体に隠れ、黄金色がちらついている。
運が良い奴め。今の大暴れを避けながら、上手く魔獣の前方をキープできたらしい。
「ほら、俺でいいでしょ」
再び全速力で飛び出す。
「今は、ね」
「今はとかじゃなくて」
「私の方が良い時もあるよ」
「……待って、なんかちょっと、言ってることが」
「さっきとか、私がすぐ魔獣の気を引けたよね」
「さっき……そうだよ、そもそもあれが!」
数回の蹴りで魔獣の背後まで追いついた。そのまま尾羽が当たらない距離でぴったりと付く。
どうもこの位置は飛びやすい。その分周囲がよく見える。
地平線に何かが見えてきた。
「さっきだってシュガー、俺が割り込まなかったら追いつかれてた!」
「だからあんたが来てくれたんでしょ!」
突然飛行バイクががくんと傾いた。そのまま斜め下へと大きく広がっていく。
と、同時に、ひときわ大きく魔獣が羽ばたいた。ぐわ、とその身を時計回りに回す。ローリング。広々とした翼が空を撫でぎっていく。
そのでかい図体の下を、持てる力全開で潜り抜ける!
光が差したのを認識してすぐに飛び上がる。ちら、と振り向けば魔獣の頭はこちらを見ていた。ついてくる。
「お互いやれることやって、それでどっちかが間に合えばいいよ。それが最善でしょ」
目的地は近い。直線上に速度を落とさず飛び続ける。




