主人公に攻略されたかった恋愛ゲームの幼馴染の話。
わたしの名前は戸成心愛です。
文武両道、容姿端麗な才色兼備。
学園で知らない人はいないほどの有名人で、校内外問わず人気者です。
それと男の子によくモテます。
自分で言うのもなんですけど、落とせない男の子なんてそうはいないと思います。
わたしに比肩する女の子はほんの一握りしかいないのではないでしょうか。
……だけど一握りほどはいるんです。なぜか全員学園内に。
まぁ、美人さんが他にたくさんいる事自体が問題ではなくて……。
その美少女たちがなぜか全員、わたしの幼馴染を狙ってるみたいなんです。
生徒会長の天城先輩。大財閥のご令嬢金月さん。水泳部のエース魚住さん。
最近だと後輩にアイドルをやってる妹尾さんまで入学してきました。一体何がどうなってるんでしょうね。
しかも全員超絶美少女です。全国模試一位だったり、世界を動かせる財力の持ち主だったり、将来は選手間違いなしの超人だったり、落とせない男はいないほどの小悪魔だったりします。
おかしいでしょう? なんでこの学園にだけ強豪美少女が集中してるんですか。
おかげでわたし達の仲好学園は顔採用学園なんて呼ばれてます。本当になんなんですかこの学園は。
【主人公に攻略されたかった恋愛ゲームの幼馴染の話。】
「おーい、心愛。どうしたんだ? 浮かない顔して」
隣を歩く可愛らしい男の子が様子を窺ってきます。
あぁ、平正くん。 心配してくれるんですね。嬉しいなぁ。
この優しさに満ち溢れた男の子が多田野平正くん。
目立つ取り柄はないけれど、優しくて一緒にいると落ち着いてたまにカッコいい、大好きなわたしの幼馴染です。
わたしは一生懸命で勇気のある彼のことが大好きなんです。
中学校を卒業するときに恋心に気がつきました。
卒業式のあと、告白する男子に囲まれて震えてしまっていたわたしを助けてくれたその日から。
だから彼の隣にいても恥ずかしくないように、たくさんお勉強して、運動も頑張って、美容やダイエットだって努力しています。
だけど高校二年生になって気づいちゃいました。
わたしはおそらくゲームの中の攻略対象なんだって。幼馴染は負け属性なんて言われてることも含めてです。
その証拠に、ほら。
新キャラが現れた途端にロマンチックなBGMがポップな曲調に変わりましたし。
「おっす、お二人さん。仲良く登校か?」
BGMに負けない声量で声をかけてきたのは、平正くんの親友の友田悠二くんです。
少しお調子者なところがあるけれど、明るくて学園内の人間関係にすごく詳しいです。
……美少女の情報に偏り過ぎているところはありますけどね。
平正くんに勝手に体重とスリーサイズを教えていたときには、さすがに引っ叩きそうになりました。
「おはよう悠二。心愛とは家が隣だからな。家を出るタイミングも一緒だし」
そうでしょうね。テニス部の朝練がある日以外はこちらでタイミングを合わせてますから。
「戸成さんが幼馴染なんてうらやましいヤツだよな。おまえ平凡な顔してる割に女子にモテるよなー」
平正くんが平凡だなんてとんでもないです。世界一可愛いに決まってるじゃないですか。
全てが平均値に近すぎて目立たないだけで、よく見るとなかなか整っているんですよ。
「おいおい。オレは生まれてから一度もモテたことなんてないぞ。からかうなよな」
鈍い。圧倒的鈍さ。
美少女たちから毎日アピールされてなお自覚がないなんて。
だからこそわたしがこうして隣を歩けているんですけどね。
心の中でため息をついていると、後から凛とした声が響きました。
出ました。専用BGMです。
「おや、多田野じゃないか」
天城先輩!
