21 「白牡丹の話」
21 「白牡丹の話」
十一月二十日火曜日 澄んだ月夜
萎れた白牡丹に、ムータン婦人がそっと触れると、はらはらと、数枚の花片が散った。
「この白牡丹が、素娘さん――?」
「――彩。 あたしがおまえに聞かせた素娘の話には、偽りが混ざっている」
ムータン婦人は散った花片を愛おしむように拾い上げると、手のひらに乗せ、視線をその上に置いた。
「妹妹――素娘とあの人が想い合う仲だったこと、そしてその二人の仲が許されなかったことは本当だ。 ただ、許さなかったのは親などではない――天帝だ」
「天帝? それは天界で一番偉い神様、ですよね?」
先に玄青老板が言っていた、婦人が「罪人」だと言う言葉を思い出した。
天帝の後宮から、妾妃を一人連れ出して逃げた罪人、と言っていた。
「素娘は、あたしと同じ牡丹精だ。 白牡丹の精。 雪のように白い、それは美しい――。
その美しさは天帝の耳にも届き――天帝の後宮に入ることが決まった。 けれどそれは、あの人と出会った後に決まったことだった。
素娘は泣いて拒もうとした。
だが、花仙ごときが天帝の命に逆らえるはずもなかった。 素娘はあの人に別れを告げることも出来ず、後宮へ入った」
「その男性は、素娘さんが花仙だと言うことを、知っていたのですか?」
ムータン婦人は少しの間をおいて、ゆっくり、首を横に振った。
「あの人は、何も知らない。 あたし達のことは、自分と同じ人間だと思っていた。
――あの人は、子供の時分から学問のため、島の外へ出ていた。
だが、渡航先で胸を患ったあの人は、故郷であるこの島へ療養に戻ってきた。
長い療養生活を送るうち、何もせずにいることに退屈を感じたあの人は、花作りを始めたいと思いたったらしくてね。
もともと、花好きだったのだろう。
体調の良い日に少しずつ、花のなかったこの院子に花木を植えて。
植えた花の中には、牡丹もあった。
ちょうど同じ頃、あたしと妹妹は人界に遊びに来ていてね。
牡丹を育てるには不向きな土地で、無駄な苦労している人間がいると噂で聞いて、単純な好奇心で見に来たんだよ。
あの人は花に話しかけながら、懸命に世話をしていたが、なかなか上手くはいかなかったようでね。
慣れない土仕事で泥にまみれ、くたびれているあの人に素娘は同情したのかもしれない。
度々この家を訪れるようになって、終には、あの人の花作りに協力を始めた。
そんな素娘に付き添って、あたしもこの家を訪れた。 花作りに手こそ貸さなかったが、素娘の姐姐として、いつも一緒にいたよ。
花を愛する人と花仙。 惹かれあうのは自然なことだった。
二人は似合いだった。
内気なところも二人は似ていてね、なかなか互いの気持ちを言い出せなかった。
だけど、あたしの世話焼きで二人は相思う仲となった。
それからあたしは、ここへは訪れなくなった。 二人の邪魔なんかしたくないからね。
そんな矢先だった。
妹妹の後宮入りの話が持ち上がったのは――」
手のひらの花びらを土の上へ置く婦人を支えながら、僕は一瞬迷った後、訊いた。
「素娘さんのこと。 男性には、伝えなかったんですか?」
「伝えようと、あたしはこの家を訪れた。
伝える、つもりだった。
だがあの人は胸の病が再び悪化して、とても弱っていた。 そんなあの人に、素娘は二度と来られないとは、伝えられなかった。
妹妹が来られないのは、老いた親の看病のためだと言い繕い、あたしは毎日、この家を訪れるようになった。 妹妹の代わりに、床から起きられないあの人の代わりに、院子の花や木の世話をするために。
あの人は、素娘が来られない理由は他にあるのではないかと、薄々は感じていたようだった。
だが決して、あたしに問いただすようなことはしなかった。
