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美少女の後輩がフラれた。なのでとりあえず慰める。

作者: 最条真




「先輩、前向きな恋ってなんですか?」



 机を挟んで俺の向かいに座る美少女が問いを発する。

 高校の後輩だ。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正と三拍子揃えたクール系美少女である。何度でも言うが美少女である。男女問わず人気があり、先生からの信頼も厚い。まぁ結構辛辣だが。そこがいいらしい。噂ではファンクラブまであるそうだ。


 なぜ俺がそんな美少女と喫茶店で密談しているかと言うと、話は短くなる。割と真面目に三行で表せる。



「先輩、聞いてますか?フラれたんですよ私。傷心中なんですけど」


「あー。誠にご愁傷さまでした」


「先輩の他人行儀な同情が身に染みます」



 フラれたのである。フッたのではなく、フラれた。

 相手は密かに想いを寄せていた幼馴染み。初恋だったそうだ。

 傷心中の彼女が俺に密談を持ちかけてきた。これがここまでの流れである。


 前々から告白するとは聞いていたのだが、まさか失敗するとは。

 俺がこっそりと物陰から祈っていたのがよくなかったのかもしれない。


 それにしてもフラれるとは。彼女は夢にも思わなかっただろう。俺も思わなかったし。


 彼女と幼馴染み君が並ぶ姿はなんというか夫婦に近いものを感じたし、なんで付き合ってないのか割と疑問を抱くレベルだったのだが。幼馴染みなだけであってそういうのではなかったらしい。


 状況は把握した。

 だけど正直気まずいと言う感想しか出てこない。


 少し考えてみて欲しい。

 普段付き合いのある後輩たちが恋愛をして、挙げ句の果てにフラれる様を。


 どうしろと。先輩である俺はこの状況にどう対応すればいいんだ。

 恋愛というものは成就する方が珍しい。そう言う話は聞いたことがある。


 破局、離婚。高校生だろうと少し現実的な思考をすれば見えてくる残酷な現実。

 恋が報われるものだと考えているなら、少し考え直した方がいいだろう。


 恋愛というのは残酷である。うまく行く方が難しい。

 そんな当然の現実を直視することになるのだから、恋愛というものは残酷だ。


 成功して欲しい。それが俺の正直な心境だった。


 小説のようにうまく行って欲しかった。

 駄目だった。



「先輩ぃー。これからアイツとどんな顔して会えばいいと思いますか?」


「知らんがな」


「先輩。どうしましょうー!!」


「......何も聞かなかったことにして帰ってもいいか?」


「待ってください!?この場は私が奢るって言ったじゃないですか!?」


「ああ。すごい魅力的な提案に思えた。そんな話を聞いたらその思いは全て消え去ったがな!!」



 どうしろと。正直な心境をぶちまけるならこれだ。

 どんな顔をしてこれから彼に会いに行けばいいのか。


 俺は結構後輩たちと親交がある感じの先輩なのだが、本当にどう接していけばいいのか分からない。


 所詮俺は高校二年生である。こんな状況を的確に対処する能力など持っている筈がないのだ。

 普通の高校生なんてそんなもんなのだ。失望することも落胆することもない。


 俺はどこにでもいる一般人なのだ。

 他人のナイーブな関係にどう踏み込めばいいかなんて分かるわけがない。



「......先輩」


「なんだ」


「前向きな恋って、なんだと思います?」


「ああ、フラれ際にそう言われたんだっけ?」


「”お互い前向きな恋をしよう”って。なんだと思います?何なんですかねもう!?」



 若干キレ気味である。感情が抑えられない。そういうことは俺もよくあるので、黙って俺も彼女の発言にうんうんと頷く。人間として生きていて感情が完全に制御できる人間の方が世の中珍しい。


 彼女には愚痴を吐く相手が必要だ。彼女にはその相手が俺しかいないのだ。

 だから俺は彼女の話を聞く。仕方ないなんて割りきって。かわいそうだと安易な同情をして。


 俺は部外者だから安易な同情しかできない。だって、部外者が必要以上に口を出してきたり、必要以上に同情をしてくるのはウザいだろう。俺は少なくともウザいと思うので適切な距離感を保つしかない。付かず離れず。先輩と後輩の微妙な距離感を。



