技術的限界と贖罪兵
昨日は予約投稿を失敗しておりました。申し訳ありません。
今日から再び毎日投稿を頑張ります!
私のいる牢屋の房に牛と馬の魔人が来た翌日から、地下の牢屋には次々と魔人が運ばれてきた。ただし、一つの房に複数の個体が入っているのは私のところだけで、他は全て一頭ずつ入れられている。その理由は……我々以外の魔人は全て狂暴になっていたからだった。
「うーん、ヒト種じゃない方の魂を使うとほとんどこうなっちゃうのかぁ……これはちょっと予想外だね」
檻の外から魔人達を観察しながら、オルヴォはそう呟いた。これまでのオルヴォの呟きから察するに、ヒト種の魂を使わない場合、自分の身体の変化に頭が着いていかずにパニックになってしまうらしい。そしてパニック陥った魔人は錯乱し、暴れてしまうようだ。
今のところ、錯乱状態から回復した個体はいない。中には暴れ過ぎて自分の身体を傷付け、そのまま死んでしまった個体まで存在する。余りにも哀れな魔人の末路に私は同情を禁じ得なかった。
その中でも数少ない例外が私と牛と馬である。私の場合は最初からヒト種と合成されるとわかっていたからパニックにならなかった。では、残りの二頭はどうして大丈夫だったのかと言うと……信じられないほどに図太い性格だったからだ。
「ブモォ」
「ヒヒン」
今、牛と馬の魔人は私の檻に身を預けながら旨そうに干し草を手で掴んで食べている。本当に信じられないことだが、こいつらは驚くべき順応性を発揮して今の身体に慣れてしまったのだ。
イビキをかきながら寝ていた二頭だったが、目が覚めると自分の身体の変化に気が付いた。しかし、そこで慌てず騒がず、二度寝を始めたのである。
二度寝から目が覚めたのは、ミカが餌を運んできた時のことだった。牛と馬のために大量の干し草を、私には具材が挟んであるパンを持ってきた。私は小さい鋏で受け取って食べ始め、牛と馬も干し草をモシャモシャと食んでいた。
最初は四つん這いになって頭だけを使って食べていた牛と馬だったが、途中で手を使う便利さに気付いたらしい。手で干し草を掴み、口に運ぶようになったのだ。
今では変形を見事に使いこなしている。食べる時には魔人形態になって干し草を片手に腹をボリボリ掻き、眠る時には獣型になってうつ伏せになるのだ。魔人形態になった状態から変化することなく、いつまでもギャーギャーと喚きながら暴れている他の魔人とは大違いだった。
「ブモブモ」
「ブヒヒン」
そんな二頭は何故か私に懐いている。今も干し草を檻の外から私に差し出し、四つの円らな瞳はキラキラと輝かせながら食べてくれと迫っていた。
最初は無視していたのだが、そうすると悲しそうに項垂れるのだ。見ていられなかったので仕方なく干し草を受け取って食べると、二頭とも嬉しそうに尻尾をブンブン振った。それからというもの、二頭は競うようにして干し草を私に向ける。それを私は黙って食べていた。
干し草は決して美味しくはないものの、この身体でも食べられるらしい。体調が悪くなることはなかった。今も左右から差し出された干し草を頬の鋏で受け取って、モシャモシャと噛んで飲み込んだ。
「かと言ってヒト種の魂を使って完全な獣形態になれるようにデザインしたら即座に拒絶反応が出て死んじゃったし、その逆も然り。結局、ヒト種の魂を使ってヒト形態と魔人形態になれるようにするのが一番ってことだね。拒絶反応が出なかった、この三体が特別だって考えよう。それがわかっただけ良し!明日からは本番だし、早く寝ようっと!」
オルヴォはそう結論付けて地下から出ていった。私もそうだが、オルヴォは魔人には二つの形態を取れるようにデザインで合成している。私ならば何もしていない状態と、外骨格で全身を覆った状態の二つだった。前者をヒト形態、後者を魔人形態と呼ぶようにしていた。
牛と馬をはじめとした周囲の牢屋に入っているのは、獣形態と魔人形態に変化するように作られた魔人達。魔人がその真価を発揮する魔人形態と、その前の生物の形態になれる者達だ。野生の獣や家畜だと思わせて油断させ、変化して襲い掛かる魔人に仕上げたかったらしいな。