どうして天城先輩がここに? いつもは朝から教師陣の出す謎の仕事を捌くために、生徒会室で多忙を極めているじゃないですか。
わたしに笑顔を向けて、天城先輩は背筋の伸びた綺麗な姿勢で平正くんに話しかけました。
「多田野。昨日は生徒会の仕事を手伝って貰えて助かった。感謝するぞ」
はい? 昨日ですか? 昨日ってわたしがスイパラに誘って断られた日なんですけど……。
「いえいえ。あんな過労で倒れそうな姿を見たら放っておけませんよ。オレ血反吐吐いてる人って初めて見ましたよ。
「血反吐を吐いたんですか!? また手伝いに行きますから、お願いだから先輩はゆっくり休んでください」
動揺するわたしたちの近くに、やたら黒くて長い高級車が止まりました。
「まぁ! 平正様、偶然ですわね!」
金月さん!
偶然なわけないでしょう。どうやったらリムジンで路地裏に入ろうなんて発想になるんですか。運転手さんが何だか疲れていらっしゃいますよ。
華やかな笑顔で踵を鳴らして、金月さんは平正くんに抱きつきました。
現実世界なら警告ものです。密ですよ、ただちに二m離れてください。
「一昨日はヒールが折れて困っているところを助けて下さってありがとうございました。……その、あのときの食事はお気に召しまして?」
「毎日9㎝ヒールなんて履いてるからですよ。だから制服のときはローファーがいいですよってわたし言ってたじゃないですか」
一昨日? 一昨日はわたしユニフォームが届くから練習見に来てくださいって誘いましたけど?
「すごく美味かったよ。まさかパーティーに招かれてあんな高級食材食べさせて貰えるなんて思わなかったな」
え、もしかしてお腹いっぱいだったから昨日のスイパラ断られたんですか?
呆然としているわたしたちの前から、軽やかな足音が聞こえて来ました。
「あれー? 多田野じゃん、みんなおはよーう!」
魚住さんまで!
「どうして方向が違うのにここいるんですか? あ、猫追いかけてたんですか。可愛いですね」
ついにツッコミが口から出てしまいました。
彼を好きな美少女が連続で出て来ればこうもなります。
爽やかに猫をわたしに抱かせてくれながら、魚住さんは平正くんの肩にタッチしました。
「一昨昨日はありがとねー。まさか部活中に迷い込んだ猫の飼い主を探してくれるなんて思わなかったよ」
一昨昨日はわたし、一緒に服を買いに行きたいと誘ったんですけど?
「気にするなよ。いやー、しかしまさかプールサイドに迷い込んでくるなんてな。……あとその、あのときはごめんな?」
何で顔が赤いんですか。あのときってどのときですか。というかまさかスク水姿で何かイベントを起こしたんですか?魚住さん、胸が大きくなったって悩んでましたけどもしかしてそれと関係あります?
パニックになりかけていると、小柄な影がやってきて平正くんの背後から目隠しをしました。
「ふふー、センパイだーれだっ♪」
妹尾さん!
あなたに至っては収録終わりが朝方だったんじゃなかったですか? LI○NEで面倒くさいってぼやいてたの忘れてませんからね。
「正解はねー、センパイの大好きな可愛い後輩だよぉ。センパイ月曜日はありがとねっ。ストーカーから守ってくれて嬉しかったぁ」
「いや、無事でよかったよ。七瀬が機転を利かせてアパレルショップの更衣室に隠れなかったら、警備員さんに助けて貰えなかっただろうし」
まさかのファーストネーム呼びでした。というか多分、そのとき同じ店舗にいましたよね? わたしが落ち込んでる間にそんな事になっていたなんて……。なんという事でしょう。二人とも無事でよかった。
それにしても、今日も平正くんの周りは美少女がいっぱいです。
みなさん楽しそうな笑顔でキラキラ輝いておられます、妬けてしまいますね。
凛々しく責任感のある大和撫子に、積極的で魅力的な帰国子女。
爽やかで親しみやすいボーイッシュに、小悪魔的で可愛らしい人気アイドル。
こんな美人さんたちが彼を狙っているなかで、フラグの立たない幼馴染の優等生は一体どうしたらいいですか?
「心愛。やっぱりお前元気ないな。風邪か?」
おでこに額を当てて熱を測られました。ちちちち近い! 顔が近いです平正くん!
