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けしもの屋日誌  作者:
19/23

18 「体当たりすると堰は切れる」

 文末に、内容とは無関係の落描きを置いています。(1月31日~)

 見られたくない方は、挿絵表示をOffにして下さい。

   18 「体当たりすると堰は切れる」


   引き続き十一月十九日月曜日 晴れ


 〈百彩堂(ひゃくさいどう)〉、店内清掃引き受けの経緯は以下の如くである。



 金曜晩、〈百彩堂〉店内における刃傷沙汰(未遂)事件の原因は、白獏(しろばく)という店員にある。 店の責任者である玄青(げんせい)老板(てんちょう)はすっぱりと言いきった。


 しかし――


結城彩(ゆうきさい)君。 君は、白獏君が二回、小刀を投げた段階で、身に及ぶ危険を推測できたと思われるが、君は店外へは逃げず店内で逃げまわった――そうだね?」


 玄青老板は大型金扇子で口元を覆い、穏やかな声で言いながら、床に散らばる様々な物へ視線を流した。 僕が逃げまわる際、櫃台(カウンター)や棚からはずみで落とし、蹴散らした品々だ。

 要するに、店内の乱れの一因は僕にもある、と言っているのだ。

 白獏への、目にも止まらぬ仕置きを目の当たりにした上、老板(てんちょう)の指摘に反論出来ない面もあったので、僕は店内清掃を「自主的に」申し出ることとなった。

 老板は、形式的に「無理はしなくていいのだよ」と言いながら、「君の都合のいい時間にゆっくりでいいから。 ここ数年、君以外に〝買い物〟に来た客人なんて、いなかったのだからねえ」と微笑んだ。

 とっさに、「それならば掃除の必要はないのでは……?」という言葉が心中で生まれたが、その場を支配する老板の笑顔に、瞬時に圧殺された。


     *


 ケーブル列車を降り、他の降車客より(のろ)い足取りで改札へ向かう。

 改札を抜ける前、一旦立ち止まり深呼吸。 覚悟を決め、海角中環駅から駅前大路へ出る。

 

 月曜の午後四時過ぎ。

 金曜夜の賑わいとはまた違う活気。

 夕飯の買い物を済ませた御婦人がたや下校途中の学生達が、好き勝手喋りながら行き交う。

 飲食店の呼び込みの声と、甘い辛い様々な食べ物の香りが、人の流れと共に漂ってくる。

 駅を出るまで感じていた微々たる不安など、人ごみに入った途端粉砕される。

 ちゃんと顔を上げ、周囲の状況を素早く読み取り身体を移動させないと、駅へ向かう人波に押され、思うように前進できない。 下手にぶつかって、金曜みたいに怒鳴られるのもごめんだ。

 だけど、慣れてくるとこの人ごみを縫っての移動は、ちょっとしたスポーツの様で楽しい。

 楽しむ余裕が出てくると、人ごみの先に在る他の事物にも目が届くようになる。 金曜と違い、まだ陽は高めなので、通りの全容がよく見える。


 陽光の下の、目に映る光景は天涯とあまりに違う。

 こんな驚き方をしていると、僕が海角に来たことがないかのように聞こえるかもしれないが、それは(NO)。 時間帯を問わず、海角に来たことは何度もある。

 けれどその際は、大抵明確な目的があって、その目的地だけを目指し、送迎の車で移動をしていたので、通りすがる町の様子などあまり気にしていなかった。 というより、関心がなかった。

 それが現在、諸々の経緯で意識改革をさせられている。

 意識に変化が起きると、何度も訪れたはずの町の、見えるもの聞こえるもの全てが新鮮に感じる。

 天涯では考えられない、半下着姿の小父(おじ)さんが、店先で串焼きを焼いている。 (しゅう)ではないけれど、タレの焦げる香ばしい匂いをかがされると、胃袋が勝手に反応してしまう。

 店主と顧客の喧嘩腰の会話。 おそらく、これが海角流コミュニケーションなのだろう。 あちこちから同様のやり取りが聞こえてくる。 

 串焼き屋の隣の、狭い袋小路を有効活用して、小柄でやせ気味の小母(おば)さんが造花を売っている。

 種々雑多な造花は、どれもが現実にはあり得ない目にも眩しい蛍光色か派手な赤。 花の横で、やや控え目に売られているTシャツも極彩色。 どこかで見たことがあるような牌子(ブランド)のロゴが、ドンと胸にプリントされている。 よくよく見れば、ロゴの一文字が有名牌子とは違っている。 限りなく偽物に近い本物、といったところか。


