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けしもの屋日誌  作者:
14/23

13 「ついでの幼馴染紹介」

   13 「ついでの幼馴染紹介」


   十一月十六日金曜日 晴れ時々曇り


 金曜は午後二時で全課終了。

 ほとんどの生徒が参加している奉仕活動のためだ。 ごく一部、活動に参加していない生徒にとっては棚ボタ的な早い放学(じゆうじかん)


「すんげー。 本気でその道に向いてると思うわ。 オレ、弟子にしてもらおうかな? あ、マネージャーでもいいか」


 放課した教室で「ごく一部」の不参加者・公孫(こうそん)(しゅう)が、教卓上に猿のように座り言った。

 昼休みに買っていたメロンパンにかぶりつきながらしきりに話すので、教卓の下にはボロボロ食べこぼしのクズが落ちる。 通りすがりの女子が「ちゃんと掃除をしてから帰ってよね」と、尖った声と視線を向けても、そんな瑣末(さまつ)な事を秀が気にすることはない。 そも、それらの言葉も視線も何もかも、話に没頭中の秀の五感には届かない。


「僕がどの〝道〟に向いているのか、簡潔に述べてくれるか、阿秀(しゅう)?」


「ホスト」


 また別の女子が、先程と同じ言葉を秀(と一緒にいる僕)に投げつけて教室を出て行く。

 秀が掃除をするはずないことは長年の経験から知っているので、僕は無言で教室の隅の用具入れから(ほうき)とちりとりを取ってくる。

 「阿秀」こと公孫秀は、ひとつのことに意識が向いている間、周囲で何が起きようと一切無関心。 関心事に対する「自分的納得」が得られるまで、他の事は完全シャットアウト。 良く言えば、(関心事には)非常に高い集中力を持っている。

 ただし、飲食のみは別枠。

 極限に集中した状況でもこれだけは忘れないし、意識がなくても口元に食物を運べば確実に食べる。  飲食は息をするのと同じ、生存に必須な自発活動なのだ。

 兎にも角にも、「我が道のみを行く」秀のしでかすことの後始末をするのは、何故か共にいることの多い僕がする。 はめになっている。

 積み重ねたフォローの結果、世間一般がみなす僕達の関係は、ただの「親友」ではなく「()親友」だ。

 その大親友は、三個目のメロンパンをもごつかせながら、(僕の)未来予想図を語り続ける。 傍からクズが床に落ちる。 ええい、早く食べ終われ。


「根拠は?」


 秀の妄想暴走問題を早期解決させるには、話を終結させる方向へ導き、かつ新しい関心事を示し、行動するように仕向けること。

 新たな行動を促すには、まず現在進行形の妄想を、秀自身に消化させなくては進まない。 話を無理矢理終了させようとしても無駄、話に付き合う方が早い。


「難攻不落の毛虫婆さんを落としたからに決まってんじゃん。 天涯の他のおばちゃん達で、お前を悪く言ってるって話聞いたことないから、これで天涯のおばちゃん達は制覇したんじゃねーの。 うちの曾祖母(ひいばあ)ちゃんも〝小(さい)は本当に気の利く良い子で優しくて可愛くて、あんな子がうちの子だったら……以下略〟って褒めちぎりようだもんな。 彩少爺(わかさま)はやっぱり、この道に進むしかないって。 めざせ〝ホストの明星(スター)〟だよな。 頑張ろうぜ、少爺」


「その〝少爺〟っていうのやめろよな。 お前だって、〝海運王〟の異名を取る公孫家の〝三少爺(サン・シャオイエ)〟だろうが」


 秀の言葉をまともに取り合っていては、無駄に体力を消耗するだけだと知ってはいても、四回に一回は反応を返してしまう。 無邪気無遠慮無頓着な言動につい乗せられてしまうのだけど、僕がこんなぞんざいな言葉遣いを出来るのは、秀に対してだけかもしれない。 生まれた時からのお隣さんで一番の幼馴染。 まさに、気心知りあった仲ってやつだ。

 

 公孫(こうそん)(しゅう)の家は、僕の家の隣。

 隣といっても、どちらも敷地面積があまりに広大。 両家の玄関から玄関まで、正攻法で行けば急ぎ足でも十五分強かかる。

 正攻法じゃないのは何かって?