「前向きな恋って、なんですかねぇ?」


「万年童貞の俺に聞くかぁ?それ」


「微妙に語呂いいですね。それー」



 はぁ、と大きく彼女は溜め息を付く。俺にとっては大した問題ではない。だって他人事だ。だけど彼女にとっては死活問題である。なにせ彼女がフラれ際に言われた言葉だ。前向きな恋なんて飾って、彼女の想いから逃げているだけなんじゃないか。幼馴染み君に言いたいことは少しある。


 前向きな恋ってなんだろう。少し考えたが疲れたので止めた。

 めんどくさい。それだけの理由で俺の思考は停止する。


 他人事に親身な人は信頼できる。俺は嫌いなタイプだが。


 しかし、俺の目の前で瞳を潤わせる美少女の顔を見て。

 こいつまつげ長ぇな、とか雑念混じりに少し考えた。



「あー。単純に新しい恋に向かって頑張ろうぜってことなんじゃねぇの?」


「そうでしたかーって簡単に割りきれる女に見えます?めんどくさい女なんですよ実は」


「大分前から知ってる」


「バレてました?結構秘密にしてたつもりなんですけど。ほら、氷のような女で学校では通ってますし?」


「前からお前は俺と幼馴染み君の前じゃ結構素だったろ」


「そーですねー。そーでしたねー」



 また彼女は大きく溜め息を付く。彼女の心境も分からんでもない。成功すると思っていた告白が失敗したら大体の人はテンションがどん底に落ちるものだろう。俺は経験したことがないがそういうものなんじゃねぇかとちょっと予測できる。


 こういうとき、どういう対応をするのが正解なんだろうか。

 わからない。高校二年生になにかを求める方が間違いなんじゃなかろうか。



 しかし俺は先輩で、この子は後輩だ。



 なので、最低限のフォローをする義務がある気がしないでもない。

 だから俺は安易な同情をして軽い言葉を吐く。



「でも長く生きてりゃそういう経験の一つや二つあるんじゃねぇか?結局そういうのは割りきるしかないと思うが」


「万年童貞の先輩には分からないでしょうが、乙女心は複雑怪奇なんですよ。万年童貞の先輩には分からないでしょうが!!」


「そこを強調するな。なんか悲しくなる」


「ご愁傷さまでーす。なんならそうだ。私が先輩の彼女になってあげましょうか?ほら、いまなら傷心中なので心の隙に入り込みやすいサービス中です」


「冗談でもそういうことは言っちゃ駄目だ。一旦落ち着け。とりあえず涙拭け」


「は?なに言ってるんですか先輩。私、涙なんて流してな、ぃ―――あれ?」



 大粒の涙が彼女の頬を流れる。だから俺は彼女にハンカチを差し出して、少し考えて彼女の頬の涙を拭う。

 これは安易な同情だ。可哀想なんて、物事を表層だけで判断して、勝手に同情して。自分でやっていて偽善だと思う。


 でも可哀想なんて安易な同情で俺はこの子の涙を拭った。


 それを行動に移せる人間は少ないと思う。

 でも俺はそういうとき動ける人間でありたい。偽善だと思うけど。自分でも強くそう思うけど。



「先輩。自分で涙くらい拭えますよ」


「涙は自分で拭っても拭いきれねぇものなんだよ。不思議なことにな」


「......不思議ですね」


「他人は割とそういうのに目ざとくてな。自分じゃ拭いきれない涙を完全に拭いきれるし、安易な同情をして、励ましてくれるものなんだよ。それがウザいと感じるときの方が多いが」