 大路を挟んだ隣の区画には、開業してまだ五カ月の、八階建ての大型ショッピングモールがある。

(ちなみに、運営しているのは結城のグループ会社で、僕もプレオープンの招待会に顔を出した。)

 先程までの庶民派店から打って変わり、価格設定が一桁(ひとケタ)以上違う商品が、鏡の如く磨かれたショーウィンドーに飾られている。

 吹き抜けの一階ホール中央には生花店があり、一本一本、透明セロファンで巻かれた生花が、宝石のようにガラスケースに並べられている。 海角の人々が好みそうな、華やかで鮮やかな花を多く取り揃えていて、先の小母さんの造花とは一線を画する高級感が匂い立つ。 もっとも、一本が(海角での)二回の食事代より高いのだから、高級感漂うのも当然だろう。

 ただ、好のみの云々(うんぬん)はさておき、小母さんの店で売っている造花の方が、海角の町には似合っているように思う。


「――ヘンな、町」


 虚実混在、といった印象。

 何が虚で何が実かは判らない。

 真と偽、新と旧、すべてが渾然(こんぜん)と融合して、この町独自の色彩を生んでいる気がする。

 もっとこの町のことを見てみたい、と始めて思った。

 だけど今日は先を急ぐ。

 本日ここへ来た目的を、忘れてはならない。


 角を幾度か曲がり下るうち、本日の目的地〈百彩堂〉へつながる最後の小路に着く。

 一旦立ち止まり、小路の先にある景色を思い浮かべると、ついでに金曜夜の惨事も甦る。

 巨大な漬物石を両肩に乗せられたよう。 陽光の明るさとは対照的な、暗澹(あんたん)とした気持ちになる。


「――いや、今日は大丈夫。 大丈夫だろう、大丈夫なはず――……」


 自己暗示にもならない、あくまで「気休め」の呪文を繰り返す。

 本日、〈百彩堂〉を訪れるのは、約束させられた掃除をするためではなく、幾つかの謎を玄青(げんせい)老板(てんちょう)に尋ねるため。

 老板(てんちょう)は「いつでも来てよい」と言っていた。

 凶暴店員白獏(しろばく)は、老板がいれば凶行に走ることはない(はず)。 それに何より、あの店に行けばもれなく、紅鳥(ことり)姑娘(おじょうさん)にも会える(はず)。

 小路を抜け、〈百彩堂〉前の石院子(にわ)入り口に立つ。 周囲に白い人影がないことを確認。

 その後、院子を囲む壁に背を預けながら、店舗入り口を目指す。 秀の話だと、店に入る前でも白獏の小刀に襲われる可能性がある。 玄青老板に会うまで油断禁物。 防御用の鞄は、いつでも楯として使えるよう手に持っておく。

 ――しかし、文具店訪問に異様な緊張感を漂わせている僕は、傍から見れば明らかに不審者だろう。


「――ふぅ……」


 途中で小刀に襲われることなく、無事、年季の入った木製ドアの前に立つ。 第一関門突破、といったところ。

 幅のある木枠に、身体を重ねるように立ち、()硝子(ガラス)と見紛うばかりの、汚れた硝子窓越しに店内を伺う。 

 いない。


「――けど、金曜も〝一見(いっけん)〟は、誰もいなかったんだよね……」


 緩みかけた気持ちを引き締め直すと、覚悟を決め、ドアをぐいと引き開ける。

 音に色があるとしたら、このドアベルの音は暗褐(セピア)色。 郷愁誘う枯れた音が、埃で装飾された店内に虚しく響く。


「ごめんください。 先週〝お世話〟になりました、結城です。 あの、どなたかいらっしゃいませんか?」


 油断なく周囲に視線を配る。

 節電のためか、電灯はつけられておらず、明るい戸外に比べ店内はとても暗い。 おかげでゴミ――もとい、(ほこり)に覆われた商品の哀れな様を、(つぶさ)に見ることは出来ない。 が、金曜に僕(と白獏)が荒らした状況から、店内の様子は少しも変わっていないことは判る。

