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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第一章 闘獣編
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出逢い

 早いもので私が卵から孵って半年が経過した。一月は四十日で一年が十ヶ月なので、生後二百日と言ったところだ。生まれてからの生活に変わりはない。過酷な環境に調整された()()の中でひたすら食べ続ける日と、様々な生物と戦う日を交互に繰り返していた。


 同じ生活をずっと繰り返していたからもう慣れている…なんてことはない。ゲオルグは慣れさせないように毎日違うことをさせるし、させられることも厳しくなっていくからだ。昨日は煮えたぎる溶岩の中に放り込まれたし、一昨日は様々な条件を課された上で無数の敵と一日中戦わされた。お陰で外骨格は傷だらけ。何時か必ず殺してやるぞ、ゲオルグのクソジジイめ。


 私が過酷な訓練をさせられている事実に変わりはないが、私自身と私の住環境はそれなりに変化している。まず私自身だが、幾度も脱皮を繰り返したことでかなり大きくなった。自然な姿勢で地面に立った時、毒針の先端はゲオルグの腰辺りにまで達している。身体を伸ばして鋏の先端から毒針の先端までの長さを測ったなら、おそらく私の方がゲオルグよりも大きいかもしれない。


 度重なる訓練と徹底した栄養管理のお陰かはわからないが、私の重厚な外骨格は熱だろうが冷気だろうが電撃だろうがものともしない。その中に詰まった密度の高い筋肉も強力で、闘気を使わずとも凄まじい膂力を発揮する。自由に動けたならとっくに逃げ出せているだろう。


 次に私の住み処だが、大きくなったせいであの心地よい砂の敷かれた箱に収まらなくなった。今では薄暗い地下室に置かれた愛想のない猛獣用の檻が私の寝床である。しかも私の鋏と節足は何本もの鎖で縛られており、自由に動くことは出来ない。寝床ですら寛げない状態だった。


「失礼…します」


 そんな私がいる地下室にか細い声と共に入ったのは、薄汚れたボロ布を着たフル族の子供だった。性別は雌で随分と痩せ細っており、顔の右半分と両腕、右の太股には何重にも包帯が巻かれている。包帯には膿が染み付いていて、決して清潔とは言えない状態だった。


 私はこの子供の名前をしらない。何故ならゲオルグは子供を呼ぶときに名前ではなく、身分である『奴隷』と呼ぶからだ。


 この雌の奴隷の仕事は私の世話をすることである。私の入っている檻の鍵を開けて入り、私専用の餌を持ってきて口元に置いてから、桶と布を持ってきて私の外骨格を隅々まで磨き、それから糞尿を片付けて檻を掃除するのだ。檻が不潔にならないのはこの奴隷のお陰であり、私は心から感謝していた。


 ちなみに、私の世話をする奴隷はこの雌で三人目である。一人目は犯罪で奴隷に落とされた雄だった。そいつが来たのは私が檻に移されたのと同じ頃だったのだが、信じられないほど態度が悪かった。餌を投げ入れて後は放置するだけで、外骨格と檻の掃除は一切しなかったのである。


 しかも私が大人しいからと調子に乗ってその辺にある棒で私を殴ったり、餌の肉団子を勝手に捨てて私を飢えさせたこともあった。餌の件はゲオルグが激怒して懲罰を与えたから二度とやらなくなったが、私への暴行は頻度を増した。


 流石に鬱陶しかったので毒針を刺して殺してやった。奴隷の雄は勘違いしていたようだが、私が手を出せないのはゲオルグと若様だけなのだ。それまで放置していたのは私が相手をするのも面倒だったからに他ならない。闘気も霊術も使えない奴隷の力で、鍛えられた私の外骨格に傷を付けることすら出来ないのだから。


 調子に乗っていた奴隷は毒針によって内側から腐り落ちて死んでいった。翌日から鎖で拘束されるようになったのは言うまでもない。後悔はしていないが。


 二人目は成人したフル族の雌だった。しかし、この雌は初日に私の毒針を自分の首に刺して自殺している。奴隷であることから逃げるために死を選んだのだろう。百年生き残る使命を持つ私には理解できない行動だった。