「だ、大丈夫ですっ! 平正くんといるだけで風邪なんて治っちゃいますから」
ピロリン、と何かが上がる音がしました。好感度が上がってしまったようです。
他の攻略対象の美少女たちが先を越されたなって表情をしています。……彼を好きなみなさんの前でごめんなさい。幼馴染みならではのイベントはやっぱり嬉しいです。
たとえ恋愛ゲームの中だとわかっていても。
* * *
平正くんが友田くんと校庭に行ってしまったので、わたしは教室でおしゃべりすることにしました。
「ああー、平正くんと付き合いたいですー」
「ったく、多田野いないとアンタいつもそれだな」
机に頭をグリグリ押し付けながらぼやくと、親友のユリちゃんが肩を竦めます。
「そんなに好きならもう告れば? 多田野のやつ最近生徒会長といい感じらしいじゃん」
「それができたら苦労はしないですって。心の決まっていない中途半端な告白で彼に響くと思いますか?」
「無理だろーね。アンタ、他の子たちと比べてモブっぽいし」
人が一番気にしている事を。
「余計なお世話ですっ。何ですか、ギャルですか? ユリちゃんみたいに目立つギャルになったらいいんですか?」
「急にキレんなって。つーか、アンタはどっかあの子たちとは毛色が違うんだよね。可愛いけども」
はぁ。他の子みたいに華があればわたしも悩まずに済むんでしょうか。
でもユリちゃんの言う通り、この盤面を引っくり返すには告白するしかない気もします。
だけど他の子たちはみんな優しくていい子ですし、もし失敗するとしても出し抜くのは気が引けます。
理想の女の子を絵にしたような彼女たちはわたしの憧れで、同時に大切な友達でもあるのですから。
「もしも、もしもですよ? ユリちゃんが同じ状況で誰かを好きになったらどうします?」
「そーね、そんな状況には絶対にならないだろうけど……釣り合わないとか言ってうじうじ悩んでる相手は、さっさと出し抜くいて蹴落とすかな」
「悪役令嬢じゃないですか!」
こんなにゴシックドレスでが似合わない悪役令嬢もそういませんよ。ギャル服を着ている彼女はめちゃくちゃ可愛いんですけどね。
ちょっとだけ引いたわたしを尻目にユリちゃんは続けます。
「……ま、後悔しないようにしなよ。どの道つきあえんのは一人だけなんだからさ」
ユリちゃんの視線の先を追うと、平正くんたちが教室に戻って来たところでした。
真に受けたわけではないけど、少しでも一緒にいるためにわたしは今日も話しかけます。
「あのっ、平正くん! 今日は部活が休みなんですが……放課後一緒に帰りませんか?」
* * *
「ふふふっ。久しぶりに平正くんと一緒に帰れますね」
部活を終えてわたしは足取り軽く廊下を歩いていました。
なんと平正くん、今日は一緒に帰れるそうです。
用事を済ませてくると言っていましたし、約束の時間まではまだ時間があります。なのでわたしは生徒会室に向かって歩いていました。
「やっぱりまだ灯りがついていますね……」
もう遅い時間ですが、天城先輩なら他の方を帰してお一人で仕事をしていらっしゃることでしょう。
血反吐を吐く事など、そうそうある事ではありません。少しでも負担を減らせるのならお手伝いに行く他ないでしょう。
細く開いた生徒会室のドアから先客の姿が見えました。そこでは天城先輩と平正くんが仲睦まじくお話をしていました。
ただのお手伝いでしょうか。それとも逢瀬?