 本気で、僕が掃除するまでこの状態で放っておくつもりなのだろうか――。

 (白獏に)刺激を与えない程度に、控えめな声量で五回呼びかけるが、今回もまた応えはない。

 やはり、〝営業中〟の札は見当たらないが、開錠されている以上営業中のはず。 ならば誰もいないわけがない。 聞こえていないか無視か、何れにせよ誰かはいるはず。

 こうなりゃ大声出すしかない。


「どなたか、いらっしゃいますよ、ね!」


 効果一発。

 しかも幸運なことに、聞こえて来たのは心地よい鈴の清音。

 足先から脳天に、ビリリッと痺れが走る。 ちょっと緊張。

 少しすると、予測通り樺色(かばいろ)の衣に身を包んだ紅鳥姑娘が姿を現す。

 挨拶をすると、姑娘も膝を折り挨拶を返してくれた。


「あの、今日は――」


 来店目的を告げようとすると、姑娘は目の前まで寄って来て、じっと僕の顔を見上げた。

 杏仁型の大きな瞳がやんわりと細められ、姑娘は花も恥じらう笑顔となる。 しかも、媚薬(びやく)の如き清音を伴って。 思わず見惚れて言葉なんて忘れてしまう。

 頬の筋肉が緩みすぎないよう苦心している僕の右袖を、紅鳥姑娘はくい、と軽く引いた。

 どうやら「ついて来て」、と言っているらしい。



「制服姿ということは、掃除に来たわけではないようだね。 まあ、座りなさい。 紅鳥(ことり)、客人用の茶を取ってきておくれ」


 前回の房間(へや)を通り過ぎ、曲廊を更に奥深くへ進んだ、水上に浮かぶように建つ古亭(あずまや)へと案内された。

 頭上の扁額には〈碧落亭〉とあり、左右の柱上には〈霧裡看花 水中望月〉とある。

 〈霧中(きりなか)に花を()水中(みずなか)に月を望む〉――少々変わっているけれど、詩情のある対聯(たいれん)

 歳月を経て落ち着いた古亭の深い丹色の柱と、池を囲む青々とした木々の調和は見事。 

 風のない水面は鏡のようで、木々や古亭を倒映している。 よもや、こんな池水を有した庭園があるなんて思いもしなかった。

 しかも、手入れはかなり行き届いている。

 緑を背景に、鮮やかな濃紫の長袍に身を包んだ玄青(げんせい)老板は、優雅な手つきで茶を淹れていた。 今日は、長い髪をひとつに束ねている。 記憶に違うことなく、容姿は端麗、纏う空気は典雅。

 挨拶もそこそこ、勧められるまま円卓の向かいに腰を下ろしたものの、一抹の不安を拭いきれず周囲に視線を走らせる。


白獏(しろばく)君なら睡眠中だ。 彼は基本夜行性でね。 雷が直撃しない限り起きないから、安心しなさい」


 前回同様大振りの金扇子で口元を覆いながら、玄青老板は目を細めた。

 心中を見透されていたことに少々気恥かしさを覚えたけど、不安の一つを消せたことで気持ちに確実な余裕が生まれる。

 紅鳥(ことり)姑娘が運んでくれた、澄んだ黄金色の茶の、ほの立つ蜜のような香りは、疲れかけていた心をほんのり和らげる。 一口含むと梨のような甘みが広がる。 一緒に出された棗糯(なつめもち)も甘酸っぱくて、緊張を解く手助けをしてくれた。


「――それで、(くだん)の婦人宅の染みは消えたかね?」


 前触れもなく、玄青老板が本題に切り込む。

 質疑応答の準備が出来ていなかった僕は、飲みかけていたお茶を誤飲し咳き込む。 隣に座っていた紅鳥姑娘が、心配そうに背をさすってくれる。 不幸中に幸い。


「――し、失礼しました。 はい、消えました。 試した部分だけですが、〝悲鳴〟を上げながら、驚くくらいきれいに――……」


 言葉を続けようとする僕の口元を、玄青老板は扇子の先で軽く押さえた。


「私の言ったことは、覚えているかね?」


 深く響く声で、老板は僕の目を見据え尋ねた。

 引き込まれそうに深い黒の瞳。 けれど、底のない穴を覗きこんでいる様で少々怖い。


「あの〈試供品〉で、もし染みが消えたら〝もう行かない方がよい〟と」


「だが、結城彩(ゆうきさい)君。 君は、その言葉に従う気持ちはあまりないようだね?」


 老板の一見、穏やかな視線に気圧されつつも、僕は視線を外すことなく口を開く。


「どんな薬剤でも消えなかった染みが、頂いた〈試供品〉を使ったら、付着したばかりの汚れのように簡単に落ちた。 あの液体を用いれば消えると分かったことで、染みの問題はひとまず解決しました。 ですが――」


