一つだけ、嘘を吐くぞ
ふざけるな!!
どうしてそんなことができるんだ!!
あいつは狂ってやがる!!
どうして平然と私の前にその姿を現すことが出来る!!
私と会話している時、一体奴は何を思ったんだ?
そんなことわかるわけないし、わかりたくもない!!
あいつは居てはいけない奴だ!!!
エニグマ「よぉ、叡智。相変わらず一人寂しく日光浴か?」
叡智「うるさいな、厳密に言えば一人ではないぞ」
エニグマ「ま、そんなことはどうでもいい。ひとつ、私と賭けをしないか?」
叡智「……賭けってどんな?」
エニグマ「ははっ! よくぞ聞いてくれた! 明日私はお前に『たったひとつだけ嘘を吐く』」
叡智「まだ九月なんだけど」
エニグマ「うるせぇな細かいんだよゴミカス」
叡智「………で、続きは?」
エニグマ「私が吐いた嘘をお前が見破ることが出来たならお前の勝ち、出来なかったら私の勝ち。単純だろ?」
叡智「……私が勝ったらどうするの?」
エニグマ「………お前の言うことを何でも聞いてやるよ。何でも言えばいいさ」
叡智「……逆に、貴方が勝ったら私は何をすれば良いの?」
エニグマ「一週間飯奢ってくれ、最近雑草しか食ってないんだわ」
叡智「どんな暮らししたらそうなるんだよ」
エニグマ「……まぁ言っておくが」
エニグマは黒い笑顔を零して言う。
エニグマ「お前は私には勝てない、絶対にな」
叡智「随分と自信がお有りで」
その時に決めたルールは以下の通りだ。
ルール1 嘘は私とエニグマとで交わされた会話のみ。
ルール2 エニグマは一回しか嘘を吐けない。
ルール3 今日までの出来事を嘘として明日に持っていってはいけない。
ルール4 この勝負は日没までとする。
そして、その日はやってきた。
エニグマ「ひひひっ、なぁ叡智」
叡智「朝から何さ」
エニグマ「ちょっと耳貸せよ」
叡智「?」
エニグマは私の右耳に口を近づけると、ASMRでもしてんのかと言いたくなるほどの声色で喋った。
『ファントム、孕んだらしいぜ』
叡智「さてさてー、これは明らかに嘘っぽいな」
ファントムはエニグマの妹だ。番にソルが居る。確かにファントムは昔に一度出産の経験があり、彼女達の子供であるボルトは私も見たことがある。しかし、二人目を身籠ったという噂は聞いたことがないし、あいつの口から吐き出されたのだから余計に信じられないし、自分のことすらも疎い奴だぞ。何より三日前あの子に会ったけどお腹大きくなってなかったし。子供が出来たと理解するには少なくとも一、二ヶ月は必要だろう。
叡智「……でも、嘘と決めつけるのも早計かもな」
だったら行動はひとつ。本人に直接確認すれば良い。
ファントム「ん、何か用?」
叡智「向こうでお菓子買ったついでにお裾分けでもと思って」
何て聞けば良いだろうか……いいや、まどろっこしく聞くのは良くないな。
叡智「ファントム、二人目が出来たの?」
ファントム「え、そうだけど。何で知ってるの? まだソルにも話してないのに」
叡智「あー………えっとぉ……か、神のお告げ、的なぁ……」
ファントム「まぁ別に知られて困るようなことではないけどさ。他の人には言っちゃダメだよ、まだ内緒なんだ」
叡智「う、うん」
太陽が昇り、影の行き場が無くなっていく。私は狭くなる木陰の中で生物についての豆知識が載っている本を読んでいた。するとそこにエニグマがやってきて
『知ってるか? アブラムシって最初から子供を孕んでいる子供を産むんだってよ』
叡智「へー、あっそ」
さて、次は雑学か。もちろんアブラムシなんて生き物は知っている。この本に載っているだろうか。
叡智「まぁ無くても家に帰ったり人里の本屋で漁ったりすれば良いか」
太陽が真上にやってくる。暑くてたまらず私は川で水浴びをしていた。
エニグマ「なんだ、全裸で水浴びしないのか」
叡智「誰がするか、最低限は身につけるわ」
エニグマ「まぁいい。それでさ私、やっちまったんだよ」
叡智「…何を?」
するとエニグマは突然口角をあげて、その声をこの熱い空気の中に溶かした。
『人殺し』
叡智「!?」
暑いはずなのに、私の周りが凍てついたような気がした。これは明らかな嘘だ。人殺しなんてそう簡単に出来るはずがない。何を言っているんだこいつは。
叡智「………あぁ、そうか」
エニグマ「あ?」
叡智「ひっかけのつもりだろ? どうせ『ゲームの中で』とか抜かすつもりなんだろ」
エニグマ「………ははっ、さぁね……?」
太陽が降り始めたのと同時に、空に柔らかいカーテンがかかった。カーテンは漏れ出た悲しみをこの大地に降らし始めたので私は雨宿りをせざるを得なくなった。
エニグマ「よっ」
叡智「ああ」
エニグマはまた笑って私に話し始める。
『さっき人里で飯食ってきたんだわ。いやー、初めて三色団子ってやつ食ったんだけどマジで美味かったわー。思い出しただけでもよだれ出るわ』
それだけ言って私の前から消えていった。
叡智「………自己満かよ」
にしても、人間が嫌いで人里に近づくことを厭っていた彼女が?
