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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第一章 闘獣編
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密約

 私が来た後にも収容所には十数体の闘獣が運び込まれている。それで全て揃ったのか、追加の闘獣は来なかった。ここにいる連中と私は殺し合いをせねばならないのか……あー、嫌だ。強くなった自信はあれど、実際の戦いでは何があるかわからない。出来ることなら逃げ出したいけど無理なんだよなぁ。


 闘獣の収容所が静寂が包まれたのも束の間、天井の上が一気に騒がしくなった。どうやら『闘獣会』が始まったらしい。天井から勇ましい音楽がここにまで鳴り響き、人々の歓声が部屋を揺らす。私は平気だが、他の闘獣達は落ち着かない様子でキョロキョロと周囲を見回したり

吠えたりしていた。


 誰かが大きな声で何かを言い始めると、収容所も急に慌ただしくなった。私を運んだ者達を含む奴隷がやって来て、仕立ての良い服を着た男の指示にしたがって檻を運んでいく。ちゃんと何を運ぶかを檻に結ばれた木の札を見て選んでいるらしい。


 おそらくは今運ばれているのは予選の第一試合に選ばれた闘獣達なのだろう。数は十三体。その中に私はいないようだ。私の位置からは闘獣が何体いるのかはわからないので、予選の回数の推測は難しい。取りあえず、真っ先に戦場へ向かう彼らには心の中で行ってらっしゃいとでも言っておこう。


 彼らが大急ぎで運ばれた後も最初ほど急いではいないものの次々と闘獣達が運ばれていく。それを私は見送り続けていた。そして私は最後まで残っている。私を含めてこの部屋に残ったのは十二体。十六回運ばれていてその内十三体運ばれたのが十三回、残りが十二体だったから全部で二百五体の闘獣が出場するようだ。


 今の内に私と戦うのであろう闘獣を観察しておく。まず私よりも身体が大きい闘獣は三体いる。長い尻尾を持つ豹、体表が岩のようにゴツゴツした蛙、そして前足が四本ある赤毛の熊だ。特に熊は見上げるほど大きく、ここに残った中では一番存在感があった。


 しかし、私は問題視していなかった。こいつらは確かに大きいけども、伝わって来る闘気や霊力はそこまで強くないからだ。それに本能も警鐘を鳴らしていないので、油断や想定外の事態さえなければ倒せるだろう。


 ゲオルグの責め苦は私の肉体と精神力だけでなく、敵の力量を見抜く感覚と生存本能まで研ぎ澄ましていた。それもこれもゲオルグが生死に敏感にならねば死んでしまうような経験を私に無理やり積ませたからだ。感謝なんて絶対にしないが。


 閑話休題。では逆に私の本能を擽る相手はいるのかと問われると、実は二体もいるのだ。片方は真っ赤な瞳をした黒毛で毛色と同じく黒い角が生えた犬だった。こいつからは強い霊力とそれを上回る闘気が溢れている。霊力は他の闘獣に比べれば強い程度だが、闘気に関しては私に匹敵するほど練り上げられている。油断すれば外骨格ごと噛み砕かれるかもしれない。


 しかし、こちらはまだ油断しなければ負けない自信がある。問題はもう一体の方だ。それは神々しい金色の体毛と三本の尾を持つ子狐である。泥と血で汚れているものの、毛並みの美しさに翳りはない。だが、痩せ細った身体と首に装着された首輪は痛々しい。痛め付けられてから無理やりに首輪を付けられたのだろう。可愛そうに。


 哀れに思う気持ちはあれど、こちらの方は力を隠しているようだが私にはわかる。私よりも遥かに膨大な霊力を保有していることが。本来の力が使えたなら、全身全霊で戦っても勝てないかもしれない。衰弱しているようだからそこにつけこんで持久戦に持ち込めばチャンスはあるだろう。


『ねぇ、あんた。聞こえてる?』

「キシィ?」


 私が複眼を一つずつ使って子狐と犬を観察していると、私の頭の中に直接語り掛ける声が聞こえてきた。これは念話という高度な霊術の一つであると私の知識が教えてくれる。声は小さな子供のそれであるから、それを使っているのは間違いなくあの子狐だろう。他の闘獣は高度な霊術を使えるほどの知性はなさそうだから間違いない。