 息継ぎしてお茶を一口。 老板は面白そうに僕を見ているだけで、「ああ」とか「そう」とかの相槌(あいづち)ひとつ打つことはない。

 反応が何もないのはどうもやりにくい。


「何故、あの液体で染みが消えたら、ムータン婦人宅へ行ってはいけないのか、僕には解りません。 消える際に聞こえたあの悲鳴のような音と、関係あるのでしょうか? あの液体はいったい何ですか? 成分分析をしたわけではないのでこれは僕の勘ですが、あれは市販されている品とは異なる特殊なもの、そして何より、あの染み自体が、普通の染みじゃない。 老板は染みの正体が何か、ご存知なのではないでしょうか? もしかして、ムータン婦人を、知っておられるのでは?」


 扇子を広げ、思わせぶりに数回揺らめかせた後、老板は僕の目の中を覗くように、顔を近づけてきた。 アップになっても端正な顔は端正。 あまり間近で見つめられると戸惑ってしまう。

 蛇に睨まれた蛙、は、こんな気分だろうか――……?


「御婦人に、直接訊いた方が早いのではないかね?」


 質問に答える前に、軽く頭を振って膠着(こうちゃく)した視線を(ほぐ)してみる。 ついでに、老板との距離を少し取る。


「それは考えましたが……出来ませんでした。 染みのことで、ムータン婦人は何か、深く悩んでおられる様子で、婦人に尋ねるのは――……傷をえぐるような行為に思えて……」


 くすりと老板は笑った。


「では、私に尋ねる理由は?」


「玄青老板。 僕はとても感謝しているんです。 あの晩、たまたま買い物に来ただけの僕の相談に乗って下さったこと。 自分で言うのもなんですが、染みの話は、荒唐無稽な、作り話に思われても仕方ない内容だと思います。 でも、老板は最後まで僕の話を聴いて下さった上に、あの〈試供品〉を下さった」


 再び息継ぎ。 先はまだ長い。


「染みが消えたことで、液体の効果は明らかになりました。 老板が、僕の話を子供の虚言と判断し、適当にあしらったわけではないと知ることもできました。 僕は老板、あなたの事をよく存じませんが、染みに関わることで僕を騙すことはない――と、信じています」


「それはありがたい評価だが、やや性急な判断に思われる。 それも勘かね?」


「そうです。 僕は老板の言葉を信じます。 だからといって、ムータン婦人宅へ行くのをいきなり止めることには抵抗を感じます。 最近ようやく、親しく会話出来るようになったんです。 憎まれ口がほとんどですが、婦人も、僕との会話を楽しんで下さっているように、思うんです。 それに、やりかけの作業を途中で放り出すことも僕の主義に反します。 ただ、作業を続けるためにはあの液体を、十分量売って頂かなければいけません、し……」


 老板は僕の顔に注目したまま、微笑崩さず話を聴いている。 視線を少し外してくれると、ありがたいのだけど……。


「それに――その、老板の先日の助言がとても気になって、明日の訪問に躊躇しているのも、事実です。 不安や疑問を曖昧なまま放置しておくことは精神衛生上良くないです。 〝行かない方がよい〟明確な理由があるなら、それを知った上で僕自身も考え、判断したいんです。 染みに関することでご存知の事があるのでしたら、どうか、教えて下さい」