「なんで、涙が」


「じーんってくるタイプのやつだろ?ちょっと分かる。こういうのって頭が冷静に状況を理解してから来るんだよな」



 恋なんかしたこと無いけど。恋なんて眩しいものだと思うし、自分には関係ないものだと思っているけど。


 涙を流す意味は分かるから。


 だから俺はハンカチで彼女の涙を拭う。



「やめてくださいよ、先輩。また、涙が溢れて、ッ―――」


「泣いとけ、こういう時は」


「そういうのが、駄目なんですって、ぇ」


「こういうときに備えてハンカチだけは常備しててよかったぜ。ほら、俺って頼れるスマート系イケメンで後輩の中では通ってるだろ?」


「知りませんよ、そういうの」


「ほら、こういうときはもう泣ききった方がいいから。存分に泣け」


「ッ―――」



 そこで彼女は抑えきれなくなった。

 彼女の涙を拭いながら、もう一度考える。


 前向きな恋って、なんなんだろうと。


 少し高校生には難しいかもしれない。

 考える度に頭痛がする。そもそもとして高校生に恋愛は早いのだ。


 肉体が精神を追い抜きがちな時期で、色々多感で、不安定なそんな時期だから。

 関係性が変わるのが怖いと恐れる気持ちがある。今の状況を維持したい気持ちもあるだろう。


 傷つくくらいなら、恋なんてしなければいいと思うから。


 なので俺は気持ちを隠して、あわよくばを一瞬考えた自分の思考を振り切る。



「とりあえず今日は、送っていくから」


「......すいません、ありがとうございます。先輩」


「気にすんな。ほら、俺っていい人っていうのが全人類の認識で通ってるから」


「規模感大きくないですかぁ?」



 彼女は嘆息を漏らして、いつのまにか彼女が握っていたハンカチに目を落として、少し微笑んだように見えた。



「絶対、洗って返しますから」



 彼女は泣き止んでいて、そう俺に笑いかけた。

 少し思考がショートしかけた。その笑顔が向けられてる対象が俺であることに気づいて、思考が白に染まる。


 あわよくばを考えるな、俺。この先を求めるな。


 先輩と後輩。その関係性でいいだろ。


 彼女が自分に好意を持っているなんて勘違いはやめろ。


 傷心中の女の子の心の隙につけこもうなんて間違ってる。


 俺は彼女と先輩で後輩なのだから。もうその関係で満足しろ。










 ◆




 その週末。俺はショッピングモールに来ていた。


 季節は冬。しんしんと雪が降り積もる時期で、クリスマスだなんだとリア充のイベントが刻一刻と迫る時期でもある。おまけに冬休みまで。三年生になったら地獄が始まるんだろうなあ、とぼんやり考えていた。