 聞こえてはいるものの、私には念話の霊術の使い方はわからない。だからどう反応すれば良いかわからず、黙ったまま動かなかった。


『無視しないでよ!聞こえてるんでしょ!?他の能無しと違って届いてるのはわかってるんだから!聞こえてたら尻尾を縦に振りなさい!』


 おや、届いていることはバレていたのか。ここで無視し続けるほど鬼畜ではない。私は求められるままに尻尾を縦に振った。すると子狐は嬉しそうに三本の尻尾をブンブンと振り回す。反応が帰ってきたのが余程嬉しかったと見える。


『あんた、蟲のくせに頭が良いのね。あたしはカタバミ!誇り高き妖狐族よ!あんたは?』


 私は黙って尻尾を横に振る。念話が使えない私には伝える方法はないし、それに名前など与えられていない。そんなものは必要なかったからだ。だから名乗ることも出来なかった。


『ああ、念話が使えないのね。でも聞いてくれる相手がいるだけでも十分よ!』


 それからカタバミは捲し立てるように自分の身の上を語り始めた。森の深い場所にある妖狐の縄張りで生まれたこと。そこはとても美しい場所だったこと。縄張りの外へ遊びに行ったら変な薬を嗅がされて捕まったこと。気付いてから暴れたけども首輪のせいで無意味だったこと。そして反抗虚しくこんな薄暗い場所に連れて来られたこと。それが彼女の事情であるようだ。


 まあ運が悪いことで。同情はするが、それだけだ。どうせしばらく後には殺し合う関係で、私は敗北して殺されてやるつもりはない。喋りたいだけ喋らせてストレスを発散させておけば良いだろう。


『はぁ~、この首輪さえなければ逃げられるのに。あんた、どうにかならない?』


 どうにかなるかと問われれば、どうにでもなるだろう。闘気で強化して首輪をピンポイントで狙えば壊すことも可能だ。隷属の首輪は頑丈だが、所詮は普通の鉄である。本人が壊すのは難しくとも、他者が物理的に破壊するのは比較的に楽なのだ。


 迷った挙げ句、私は尻尾を縦に振った。すると子狐は耳と尻尾をピンと立てて私を凝視する。そして念話を送ってきた。壊して欲しい、と。


『あんた、あたし達がこれからやらされることは知ってるでしょ?そのどさくさに紛れて壊してよ!そうしたらあんたも一緒に逃がしてあげる!』


 一緒に逃げる、ね。それが出来れば苦労しない。私は尻尾を横に振りながら、少しだけ霊力を高めて見せる。すると私の全身に激痛が走り、全身の外骨格に赤黒い紋様が浮き上がった。


 これは『魂の隷属』によって禁じられている状態で許可なく霊術を使おうとしたことによるペナルティである。私が霊力を元通りにすると子狐は耳と尻尾を力なく垂らして悲しそうにした。


『そっか……あんたはあたしと違って魂まで縛られてるのね。それじゃあ逃げても無駄ってことか……』


 カタバミの言う通りだ。私はこの『魂の隷属』という霊術が掛かっている以上、ゲオルグと若様からは逃れられない。二人からの命令は私の魂そのものを束縛しているからだ。


 仮に逃げたとしても、その場で『戻ってこい』と命じられれば命じた方の下へ移動しなければ例の苦しみを味わうことになる。逆らい続けると生命に関わると本能が告げるので、生きねばならない私は逆らえない。つまり、現状ではどれだけ離れたとしても無駄なのだ。


『でもでも!あたしは妖狐よ!もうちょっと大人になればその霊術を解いてあげられると思うの!だから逃げるのは手伝って!絶対に恩返しはするからさ!』


 ふむ……私の万能とは言い難い知識では生物関連は疎く、妖狐がどれほどの力を持つ生物なのかわからない。だから本当に『魂の隷属』を解除可能なほどの霊術の使い手に育つかどうかはわからない。彼女の思惑に乗ったとしても、助けてもらえる日がやって来るかどうかはわからないのだ。


