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「それで、出現予測だっけ」
笑いの余韻をため息でかき消し、アレサンドロは机上のモニターに視線をやった。
机越しではモニターの画面側の様子は窺えない。なんだろうかと首を傾げる楠にリュカが囁く。
「魔獣の出現予測に関するデータがあるんだよ。出現予測班からの提出物」
そういえば何か聞いた気がする。出現予測班。臨時メンバーでしかない自分が理解するべきものではないと思った過去の楠が、左から右へ聞き流した情報だ。
「実のところ、予測結果は芳しくない」
アレサンドロは腕を組み、モニターをじっと見た。茶の瞳が上から下へと素早く動く。
「以前この町に現れた魔獣は鳥型。鳥の中には飛ばない奴もいるけど、こいつは飛ぶタイプだった」
「飛ばない鳥の魔獣……」
楠の頭の中に巨大なペンギンが浮かんだ。どうせなら雛が良いかもしれない。ペンギンの雛はもふもふだと聞く。
あぁでも、魔獣になった動物は魔力中毒を起こしている状態なんだった。苦しんでるかもしれないのに雛が良いとか言うものではない。そっと首を振って巨大なペンギンの雛を元のサイズに戻す。そして頭の中から逃がしてやった。
「探知の反応的に、出現が予想されている魔獣も前回と同じタイプだと思われる。ただ、そうなると問題がある」
「問題」
「単純だ。飛ぶ生き物は移動範囲が広いだろ。だから予測班の網に引っかかりにくいんだよな」
「……え、待ってください。それ、ここに留まっている限りいつまで経っても魔獣を見つけられないとかあるんじゃ」
「それがそんなことはない」
アレサンドロが僅かに勢いをつけて背を起こす。背凭れがギッ、と音を立てた。
「詳しい内容は省くけど、魔獣が出現する場所にはある程度のパターンってやつがある。そのパターンによると、今回の場合はこの辺りに出現するんじゃないかって予想が立てられるんだ」
「パターン」
「そう。しかも北支部だけじゃないぞ、ギルド各支部の優秀な研究部隊が一丸となってパターン化してきてるんだから」
なるほど、だからこの町に「天災が再び訪れる」とギルドから情報提供がなされたのだ。それは「もしも」の話でも「いつかの未来」の話でもない、近く訪れる確定事項の話だった。
「じゃあ、探しに行きませんか? 少なくともこの辺りに出現するって目星は立てられてるんですよね」
「これずっと言ってます」
楠の意見にリュカがすかさず補足を入れる。要らない補足だ。横目でじとり、とリュカを睨んでやった。
「それならこれもずっとリュカが言ってるだろうけど、持ち場があるんだ。ようは一度魔獣の兆しを観測した地域からは飛行艇を動かせない。魔獣をなんとかしないとな」
「この周辺だけでも動けないんですか?」
「うーん、すごく難しい話になるんだけど」
アレサンドロは腕を組み、目を瞑った。そうして少し考え込むポーズを見せた後、ぴんっ、と人差し指を立てて見せる。
「1つ言えるのは、今はここに飛行艇を置いているのが一番良いってこと」
楠はなにか言おうとして、飲み込んだ。
楠は臨時の隊員だ。正式な、それも支部のリーダーが言えないことを追求して踏み込む理由はない。
まあ、それなら仕方ない。楠にやれることをやるだけだ。
「ただ、じゃあ待ち伏せならできるんじゃないか、って、そう思うだろ」
「……話、続けていいんですか」
そう決めたのに、まさかアレサンドロ側から話題を繋げるようなことを言われるとは思わなかった。楠は目を丸くする。
アレサンドロはにこやかに微笑み、顎を撫でた。
「あぁ。と、いうのも、これまで話してきたことも、これから話すことも、大体が一般に公開してる内容ばかりだから。何も問題はない。それに」
「それに?」
「これで楠がギルドに興味を持ってくれたら嬉しいし」
「……」
「シュガー、顔、顔」
上司だよ、とリュカにつつかれ、楠は誤魔化すように咳払いをした。
直接話したのは久しぶりだが、楠はやはり、このアレサンドロ・レオーネとかいう人物のことがどうにも苦手だ。
ただ、疑問を解決してくれるのをわざわざ無下にすることはない。バレない様に小さく息を吐いて、真面目な表情を作った。
「まぁ、じゃあ、はい。待ち伏せはどうなんですか」
「感覚的には、待ち伏せしてるといっても良いのかもしれない。ただ、真の意味では、待ち伏せしてるとは言えない」
回りくどいアレサンドロの言葉に、楠は眉を顰めた。この男はこういう所がある。
「そもそも、ここでいう待ち伏せってなんだ? はい楠」
「急だなぁ……」
掌を向けられ楠は考える。
狩りで言うなら、獣が通りかかる場所に潜んで不意打ちをすることだ。もしくは罠を仕掛けること。
「……魔法陣をあらかじめ書いておく、とか」
「あぁ、妙案だ。それができるようになれば、人類と魔法の関係は更に進歩するだろうな」
褒められているようにも聞こえるけれど、つまり何が言いたい?
「つまり、それはできないんだ。うちでは鎮圧に使う魔法陣を毎回描いてるってのは聞いてるな?」
「リュカに聞きました」
「うちのリーダーに説明係を丸投げされたので説明しました」
「よろしい。魔法陣を毎回描く理由は2つ」
アレサンドロは頷き、手袋に包まれた指を2つ立てた。もう片手で、立てた指のうち人差し指を摘まむ。
「1つは、魔獣サイズの魔法陣を量産するのが難しいこと」
リュカから聞いたのがこれだ。既存の大型魔法陣では足りない程大きな魔獣。それに合わせたサイズの魔法陣の大量生産はどうしても難しい。
ただ、未だに楠はギルドによる魔獣鎮圧の様子を全く知らない。だから何度言われてもその巨大魔法陣の大きさを想像できなかった。
「そしてもう1つ。まぁこれが待ち伏せできない大きな理由なんだけど」
アレサンドロは立てた指の残り1つ、中指を摘まみなおした。
「魔法陣の悪用、それから誤作動だな。そういうのを防ぐため」
「あぁ……確かに」
これに関しては、流石の楠も想像がつく。
なにせ暴れる魔獣を鎮圧するための魔法陣だ。その効果はきっとすさまじい。そんなものが悪意を持った誰かにわざと使われてしまったり、逆に意図していないタイミングで発動してしまっては困る。
「それでなんか、被害とかでても良くないですしね」
「そういうこと。だから魔法陣は必要な時に、必要な場所に書く。それがうちのやり方だ」
少しずつ、楠の中で魔獣鎮圧の輪郭ができてきた。
「ギルドは魔獣を鎮圧している」。本当にその程度の認識しかしていなかった楠にとって、全てが新鮮で新しい知見だ。一般に公開されているというような情報すら楠は知らなかった。し、知ろうとも思わなかった。
それがまさか自分がギルド側になって鎮圧の一端を担う立場になるなんて。こんなことならもっと魔獣やギルドについて知っておけばよかった、が、当然ながらもう遅い。既に楠は隊服を着慣れているし、許可証発行も訓練も終えている。
だから過去ではなく、今が大事だ。今、知ることができるだけのことを知る必要がある。
「まだ聞いていいですか?」
「あぁ勿論。答えられる範囲なら」
アレサンドロは笑みを深めて促した。