 そして三人目がこの雌である。寡黙で口数は少ないが、真面目で丁寧に仕事をしてくれる。もしも私が言葉を話せるのなら、労いの言葉を掛けてやりたい。本人は望んでいないかもしれないが。


「あっ……」


 奴隷が私の外骨格を磨いていると、間の悪いことに脱皮が始まった。生後百日くらいまでは大体十日に一度の頻度で繰り返した脱皮だが、今では一ヶ月に一回くらいのペースに落ち着いている。きっと身体が大人になったと言うことなのだろう。


 しかし奴隷はかなり狼狽えている。どうやら脱皮のことを知らされていなかったようだ。しかも自分がヘマをしたと思ったようでプルプルと震え始めた。いかんな、このまま二番目の奴隷と同じく自害されたら困る。次の奴隷も真面目に私の世話をしてくれるかわからないからだ。


 私は動かせる範囲で身体を揺らして脱皮の殻のふるい落す。鎖が擦れてジャラジャラと鳴った音に驚いたのか、奴隷は尻餅をついて震えていた。怒った訳ではないから大丈夫だぞ。


 私は頭の近くに落ちた殻に口を近付け、ゴリゴリと音を立てて咀嚼する。私の外骨格は私の外骨格を強化するのに最も適した餌であるらしく、ゲオルグは脱皮する度に私の餌に外骨格を混ぜている。今のように外骨格だけで食べるのは初めてだが、別に構わないだろう。


 呆気にとられていた奴隷は我に返ると慌てて床に落ちた殻を集めて私の口元に運んだ。私は奴隷の手を傷付けないように注意しつつ、その殻を必死に咀嚼していった。


 蠍は食べる量が少ない上にそのペースも遅い生物だが、私はサイズが大きいし食べることを強制されていた個体である。早食いにはそこそこ自信があるのだ。フル族の子供の掌に乗る量なら一分と少しで食べ尽くすことが出来た。


 ふう、奴隷が持ってきた餌も含めて今日は一杯食べたな。早食いには自信があるが、大食いには自信がない。ゲオルグが無理やり食べさせているだけで、元々は少食なのだから。あの霊術が発動していない今は割りと辛い。もう満腹だ。


「よいしょ……よいしょ……」


 奴隷は私の関節を縛る鎖の内側に残った脱け殻の破片を懸命に引っ張り出している。動くと鎖の隙間に指を挟んでしまいそうなので身動きが取れない。うぐぐ、辛い。


 しばらくしてから奴隷は全ての脱け殻を回収し、私の前に全て積み上げた。とてもではないがこれを全て食べることは出来ない。うーん…おっ、そうだ。脱け殻の量を減らす方法を思い付いたぞ。


「キシキシ」

「え?くれるの?」


 私は山積みになった脱け殻の中から長細くて透明なモノを取り出した。透き通ったレイピアの刃のように見えるそれは私の生え変わった毒針である。他の蠍がどうかは知らないが、私の場合は脱皮と共に毒針が抜けるのだ。


 これを日頃の礼ということであげることにした。種族こそ異なるが、私と同じ奴隷の身でこうして縁があったのだ。身体から抜け落ちた時点で毒はなくなっているが、軽くて頑丈なこれを持っておけばいざと言う時に身を守ることが出来るかもしれない。


 奴隷は恐る恐る毒針を受けとると、ボロ布の裾を破いて大事そうに包んで懐に入れた。受け取ってくれた良かった。それを見届けた私は鋏をたたんで尾節を床に下ろして丸くなる。これは私と奴隷の間で通じる眠るという合図だった。奴隷は床を磨く布と汚れた水が入った桶を回収すると、礼儀正しくペコリと頭を下げて出ていった。


 さて、ゲオルグが来るまでもう一眠りするかな。何をさせられるにしても、体力を温存しておいた方が良いに決まっている。私はいつも通りに浅い眠りにつこうとした。


「……?」


 その時、何か小さいものがこちらに近付いて来るのを感じ取った。私は生まれた時に小さくか弱い生物だったことと私の使命から決して死ねないことあり、接近する気配には非常に敏感である。幾ら巧妙に気配を消そうとも私は気付いてしまうのだ。