しかし、結果は数少ない例外を除いて発狂してしまうというお粗末なもの。これからはヒト種の魂を使った、ヒト形態になれる魔人ばかりが作られることになりそうだ。
オルヴォや帝国が何体の魔人を作るつもりなのか、私にはわからない。しかし、わかっていることがたった一つだけある。それは今後誕生する魔人は元ヒト種であり……私達とは違うタイプの魔人になると言うことだ。
それを知った時、後輩にあたる彼らは私達を仲間だと受け入れてくれるのだろうか?私は漠然とした不安を抱くのだった。
◆◇◆◇◆◇
約百年前、帝国はまだエンゾ大陸東部にあった小さな王国に過ぎなかった。しかし、隣国の継承問題に端を発する戦争に勝利してこれを併合。そのことに味を占めた国王は周辺諸国へ積極的に侵攻し、併呑するか属国として支配していった。
領土を順調に拡大していき、ついに帝国と国号を変えるまでに至った。しかし、その拡大政策も唐突に終わりを告げる。その理由は、侵攻を進めていた帝国の初代皇帝が崩御したからであった。
皇帝の崩御と同時に、継承を巡って皇子や皇女が勃発。更に併合した地域の民衆が各地で反乱も発生し、国内で問題が頻発して侵攻どころではなくなったのである。
帝国にとって不幸中の幸いだったのは、その時はちょうど他国との戦争中ではなかったことだろう。国境で接している国々には皇帝の崩御や国内の情報を徹底的に隠しながら強気に交渉し、その間に反乱の鎮圧と継承争いが終わるまでの時間稼ぎを行ったのである。
継承争いを勝ち抜いて帝位を継いだのは、初代皇帝と最も仲が悪かった皇子であった。帝位から最も遠く、本人も皇帝の椅子に座るとは思っていなかった。しかし、帝位争いで有力な他の皇子と皇女が謀殺されたり相討ちになったり事故死したりした結果、彼にお鉢が回ってきたのだ。
この後に『冷血帝』と呼ばれた二代目皇帝は、これまでの領土拡大政策から一転して内政に精を出して国力を高めることとした。広大な領土を持つ帝国が内政に努めた結果、その生産力と工業力は飛躍的に向上していく。そして度重なる戦争を経て蓄積した軍事力もあいまって、帝国は大陸で最強と言うに相応しい国家の基礎を作り出したのである。
二代目皇帝は現在の帝国の地盤を固めた立役者であるのに、何故に『冷血帝』という称賛ではなく畏怖をイメージさせる異名で呼ばれているのか。それは彼が徹底的な合理主義者であり、帝国のために必要とあらばどれだけ悪辣でどれほど犠牲が出る政策でも粛々と行ったからである。
彼が行った政策は幾つもあるが、その全てが帝国の利益に繋がっている。このことから為政者として飛び抜けて有能だったのは明らかだ。しかし、彼には他人の感情を考慮に入れるという考えがなかった。それ故に国民は彼のことを冷血だと畏れたのである。
冷血帝には様々なエピソードがあるが、その中で最も有名な政策が『臣民階級法』である。冷血帝は王侯貴族を含めた帝国の臣民に、国民としての等級を定めた。最も位が高い皇族を一級臣民とし、二級臣民から六級臣民までが貴族、平民である七級臣民から十五級臣民は納める税金の額によって等級を割り振った。
その際、帝国の属国や併呑した地域の出身者への待遇に意図的な差を作った。まともな抵抗もせずに属国になった地域は本国に近い待遇だが、反抗した地域は明確に冷遇したのである。
その冷遇の度合いも、当時の戦いによって帝国が受けた被害で差異を設けた。後に分割統治と呼ばれる手法によって、地域同士が結束して反乱を起こす事態を未然に防いだのである。
このように国民に階級が設けられている帝国であるが、実はその階級の外側にいる者達が二種類いる。一つは絶対的権力者である皇帝だ。皇帝という地位は一等臣民の上にあり、神聖にして不可侵の存在だとされている。皇帝は臣民ではなく、その上に立つ存在なのだ。
もう一つはその正反対。あらゆる臣民の下にいる存在、階級外民である。初代皇帝の征服事業に対して強硬に抗った国々や初代皇帝崩御時に起きた反乱軍の末裔であり、他国における奴隷と同等の扱いを受けている。