 勿論、ぼっちでここまで来たわけではない。一応仲間がいる。後輩である。

 広場にてスマホに視線を落としながら後輩の到着を待っているのだ。

 当然、集合時刻三十分前に来たわけだから、相手が来るのをこの寒い中待ち続けることになるのだが―――、


 と、俺が少し考えていると背後から肩を指でつんつんとつつかれる感触があった。

 振り向くとそこに彼女はいた。



「ふふ、待ちました?三十分前なのに早いですね」


「いや、俺も今来たところだ」


「嘘ですね。少なくとも3分前からこの場所で待っているのは見ました」


「こういうとき、そう言うのが通例だろ?というか背後から話しかける必要性はどこにあったんだ」


「どこにもありません。なんとなく先輩を驚かせたくて、回り道をして足音を頑張って消しながら先輩に接近したんですよ」



 小悪魔っぽく笑いながら彼女はそう言う。憎たらしいより可愛らしいが勝つのが彼女のズルいところだと思う。顔面がシンプルに良い。校内一の美少女というのも頷ける。


 しかも彼女はいつもの制服ではなく、ニットのガーディガンと茜色のマフラーで着飾っていた。学校で見せる姿とはまったく違って見えて、綺麗だと思った。

 季節も相まって雪の中揺れるその銀髪には目を惹かれるし、もう町ですれ違ったら百人中百人が振り返るような美少女がそこに君臨していた。


 ちなみに彼女はごりごりのハーフである。顔のパーツが整っているのはそのためだ。彼女に言い寄る男も数知れず。だけど彼女は特定の個人と付き合ったことがない。


 幼馴染み君がいたから。


 これから彼女は普通に恋愛して、普通に結婚するんだろうなあ。

 なんとなくその光景が思い浮かんで―――、はぁ、と溜め息がでそうになる。


 嫉妬してるのか、俺は。

 相変わらず俺はしょうもない人間だ。


 自分でも分かっていることだけど、自分の器の小ささを自覚する度に死にたくなる。


 行動に移すつもりもないのに、勝手に期待して、嫉妬する。

 関係性を崩したくないから、今の状況に満足したふりをする。


 それでいい。



「先輩?」


「ああ、なんでもない」



 俺を覗き込むその青い瞳を見る度に俺は恋心を自覚する。

 だけど、どこかその恋は実らないと諦めている自分がいる。


 諦めている時点で、俺は彼女の横に立つ資格なんてないのだ。

 恋に期待は禁物だ。彼女に大してなにか行動を起こさない時点で俺の程度は知れている。



「で、今日は何を買うんだっけ。後輩よ」


「はい。とりあえず今日はアイツと仲直りするためにプレゼントを買う予定です!!」



 仲直り。彼女はフラれた彼と仲直りするつもりなのだ。

 こういうのって上手くいくものなのだろうか。俺は知らないが。

 また嫌な妄想が捗るな。とりあえず俺は気丈に振る舞う。



「オッケー。仔細承知した。愛の伝道師と呼ばれた俺に任せたまえ」


「また呼び名変わってますね」


「ああ。プレゼント関係は俺に任せれば成功が確約されていると思っていい。今日たまたま俺がオフな日でよかったな?後輩よ」


「はい、ラッキーでした。先輩って意外と人気ですから」


「ああ、俺は意外と人気なんだ。たまたま俺が暇なときに声をかけれてよかったな」



 たまたまなんて嘘だ。彼女にその日のことをきかれた瞬間暇だと反射的に答えたのだ。つくづく思うが、関係性は変えたくないのに一緒に時間を過ごしたいと思う俺の心根にはどうかと思う。


