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けしもの屋日誌  作者:
23/23

22 「墓参り」

   22 「墓参り」


 今年に戻り・

   六月二十二日金曜日 気持ちよい晴れ


 白い裙子(スカート)に青の衫子(シャツ)に着替えた紅鳥(ことり)とケーブル列車に乗ったのは四時二五分。


 初めて列車に乗って天涯へ行く(らしい)紅鳥ははしゃぎっぱなしで、車内には鈴のような清音が響き続けた。 そんなわけで、車中では乗り合わせた客の注目の的となった。

 もっとも、音がしなくても、紅鳥の服装は時代を超越しているので人目を惹く。

 だけど、それが紅鳥には似合っているし、コスプレして歩く若者は昨今珍しくもないので、せいぜい「古装劇(じだいげき)の扮装をしている女の子」と見られる程度で済むだろう。

 ちなみに、奉公し始めてから知ったことなのだけど、紅鳥と白獏(しろばく)の装束は全てお師匠が選んで「無理矢理着させている」(白獏談)らしい。 髪を結うのもお師匠の愛好事。

 白獏がお師匠を「倒錯爺(とうさくジジィ)」と呼ぶのは、この辺りに所以(ゆえん)があるように思う。


 六月も後半になると、この時間でも陽の光はまぶしくて、ムータン婦人宅の西海岸通り、独橋路四番地の院子(にわ)は、溢れるほどの光で緑が輝いて見える。

 婆さんがこの院子で息を引き取ったのは、先月四日のこと。

 遺言に従い、婆さんの墓は院子の中に造った。 そう。 素娘(そじょう)さんと「あの人」の隣。

 茂った草の間の細道を抜けて墓前へいくと、紙で作られた紅と白の牡丹の花が、無造作に置かれているのが目に入った。


「誰が来たんだろ。 ――あ……」


 夜行性の彼が、昼間行動していた理由がようやく分かった。

 彼が覚えていて、自分が忘れかけていたことを恥じ入りつつも、なんだか嬉しい。

 墓石などない土を盛っただけの墓に、持ってきた花や菓子を供えると、僕と紅鳥は並んで手を合わせた。


             *


 昨年十一月二十日の夜。

 お師匠――玄青(げんせい)老板(てんちょう)は、ムータンさんを消さなかった。

 消したのは、ムータンさんの花仙としての力と、天籍――簡単に言えば、人間にして、天界追放の刑、に処したのだ。

 花仙としての力を失ったムータンさんは、元の老婦人の姿に戻っていた。

 いや。 もしかしたら、あの晩以前の姿より老けていたかもしれない。

 老板は、「余生は墓守でもして過ごせばいい」と言って、ムータンさんを解放した。


 実を言えば、この夜の出来事を、僕はあまり詳しくは覚えていない。


 それは何故かって?


 答えは簡単。

 お師匠が僕の記憶を消したから。

 先にも語ったように、〈けしもの〉仕事は外部の人には見せないのが鉄則。 依頼主でも例外はない。

 当然、僕もその対象だった。

 全てが終わった後、紅鳥から渡された茶碗には、薔薇(バラ)の香りのする金色のお茶が入っていた。(これが〈忘却茶〉だったということは、最近になって知った。)

 それを飲むようにとお師匠に命じられた。(自分で飲まないなら、お師匠がクチウツシで飲ませる――というような脅しがあったことを、おぼろげに覚えている)


 しかし、温情はあった。


 お師匠は、消すのは〈けしもの屋〉に関わる記憶だけに止めてくれていた。

 〈けしもの屋〉に関わることを消せば、ムータン婦人の正体についても忘れてしまいそうなのだけど、そこはどう記憶操作をされたのか、婦人と僕が交わした会話などは、全て覚えていた。