特にその当時の為政者の子孫は『贖罪兵』と呼ばれる戦闘奴隷として、消耗品同然に最前線で過酷な戦いに駆り出されていた。それぞれの国や地方の名前を付けられた部隊は、ただ生き残るために屈辱に耐えながら必死に戦っていた。
「お頭、何だって俺達が本国に輸送されるんでしょうかね?今こそ俺達を使い潰す好機、って奴でしょうに」
贖罪兵部隊の一つ、ルガル隊。百年近く前に滅びたルガル王国の末裔の部隊である。贖罪兵の中では最古参の一つであると同時に、過酷な戦場を生き延び続けたことで磨き上げられたことで最強クラスの戦闘力を有している部隊だ。戦えない子供を含めて三十人ほどの彼らは今、大型の馬車の荷台で運ばれていた。
その中で呟いたのは一人の大男だった。何度も繕ったボロボロで汚い粗末な服と両手足に嵌められた枷を見れば侮られるかもしれないが、内側から服を破ってしまいそうな筋肉の鎧と厳めしい顔付きを見れば大抵の者達は目を背けて逃げていくだろう。
身体中に無数の傷跡があり、彼が切り抜けてきた戦いの厳しさと数がわかると言うものだ。顔に巻かれた包帯からはまだ血が滲んでいて痛々しい。その下にある傷口は深く、間違いなく傷跡が残ってしまうだろう。
「俺が知るかハゲ。また本国で反乱でも起きたんじゃねぇか?同じく使い捨てに出来る傭兵サマがご到着遊ばせたみたいだしよ」
面倒くさそうにそう言ったのは、金髪で長身の男であった。野性味のある男前ではあるものの、尋常ではなく目付きが悪いせいでただ恐ろしいだけにしか見えない。彼もまた贖罪兵であり、同じ粗末な服と枷を嵌められている。男は禿頭の男を端的に罵りながらも、ちゃんと答えを返していた。
「反乱の鎮圧任務かぁ……まーた俺達が憎まれ役ってことですかい?」
「当たり前だろ。そのために生かされてるんだぜ、俺達はよ」
贖罪兵の役割は、帝国の尖兵として最前線で戦うことだ。特に多いのは謀反や反乱の鎮圧である。かつて自分達の祖先が行ったことを、子孫によって防がせるのである。
そして贖罪兵に負けて生き残った者達は、新たな贖罪兵として戦わされることになる。それ故に贖罪兵は同じ部隊の者達以外はお互いに家族や仲間の仇であることが多く、決して一つに纏まることはなかった。
「本当にそうなのかしら?」
しかし、それに異を唱えたのは金髪の男の隣にいた黒髪の女性であった。贖罪兵であるから化粧など全くしておらず、更に薄汚い格好をしているのは男達と同じである。しかし、よく見れば顔付きは整っているし黒曜石のような瞳からは強い知性の輝きが感じられる。まるで宝石の原石のような女性だった。
彼女は自分の膝の上で眠っている息子の頭をなでながら呟いた。金髪の男と禿頭の男は彼女が何か気になっていると聞いて表情を引き締める。ルガル隊きっての知恵者である彼女が警戒しているという事実は無視できないからだ。
「何か気になることがあるんですかい、姐さん?」
「本国に輸送されているのは私達だけじゃない。カダハ隊もそうだって話じゃない。幾ら傭兵が来たからって、私達が抜けた穴を埋められるかしら?」
「腕っこきの傭兵がいるって話だったが……どうだろうな」
客観的に見てルガル隊は強い。百年もの間、一族を絶やさないために独自に武芸と霊術の技量を磨き、それを継承してきた者達が弱い訳がない。特に金髪の男は装備さえ揃っていれば帝国の最精鋭とも渡り合えると実力者であり、部隊としても優れた連携によって凄まじい能力を発揮出来るのだ。
そんな彼らと同じくらいの歴史を持つカダハ隊もまた本国に輸送されていると言う。帝国にとっては使い潰しても問題のない、強大な戦力が二つも抜けたことになる。それを埋めるのは容易なことではないだろう。
「少し戦況が不利になるとしてでも、私達にやらせたいことがあるんじゃないかしら?それがただの反乱だとは思えない。嫌な予感がするわ……子供達は何もされないと良いのだけど」
「ああ、そうだな」
不安そうな妻の肩を抱きながら、金髪の男は彼女の膝に頭を乗せる自分の息子の寝顔をじっと見る。そして何があろうと絶対に守ってやるからな、と心の中で誓うのだった。