 私は休眠している振りをして動かずに待つ。こう言うとき、フル族のように瞬きする必要も眼球を動かす必要もない複眼を持っているのは利点だと思う。視線と感情を覚らせないのは戦いにおいて重要だとこれまでの経験で学んでいるからだ。


 私は微動だにせず、今日は客が多い日だなどと益体もないことを考えながら感じ取った気配が接近するのを待つ。音をさせることなくゲオルグの資料棚と床の隙間から現れたのは、葉っぱと植物の蔓で作られた服を着た鼠の背中に乗れるほど小さなヒト…ポピ族であった。


 ポピ族は好奇心旺盛で悪戯好きの小さな種族である。人里でも山奥でも急に現れては悪戯をして逃げていくという困った者達だ。ただ、その悪戯のほとんどは笑って許せる類いのものであり、目くじらを立てるほどのことではない。


 しかし、彼らを捕まえて売り払えば一生遊んで暮らせるだけの金が得られるという。その理由は偏にポピ族の持つ特殊な能力にあった。


「そろ~り、そろ~り…うおお!凄いぞ!」


 私の目の前まで来た焦げ茶色の髪のポピ族は、山になった脱け殻を見て顔を輝かせる。そして脱け殻に触れると、触れた端から脱け殻がフニャリと曲げてしまった。そして柔らかくなった脱け殻を粘土のように捏ねると、瞬く間に小さな私の置物が出来上がった。


 このようにポピ族は生物でないモノなら何でも自由に変形させ、思うがままに造形することが出来るのである。捕らえて隷属させれば、どんな名工であろうと作り出せない細緻な芸術品を量産することだって出来のだ。その価値は計り知れない。


 そしてポピ族は自分達が狙われていることを知っており、隠れる技術を磨いている。故に滅多に人前に姿を表さないものの、生来の好奇心と悪戯好きな性分を我慢出来ずに人里に現れては大捕物に発展するのだ。以上が私の内にあるポピ族の知識だった。


「うむむ……カッコ良さを表現しきれてない!こっちをもうちょっと調整だ!」


 私が寝ていると思っているらしいポピ族はああでもない、こうでもないと言いながらミニチュアの私を弄っている。脱け殻で私のミニチュアを作るのは構わないが、ここは()()ゲオルグの調教施設だ。見付かったら全力で追い回され、死ぬまで何かを作るように強要されるだろう。


 それはあまりにも哀れだ。出来ればこのまま寝た振りをしている間に逃げて欲しい。しかし、私の儚い願いは届かない。部屋に何者かが近付く振動を私の節足が捉えたからだ。


「どっ、どうしようっ!?せっかくの芸術がっ!」


 同時にポピ族も誰かが来たことを察知したようだが、ミニチュアの私を隠す方法が思い付かずに右往左往している。仕方がないここは私が一肌脱ごう。私は鋏を伸ばしてミニチュアを掴み、入り口から見えないように檻と壁の隙間に投げ入れた。


 ポピ族はこれ以上ないほどに目を見開いたが、今はそんなことをしている場合ではない。私でも捉えられないほどの素早さで再び資料棚と床の隙間へと逃げ込んだ。流石はヒトの中で最も素早いと言われるポピ族である。


 その数十秒後、地下室に現れたのは予想通りにゲオルグであった。奴は古傷があるのか片足を引き摺るようにして歩くので足音が特徴的なのだ。


「うむ、餌はちゃんと摂取したようじゃな。解除。行くぞ、ついてこい」


 私の調子を軽く確かめると、鎖を解除してから命令する。私は素直に命令に従った。生まれてすぐに使われた霊術である『魂の隷属』は対象を自分の命令に逆らえなくするものなのだが、この半年でこの霊術を何重にも掛けられている。用心深いことだ。


 ただ、これはゲオルグが反逆を恐れるほどに私が強くなった証拠と言える。しかし、同時に少しでも歯向かおうとすればショック死する痛みが走ることを本能が察していた。今はまだ我慢する時だと自分に言い聞かせつつ、この間に逃げていて欲しいと願いながら私は地下室から出ていくのだった。

 ヒロイン登場。ちなみにヒロインと同じく主人公も現在は名無しです。

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