 極単純、敷地境の塀を乗り越え、互いの私室の窓から侵入すること。 七分は短縮できる。 塀はさほど高くないし、有刺鉄線等の侵入防止策も取られていないので、乗り越えること自体は意外に容易。

 ただし、難関がある。

 僕の守役である執事の大井は、このような不法侵入を認めない。 たとえ相手がお隣の少爺(わかさま)だとしても容赦はない。

 剣道八段、弓道七段、柔道黒帯、フルマラソンも難なく完走する大井の守りに隙はない。

 捕まったら最後、重低音の一喝の後、道場(離れの一棟だ)で座禅をさせられる。

 短い時は三十分、いまのところの最長時間は一時間四十五分。 何故詳細な時間を知っているかは、言うまでもないと思う。

 ちなみに、一昨日の時間は五十分。


「そ。 オレは三番目で下にも四人弟妹がいるからいいの。 大哥(いちばんめ)が家業はしっかり継いでるし、二哥にばんめは補佐をしっかりしている。 大姐(だいねえ)姐夫(ダンナ)もキレモノで、四弟よんばんめも将来ユーボーだからオレは何の期待も受けてないし、受ける気もないから没問題(もんだいなし)


 四弟はまだ就学前のはずだけど、確かに秀よりは落ち着きがあるかもしれない。 ひとえに、この兄を見て育っているからだろう。


「――阿秀。 ムータン婦人の綽名(あだな)、なんで〝毛虫婆さん〟なんだ?」


「なんでって、最初に忍び込んだ時、バケツ一杯の毛虫を投げかけられたから。 すげえんだぜ、どこから忍び込もうとしても絶対見つかんの。 あ、芋虫だったこともあるわ。 芋虫より毛虫のほうが言いやすいから〝毛虫婆さん〟。 おまけにさ、性格もゲジゲジしてそうじゃん? 追い払われたことしかねえけどさ、あのテの年寄りは、わがままで依怙地でさ、周りのやつらが何言っても絶対耳を貸さないタイプだよな。 けど本当は寂しがりでさ、でも素直になれなくてつっぱってんの。 うん、それだ」


 一人でしゃべって一人で納得する自己完結。

 「悪びれる」という言葉は秀の辞書にない。 「懲りる」という言葉も、同じく載ってはいない。

 いったい何回忍び込もうとしたのか。


「けどよ、婆さんの茶と菓子、オレも食ってみてぇ。 大井の爺さんのめちゃ美味茶と絶品菓子で鍛え抜かれたお前が美味いってんだから、相当美味いんだよなぁ。 くー、いいなー、食いてぇ~。 なあ、今日も行くんだろ? オレも付いてっていいだろ? 忍び込むスリルより、甘い菓子の方がいい。 そうだよ、そうすりゃ念願の内側も見られるじゃん。 〝神秘の藪に覆われた、幽霊屋敷の真実や如何に?〟ってタイトルでどう? 次の学年新聞のスクープ欄。 なんか掴めたら新聞部のやつらに売れるかもだぜ? 照片(しゃしん)付きなら三日分くらいの昼飯おごらせられるかも。 来週の学食メニュー、食いたいのが多いんだよな」


 確かに、とてもこれが大家(めいか)少爺(わかさま)とは思えない。


「……あのさ、なんで、そんな何回も忍び込もうとしたわけ? そんなに入りたいんなら、正面きって訪ねればいいじゃないか」


「それじゃ面白くないじゃん。 スリルとサスペンスを堪能するためには、身を(てい)しなきゃいけないんだぞ。 荒れ放題の家に謎の派手ハデ婆さん。 しかもさ、家の中から時々〝身の毛もよだつ〟奇声が聞こえたり、逆に〝天上の調(しらべ)〟みたいなすんげー綺麗な音が聞こえてくるって噂もあるんだよな。 けどオレとしたことが、婆さんの鉄壁の守りに阻まれてまだ真相を掴めないでいるんだよなあ。 あの婆さん、大井の爺さんに負けないかもだぜ。 それにあそこ、門の外から見るより敷地広そうだし、あのぼうぼうの草むらの奥に、意外と、思いもしない光景が広がってたりする可能性あるかもじゃん? ほら、古臭い話の中で、もンのすごい藪を抜けたら、夢のような世界が広がっていたってやつ。 サルやカッパを子分にした坊さんが空飛んでたりしてさ。 なんてったっけ? えっと、確か〝逃幻狂(トーゲンキョー)〟?」