部屋に入ろうか迷っていると、部屋の中から会話が聞こえてしまいました。
「そうか、それは……恋をしているということで間違いないか?」
「はい。好きです。恐れ多い気がしますが……この気持ちは恋としか言いようがありません」
こちらに背中を向けているので天城先輩の顔は見えませんでした。けれど平正くんの照れたような表情だけはしっかりと視界に捉える事ができました。
恋愛ゲームであれば間違いなくスチルが表示されているであろう光景です。
近くで見つめあう二人の姿が痛いほど目に焼きつきました。
何ということでしょう。すでにわたしの付け入る隙などなかったのです。
先輩が無理をしていないのを確認して、わたしはそっと生徒会室の前から立ち去りました。
* * *
約束の放課後、わたしは好きな人と肩を並べて帰っていました。
ここのところ連続で誘いを断られていたので、なんだか一緒にいるのが夢みたいです。
さっきあの光景を見てしまったせいもあるんでしょうね。気持ちがふわふわと落ち着きません。
平正くんは気づかないうちにまた少し背が伸びたみたいでした。毎日見ていると気づけないものですね。贅沢でありがたい話です。
彼は隣にいるわたしの好意に気づいているのでしょうか。それとも知らないフリをしていたりするのでしょうか。
「そういえばさ、心愛はこないだ天城先輩のこと助けてくれたんだろ?」
天城先輩の話を始めました。絶対に気づいてないですね。気づいてやっているなら魔性の男もいいところです。
「え、ええ……。その、お疲れのご様子だったので」
「ありがとな。あの人、誰も見てないとすぐに無理するからさ」
平正くんは天城先輩のことが好きなんでしょうか。確かに先輩であれば平正くんと一緒にいてもお似合いかもしれません。
そう思いかけてハッとしました。……わたし、今自分から負けに行っていた?
「金月のヒールも注意してくれてたんだってな。苦笑してたよ。魚住も猫を可愛がってくれたって喜んでたし、七瀬の悩みも聞いてくれてるんだろ?」
「はい……」
普段なら聞き逃さないはずの大好きな平正くんの言葉がうまく頭に入ってきません。幼馴染は負け属性。そんな言葉を思い出したせいでしょう。
「平正くんは……天城先輩が好きなのですね」
消え入りそうな声でどうにか伝えると、彼は嬉しそうに笑います。
「ああ、好きだよ。すごく尊敬してる」
その言葉に、わたしは鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けました。夕日に頬を染めながら話す彼の横顔も含めて、どこか別世界の出来事のようです。
「あ、あはは。そう、ですか……。そうですよね。天城先輩は素敵な方ですから。お気持ちはよく解ります」
「あのさ、心愛」
平正くんがわたしの肩を持って自分に向かい合わせます。真剣な目で彼は泣き出しそうなわたしを見ていました。どうしましょう。本当に泣いてしまいそうです。
「オレは心愛が何を悩んでるかは知らないけど、誰かに相談したいなら言えよ。力になるから」
本当に平正くんは優しい。優しくて一緒にいると落ち着いて、たまにドキッとするほどカッコいい、大好きなわたしの幼馴染。一生懸命で勇気のある彼がわたしは大好き。
ですが、わたしはどうでしょうか。
うじうじと悩んで前に進もうともせず、好きな人を心配させてばかり。
あまつさえ現実を認められずに天城先輩に嫉妬しているのです。
同じ攻略対象を気取っていた己の愚かさに腹が立ちます。
何が攻略対象でしょうか。彼女たちとおなじ土台に上がることすらおこがましいのに。
「あ、あの……平正くんは、わたしの事をどう思っていますか……?」
気づけばずっと隠していた気持ちを口に出していました。
平正くんは驚いています。それでも少し黙り込んで、言葉を選んで答えてくれました。
「大切な幼馴染だよ。だからお前が思ってるよりも、ずっとお前を心配してるんだ」
敗北が確定しました。
大切な幼馴染。それがわたしのポジションです。
「心愛、今日もおじさんたちの帰りが遅いなら、家でメシでも食って行くか?」
平正くんに背を向けて深呼吸をします。気持ちを整えて、正しいポジションでいるために。