毎日訪れ院子の手入れをする私に、あの人は笑顔で感謝を述べ、そして、この院子の管理をあたしに頼んだ。
自分が元気になって、素娘も戻ってきたら〝三人でまた一緒に花を作りましょう〟と、空の白雲を眺めながら言っていた。
だが、それから幾日か経ったあの日、あの人は血を吐いて――逝ってしまった」
「もしかしてあの染みは――……」
「――あの人の血」
婦人の声はかすれていて、ひとり言のようにぽつんのとした言葉だった。
黒にほんの少し青を混ぜたような空へ、婦人は目を向けた。 心もとなげに輝いている小さな星よりも遥か先を見るような、遠い目で。
「あの人は死んだら、この院子に埋めて欲しいと言った。 素娘と共に作ったこの院子で眠りたいと。 あたしはその言葉に従った。
それから、あたしは天界へ戻った。
あの人は最期まで素娘に会いたがっていた。
その想いだけでも、素娘に伝えたかった。
だが同じ頃、素娘もまた後宮で床に伏していた。
元より丈夫な子ではなかった。
あの人と割かれるように別れさせられたこと、慣れない後宮での暮らしが、妹妹の身体には負担だったのかもしれない。
なんとか伝手を使って妹妹に会えた時、妹妹はもう長くないと、あたしは確信した。
あのまま後宮で枯れさせるくらいならば、あたしは、あの人の傍で最期を迎えさせてやりたいと思った。
素娘はすっかり弱っていたが、あの人に会いたい一心でここまで何とかたどり着いた。
そんな素娘にも、あたしは真実を――あの人の死を伝えることは、出来なかった。
あの人は身体が良くなって、少しの間島を出ているが、いずれは戻ると――偽りの話をした。
素娘はあたしの言葉を信じて、あの人が帰る日を、あたしと一緒にこの場所で待つと言った。
けれど、もう人の姿を保っていることは出来なくてね、元の姿に――白牡丹に戻ってしまった――」
萎れた白牡丹に、婦人は視線を戻した。
青白い婦人の横顔は、初めて院子で見かけた横顔以上に寂し気で、見ている僕まで切ない気持にさせる。
「院子の時間を止めたのは、何故ですか?」
「枯れることなく咲いていられれば……素娘はずっと、あの人と一緒に居られると思った。 あの人の傍で咲くことが出来れば、人の姿でなくとも、妹妹にとって――」
「――綺麗事に、してんじゃねえよ」
突然、白獏が口を挿んだ。
「てめえもその男に惚れていたんだろうが。 可愛い妹とその男が惹かれあっていくのが、心の底では面白くなかったんだろうが。 その二人が、死んだ後にでも一緒になるのが嫌で、死んだ男の上に、半死の妹を死なせないまま、時間を止めて咲かせ続けていたんだろうが。 残酷なことをするよな、姐姐は」
白獏の言葉に、ムータン婦人は顔を上げ唇を震わせたが、言葉は出なかった。
「ムータンさんに失礼じゃないかっ」
「うるせえっ。 俺は見たままを言ったまでだよ」
「〝見る〟って何をだよっ」
思わず熱くなった僕の肩に、老板が手を置いた。
「白獏は、そういった力の持ち主なんだよ」
「〝そういった力〟ってなんですっ?」
語気の荒くなった僕をなだめるように、老板はぽんと肩を軽く叩いた。
「記憶を見ること。 触れた相手の見ている夢や心の奥に秘めている想いを、自分の体験していることのように、見る」
「そんなこと――……」
呆気にとられた僕の肩をいま一回叩くと、老板は扇子を広げ口元を覆った。
「君には、信じ難いだろうがね。 先程白獏は牡丹精の過去を見たのだよ。 言葉が悪いが、彼は見たままを口にしただけだろう。 まあ、それで事の全てを知ることが出来るとは、言わないがね」
信じられるものか。 もし、白獏の言った通りだっとしても――
「ええ、僕には信じられませんし理解できません。 理解できませんし、もし真実だったとしても、そんな心の中を覗き見るような行為、非礼じゃ――」