 一緒に時間を過ごすなら、勘違いする言動も勘違いさせる言動も控えるべきだと思う。


 先輩後輩としての居心地の良い距離感。それが俺には少し分からない。



「先輩?」


「おう、どうした?」


「いや、なんとなく先輩が上の空な気がして。先輩元気ですか?」


「おー、めっちゃ元気。強いていうなら早く家に帰ってこたつで暖かい思いをしたい」


「こたつ......。うちまだ出してないんですよねぇ。先輩の家にお邪魔しちゃおうかな?」


「別に良いが一応男の子の家であることくらいは意識しとけよ。エッチな本の一つや二つくらいはある」


「先輩の家はちょー安心安全無料の休憩スペースなんですよー。それを差し引いたらエッチな本の一つや二つなんの問題もありません!!」


「俺に全幅の信頼を置いていることは分かるんだが、男として見られていないようで先輩複雑だわ......」



 男として見られているのか、という問題はある。

 俺たちは先輩と後輩で、それなりに親交はある筈だが、親交を深めるうちにそういうのも失われてしまったのか。


 いや、だとすると幼馴染み君に告白するのはおかしい。

 つまり俺だけである。男として見られてないのは。泣きそう。



「とりあえずなか入るか。さみーし」


「そーですね。中に入って待ってても良いのに、律儀な人です」


「いや、待ち合わせ場所指定したのこっちだし。お前が俺どこにいるか分からなくなったら可哀想だし。俺デカイから見つけやすいだろ?」


「......ほんっとーに。そういうとこだと、私は思うんですけど」



 少しボーッとしていた俺は、彼女が小さく何かを呟いたのを俺は見事に聞き逃した。聞き返しても教えてくれない。少し疑問に思いながらその日のショッピングは進んだ。


 そして、ふと思ったのだが。


 俺、女ばかりで男のプレゼントなんか担当したことねぇ。

 今気づいた。やべぇと思った。ここまで磨き上げた俺の天性のセンスでどうにかするしかない。


 趣味嗜好から分析して、良い具合に。

 彼女が男にプレゼントをするものなら手を抜いてはいけない。そう思った。


 これ敵に塩を送るようなものなんだが。

 というか今回の告白のこともなんかの手違いで、たぶんプレゼントを送ったら仲直りして、多分付き合い始めるんじゃなかろうか。俺の勘だが。


 こういうとき、自分がなにもしてない現状に打ちのめされそうになる。

 ただ、俺になにかする度胸なんて持ち合わせているわけもないので。


 変わるのが、怖い。

 否定されるのが、怖い。


 高校生でその感情を割りきって告白できる人を素直に尊敬する。

 恐怖心があるのは良いことだ。だが同時に悪いことであるとも思う。


 こういうとき、肝心な一歩を踏み出すことさえできないのだから。



「先輩?」


「おう、どした」


「なにやらプレゼント選びに苦悩しているように見えたので」


「そりゃ当然だろ。愛する後輩のプレゼントを失敗してほしい先輩がどこにいるんだ」


「それはそうかもしれませんが」


「先輩に任せとけ。完璧にお前らの関係を修復してやるから」


「いい人ですよね。ほんと」


「はっはっは。もっと感謝して良いぞ」


「本当に、ありがとうございます」



 嬉しそうに微笑む彼女の横顔を見て、それで十分だと俺が満足してしまうのだから。

 だから、俺はこの先を望んではいけない。彼女に恋をする資格なんてない。


 先輩と後輩。その線引きはしっかりするべきだ。

 いや、それすら言い訳だ。分かっている。自分で自分に嘘を付いていること。


 彼女の笑顔を見るたびに、暴走しそうなこの気持ちを抑えておくために。これは必要な儀式だ。



 俺は彼女と先輩で後輩なのだから。



 駄目だろう、過干渉は。

 学年が違う、性別も違う、背の丈も違う、全部違う。


 だから、と言い訳して。俺は彼女と先輩と後輩であり続けたい。


 自分が拗らせていることは理解している。今告白したらワンチャンくらいはあるんじゃないか、とも思う。


 でも万が一を考えた途端、俺は動けなくなるのだから。

 怖くないのか、お前らは。俺は怖いよ。だから、動けない。


 誰に問いかけているかも分からない問いを一生懸命に心の中で投げ掛けて。

 現実の俺は普通に行動できるのが不思議だった。



「先輩」



 せんぱい。その四文字がたまらず愛おしい。

 拗らせてるんじゃねぇぞ糞が。いつも通り喋れ。



「おう、どうした?」


「プレゼント、それが良いんです?」


「ん?」



 俺は気がついたらそれを手に取っていた。花柄の刺繍が綺麗な、水色のハンカチ。それを無意識のうちに取っていた。



「ああ。やっぱり高価な物は気を遣わせるし、こういうのって普段使いできる思い入れが出そうなものが良いんだよ」



 勝手に口が喋っている。

 ぐだぐだと、今考えた適当な理由を並べた。



「綺麗ですね。私も、これが良いと思います」



 そう微笑んだ彼女の横顔が相変わらず綺麗だな、とそう思って。

 叶わない恋ほど残酷なものもない。そう思った。


 前向きな恋ってなんなんだろうな。


 俺も、分からない。


 そもそも恋というのは前向きな気持ちがあるから始まるのであって。

 今の関係性を変えたいという前向きな気持ちから始まるのなら、”恋”という言葉は前向きという意味を内包しているのではないか。

 恋の前に前向きを付けるのは野暮だと、そういう話だ。


 俺の恋も前向きな気持ちから始まった筈だ。


 なのに、恋をしているくせに積極的に行動をしない俺はなんだろう。


 彼女が幼馴染み君といるときは空気を読んで後方からボーッと眺めて。

 そもそも俺は告白はおろか、彼女の”名前”すらろくに呼んだこともない。


 気恥ずかしいからだったからか、自分でもよく分からないが。

 まずそこからだろうが。


 前向きと積極的と言う言葉の意味はよく似ている。

 似たような概念で、日常生活の中でほとんど同じ意味で使っているだろう。


 ならば、積極的に動かない俺の恋は。



 ―――はたして恋と呼べるのだろうか?