雲が赤く染まり始める。私はエニグマを呼んだ。
叡智「エニグマ、貴方が吐いた嘘がわかったよ」
エニグマ「おお、そうか。それで?」
叡智「貴方が吐いた嘘、それは―――」
『ファントムが二人目を身籠った』
叡智「―――だ」
エニグマ「ほう? どうしてそう思った?」
叡智「まず、嘘の候補は四つだ」
『ファントムが二人目を身籠った件』
『アブラムシが既に妊娠している子供を産む件』
『貴方が人殺しをした件』
『貴方が人里で三色団子を食べた件』
叡智「ファントムの件に関しては、直接あの子から聞いたよ」
エニグマ「ほう、ファントムは何て言ってた?」
叡智「『その通り』、だってさ」
エニグマ「……は? おかしいだろ、ならどうしてそれを嘘だと思った?」
叡智「まぁまぁ、それは後でちゃんと話すさ。そして二つ目のアブラムシの件、これは調べればすぐにわかった。本当に妊娠している子供を産むんだね」
エニグマ「ちなみに無性生殖だけじゃなくて有性生殖もできるぞ」
叡智「そこはどうでもいいだろ。次、人殺しの件。当然だが私は人殺しをしているわけがないと思った。しかし、これは罠だということに気がついた。どうせFPS系のゲームで相手をキルしたって話なんだろ、ゲームの中での殺人だけど、ある意味それは嘘じゃない。だからこれも違う」
エニグマ「………」
叡智「最後に三色団子の件、正直これに関しては本当か嘘かなんて私には確かめようがない。でも嘘の可能性は低いと思った。なぜなら、それが仮に嘘だとするなら貴方はそれが嘘だという証明をしなければならない。それは簡単そうに見えて案外難しいことだ。それに貴方は『一回しか』嘘を吐けないんだ。でも貴方は確かに言った、『思い出しただけでよだれが出る』と。貴方は団子を食べに人里へ向かった。逆に言えば団子を食べるためには人里に行かないといけない。そうでなければ貴方は少なくとも『二つ』嘘を吐いたことになる。団子を食べていなければ、思い出すことなんてできないからね」
以上を踏まえて考えてみると、この四つの中に嘘はないように思える。
叡智「でも、ファントムの件。あの子は『ソルにすらも話していない』と言った。旦那さんにも話していないのに、どうして貴方は知っている? そこで私は思った、これは貴方すらも真実なのかわからない出来事だったんだ。嘘として放ったつもりのものが、実は嘘ではなかった。こう考えれば辻褄は合うはずだよ」
私の推理を聞いたエニグマはふっ、と笑って
『……正解だ』
叡智「ぃよしっ! それじゃあ早速願いを叶えてもらおうかなー」
エニグマ「じゃあなー」
叡智「え、ちょ、待てよ!! ……まぁ、明日話せば良いか」
『………はははっ、だから言ったじゃないか。私が絶対勝つってさ……』
夜、部屋で妹の幻と晩御飯の準備をしていた時だった。
叡智「………石が光ってるけど」
幻「あ、アビスから電話だ」
幻は魔法石を手に取って電話の要領で応答する。
幻「もしもし?」
アビス「……幻、だよな?」
幻「そうだよ?」
アビス「あー……叡智は居るか? 居るなら変わってほしいんだが」
幻「居るけど……叡智姉、アビスから電話」
叡智「私に?」
幻から魔法石を受け取る。
叡智「電話変わったぞ」
アビス「ああ、よかった。少し幻には話づらいことでな、いや……お前だとしてもそれは変わらないんだけどさ」
叡智「何が言いたいんだ?」
アビス「寂滅は、帰ってきてるか?」
寂滅は私の妹で幻の姉だ。
叡智「そういえば………今日は遅いな」
アビス「………人里の、団子屋があるだろ?」
叡智「ああ」
アビス「そこの近くで、寂滅が死んでたんだ」
ゴトッ
幻「うわっ! 姉さん落とさないでよ割れちゃうじゃん!!」
叡智「…………は?」
幻「姉さん?」
手が震え始める。思わず自分の耳を疑う。幻がそんな私の耳に魔法石を押し当てる。
アビス「まぁ、無理もない、よな」
叡智「………嘘、だ」
アビス「私だって信じられないさ。あの死体は身体がズタズタで誰なのかがわからない、だからお前に来てもらって本当に寂滅なのか調べてもらいたいんだ」
私は気づいてしまった。
エニグマがどんな嘘を吐いたのかを―――