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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第一章 闘獣編
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 生後……もう何日だ?空腹のせいでもう正確な日付がわからない。とにかく、早朝に私は地下室に向かって近付いてくる複数の足音を感知した。足音の内の二つは誰のものかわかっている。毎日顔を見ている忌々しいゲオルグと、その雇い主として時々様子を見に来る若様だ。


 しかし、他の足音はどれも知らない。足音の大きさからして体重はゲオルグより重く、歩幅も広いから背も高い。そんな大柄なヒト種の雄が十二人もいるらしい。一体何の騒ぎなのだろう?


「運び出せ」

「なるべく揺らさぬように。お主らくらいなら片手間に殺せるように強化しておるからの!」


 ドアを開けて入った若様とゲオルグの第一声がそれだった。十二人の雄達はいずれも奴隷らしく、その証拠として首輪をつけていた。全員がフル族のようで、全員が薄汚れた服を着ている。


 男達は私の姿を見てたじろいでいた。おいおい、奴隷の少女は毎日私の世話をしているが、お前達のように怯んだことは一度もないぞ?身体は大きくとも肝は小さいようだな。


 こちらに近付くのを躊躇っていた奴隷達だったが、若様に早くしろとせっつかれて怯えながらも檻を囲む。そして息を合わせて持ち上げた。檻ごと私をどこかに運ぶらしい。運んだ先で何をさせられるのかはわかっている。十中八九、『闘獣会』のデビュー戦とやらで殺し合いをさせられるのだ。


 生まれてこの方、私は戦いのための訓練を課されてきた。実戦形式ということで様々な生物を殺し、己の血肉とするべく喰らっている。だが、何度繰り返しても戦いは好きになれなかった。百年間生き延びる使命を帯びた者としては命の危険を伴う行為を好きになれる訳がないだろう?あー、嫌だ。行きたくない。でも逃げられないんだよなぁ……はぁ。


 男達は檻を重そうに持ち上げて運んでいる。運ばれている私は揺れるせいで気分が悪くなってきた。こいつら私に気を使おうって考えはないのか。なるべく揺らすなってゲオルグも言っていたのに……奴隷の少女よりも態度が悪い。鎖に縛られていなかったら殴ってやるところだ。


 私が物騒なことを考えていることをわかっていない若様とゲオルグと奴隷達は気にせず廊下を歩き、階段を上って地上に出た。うおお、これは生まれて初めて浴びる日光だ!暖かいなぁ……闘気を使わずとも鉄が溶けるほどの熱にも耐えられる私だが、日光の暖かさは全身に染み渡るような感覚があった。


 私は複眼によって身動きせずに周囲の環境を確認する。地下室は中庭にあったようで、その四方を囲む屋敷は手入れが行き届いており、今も使用人の命令に従って多くの奴隷が屋敷の清掃や庭仕事に従事している。随分と多くの奴隷を持っているようだ。流石は貴族様と言ったところか。


「あっ……!」


 運び出される私を見て声を出したのは、いつも世話をしてくれる奴隷だった。包帯で顔の右半分はわからないものの、残った左の瞳が不安に揺れているのはわかる。心配してくれているのだろうか?心優しいのだな、あの奴隷は。


 中庭から屋敷の中を通って裏口に運ばれると、私はそこに停められている荷馬車に載せられた。私を載せた途端に荷馬車を曳く四頭の馬は落ち着かない様子になっている。


 その反応は自然なものだ。何故なら、私はこの馬よりも遥かに強い生物なのだから。自分を気分しだいで殺せる相手がずっと背後にいて、しかも馬車に繋がれているせいで逃げられないのだ。いくら調教していても、本能が訴える恐怖には抗いきれないのだろう。


 馭者は必死になって馬を落ち着かせようと努力しているようだが、その効果は薄いと言わざるを得なかった。しかしゲオルグが面倒くさそうに杖を構えて何か唱える声が聞こえる。すると何らかの霊術が発動したのか馬は大人しくなった。色んな術が使えるらしいな、あのジジイ。


「出発だ」


 別の馬車に乗った若様が命令すると、彼らが乗る馬車と私だけが載せられた荷馬車は屋敷を出発した。うごご!馬車もかなり揺れる!揺れに合わせて鎖が食い込んで痛い!外骨格に守られていない場所だから洒落にならん位に痛いぞ!


 私は小さい鋏を擦り合わせながら圧迫される痛みに耐えている間にも、馬車は道なりに進んでいる。何度か曲がってから速度が下がって揺れが小さくなり、しばらくするとついに止まった。


「降ろせ。くれぐれも慎重にな」


 荷馬車の外からゲオルグが命令すると、荷台にゾロゾロと私を地下室から運び出した男達がやって来た。彼らは息を合わせて檻を持ち上げると、荷台からゆっくりと私を降ろした。


 ここはどこかの集積所のようで、若様とゲオルグが乗っていた馬車は近くにいない。私の檻は荷物として荷車の上に置かれて、また別の奴隷に曳かれて運ばれていく。その時に『百九十七』と書かれた木の札が檻に結び付けられた。番号をふって管理しやすくしているのだろう。


 私が通っているのは地下室と同じ薄暗い通路であり、他の場所に来たという感じはしない。ただ、壁には一定間隔で明るく発光する石が埋め込んであるから今までいた地下室に比べれば明るいかな?