 もはや哲学だ。

 でも考えずにはいられない。



「どうしました?」


「いや、なんでもない」


「なんでもない人の顔してなかったんですけど今」


「気のせいですー」


「先輩が良いなら別にいいんですけど。あまり思い詰めないでくださいよ?相談に乗ることくらいは私だってできますから」


「気が利く後輩がいて感謝の極みだわー」


「絶対そんなこと思ってないですよね先輩!?」


「うちで飯にありつくつもりなら発言には気を付けることだな。お前の分のグラタンが出てこなくても俺は知らん」


「ふむ......。黙ります」



 食い意地が張っている。ちゃっかりうちで飯を食っていくつもりなのだこいつは。別に良いが。

 こういうとき自分が料理をできてよかったと思う。お陰でこいつが飯を食っているときのその笑顔は俺が独り占めだ。


 ちっちゃい人間だなぁ、俺。


 そう自覚していはいるがこれが俺の性分なので仕方ない。



 ご丁寧に包装されたハンカチを大事そうに抱える後輩を見てふと思う。



「なあ」


「どうしました?」


「仲直り、できると良いな」


「......はい。ほんとに」



 恋愛とは拗れるものだと言う。関係が尾を引く。一つの発言で簡単に人が傷つく。

 難しいものだと思う。高校生には早いと、そう思う。だけどこいつはその面しっかりしてる。


 なかったことにする、とはちょっと違うが。

 失敗した後気まずい関係が続くことが多い中、こいつはきっちり清算しようとしているのだから。


 こいつのそういうところは偉いと思う。


 まぁプレゼント渡したら、なんかの誤解が解けたりして付き合い始めたりしそうだが。


 なんか付き合ったりしそうだが。

 本当に付き合ったりしそうだ。


 若干吐きそうである。


 俺の恋ももう終わるのかもしれない。

 なら、それまでの短い期間。こいつが隣にいる日常を少しだけ。


 今日だけで良いから、送らせてほしい。



「そういえば」


「どうした?」


「グラタンは、エビが入ってるのが良いです」


「りょーかい」



 食い意地張ってるのも可愛いな。

 ショッピングモールからの帰り道、そう思った。











 ◆




 なんで俺はわざわざ校門の前で後輩を待っているのだろうか。

 別に俺がわざわざ待つ必要なんてないだろう。だってこれは当人同士の問題で、俺が介入する余地なんてない。


 後輩たちはしっかり仲直りできるのだろうか。それだけが気がかりだ。


 恋愛で少し拗れた人間関係。表面上はいつも通りにしても、どうしても距離を感じるときがあるだろう。

 だから、今だ。


 いつのまにか距離が離れて。

 その告白が禍根を残すより前に、さっさと終わらせるに限る。


 大きくあくびをしながら、俺は帰路に着き始めた。

 俺が彼らを待つ必要なんてない。これは当人達の問題だ。



 ―――面倒ごとが片付くなら、きっとこんな日だ。



 冬のくせに燦々と照りつける夕陽を見てそう思った。










 ◆




「ねぇ」



 少し意を決して話しかけた。

 放課後の教室。その中にいるのは二人だけだ。


 私と、幼馴染みのアイツ。その二人きり。


 私は少し緊張していると思う。

 うまく仲直りできる自信なんてない。


 でも、このままじゃ居心地が悪いから。

 ここで終わらせるのだ。



「なんとなく、ここに呼び出されたアレは分かってるんだが―――」


「うん。私もうじうじしたの嫌いだからとっとと清算しようと思って」


「あー。あれは俺は告白とかそういうの初めてで、よく分かんなくて......。これも言い訳か。ごめん」



 言葉を慎重に選んで、何かを伝えようとしている。

 先輩と同じくらいでかい図体のくせして、そうやって相手を傷つけないように慎重に言葉を選んでいるのがちょっと面白い。



「......難しいな。なに言えばいいかわかんねぇ」


「難しいね。でも私は難しい話とか全部取っ払って、アンタと仲直りしに来ただけだから」


「はい?って、これ」


「プレゼント。一応、仲直りの証」


「マジか。お返しなんて持ってきてねぇぞ」


「別に良いし」


「開けても良いか?」



 そう聞く前に開けているくせに。

 包装紙の中に入ってるのはハンカチ。自分でも仲直りの証には小さすぎるだろうか。でも、私はこれが良いと思ったし、少なくとも―――、



「ハンカチ!マジか、大切にする!」



 ―――こういうやつだから、私は一度惹かれたのだし。



「ねぇ。仲直り、してくれる?」


「当たり前だ」



 今更ながらこいつ、良いやつである。

 まぁ知ってはいたけど。私が何を喋れば良いか分からなくて避けていただけで、こいつは度々私に話しかけようとしていたし。おおらかで、明るくて、良いやつなのだ。本当に。


 沈黙が流れる。


 仲直りしたからといって、何を話せば良いのか。

 そう私が考えていると、彼から話を切り出してきた。



「なあ。俺がなんであの日、お前からの告白を断ったと思う?」


「急に話の内容重くない?」


