17
時々思っていた。
リュカにとってバディとは邪魔な存在なのではないか。
事あるごとに「諦める?」「やめる?」「俺に任せれば良いよ」とかなんとか言って楠に陽動飛行隊を辞めさせようとしていたのは、リュカ自身がバディの存在を嫌がっていたからなのではないか。
疑惑はついさっき確信に至った。
楠が飛行バイクを諦めると言った瞬間に浮かんだ喜色。
生身で飛んで見せた時の、どうしたらいいか分からないといった顔色。
こいつはずっと、楠の心を折ろうとしていたのだろう。
楠と飛行バイクの仲はすこぶる悪く、どう見てもまともに飛べるようには見えなかった。適当に煽って楠をうんざりさせれば、いずれ諦めると踏んでいたに違いない。
それを楠が生身で飛ぶだなんて方法で突破してしまったから、予定が狂った。だからリュカは動揺している。
そう結論付けた楠はリュカの目を見つめる。目を見ているのに、視線は合わない。
「私と2人で飛ぶつもりなんてなかったんでしょ」
「……」
「今更別の訓練の話とかして、なんとかして私を振り落とそうと必死なんじゃない」
リュカは黙ったまま何も喋らない。未だ合わない視線に、楠は一つため息を吐いた。
「まぁ、いいよ。それは」
楠の言葉に、一拍置いてリュカが顔をあげた。
困惑からか、リュカは目を大きく見開いていた。それを楠は真正面から見つめ返す。
「あんたがどう思ってようと、私はあの魔獣をなんとかするつもりだから。諦めるのはあんたの方だよ」
楠は、あの魔獣を鎮圧する。
そのために本来の職場である店からギルドにわざわざ身を移しているのだ。楠がギルドで力をふるうことで魔獣を鎮圧できる可能性が上がるのなら、諦めることはない。
どれだけ無理難題を課されても、バディが嫌な奴でも、魔獣の脅威が去るまではギルドを去らない。絶対に。
リュカはそんな楠の言葉を静かに聞いていた。キュッ、と、彼の瞳孔が狭まる。
それからリュカは一度目を伏せた。そして小さく、絞り出すように言葉を発した。
「……迷惑は、してない。絶対に」
「本当かなぁ」
「本当だよ。でも、2人で飛ぶつもりがなかったのも本当だ」
「やっぱり」
「バディ制度のメリットは分かる。きみの実力も。でもその上で俺は今でも、1人で飛んだ方が良いと思ってる」
リュカは顔をあげる。
「きみが譲れないように、俺も譲れない」
そう告げた彼の表情は、何故だか苦し気に歪んでいた。
よく分からないな、と思う。
そんなに顔を歪めるほど楠と飛ぶのが苦痛なのだろうか。
そもそも楠が飛行魔法を使えることをリークしたのはこいつのはずなのに、何故今になって1人で飛びたいなどと言うのだろう。本当によく分からない。
本心を探るようにリュカの目を凝視していると、あからさまにリュカの瞬きが増えた。さり気なく目を逸らされる。内心舌打ちしてしまった。
リュカは咳払いをすると、咎めるように眉根を寄せる。
「あのね、これはきみのために言ってるんだよ」
「はー出た出た……それ本当に私のため? そっちが私を都合よく扱うためじゃなくて?」
「棘があること言うね。でも、これは本当にきみのためだ」
首を傾げて話を促す。リュカはうっすらと笑い人差し指を立てた。
「シュガーは忘れてるかもしれないけど、俺は運が良いんだよ」
そういえば初対面の時にそんなことを言っていた。
あの時からこいつはよく分からない奴だった。自分の命より髪の心配をしていたし、急に寸劇を始めるし、変な事情を抱えた変な奴だと感じたのを覚えている。
「言ってたでしょ、俺の後ろに人が居たら、って。俺はあの時から警告してたんだよ」
その質問をした覚えもある。脳裏にあの時の光景が過ぎった。
この質問の答えは、「さぁ」。当時のリュカはぼかしていたが、嘘を言ったわけではなかった。
思えばこの時、リュカは楠が「辞めたい」と言うと思っていたのだろう。リュカの巻き添えになることを怖がった楠がギルドを去っていく、それがリュカが想定していた当初のシナリオだったのだ。
「もう直接言うけど、俺と飛んだら、きみは死ぬよ」
苦しんでいるような、諦めているような、願っているような、あとは分からないけど色々な感情。それらが混ざったようなリュカの表情を見て、楠は思った。
馬鹿な奴だ。
「ただでさえ陽動飛行は危険なんだ。そのうえ飛行魔法で、しかも俺と飛ぶなんて、危険どころの話じゃない」
リュカは固い声音で続ける。
「だからきみはここで手を引いて。俺に任せて。俺はこれまでずっと1人で飛んできたんだから、今回も俺が」