わたしは彼にとっての幼馴染で恋人ではない。だからこそ彼はわたしを誘ってくれるのでしょうね。
「はい! 喜んで。お家にお邪魔するのは久しぶりですね。わたし何でも好きなものを作りますよ!」
「いや、元気になって欲しいんだからゆっくりしててくれ」
ピロリン、とこの期に及んで音がしました。わたしはもう負けているというのに。
ごめんなさい。今日できちんとあなたを諦めます。
だからどうか、今日だけは高校に入る前のあの頃のように大切な幼馴染でいさせてくださいね。
* * *
久しぶりの平正くんの家で、わたしは晩御飯をいただきました。
「美味しかったです! やっぱり平正くんの料理は絶品ですね」
平正くんは料理ができます。「これぐらいしか特技がないからな」なんて言いますが、彼の料理の腕はかなりのものです。好きな人の料理ですから、贔屓が入っているかもしれませんが。
「心愛が家に来るのも久しぶりだよな。高校に入って以来だったか?」
「そうですね……お互い忙しくて、あまり来なくなってしまいましたから」
嘘です。わたしが彼の家に上がるのを避けていたのです。
同じ家にいると意識してしまうから。他の子に悪いと感じてしまったから。
完全に自業自得ですね。
「お前と距離ができて、オレは寂しかったよ」
「え……平正くん?」
突然の告白に顔が赤くなります。告白と言っても恋愛的なものではないですが。
嬉しくて顔の筋肉が言う事を聞きません。なんて恥ずかしい。きっと今わたしはみっともない顔をしていると思います。
ピロリン、と聞きなれた音が鳴りました。わかっています。自覚していますとも。
諦めると言っておきながら彼を大好きでいるせいなのだと。
わたしが落ち着く隙を与えずに平正くんは続けます。
「お前が、どう思ってたかは……わからないけど……」
平正君の顔が赤いです。思わず見惚れていると、彼が膝から崩れ落ちました。
額に手を当てます。ひどい熱でした。
「平正くん! 平正くんっ!」
聞いたことがあります。恋愛ゲームには看病イベントがあるのだと。
だけどそんな事はどうでもいいと思えるほどに、わたしは彼のことが心配でした。
これがゲームでもいいから彼に辛い思いをして欲しくない。それだけでした。
【多田野 平正視点】
目を覚ますと、心愛が安心したように微笑んでいた。ずっと看病してくれていたんだろう。
元から可愛かったけど、高校に入ってからますます綺麗になった幼馴染とは高校に入ってから距離が開いていた。
理由はわかっている。オレと彼女では住む世界が違うと気づいてしまったからだ。
オレが心愛と釣り合うはずがないと諦めて、幼馴染というポジションを貫いてしまった。
きっと彼女の選択肢にオレは入っていない。
この寂しさを伝えられただけで満足しないといけないんだ。
告白の言葉は何度頑張っても伝えられなかった。オレが彼女に想いを伝える事は許されないから。
だからせめて今だけは心愛の側で寝たふりをするのを許して欲しい。
* * *
平正くんの顔色がだいぶよくなってきました。
「……よく眠っていますね。みなさんの為に一生懸命頑張っていましたから、疲れたんでしょうね」
穏やかな寝顔を見つめて、そっと額に触れました。
朝は体温がここまで高くなかったから、一気に疲れが出たのだと思います。
「本当に、あなたはいつも誰かの為に一生懸命ですね。そういうところ、素敵ですよ」
わずかに瞼がぴくりと動いた気がします。そろそろ彼が起きてしまいそうです。
窓の外はすっかり暗くなって、星が輝いていました。彼が起きたら、ご両親の帰宅を待ってお暇しましょう。
彼の望む幼馴染の戸成心愛が、これ以上側にいるのはよくありません。
立ち上がろうとすると、眠っているはずの平正くんに手をつかまれました。
「きゃ、平正くん?」
バランスを崩してベッドに倒れ込むと、彼の顔がすぐ近くにあります。大好きな彼の顔が。
「……ずるいですよ。人が頑張って諦めようとしてるのに……」
平正くんは答えません。眠っているのだから声が聞こえなくても当たり前です。
寝顔のあどけなさは昔から変わっていません。
いつだったでしょうか。まだ彼を異性として意識する前に、彼に看病して貰ったことがありました。
まだ小さかった彼は慣れない手つきで一生懸命看病をしてくれました。