「……それをいうなら〝桃源郷(とうげんきょう)〟。 ついでに、サルとカッパは関係ない」


 言っていることはともかく、秀は時々勘が鋭い。 野性的な勘、てやつ。

 桃源郷はオーバーにしても、確かにあの院子(にわ)は、一種異世界とも思える眺め。 通い始めて一カ月近く経つというのに、花は一輪として(しお)れる様子はなく、初見の時と同じ姿で目を愉しませてくれる。 綺麗なことは良いことだけど、造花でない限り、ここまで長持ちするなんてあり得ない。

 婆さんは、僕が院子に入ることを何故か許さないので、間近で花を見たことはないのだけれど、遠目であれ、姿形も芳香も、どれをとっても造花には思えない。

 とすると、さすがに少々ミステリー。

 そんな院子をミステリー狂の秀が知ったら、五倍は誇張して吹聴すること間違いなし。 ムータン婦人ではないが、門から中の様子は秀に知られないに限る。


「あれ? じゃあイノシシとパンダだっけ。 それともウシとクマ? ま、いいや。 なあ、オレも行っていいだろ?」


「お断り、だ。 お前が来ると、作業がよけい進まなくなる。 ようやく普通に訪問できるようになったところでお前なんか連れていってみろ、僕まで毛虫を浴びせられるだけだろ。 それに今日は臨時で休み。 海角に買い物に行くんだ」

  

 秀の散らしたクズを掃き終えると、帰り支度を整える。


「海角? なんでそんなとこ? 買い物なら天涯で済むじゃん。 あ、わかった。 本当は毛虫婆さんの所に行くのが嫌になったんで、海角に逃亡するつもりなんだろ?」


「――作業で使うものを買いに行くんだよ」


 秀はますますわからない、といった表情で僕の顔を覗き込む。 口の端にメロンパンのクズが付いたままだ。


「作業って、壁の塗り替えだろ? そんなのに使うもん、天涯のバカでっかいホームセンターにたんまりあるじゃん」


「天涯のどの店にも、目的に適う物がなかったから海角まで行くんだよ。 海角の方が店数多いだろ。 だから、ほら行くぞ。 ケーブル列車の時間は三時五分だから、急ぐぞ」


「って、オレも行くの? なんで? 何買いに??」


 首を大きくひねり考え込む秀に、僕はポケットに入れていた海角地区の地図を渡す。


「なにこれ? 赤バツいっぱい。 百貨店に雑貨屋? この店でも買収したいわけ?」


「そんなわけないだろ、昨日までに僕が回った店。 天涯で見る品しか扱ってなかった。 お前さ、〝探検〟でよく海角に行ってただろ? ミステリースポット探し兼買い食い目的で海角中回ってるんだろ? 買いたいのは〝汚れ落とし〟と〝白ペンキ〟。 地図や電話帳に載っていない、卸問屋でも小売店でも、そういった品物を置いていそうな店に行きたいんだ。 付き合ってくれたら湯麺(めん)一杯」


 教卓の上であぐらをかいたまま腕組みをした秀は「うーん」と唸った後、「プラス、肉包子(にくまん)粽子(ちまき)と串焼きと芒果(マンゴー)布甸(プリン)荔枝(れいし)果汁(ジュース)追加で手を打ってやるよ」と、にいと笑って教卓から飛び降りた。 なんともけったいな組み合わせだが、地理に明るい秀がいれば、僕一人で探し回るより効率がいい。


 あの謎の〝染み〟を早くなんとかしないと、婆さんのヒステリーが酷くなる。


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