言葉を言い終わらないうちに、頬のすぐ横を光る何かが走った。 それが何かは確認していないけれど、冷や汗が流れた。
白獏を見ると、手には小刀が光っている。
「なんでもてめえだけの物差しで決めんじゃねえよ。 俺にとってはな、なにも非礼なんかじゃねえんだ。 俺の世界じゃそうやって相手の心の裡を覗き、それを喰って生きていくのが普通だったんだよ。 俺を非難するのは勝手だがな、その牡丹精が男や妹に取った行為はどうなんだ? 真実を告げずに欺き続けるのは許されることなのか? 死にかけの妹を死なせず咲かせ続けるのは正しいことなのか? それにお前、お前のやったことはどうなんだ? その牡丹精の意向を訊かずに〈けしもの屋〉に依頼した。 それはお前の自己満足のためじゃねえのか? お前が〈けしもの屋に〉来て話を切り出さなけりゃ、いまのこの状況はねえんだよ。 それとも何か? 〝真相を知らなかった〟から仕方ない、で済まされるのか?」
白獏の言っていることは飛躍しているし、あまりにも乱暴だと思う。
けれどその言葉は、僕の胸をえぐる。
「そ、そんな話をしてんじゃないだろ! ただ、もう少しムータンさんの気持ちを――」
「〝気持ちを考えて〟やれってか? は、それなら俺は考えてやったぜ? 俺がそいつの記憶を喰えばそいつは長年抱えていた〝自責〟から逃れられるんだからな。 だがせっかく喰ってやろうってのに、そいつは断った」
白獏は顎でムータン婦人を指した。
「――僕は……」
続ける言葉を見つけられず、僕も俯いてべったりと座りこんだ。 さっき白獏に言われた言葉が、耳の奥で何度も響く。
彼が言うとおりだ。 僕が軽率に行動したために、こんな事態になってしまったのだ。
白獏のことなんか、言えない。
「――結城彩」
冷たい手が、頬に触れた。
のろりと顔を上げると、婦人は首を横に振って見せた。
「もし、おまえが責任を感じているのなら、そんな必要はないんだよ。 あたしは、玄青殿が来るだろうことを、知っていた」
「――知っていた……?」
ムータン婦人の顔を見つめた。 婦人も僕の目をしっかりと見返した。
「天界の者には、天界の者にしか分からない匂いがある。 先週の土曜、おまえが訪問した時、私はおまえから天界の匂いを感じた」
玄青老板を振り返り見ると、老板も肯定の仕草をして見せた。
脱力した。 何も知らず、気付かずにいたのは、本当に僕だけだったということ。
「あたしは――待っていたのかも知れない。 こんな日が来ることを」
「――こんな日?」
「自分では、気付いていなかった――いや、気付きたくなかったのかもしれないね」
ムータン婦人はそっと、枯れた花に触れた。
「その白い男が、言った通りだ。 あたしはあの人を――愛していた。 だが、素娘も同じに愛おしい、大切な妹妹だったんだよ。 どちらも、あたしにとっては大切な存在だった。 だから、あの人が逝き、素娘が牡丹の姿に戻り、この院子の時間を止めたあたしは、あの人に託されたこの院子を、素娘を守っていくのが己の務めだと心に決めた。
だが、月日が過ぎるほどに、あたしの気持ちは沈んでいった。
石を裡に抱えているように、重く――苦しくてね。
二人に、真実を話さなかったこと。
何故あの時、真実を話さなかったのか、と、自分を問いただす日々が続いた。
あの人の血の跡が、物言わぬ花となった素娘が、あたしを責めているように思えて……。いっそ、二人が現れて、あたしを罵ってくれれば、どんなに気が楽だろうと、思ったりもした」
「そんなことはない」と言おうとして、僕は言葉を呑み込んだ。
婦人は僕へ視線を戻すと、僅かに微笑んで見せた。
「それなのに、あたしは術を解くことは出来なかった。