自覚は無くとも、おそらくそのときにはすでに彼のことが気になっていたのでしょう。
「…………好きです、平正くん」
倒れ込んだまま、わたしは彼に想いを伝えました。
聞こえるはずはないのです。
けれど恋を教えてくれた彼に向けて、想いを伝えずにはいられませんでした。
「ありがとう心愛」
布団の下にいる平正くんが目を覚ましたようでした。そして、
「オレもお前が好きだ。心愛、オレの側にいてほしい」
起き上がった想い人は、思いもよらなかった言葉をくれたのです。
夢を見ているのかと思いました。
ですが平正くんの言葉は真剣そのもので、これが現実であるのだと理解する事ができました。
「……ほ、本当ですか? わたしは異性としてあなたが好きなんですよ? 昔みたいに簡単に言い合える好きではなくて」
「ああ。オレもずっとお前が好きだった。……お前とは住む世界が違うから、ずっと諦めないといけないと思ってたんだ。オレも優しくて努力家の心愛が好きだよ」
頬を温かい水滴が流れ落ちていきます。きっとこれは涙です。
きっとこの世界の法則に従えば、わたしは彼に愛される魅力的な笑顔で微笑むべきなのでしょう。
ですが今は涙が溢れ出してそれどころではありませんでした。
「わたしも、ずっとあなたが好きでした。どうしようもない位、あなたの事が好きなんです」
醜態を晒すわたしを、平正くんは優しく抱きしめてくれました。
彼の優しい笑顔が近づいて、唇が重なります。
ピアノで奏でられる美しいエンドロール聞こえてきます。
若干無粋にも思える音楽を聞きながら、わたしたちはお互いの顔を見て笑い合っていました。
これが恋愛ゲームだとしてもどうでもいい。
だってわたしは、平正くんが大好きなのですから。
目の前で平正くんが照れたように微笑みます。夜空を背景に微笑むその姿は、まるで一枚の絵画のようでした。
* * *
【多田野 平正視点】
「では、部活に行ってきますね。平正くんも用事が終わったら一緒に帰りましょう」
心愛がはにかみながら手を振って部活に向かって行く。
オレは幸せ者だ。長年の片思いを叶える事ができたんだから。
「お、なんだおまえら。ようやくくっついたのか」
「ああ。お前たちのおかげでな」
友田の軽口を聞いて礼を言う。
オレがこの世界の仕組みに気づいてから協力してくれた彼らには頭が上がらない。
オレはギャルゲーの主人公であり、この世界における攻略対象だったのだ。
いくらオレが恋い焦がれていても、攻略対象の立場では主人公に選んで貰えなければ想いを伝えることができなかった。
重すぎる障害に、一度は本気で諦めかけていた。
だが心愛がオレを選んでくれたおかげで、無事に恋人になる結末を迎えることができた。
「ま、そこは諦めかけながらでも、おまえが一途に思い続けてたのがよかったんだろうな」
ギャルゲーにおける親友ポジションの少年は納得したように頷いている。
「でも製作サイドも思い切ったもんだよなー。『乙女ゲームの攻略対象にギャルゲーの主人公を入れる』だなんてさ」
「本当にな。おかげで混乱して自分を見失う所だったよ。……多分今頃、このルートは苦情が殺到してるんじゃないか?」
「いいじゃねーか。お前は今幸せなんだからさ。……なぁ、次は俺の恋を応援してくれよ! 主人公の親友ポジションで、気が強いけどすげー友達思いのギャルがいてさ……」
「はいはい。オレは無事にハッピーエンドを迎えられたからな。いくらでも手伝うよ」
想い人について熱く語る親友を見ながら、オレは思う。
傍から見れば、この一連の恋はとんだ出来レースで、オレたちはただの恋愛ゲームの登場人物に過ぎないのだろう。
それでもオレは、胸に宿ったこの気持ちは間違いなく本物の恋心であると信じている。
【主人公に攻略されたかった恋愛ゲームの幼馴染の話。】
補足ネタバレ。
主人公たちがいるのはギャルゲーではなく乙女ゲームの世界である。
戸成心愛 → 乙女ゲームの主人公。
多田野平正 → 乙女ゲームの『ギャルゲーの主人公属性』の攻略対象。
友田 → 多田野ルートの脇役。
天城 → 多田野ルートのライバル役。
金月、魚住、妹尾 → 多田野ルートの賑やかし。
ユリ(友利) → 乙女ゲームの親友兼好感度チェッカー。