 その上で私は尻尾を縦に振った。自分が助からない境遇だからと言って、助かる可能性のある者を道連れにするほど私は落ちぶれていない。私の性根はそこまで曲がっていないのだ。


 カタバミは嬉しそうに尻尾をブンブン振っている。その様子を見て私は癒されていた。そして同時に思うのだ。彼女を助けようと思ったことが間違いだったとしても、私はきっと後悔はしないだろうと。


 おっと、また近付いて来る沢山の足音が聞こえる。どうやら今度は我々の番であるらしい。私に少し遅れてカタバミも気付いたようで、身体中の毛を逆立てて入り口を睨んでいる。


「これで予選は最後だ。軽い檻から順に持っていけ。速く終わらせればそれだけ休憩も長くなるぞ!」


 偉そうな男の指示に従って、奴隷の男達は私達の檻を持ち上げて運んでいく。最初に選ばれたのはこの中で最も小さなカタバミだった。彼女は声こそ出さなかったが、視線が通るギリギリまで不安そうに私を見ている。心配せずとも助けてやるさ。なるべく自然な形でな。


 軽い檻、つまり小さい順に運ばれていったので私は七番目だった。ここに連れてこられた時と同じ通路を、しかし来た時とは異なる方向へ運ばれているのはわかる。何故なら進むに連れて徐々に喧騒は増し、熱気が強くなっていくのを感じるからだ。


 薄暗い通路を一分ほど移動した後、角を曲がると急に明るくなった。光の先には固そうな石の床が張られた障害物のない空間が広がっているのが見える。床の上には血液のものと思われる黒い染みが幾つも残っているが、そのほとんどが新しい。きっと我々の前に戦った闘獣の流した血なのだろう。


 どうやら目の前の空間が『闘獣会』で戦う闘技場らしい。ガシャンとけたたましい音を立てて私の檻が置かれたのはその入場口前で、そこでは数人の奴隷がグチャグチャの肉塊になった生物だった何かを運んでいる。これが敗者の末路ということか。


 闘技場は円形で、高く複雑な霊術回路が掘り込まれた壁がグルリと周囲を囲んでいる。壁には私がいる場所を含めて十六の入場口があって、その上から満席の観客が観戦していた。その数は数千……いや、立ち見している者達を含めれば一万に到達しるかもしれない。人気な催し物であるようだ。


 ほとんどの観客席は小汚ないのだが、一角だけは絢爛豪華な装飾を施された部屋になっている。効果なガラス張ってあり、そこから見下ろす者達も清潔で華美な服装をしていた。


 きっと貴賓席と言われる場所だろう。その中には若様もいて、同年代の少年少女と楽しそうに歓談していた。私には殺し合いをさせておいて自分は高みの見物とは良い身分……あ、本当に良い身分だったわ。


「解除……出ろ」


 私が下らないことを考えていると、私の入場口にいたゲオルグが檻の鍵と身体を縛る鎖を外してから私に命令した。逆らう必要はないので素直に檻から出る。そのまま闘技場に向かえと言われると思っていたのだが、ゲオルグは私の頭部に顔を近付けて小さな声で命令した。霊術を使うな、と。


「予選では霊術は封印せよ。その方が盛り上がるでな」


 コイツ……私に死ねと言うのか!?あの犬は油断ならぬ強敵であるし、それ以上にカタバミは全力で戦っても勝ち目が薄い化物だ。霊術を使うことが出来ない状態では彼女を救うどころか生き残ることすら難しい。それがわかっているのか、このクソジジイ!


 私が信じられないモノを見る複眼を向けていることになど気付かないゲオルグは顎をしゃくって私に行けと命じる。拒否権などない私は鋏を開閉して苛立ちを紛らわせながら闘技場に出るのだった。

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【推敲】  闘獣の収容所が静寂が包まれたのも束の間、天井の上が一気に騒がしくなった。どうやら『闘獣会』が始まったらしい。天井から勇ましい音楽がここにまで鳴り響き、人々の歓声が部屋を揺らす。私は平気だが…
[一言] このクソ爺いずれぶっ殺して餌として喰ってやるしか無いな!
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