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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

短編

拷問官の恋

作者: 相浦アキラ
掲載日:2023/01/04

 この仕事を始めて半年経った頃……2年前くらいだったかな。はっきり覚えてる。夜中に夜警に起こされて「仕事だ」って言われたから、急いでエプロンに着替えて仕事部屋に向かったんだ。ボスと渡り廊下ですれ違った時、「今回のチマキは手ごわいぞ」とか言われたっけね。


 それから守衛室に行って、鍵を開けて貰って部屋に入った。既にチマキが椅子に縛られて、指も固定されていた。黒髪で、迷彩服を着ていて、ちょっと痩せていて、鼻筋が通っている。右頬と額に生傷があった。そんなに顔がいいって訳じゃないんだけど、真っ直ぐな目に引きつけられた。真っすぐだったよ。本当に。最初は……不気味な感じがした。自分が今から何されるか分かってる筈なのに、全く怯える様子が見えないんだから。今まで私が相手して来た男は、みんながみんなどこかしら怯えていた。必死で命乞いする男、散々私を罵って来る男、革命だの理想だの勝手に語り出す男、ただ震えてる男……そんな奴らばかりだった。……でもあの男は違った。彼は獲物を待つ獣みたいに静かに、落ち着いていた。肝が据わってるっていうのかな? じっと静かなまま、真っ黒な瞳二つを輝かせて、私を射抜いていたんだ。獣のようだった。隙を見せたら今にも私に喰いついてきそうだった。そんな彼を見ていると私はもう嬉しくて……胸がドキドキして……。この男になら殺されていいって、本気で思えた。


 彼の目を見て、すぐに目を逸らして……また目を見て……。今からこの男を私の好きに出来ると思うと……もう嬉しくて嬉しくて……。その時気付いたんだよ。この気持ちが恋なんじゃないかって。……分かってるよ。私は酷いブサイクだよ。女好きのボスが全く手を出さなかったくらいだ。でも……こんな私でも誰かに恋する事が出来たんだ、出来るんだって、嬉しくて嬉しくてね……やっぱり私は女なんだ、女に生まれて良かったって、本気で思えた。……だから私は、この恋をもっと育てたくなったんだ。……私の恋を全部込めるつもりで、ゆっくりと、丁寧にやっていった。最初は爪だった。


 一時間程経っても……やっぱり彼は少しも動じる事はなかった。声も上げなかった。ただほんの僅かに体を硬直させるだけで、それ以外は少しも動かないで、静かなままだった。流れているのは血の小川だけだった。静かな血が指先からゆっくりと流れて、机に広がる池に注いでいた。……うっとりする程綺麗な血だった。ますます彼の事が好きになったよ。本当に、彼の血はずっと静かで清らかだった。

 静か……。静かってのは、すごくいいね。やっぱり男は静かなのが一番だよ。静かな男は何もかもが美しい。静かな男は、なんていうか……高尚なんだ。馬鹿な私なんかには理解できないような、美しい何かを心の中に隠しているんだ。そういう男は、内側の美しさがにじみ出て、やることなすこと全部美ししいんだ。……口だけで理想がなんだの言うつまらない男ならいくらでもいるけどね。あいつらみんな怯えてるだけのろくでなしさ。本当の男は何をされても、何が起こっても、少しも動じないし何も言わないもんさ。……あんたみたいにね。





 ……もう、これ以上話すのは本当は嫌なんだけどね。……でも、どうせなら全部吐き出したいから、話すよ。私のやってた仕事っていうのはね、チマキから情報を聞き出す事じゃないんだ。私は馬鹿だから、難しい事は分かんないしね。私の仕事は男を骨抜きにする事さ。すぐに「何でも話す」とか言うチマキもいるけど、口車に乗ったらいけない。吐いた内容が本当っていう保障はないからね。だからまずは、嘘を吐くだけの気力がないくらいに骨抜きにしてやらないといけない。その為にはね……たまに、そっと後ろから抱きしめて、優しく首を撫でて、肩をさすってやるのが一番いいのさ。飴と鞭って奴だね。そうしてやると、男は苦しいんだか気持ちいんだか、怖いんだか安心するんだかわからなくなって、気が変になってしまうんだ。自分が誰だかわからなくなるんだ。……どんな痛みを与えるよりも、このやり方が一番効くのさ。だから私は彼にも同じことを試した。効くとは思っていなかったけど、私の全力が効かない事を確認して、彼の美しさをもっと感じたかった。胸に熱く燃え盛る恋心をもっと育てたかった。そして実際、彼は私の想いに答えてくれた。私が抱きしめても、撫でさすってもも、彼は何でもない様にじっとしていた。


 嬉しいなんて言葉じゃ言い表せないくらいだったよ。好きとか愛しいとか通り越して、私はもう完全に彼の事を愛していた。何の見返りも求めていなかった。見返りなんて無いほうがいいくらいだった。ただ、彼がそこにいてくれるだけで良かった。それだけで、私と彼は永遠だった。そうに決まっていた。実際、その筈だったんだ。ボスはチマキが吐くまで絶対殺させないし、私の腕は買ってくれていたから……。だから彼が彼でいてくれる限りは、ずっと一緒にいられる筈だった。そうしていてくれたら、私と彼は永遠でいられた。……でも……彼は私を裏切ったんだ。


 ……最初にあったのは、小さな揺れだった。撫でていたら、肩がモゾモゾと動いたんだ。……気のせいだと思った。思いたかった。「……落ち着いて……お願いだから落ち着いて……あなたは私なんかが何をしても、少しも動じない男の筈でしょう?」そう言い聞かせるつもりで、大きな肩を抑えるように撫でていた。でも……それでも彼の肩の震えは止まらなかった。揺れはどんどん大きくなっていった。「止まって……お願いだから……止まって……好きだから……愛してるから……」叫んでいたかもしれない。もう私はどうしていいか分からなくて、椅子ごと彼を強く抱きしめて、ずっと泣いていた。それでも彼の震えは止まってくれなかった。そして……ついには仰け反って、情けない高い声で呻いたんだ。



 その時、私がどんな気持ちになったか……分かる? 寂しくて……寂しくて仕方なかったよ。この寂しさは男に捨てられた女と……あとは山奥に置き去りにされた赤ん坊くらいしかわからないだろうね。

 ……確かに私はブスだよ。ひどい醜女ですよ。でもね……こんな私でも……女なんですよ? 女が命も魂も全部賭けて、男に全て捧げるつもりで恋して、何の見返りも求めずに愛しているんですよ? なのに……あいつはあんな情けない声を立てて、最悪の形で私を裏切ったんだ。突き放したんだ。……あまりにも……酷過ぎるよ。……あんたもそう思うよね?


 ……それから私はナイフを取って、喉元を切ってあいつを殺してやった。それがせめてもの情けだった。ボスに怒鳴られるとか、もうどうでも良かった。私はこれ以上あいつを見ていたくなかった。……それからやっぱりボスに怒鳴られて……クビになって……私はここに送られたんだ。ここに送られてからも、私はずっと上の空だった。どうしてこんな酷い事ができるんだろう。……こんな事になるなら、最初から好きになんかならなければ良かった。



 ……でも、これで良かったのかも知れない。ここに送られたからこそ、こうしてあんたと出会えた。男なんか大嫌いだけど、あんただけは別だよ。あんたの事だけは好きになって良かったと今でも思う。あんたは誰よりも美しいし、誰よりも静かだし、誰よりも男らしい。私なんかが何をしても少しも動かない。だから……好きだよ。



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