8 「縁結びは生徒会」
8 「縁結びは生徒会」
遡ること八ヵ月前・十月十日木曜日
九月の入学式から一ヶ月。
新しい学生生活に、新入生もそれなりのテンポをつかみ始めた頃、天堂中央第一学院中等科では生徒総会が開かれる。 生徒会主催、新年度恒例の行事。
天堂中央大学付属、天堂中央第一学院は、創立百八十年になる名門校で、初等科から高等科までが併設されている。 生徒の八割以上は、初等科からの知った顔で、残り二割が転入生。 故に、新入生、新生活とはいっても、実際には新鮮味は薄い。
生徒数は各科五百人程度、一班は三十人以下で、男女共学だけれど、女子の比率が若干高い。
この学院は、初等科であれ中等科であれ、学生の学外の奉仕活動参加に力を入れている。
地域の清掃活動から、病院や高齢者入所施設への慰問など、とにかく、学生が自身で責任を持って出来ることへは、積極的に参加を促している。
奉仕活動は、〝奉仕〟という以上、強制参加ではないけれど、内申に影響を与えることは確実なので、打算を含めて、ほとんどの生徒が参加をしている。 純粋に、奉仕精神旺盛な生徒も多数いることを、念のため追記。
僕? 僕は……半々、と言っておこう。
生徒総会では、生徒会執行部新役員の紹介と、前年度の活動報告がまず行われる。 それから、今年度の学外奉仕活動についての詳細な説明がされる。
この奉仕活動の説明が、総会のメーンだ。
総会解散後一週間内に、各学年を担当する役員に、希望を提出することを言い渡される。
提出内容は、奉仕参加を希望するか、希望する場合、どのような内容の参加を望むか、の二点。
初等科の時、僕は清掃活動に従事していたので、中等科では福祉活動に参加しようとは決めていたが、その中でも、保育園などで、両親が迎えに来るまでの時間、預けられている小さな子供の遊び相手をするか、独居の高齢者宅を訪問し、雑事を手伝ったり話し相手をする活動か、どちらを選ぼうか悩んでいた。
それを、素直に一年担当の生徒会役員に伝えると、「じゃあ、お話し相手の奉仕が足りないから」と、あっさり後者に従事することとなった。
それから一週間後。 参加者各人に訪問先が言い渡される。
訪問奉仕は、二人一組で、一人の高齢者宅を受け持つ。 慣れた三年生の中には、一人で担当をしている人もいるらしいけれど、何があるか分からないので、基本は複数人で担当をする。
五・六人一組で、高齢者の公共入所施設を担当する場合もあるらしい。 しかしこちらには、既に慣れた新二・三年生が、昨年度に続き行くことが決まっているので、自然、新入り一年は、六月に卒業した旧三年生が受け持っていた人々を、割り当てられることが多くなる。
「結城君。 あなた西海岸通りの、独橋路四番地にお住まいの御婦人を知っているかしら?」
木曜五限の放課後、廊下に呼び出された。
新三年生、生徒会書記の先輩が、担当予定先の住所が記された紙を渡しながら、僕の顔を伺うように見つめ言う。
「いえ。 独橋路といったら、西海岸通りでも北側の下通りになりますよね? 僕の家とは逆方向なので。 あちらにはあまり行ったことがありませんから、そこにどなたが住まわれているかは、ちょっと……」
第一学院の生徒は、家柄抜群、いわゆる上流階級の子息子女がほとんどで、生活環境の影響か、若いにも関わらず、言葉遣いは寒々しいほどに上品丁寧。
「そうね。 あなたのお宅からは少し離れているし、あの辺りは人家が少ないから、知らなくても当然かもしれないわ。 あのね、あなたには、そこに住んでいらっしゃるムータン婦人のお相手を、お願いしたいの」
度のきつそうな銀縁眼鏡をかけ、耳下で長めの髪を二つに括った先輩は、制服の襟を弄りながら、少し遠慮げに言う。
「わかりました。 それで、僕と一緒にその方を担当するのは、何年のどなたですか?」
「それがね、訪問奉仕は希望者が少なくて、その、一年生のあなたにいきなりなんだけれど、その御婦人は、あなた一人で受け持って貰いたいと、執行部では希望しているの。 お願い、できるかしら?」
先輩は、妙に僕に気兼ねしているようで、最初に挨拶して以来、僕の顔を見ようとしない。
「? 構いませんけれど、その、ムータン婦人の前任の方は、二人とも卒業された先輩なんですよね? その方達の記録があれば、見せていただけませんか? 御婦人の趣向等を、知っておきたいので」
必要情報の入手は、物事をスムーズに進めるためには欠かせない。 現場で集めても構わないけれど、事前に知っているといないでは、心の余裕が違う。 もっともそれは、その情報資料が正確且つ明快であれば、の話だけれど。 それは見てみないと判断できない。
すぐに反応が返ってくるかと思いきや、先輩は少し俯き、逡巡している。
僕は次に何を言われるか、後輩らしく、無言で待つに徹する。
「それが――何もないの」
先輩は、左斜め下に視線を落としたまま、曖昧な口調で言った。
「何もない? ああ、それではその御婦人は、今年度から新しく訪問先に登録された方なんですね?」
先輩の気まずさを打ち消すように、僕はなるだけ明るい声で、はきはきと応じてみたが、相反して先輩は、視線を更に深く落す。
「――それが、そうではなくて……」
「?? 前から、訪問先だった、ということですか? それならば、記録がないというのは、いったい――?」
僕の疑問に、先輩は意を決したように顔を上げる。 銀縁眼鏡の向こうから、僕の瞳をきっと見据え、僕の両肩に力強く手を置く。
「頑張ってね、結城君。 私達、あなたならきっと出来ると、信じているから」
先輩は、少しぎこちない笑顔で僕の肩を二回叩くと、さっと踵を返し、生徒会室へと続く廊下を、素晴らしい歩行速度で去っていく。
教室前の廊下に、一人残された僕の手には、訪問先の住所と日時、訪問時の一般的注意が書かれた紙と、一抹以上の不安が残された。