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「陽動飛行隊と魔法陣隊、持ちつ持たれつ、ってことですか」
「まぁ、その通りですね。あなた達陽動飛行隊がいるから私たち魔法陣隊が安定した魔獣鎮圧を行える、というのは事実ですから」
どちらの部隊も魔獣を鎮圧するにあたって大切な役割を担っている、とオルテンシアは言った。
それだけ欠けてはならない部隊なのだ。魔法陣隊も、陽動飛行隊も。当然その他の部隊も含め、どの部隊もギルド北支部にとって重要な役割を持っている。
「……それをこれまで、あの人が1人で」
だがそんな重要な役割であるにも関わらず、陽動飛行隊はこれまで1人で構成されていた。
飛行魔法が使えない、それどころか魔法音痴の奴が、1人で。
楠の呟きにオルテンシアは眉を顰めた。そして言葉を選ぶようにゆっくり口を開く。
「リーダーがお決めになったことです。……なにより、シモン隊長自身が良しと言っているの」
「……へぇ」
「な、なんですかその目。そんな目でリーダーのことを見たら許しませんよ!」
「自分はいいんだ……」
キッと楠を睨んだオルテンシアは、もう何度目か分からない咳払いをした。乗せられやすいが切り替えも早いタイプのようだ。
「とにかく、そのバッジを誇りに思いなさい」
「……」
楠は自らの隊服を見下ろす。襟元には鈍く光るバッジが付けられていた。そして目の前のオルテンシアの隊服にも同じものが付いている。
よく見れば彼女のバッジは楠とは少し意匠が異なるようだった。確かリュカがオルテンシアと同じ物を付けていた気がする。恐らく彼らに配られているのは隊長用のバッジなのだろう。
「なんにせよ今のあなたはギルド北支部の一員なんです。バッジにそぐわぬ言動は慎むように」
「バイクとかバディを甘ったるい名称で呼ぶのは、バッジにそぐう言動ですか?」
隊長バッジをまっすぐ見つめながらそう問うと、オルテンシアは一瞬動きを止めた。
「……は? なんですかそれ」
「呼ばないんですか?」
「呼ばな……え? どういうことですか? 甘……?」
オルテンシアの喋り方はぎこちない。何なら動きもぎこちない。分かりやすく動揺している。楠は視線を隊長バッジに注いだまま再度尋ねた。
「コンティさんはバディの方を、なんか、チョコレートとかって呼ばないんですか?」
「呼ぶわけないでしょう!?」
オルテンシアは声を裏返しながら叫んだ。
「なに考えてるんですか!? そんな、恥ずかしいし……そ、それに咄嗟に呼びにくいじゃないですか!」
「ですよねぇ」
「で、ですよね!? あなたが言ったのに!」
全力の否定を受け、楠はしみじみと頷いた。うん、そうだ。これこそがきっと大多数の意見だ。危なかった。
危うくアイツの振る舞いがギルドでの常識なのだと思いかけた。良かった。ギルドはバディ同士甘くあるべきみたいな、そんなちょっと馴染み方が難しい集団ではなかったんだ。
1人納得する楠をオルテンシアは恐ろしい物を見るような目で眺めていた。心外である。
「あなたの言うことはよく分かりませんけど……バディ体制は、あくまで任務中に助け合うためのものですよ。過度ななれ合いは不要です。勿論、隊員同士が親交を深めることに一々口出しはしませんが」
「あぁ大丈夫です。今の所仲は悪くはないですけど、良くもないです」
「正直な人ですね……。ですが、そうですか。悪くないのならそれでいいと思います」
楠の返答を聞いて、オルテンシアはどこか安心したように息を吐いた。
「あなたとシモン隊長には、あなた達にしかできないことがあるのです。そして私たち魔法陣隊には魔法陣隊にしかできないことがあります。お互いがお互いに役目を果たせるよう、精進なさってください。良いですね?」
良い人だ。
第一印象だが、そう感じた。
花の瞳孔を持つ彼女の目は力強く輝いている。つい見惚れてしまった。
「……はい」
「……聞いてます?」
「聞いてます聞いてます」