「いや、ちゃんと話しておかないといけないと思って。なあ、お前先輩のことが好きだろ?」


「な、何を。何をいってるのかちょっと分からないわね!?」



 核心をつかれた気がした。

 好きなのか、と聞かれて、そうだよ。と即答できる女の子が何人いると思ってるんだこいつは。

 確かに先輩のことは気が利くし、かっこいい人だとは思ってるけど。



「だからだよ」


「へ?」


「だから俺は、お前のことをフッた」


「私先輩のこと好きなんて一言も言ってな―――」


「先輩って人気だよな?」



 何当然のことを言ってるんだこいつは。訝しげな目で私が見ると、更にこいつは続ける。



「先輩と同じ学年の―――、誰だったかもう忘れたけどそいつらに噂されることがあった。お前が先輩と一緒にいるのは、お前が先輩のことを狙ってるからだって」



 聞いたことがある。



「先輩と一緒にいたいけど噂されるのが嫌だった。だから俺に告白したんじゃないか?」



 自分ではそんなつもりはなかった。でも、そう言われたらそんな気がしてならなかった。

 自分でも分からない。なんであのときこいつに告白したんだっけ。霧がかかったみたいに思い出せない。


 こいつのことが好きだ。でも、多分”恋”とは違う方面の好きなんだろう。


 私があのとき喫茶店で泣いたのは、フラれたからじゃない。


 こいつを利用しようとした自分の卑怯さに気づいたからじゃないか。


 いつのまにか下を向いていた自分の顔を上げて、久しぶりに幼馴染みの顔を見た。



「ごめん。私、卑怯だ」


「知ってる。お前は卑屈でひねくれてて、でも肝心なときはいつも手を差し伸べてくれるような優しいやつだから」


「私のこと、フォローしなくても良いから」


「なあ、お前先輩のこと好きだろ?」


「うん」



 二度目の問いに、今度はしっかり自分の本心を言って。

 幼馴染みのこいつは、太陽のような笑顔を見せて親指を一本立てて見せた。



「いってこい。今なら先輩に追い付けるだろ?」


「うん」



 今、何をするべきか。それだけは明確だ。

 嫌なことから逃げて、自分の気持ちから目を背けていたこと。


 それに気づけたから。


 今、先輩に想いを届けたい。

 それだけで心のなかは一杯で。


 私は気がついたら走り出していた。


 教室の扉を開ける直前、



「前向きにな!頑張れよ!!」



 大声でそういわれたので私は無言で親指を一本立てた。


 それだけで、十分だった。


 走る。走って、走り抜いて。


 ようやく、先輩の姿が見えて。

 私は思わず後ろから先輩に抱きついた。



「......後輩?」


「先輩!ずっと私、自分の想いから逃げてました!」


「どうしたんだいきなり。仲直りは済んだのか?」


「はい!ばっちりです。そんなことより私、先輩に伝えたいことがあるんです!」


「まさか愛の告白だったり―――」



「―――私、先輩のことが好きです!!」



 驚くような顔をして先輩は私の顔を見る。

 きっと、私はいますごい赤くなっていると思う。


 でも分かった。

 アイツと話して。


 前向きに恋をするという言葉の意味が。










 ◆




 どう反応すれば良い。

 俺の脳内はもうパンク寸前だ。

 好きな子に抱きしめられて、おまけに愛の告白までされた。


 訳が分からない。

 何かの罰ゲーム?違う。この子の目はそういうのじゃない。


 本気かどうかなんて目を見れば簡単に分かる。


 この子は少なくとも俺に本気で好意をもって告白している。


 顔が真っ赤だ。きっと緊張しているに違いない。

 なんで今なんだ。幼馴染み君と仲直りして、一緒に帰るなりしてもいいだろ。


 なんで―――、



「私、嫌なことから逃げるためにアイツを利用して、アイツに告白したんです!フラれたんですけどね。アイツは私と偽物の想いを見透かしてて」


「ちょっと待ってくれ。本当に話が見えてこない」



 理解力が低いせいか。

 こんなに都合が良い現実があって良いのか。



「私、先輩が好きなことに気づいて」



 俺も自分の想いから逃げている。

 先輩と後輩の壁を作っている自覚がある。

 好きだと思っても、積極的に動くことがなかった。


 ずるいやつだ、俺は。



「先輩、付き合ってくれませんか?」



 結局その言葉すら女の子に言わせるんだから。

 俺は駄目な男だ。震えているその体を抱きしめることさえ躊躇している。


 彼女は俺のことが好きだ。俺も彼女のことが好きだ。


 なら、男としてやることは一つしかないだろうが。



「先輩?」



 後輩の頭を撫でて、それから抱きしめた。

「俺も」なんて雑な言葉で自分の意思を示して。



「なあ」


「どうしました、先輩?」


「なんか知らんが泣きそう」



 何故涙が溢れるのか、意味が分からない。

 涙が勝手に、頬を伝って。



「今度は私の番ですね」



 くすっと笑ってから、彼女はハンカチを取り出した。



「なんで泣いてるんだろ。俺」


「泣きたくなったからですよ。先輩」


「大丈夫だから。俺一人で勝手に拭けるから」