 時々、自分の記憶が曖昧(あいまい)で、何か〝足りない〟と感じることがあっても、それが〝何か〟を考えようとした次の瞬間には、何を考えようとしていたかを忘れた。

 そんなことの繰り返しだった。

 けれど、僕はそのような状態に特別疑問を抱くことはなかった。

 ただ時々、遠くを見てぼんやりすることは多かった。 何を見たかったのか、自分では分らなかった。


 とにかく、そういった理由で、僕の記憶からは玄青老板も白獏も紅鳥も、〈けしもの屋〉に関することは消えて無くなっていた。

 婦人が死の間際に話をしてくれるまで――。



「ムータンさん――婆さん。 僕、元気にやっているよ。 婆さんのおかげで、今じゃ〈けしもの屋〉の一員に……まだ見習いだけど、なったんだよ。 どう? 意外だろ?」


 ムータンさんが人間、になって過ごした半年。

 僕はムータンさんを「婆さん」と呼ぶようになった。 婆さんは僕のことを「小彩」と呼んだ。

 祖父母のいない僕にとって、婆さんは本当の婆さんのようだった。 嫌味ったらしい憎まれ口に応戦するうちに、言葉づかいも「ですます」調から砕けた言葉に変っていった。

 学校の決めた訪問日以外も、しょっちゅう顔を出しては、あの晩枯れた花木の代わりに、素娘さんと「あの人」の墓を囲むように、色々な花の苗を植えていった。

 時間が止まっていた院子のように華やかな花はなかったけれど、緑の戻った院子に立った婆さんは、すっきりと晴れたような顔をして、一本一本の緑に言葉をかけていた。


 訪問後半は、公孫(こうそん)(しゅう)の粘りに負け、とうとう秀も一緒に訪れるようになった。

 婆さんの淹れるお茶とお菓子はいつも美味しかった。

 何度か、大井と光哥(こうにい)まで加わって、賑やかな午後を過ごした。

 もちろん、秀達には婦人の過去は話していない。 必要はないし、必要もなかった。



紅鳥(ことり)、耳栓準備オッケーだよ」


 婆さんの墓の前に座ってそう告げると、紅鳥は嬉しそうに微笑み、僕には聴こえない歌を歌い始める。

 海風が、紅鳥の髪や裾をふわりと揺らす。

 白の裙子は白牡丹の花片(はなびら)ように、風をはらんで柔らかに揺れる。


 今日は、婆さん――丹娘(たんじょう)と素娘さんが、ここで初めて「あの人」と逢った記念の日だと言っていた。

 二人とは、もう色々話をしただろうか。

 僕と話す時みたいに、憎まれ口ばかり言ってはいないだろうか。


「でも、その方が婆さんらしいのかな?」


 思い出し笑いをしてしまう。

 晴れた日には、院子に卓子(つくえ)と椅子を出して、お茶と一緒にたくさんの話をした。

 やっぱり、僕が話すことが多かったけれど、せがむと、「まったく、しつこいね」と言いながら、

婆さんも自分の話をしてくれた。

 時には、天界の話も聞かせてくれた。

 色彩にあふれた、百花咲き誇る花園の話。

 人界では考えられないような個性豊かな獣の話、人間と何処が違うのか?と思える、

生臭い神仙達の話――。

 想像の産物と思っていた世界の話を、僕は小さな子供みたいに楽しんだ。

 話して聞かせる婆さんも、楽しそうだった。

 もしかすると、僕に話しながら、婆さんは天界の景色を見ていたのかもしれない。


「婆さんの話聞くの、僕、とても好きだったよ。 ――それに」


 僕には見えない、僕の知らない世界。


 そんなものについて、考えることも、知りたいと思うことも、以前の僕ならなかった。

 そんな僕がいま、〝摩訶不思議専門店〟の如き店、〈けしもの屋〉に入り浸っている。

 しかも、その店で働き、ゆくゆくは正社員になりたいとまで思っている。

 自分の将来なんてほとんど決まったものだと、考えることすら放棄していた僕が、だ。


 すべては、あの日、婆さん――ムータン婦人と逢ったことが始まり。

 ほんのたまたま。 偶然の巡り合わせ。

 でもこれが、〝縁〟というものなのかもしれない。


「それにさ、正直に言うのは僕だって〝(しゃく)〟だけど、僕も、楽しかった。 婆さんと一緒にいられて――会えて、嬉しかった」


 一寸先に何があるかなんて分らない。

 「人生」なんてものを語るには、僕はまだまだ早過ぎるし、知識も経験も不十分。

 だけど、これからの長い時間の中で、あり得ない、起こり得ない、と思っていたことに、いくらだって出会う可能性はあるし、それらの経験から、様々な衝撃や感銘を受けることはあると思う。

 見えているつもり、知っているつもりでいたことだって、まるで何もわかっていなかったことに、気付かされることもきっと多いに違いない。


 僕は、僕の知らないことをもっと知りたい。

 この世界のこと、僕の知らない世界のこと。

 知りたいことに果てはない。

 知るきっかけは、普段の生活の中にもあると思うし、自分が少し行動を起こせば、さらに多くに巡り合うチャンスを得るだろう。

 それが、〈けしもの屋〉にいればきっともっと確実に、思いも付かない体験が出来るだろうし、普通では気付けないことに気付かされる。(婆さんの件ひとつで、目から鱗が五・六枚落ちたのだから――。)

 こんな経験、通常生活を送るだけでは、そう簡単に出来るものじゃないし、巡り合えたせっかくの縁を、活かさない手はない。

 縁=チャンスを最大限に活かすなら、〈けしもの〉の世界に飛び込んで、この仕事に、自分も真剣に向き合ってみるべきだと僕は思った。

 僕は玄青師匠や白獏、紅鳥みたいな特殊な力があるわけでもない、普通の人間だ。

 だけれどそんな僕にだって、僕だからこそ、何かしら出来ることがあるかもしれない。

 普通の人間代表として、人界で暗躍(?)する〈けしもの師〉を目指すことは、通常の職種を志すのとは違う面白い目標だと、今の僕は思っている。


 何より初めて、自分から望んで飛び込んだ世界。

 どんな困難が待ち受けているかなんて想像は付かないし、時々、命にかかわる危険も(主に店内で)あるけれど、決めたからには簡単に諦めない。

 もちろん、学校や天涯の家での生活だって大切だし、手を抜く気はさらさらない。


「僕が目標達成できるか、婆さんも見ていてよ。 いつもの、野次を飛ばしながらでいいからさ――」


 柔らかな風を感じて顔を上げると、紅鳥が横にふわりと立っていた。

 にっこりと花の笑顔を見せると、僕の手を取り軽く引いた。

 耳栓を外し、僕は立ち上がる。

 しゃらんと鈴の清音が響き、周りの緑は音に応えるように揺れた。


「ありがとう紅鳥。 花達に水をあげたら帰ろうか、〈けしもの屋〉へ」






 え?

 僕が何故、〈けしもの師〉を目指すのかがいまいち理解できない?


 それは当の僕も上手く説明ができないので、また日を改めて、おいおいと。



挿絵(By みてみん)

 この話で《けしもの屋日誌》はいったん終了いたします。


 ここまでお読み下さった皆様には

 心から感謝の言葉を申し上げます。

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