「まったく……それこそ聞いていますよ。あなた、飛行バイクをうまく取り扱えていないのでしょう」
う。痛いところをつかれた。楠は苦い表情を浮かべる。
「どこから聞いたんですかそんなこと」
「隊長ですから」
オルテンシアは誇らし気に笑った後、人差し指を立てた。
「リーダーも心配なさっていました。慣れない乗り物で苦戦するのは分かりますけれど、リーダーのお手を煩わせることのないようにしてくださいね」
どうやらアレサンドロにも楠の悲惨な飛行バイク事情は知られているらしい。いや、当然ではある。なにせアレサンドロはギルド北支部のトップに立つ人物だ。そりゃ報告はされているだろう。
しかし手を煩わせるなと言われても、楠と飛行バイクの関係に光が見えていないのも事実だ。正直どうしたらいいのか分からない。楠だけではない、リュカの頭もずっと悩ませていた。
そうだ。ハッと気が付く。これは良い機会かもしれない。
交流相手がリュカばかりだった所に突如現れた希望の星。聞けることは聞いた方が良い。バディとの関係以外にもだ。
「あの」
「はい?」
「なんで乗れないんだと思います?」
「わ、私に聞くんですか!? 流石にその分野についてはシモン隊長の方がお詳しいですよ」
「いろんな人の意見を聞いた方が良いじゃないですか」
「……それも、そうですけど……」
「あ、すみません。免許をお持ちかどうか聞くのが先でした」
「持ってますよ! もう。そうですね、えぇと……」
オルテンシアは斜め下を見て考え込む。我ながら突然の問いだったが、彼女は真剣に考えてくれているようだった。
「私の時は、そもそも空を飛ぶという感覚が掴みにくかったですね」
「感覚」
「えぇ。この飛行艇とか、飛行バスとはまた違うじゃないですか」
顔をあげ、オルテンシアが壁をコツン、と手の甲で叩く。
「バイクとなると、より一層空を飛んでいる感が強いといいますか。自分でバランスを取らなくてはなりませんし」
飛行艇や飛行バスでは、人々は乗っているだけで良い。操縦手ともなると話は変わってくるだろうが、理屈としては同じだ。空を飛んでいるのは人ではなく、船やバスの方である。
飛行バイクもそこは変わらない。空を飛ぶのはバイクだ。だが前者とは異なり、飛行バイクは人を囲うものがない。人は剥き出しの状態で空を飛ぶ。それが恐ろしかった、とオルテンシアは語った。
「ですが、楠さんはご自身が飛行魔法を得意とされていますからね。飛ぶ感覚とか、飛ぶことへの恐怖心なんかはなさそうですし……」
「……あぁ」
なにが難しいんだろう、と悩むオルテンシアに対し、楠はストン、と胸のつかえがとれた気分だった。
なるほど。
「そういうことかぁ」
「え、なんですか?」
楠の呟きにオルテンシアは首を傾げる。分かっていなさそうな彼女に、楠は小さく微笑んで頭を下げた。
「いえ、とても参考になりました。ありがとうございます」
「ほ、本当に? 私、お役に立ちました?」
「えぇとても。流石隊長さんです」
「……ふ、ふぅん。そうですか。それならいいのです。ギルドのメンバーの相談に乗るのも隊長の役目ですからね」
オルテンシアは顔を赤くし、くるりくるりと指で毛先を弄る。立場上の上司にこんなことを思うのも失礼だが、なんだか心配になる素直さだ。
しかし、そういうことか。ようやく合点がいった。それなら確かに楠は飛行バスに乗りたくないし、飛行バイクを乗りこなせないはずだ。
それに、これを聞く相手は有識者以外であることが必要だった。そういう意味でもやはりここでオルテンシアに会えて良かったと思う。
空を飛ぶのに慣れている人ほど、この感覚は分からない。
「それに、これであなたが飛行バイクに乗れるようになるのならそれはなによりですし」
「あ、それは無いです」
「え?」
指に髪を巻き付けたままオルテンシアの動きが止まる。きょとん、とした表情の彼女に、楠は胸の前で腕をクロスさせてみせた。
「私、飛行バイク乗れないです」