「他人は自分じゃ拭いきれない涙を完全に拭いきってくれる。あなたの言葉ですよ、先輩」


「言ったな、そんなこと」



 なんで泣いてるのかなんて説明できたらどんなに楽だろう。

 自分でも意味が分からない。なのに涙は溢れてくるのだから嫌だ。

 好きな女の子の前で、泣くなんて男としてどうなんだ。


 でもそれなのに涙は止まってくれない。



「というかお前、そのハンカチ」



 見覚えがあった。あのとき彼女の涙を拭ったハンカチだ。



「洗ったから返すつもりだったのに。また手間が増えましたね」



 また泣きそうになる。

 それでもこらえて、ようやく涙が止まった頃。


 彼女は笑って、感慨深そうにハンカチを眺めていた。



「私も泣き虫なので、先輩も泣き虫なくらいが吹っ切れててちょうど良いです」


「そうか?というよりハンカチなんて眺めてどうした」


「ふふ。きっとこのハンカチが、私たちの思い出になるんだろうなって。そう考えてました」


「......そうか」



 勢いで言っちまった感が半端ない。

 俺たちは彼氏と彼女と言う関係になったのだ。


 もっとこうロマンチックな場所があった気がする。

 でも現実なんて所詮こんなもんだ。なんもない日に、なんでもない場所で告白して。


 それが思い出になる。


 本当に彼氏と彼女になったのか。実感がない。

 というより急展開すぎて頭がついていってない。



「ねえ先輩?」


「どうしたよ。正直言っていま俺の頭のなかはもうヤバイことになってるんだが」


「これから彼氏彼女になる訳ですし。名前呼びしませんか?」


「名前呼び!?」



 いきなりハードルが高い。

 笑いながら彼女は俺にピシリと指を突きつけた。



「私の名前は愛瀬澪(あいせみお)。はい、澪って呼んでみてください」


「ちょっと待ってくれ、俺にも心の準備と言うものが」


「はーやーく?」


「......み、澪」



 今になって実感してきた。

 この美少女が俺の彼女。顔が真っ赤になりそうだ。



「澪も俺の名前を呼ばないと不公平だ!」


「はい!?そ、それは」


「知ってるだろうがお前と同じように名乗ってやる。俺の名前は―――」



 俺は澪に早く、と急かすように笑って名前を教えた。その名前を恥ずかしそうに反芻して、何度も口にして、嬉しそうに頬を緩めるから、思わずおれも照れてしまう。


 お互いの名前を確認するように呼びあって、俺たちは歩き始めた。

 柄にもなく手を繋いで、歩幅を同じくして。どうでもいい他愛のない話をしながら。


 その後に二人で喫茶店に寄って、またどうでも良い話をして。

 この前なんかよりぐっと距離が縮まった。


 先輩と後輩が、彼氏と彼女になった。

 それだけでこんなに喜べるのだから、俺って単純だ。










 ◆




 数年前のいつかのように、よく晴れた日。


 俺は彼女と同棲するために新しく借りた新居に引っ越すために、部屋の掃除をしていた。同棲という響きには憧れていたが、まさか現実にする日が来るとは思わなかった。


 片付けが苦手な俺を手伝いに来てくれた彼女は、いつものように頬を緩めて口を開く。



「ほんと、駄目な人ですね。本当に。私がいなかったらどうするんですか」


「料理は出来るんだが、後片付けが面倒になるタイプなんだ、俺は」


「改善する努力をしてください」


「大事なものはずっと肌身離さずに身に付けてるから大丈夫だ」


「例えば?」



 そういわれて、俺はどや顔で懐からハンカチを取り出した。



「それ、まだ大事にしてるんですか」


「ああ。あの後同じ柄のハンカチを買っていつもお前も持ってるくせに何を言う」


「貴方が泣き虫なので持たざるを得ないんですよ。貴方が泣いたとき、いつでも涙を拭えるように」


「そういうとこ大好き」


「......私もです」



 その言葉に頬が緩むのが隠しきれなくて、それを見て彼女は笑うので。

 俺は仕返しといわんばかりに彼女を抱き締めた。




 

この小説を読んだあなたも前向きな恋が出来ますように。


『美少女の幼馴染みをフッたら、隣の席の美少女に狙われてる。』

https://ncode.syosetu.com/n4869hk/


幼馴染み君視点かつ、後日談のようなもの。幼馴染み君に報われて欲しい人がいっぱいいたので書きました。幼馴染み君の本名と、澪の告白を断った詳しい理由。気になる方は見てください。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 後輩くんがいい子でめっちゃ良かった! [気になる点] なんか、なろう読者ってナイーブなやつ多いよなぁ。物語を物語として楽しめてないやつ。嘘コク萎えたとか言ってるやつ自分が捻くれてるだけなこ…
[一言] 続編で幼馴染くんのフォローをお願いします。
[気になる点] 幼馴染君がエスパー並の察知能力を持ってたから良かったけど、もし告白が成功してたらどうなってたんですかね。 なんか、後輩の思考回路と行動がおかしすぎてなぁ…
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