術を解けば、素娘は枯れて死ぬ。 だが、そうすれば素娘とあの人の魂は天へ昇り、いずれ二人は生まれ変わることができる。 それを知りながら、それでも、どうしても、出来なかった――」
婦人は僕の右手を取ると、労わるように優しく包んだ。 僕はそれを黙って受け入れた。
「彩。 この数カ月、よくあたしのわがままに付き合ってくれた。 必死に、壁の染みを消そうとしてくれた。 必要のない苦労までして、消そうと、頑張ってくれたね」
「そんなこと……。 だって、気付いてたでしょう? 僕は――最初は、嫌々だった。 ただ自分の意地で、やっていただけで……」
「きっかけはどうであれ、おまえはあたしの願いを叶えようと、頑張ってくれたろう? おまえがあたしのために懸命になっていったことは、あたしが一番解っているつもりだ」
「だったら――。 素娘さんも男性も、ムータンさんにきっと、同じ思いを抱いていると……思います」
今度は言葉を呑み込まずに言った。 本当にそう思ったから。
婦人は少し瞳を大きくして、しばらくじっと、僕の顔を見つめていた。
「口に出して言うのは癪だがね、彩。 おまえがおまえのことを、家族のことを話してくれるのを聴くことは、あたしの楽しみだった。 おまえの話を聴く間、あたしもおまえの家族の中に入れたような気になってね――嬉しかった」
まるで、別れを告げるような婦人の言葉に、僕はとっさに何を言って返すことも出来ず固まってしまった。
婦人はふわりと微笑み僕の手を離すと、横に立って見ていた老板を見上げた。
「玄青殿には、あの人の魂が見えるのか?」
「素娘の隣に」
「素娘とあの人の魂を、共に、迷うことなく天へ送ることは、できましょうか?」
老板は扇子を畳むと紅鳥姑娘を見遣った。
姑娘はこくりと頷くと、何故か僕の前に膝をついて、胸ポケットの辺りを指差した。
「彩君。 君、その内側に何かを入れているだろう?」
一瞬何を言っているのか分からなかったが、すぐに耳栓と霊符のことを思い出し、内ポケットから出した。 すると紅鳥姑娘は耳栓をとって、耳に入れるような仕草をして見せた。
「〝歌う〟から、君には耳栓をしていて欲しい、と言っているんだよ」
「歌う? 紅鳥姑娘は喋れないんじゃ?」
「死者にしか聴こえない声を、紅鳥は持っていてね。 紅鳥の歌は、想いを遺して人界を離れられない魂や、彷徨い続けている魂を、浄め、天へ導くことができるのだよ。 基本、生きている人間には聴こえないのだけれど、時々聴こえてしまう者がいてね」
「聴こえてしまうと?」
「天へ昇ることになる」
つまり死ぬ――と。
「念のためだよ。 あとその霊符もしっかり握っておくといい。 〈離魂〉を防ぐ護符だ」
それ以上余計な詮索はやめた。
素直に耳栓をして霊符を握ると、紅鳥姑娘はにこりと微笑んで、萎れた白牡丹に視線を移した。
姑娘の桜桃色の唇が緩やかに開く。
大井の渡してくれた耳栓効果か、単に僕は聴こえない人間なのか、姑娘の歌は聴こえない。
どんな歌声なのか、どんな歌詞なのか、まったく分からない。
だけど、目の前で起こっている現象は分かる。
紅鳥姑娘が歌い始めると、萎れていた白牡丹は淡い光を帯び、術が消える前よりも美しい、大きな花を咲かせた。
少しすると、白牡丹は白い衣に身を包んだ、見たこともない女性の姿に変わった。
優しい顔立ちの、儚げな品のある女性。
それが素娘さんだということはすぐに分かった。
素娘さんが右手を差し伸べると、そちら側に男性の姿が現れた。
二人は互いを見つめた後、ムータン婦人に微笑み、何か言葉をかけたようだった。
そして、二人の姿は白い光に包まれ、散るように消えて行った。
光の消えた後には、すっかり枯れてしまった牡丹の株が残されていた。
「――さて」