「ゲオルグ様、これはまた凄い()()ですな!蠍の中でも最強と名高い冥王蠍……これまでも『闘獣会』に出場したことはございますが、このサイズは驚愕と言わざるを得ません!」

「うむ。野生ではあり得ぬ大きさと強さ…これこそが英才教育の効果じゃよ、支配人」

「左様でございますか。その素晴らしさを闘技場で拝見させていただきます」


 私の前を歩くゲオルグと支配人と呼ばれた太った男はそんな話をしている。英才教育だと?虐待の間違いだろクソジジイめ。私はあれを教育だとは認めないぞ。


 私の気持ちなど知らない二人は話を続けている。どうやら『闘獣会』では昔から最も強い生物について三つの説があるらしい。一つ目は野生という厳しい環境を生き延びた個体こそが最強と言う『野生説』。二つ目は私のように徹底的に管理した上で鍛え上げた個体は生物の限界を超えるという『調教説』。そして三つ目は霊術によって造り出された人造生命体こそが摂理をも凌駕する個体であるという『人造説』だ。


 調教師であるゲオルグは勿論『調教説』の支持者である。支配人は特定の説を支持していると明言はしなかったが、ゲオルグの育てた生物はどれも強力だと煽てていた。露骨なお世辞だと思うのだが、ゲオルグは得意顔になっている。


 支配人と言う肩書きからわかるように、こいつは『闘獣会』を取り仕切る側の者だ。この太った男にとって大切なのは『闘獣会』で利益を出すことであり、殺し合う我々のような生物は消耗品くらいにしか思っていないのだろう。私が命を賭けて戦うことでこんな男が甘い汁を啜るのだと思うと虫酸が走る。


 ああ、自由に動けたらなぁ。ここにいる全員を殺しにしてから逃げるのに。思い上がりでもなんでもなく、私はもう単純な戦闘力だけならゲオルグよりも数段強くなっているから可能である。『魂の隷属』さえなければ確実に殺せる自信があった。


 しかし『魂の隷属』がある限り復讐することなど出来ない。私はただ死なないように戦い、生き延びるために勝ち続けねばならない。どれもこれもこのクソジジイのせいだ。私が空腹から荒んだ心に殺意の炎を燃え上がらせていると、不意に荷車が停止する。そして私の檻は床に降ろされた。


「それにしてもこうも闘獣が集まると壮観よな。無論、儂の育てたこれには劣るが」


 私の檻の周囲には大小様々な檻が置かれており、檻の中には私と同じ境遇の生物……『闘獣会』で戦わされる闘獣が繋がれていた。ざっと数えても百体は超えているだろう。今から殺し合う相手だとしても、まるで闘獣の見本市かのような光景に圧倒されている自分がいた。


 ここにいる闘獣のほとんどは獣や爬虫類であって残念ながら私と同じ蟲はいない。いたとしても意思の疎通は図れないから意味がないのだろうが、何となく悲しい気持ちになる。こんな場所でも私は孤独なのか、と。


「では儂は上に上がる。この子の順番が近付いたら呼ぶように」

「かしこまりました」


 支配人は恭しく頭を下げて去っていくゲオルグを見送る。奴がいなくなると、支配人は頭を上げてからフンと小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「相変わらずの調教狂いめ。薄気味悪い……おい、開幕まで時間がないぞ。予選の抽選をいつでも開始出来るようにしておけ!術士も配置につけろ!貴賓席の警備は厳重にするのも忘れるな!」

「かしこまりました」


 支配人は部下や奴隷達に忙しなく指示しながら檻の密集地から離れていく。いよいよ私のデビュー戦が始まるのだ。対戦相手には悪いけれど、容赦なく殺して私が生き延びさせてもらおう。



◆◇◆◇◆◇



 アルテラ歴八百二十三年の春。麗らかな陽気に恵まれたその日、ハーラシア王国の都では毎年恒例の『大闘獣会』が行われようとしていた。『大闘獣会』とは年に四回だけ開かれる大規模なトーナメント戦であり、その中でも春の大会は『新人戦』とも呼ばれている。その理由は全ての闘獣が初出場であることを定められているからだ。


 この『新人戦』を勝ち残った闘獣は新人王と呼ばれ、通常の『闘獣会』や他の『大闘獣会』で特別扱いされるようになる。具体例を挙げるならトーナメント戦でシード枠になったり、予選リーグに参加せず本戦に出られたりするのだ。


 そして新人王に輝いた闘獣を抱えることは、闘獣のオーナーにとって大きなステータスとなる。新人王の称号を得られる闘獣は一年に一体だけであるから、希少価値が特に高いからだ。


 『新人戦』は自然と最も多くの闘獣が集まり、他の大会でも優勝を狙える闘獣が何匹も出場して大会のレベルが非常に高くなる。よって新人王は厳しい戦いを乗り越えた強い闘獣であり、それを決める『新人戦』は最も人気のある大会となるのだ。


 『新人戦』に出場する闘獣は年々増加しており、今年は出場数が二百を超えている。それをそのままトーナメント形式で戦わせると時間が掛かり過ぎるため、十六のグループに分けて勝ち残った十六体の闘獣でトーナメント戦を行うのだ。


 名も無き蠍は今から自分が出場する大会が最も人気であると同時に最も激しい戦いを強いられる大会であることを知らない。彼はただ空腹を抱えながら自分が出場する番を静かに待ち続けるばかりであった。

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