 よし、言いきった。

 〝公孫秀(こうそんしゅう)に見習え〟作戦。 訊きたいことは直球勝負。 ――ただ、投げ慣れていないからコントロールは悪いけど。

 とにかく、ここまで口にしたからには後に退けない。 たとえ明日の払暁(ふつぎょう)までかかろうと、何らかの答えを得るまで帰らない覚悟。

 大井には、今夜帰宅しない場合の理由(含む・明日遅刻する場合の学院への連絡)も言い置いてきた。 準備は万端だ。

 玄青老板はやや目を細めると、紅鳥姑娘に何か耳打ちをした。 姑娘はふわりと挨拶すると、黒髪をなびかせ清音と共に古亭を去って行った。


「君は、この店が〈百彩堂〉以外の名で呼ばれていることを、由来を含め聞いたことはあるかね?」


 椅子から立ち上がった老板は、僕のすぐ脇に立った。 長身なのは分かっていたけど、座っている横に立たれると、まるでガリバーを見上げる小人になったよう。


「〈けしもの屋〉という別名を、友人から聞きました。 〈消しもの〉ばかりを売っている、少々風変わりな文具店だと」


 ふふと笑いながら、老板は扇子を畳む。


「風変わりな文具店、ね。 開店休業状態だけど、〈百彩堂〉は元々、文房四宝(ぶんぽうしほう)を主力商品とした店だ。 現在、表の店舗部分で〈消しもの〉ばかりを扱っているのも間違いない。 ただ――〈けしもの屋〉の由来は別にあると言ったら、結城彩君。 君はいったいどんな業務内容を思い浮かべるかね?」


「清掃請負業」


「なるほど。 たまに近いことはするな。 だが、あの店内を見て、本気でそれを言っているのかね?」


 一般的視点から、あの店内が非一般的状態であることを、老板も認識してはいるらしい。

 しかし、清掃業でないとすると――。

 〝解体業〟〝不用品回収業〟〝除霊師〟(これは秀の影響大)等々、思い付いたものを挙げてみたが、どれも「近いね」の曖昧な言葉の後に次の回答を促される。

 残るは――。 ふと、昼食時の秀の言葉が思い出される。


「――裏社会的な、例えば、暗……」


「暗殺等を請け負う非合法組織?」


 言いごもる僕の言葉を引き取り、老板はにこやかに言い放つと、愉快そうに笑った。


「場合によっては、それに近いこともするかな。 しかし、半端に生死に関わることはしない、面倒が多いからね。 ちなみに、合法非合法でいえば、法の圏外、だな。 さて、他には?」


 またさらりと、とんでもないことを言った気がする。

 秀のノリとは違う不可解さ。 反応の返しようがない。


「あの――どうも僕の浅い知識では、答えが永久に出ないように、思えるのですが……」


「そうかね? 確かに、少々意地悪な質問ではあるが、答えは至極単純、依頼された対象を〈消す〉仕事。 なんのひねりもないだろう? 君が挙げた業種との近似点も多いが、やや特異なのは、消す対象が、君が〝現実〟だと認識している世界に、存在するとは限らないこと、だな。 この〈けしもの〉仕事は完全予約制でね、依頼がないと行わない。 あくまで副業なんだよ、〈百彩堂〉の売り上げでは生活が成り立たないからねえ」 


 〈百彩堂〉の売り上げでは生活が成り立たない、という部分以外、まったく理解できない。


「君の質問は、いわば〝企業秘密〟に当たるものでね、依頼者といえど、簡単に話して聞かせるものではない――が、特例、という言葉もある」


 唖然呆然としている僕に、老板は究極の笑みを向ける。


「そこで結城彩君。 君、依頼してみる気はないかね? 特別特典としてなら、君の質問の一部に答えられる。 こちらが勧誘している面もあるから、料金は格安にしてあげよう。 個人情報の保護に関しては、どこよりも万全だから安心していい」


 多少覚悟はしていたけど、相当アブナイ世界の人と、接点を持ってしまった気がする。

 僕の心中を察してか、老板は目を細め、ふっと笑った。

 それから一口お茶を含むと、扇の先で僕の顎を持ち上げ、ゆっくりと僕の上に屈みこむ。


「――は……う――……っっ!?」


 動揺を通り越し、思考停止・五感喪失。






「百聞不如一見。 ――君が〝理解〟するためには、裏付けのない言葉より目に見える実証、だろう? では明晩、行うとしようか」


 聴覚が一番に復活。


 元の立ち姿に戻った老板は、優雅に金扇子を揺らめかせている。 涼やかな音と共に、樺色の裳裾をなびかせた紅鳥姑娘が戻ってくる。 その背後には白い人物X。

 視界に入るものが何か、も認識できるまでに回復した。

 しかし、口を開くことは当分出来そうにない。



 よもやの接吻(せっぷん)

 しかも――人生初の……。



挿絵(By みてみん)


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