玄青老板は地に座り込んだままのムータン婦人の正面に立って、扇子を畳んだ。
「牡丹精――丹娘。 そなたは天界へ戻れば罪人。 無罪放免と言うわけにはいかぬだろうよ」
「承知している」
「私は、百花娘娘よりそなたの処遇を一任されているのだが――それも受け入れるか?」
ムータン婦人は、少し驚いた目で老板を見上げ、そして微笑んだ。
「望むところだ」
玄青老板も微笑み、扇子を腰帯に挿すと、ムータン婦人の額に右手を置いた。
なんだか、嫌な予感――。
「老板、いったい何を?」
老板は、ムータン婦人の上に視線を置いたまま僕を見ようとはしない。
老板の右手の内から、淡い光が漏れ始める。
「これは君の依頼ではない別件だ。 私は、この牡丹精を消す依頼を受けていてね。 人界で時間を止め、死ぬはずのものを生かし続けた行為は、天界では結構な罪なのだよ」
「け、消すって――」
「これは私の特技。 私が直接触れて〝不要〟と思ったもの、〝要〟と思ったもの。 それらは全て消えてなくなる。 どんな大きなものでも、跡形もなく」
さっき、ブルーシートが消えたのは――。
次の行動を具体的に考えるより先に身体が動く。
老板の右腕にしがみ付き、黒の瞳を真っ直ぐに見上げた。
「待って下さいっ。 ムータン婦人は僕の奉仕活動の訪問先で、僕の学校の生徒だけでなく、天涯に暮らす多くの人々が存在を知っているんですよ? そんな人が急に消えたら、確実に騒ぎになりますよ? 失踪人として届け出られたら広域に伝達されます。 何より、僕が知っているんですよ、すべてを」
少し驚いた顔で僕を見た老板は、すぐにいつもの微笑を取り戻す。 口元は笑っているけど、底のない闇のような黒の瞳は、冷たく僕を見下ろしている。
「彩、あたしのことならもう――」
「ムータンさんがよくても、僕がよくありません!」
少し不安げな声で婦人は僕を止めようとしたが、僕は老板を見上げ続けた。
「心配はない。 何者の記憶からも記録からも、この花仙を消すからね。 残るのは廃墟となった家と院子くらいだ。 なんならそれらも全て、消してしまってもいい」
またもさらりと、玄青老板は言ってのけた。
白獏がこの老板を怖れるわけが、少しわかった気がする。
だけど、ここでは引き下がれない。
「でもここは人界です! 人間の常識が、優先されるべきではないのですか? 老板達は天界からこの人界へ移り住んでいるのでしょう? ならば、現在暮らしている世界の考え方を少しは鑑みていいんじゃないでしょうか? 〝郷に入れば郷に従え〟といいますし〝窮鳥懐に入れば猟師も殺さず〟っていうじゃないですか! それに老板は白獏に〝この世界の道義と礼節を学ぶべき〟と言われていましたよね? それを彼に諭すならば、まずは雇用主である老板が範を垂れるべきではないのですかっ?」
自分でも何を言っているのか分からない。
半ばやけくそだし、無我夢中。
僕の短い物差しで測った、認識の浅い発言かもしれないし自己中心的な行動かもしれない。
だけど、僕の感情に素直に従った行動。
とにかく今は、この右手を婦人から離すことが優先事項。
「――は……」
「――は?」
何かが、老板のツボにはまったらしかった。
老板は婦人の額から手を離し大笑いを始めた。 右腕にしがみ付いたままの僕には老板の笑いがもろに体感される。 僕だけでなく、婦人も、白獏と紅鳥姑娘も目を丸くしてその様子を見ていた。
「結城彩。 君は、予想していた以上に面白い。 ――確かに、白獏君にばかりは言えないかもしれないな」
そう言って、老板は僕にまた究極の笑みを見せた後、ムータン婦人の額に手を置いた。
「だが――何も、しないわけにはいかないのだよ」
老板の言葉と共に、婦人の身体が白く光を放った。
光に包まれ、婦人の姿は見えなくなった。