「でも2人の方が可能性が上がるんでしょ」
「や、え? 可能性……?」
淡々と言い聞かせるリュカを遮る。言い返されると思っていなかったのか、リュカは言葉を詰まらせた。
「それでレオーネさんが私に声をかけてきた。1人でもできるけど、2人いればもっと魔獣を鎮圧できる可能性が上がるから。違う?」
「そ……う、だろうけど」
「じゃあ引かない。辞めない。絶対飛ぶ」
「ねぇ話聞いてた!?」
珍しくリュカが声を荒げた。普段のリュカは常に穏やかで、いっそ軽い印象を受けるくらいの人物だ。なんだかレアなものを見ている気がする。
そんな状況にそぐわぬ楠の内心を見透かしてか、リュカは苛ついたように顔を歪めた。
「俺と飛んだら死ぬって言ってるの。俺のマント見たでしょ? バイクだって、もう何台目か分からないし」
「100パーセントなの?」
「え?」
「100パーセント死ぬの? 私は」
言葉を遮った楠の問いに、リュカの眉が下がる。
「そ……んなこと、俺に言わせる? 俺のせいできみが死ぬって話、してるのに」
「だってあんたの幸運とやらのこと知らないし」
我ながら意地悪な問いだったかもしれない。
この様子だと、リュカは己の「幸運」を快く思っているわけではなさそうだ。命を救われたことがあるかもしれないが、きっとそれ以上に歯がゆい思いもしてきているのだろう。
だが楠はリュカの幸運を知らない。
話には聞いているが、直接目にしたこともない。当然自分が彼のマントのように巻き添えになったこともない。
物事を判断するには情報が必要だ。この場合は、有識者による経験則が重要である。
楠は静かにリュカを見つめていた。その視線から逃れるように、リュカは俯く。
「……100パーセントかは、分からない。でも可能性は高い、と思う」
「ふぅん」
「ふぅん、って」
リュカはちらりと目線だけを上げ楠を見た。なんとも不服そうな目だ。
「そっちが聞いたんだよね? 興味なさすぎじゃない?」
「だってどうせ飛ぶから」
物事を判断するには情報が必要だ。
だが情報を手にしたとて、判断が変わるとは限らない。
「はぁ……」
楠がそう言い切ると、リュカはため息を吐いた。失礼な。そんな反応をされるいわれはないはずだ。
じとり、とリュカを睨む。リュカは首を左右に振り、再度ため息を吐いた。
「自己犠牲もほどほどにした方が良い。きみには未来があるんだから。さっきも言ったけど、きみは天才だよ。陽動飛行隊じゃなくても、きみの力を発揮できる場所はいくらでもある」
「自己犠牲の精神なんて無いよ。レオーネさんにも言ったけどね、そんな立派なものは無いって」
「えぇ……?」
リュカは分かりやすく困惑した声音で、分かりやすく困惑した表情を浮かべた。
「だって、この町にまた魔獣が来るって分かったから、ギルドに協力してくれる気になったんでしょ?」
それが町のための自己犠牲でなくてなんなのか、とリュカは首をひねる。
まったく、この男は何もわかっていない。
リュカやアレサンドロ、ギルドの面々の活動理由はそうなのかもしれない。全く面識のない人々の平和を守るため、なんの思い入れもない町を守るため。そのために自分が身を投じる。
楠にはそんなことできない。
楠の腕は長くないし、手も大きくない。届くものは限られている。全部を救うことは難しい。それが分かっていてなお手を伸ばすのが自己犠牲だと楠は思う。
だが楠にはそんなことできないのだ。だから自己犠牲の精神なんてない。
ではなぜ楠が陽動飛行にこだわるのかと言えば、答えは1つ。
「私が陽動飛行をすれば、被害を抑えて魔獣を鎮圧しやすくなるって聞いたから」
だから協力するのだ。
そう告げると、リュカはますます首を傾げてしまった。
「それ、さっきも聞いたけど……」
「だからずっとそう言ってるでしょ」
「魔獣を鎮圧しやすくなるから陽動飛行するのに、自己犠牲の精神では、ない?」
「ない」
「……飛ぶのを諦める気は」
「ない」
頑なな楠の態度に、リュカはねじ切れるのではないかというほどに首を捻りに捻り、一度大きく息を吐いた。
「分かった。じゃあ、どっちが折れるかだね」
また目が合った。
「俺は折れるつもりはない。から、きみに折れてもらうよ」
「へぇ。厳しい訓練でもする? 私がもう嫌だって逃げ出すくらいの?」
「あぁ、そうだね」
頷くリュカに、楠は薄く笑って見せた。
「逃げないよ」
夏の午後。強い日差しが楠の背中を焼いている。
リュカは眩しそうに目を細めた。




