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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第一章 闘獣編
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現状

 生まれてから十日が経過した。この十日間で私は自分が今置かれている環境について、私を()()している調教師の老爺と様子を見に来る若様の会話から盗み聞くことで大まかに理解していた。結論から言えば知らなかった方が幸せなほど、私は死の危険と隣り合わせであるらしい。


 まず、今の私の状況だが若様と老爺の命令に従わねば例の苦痛を味わうことになる。黙って従えば問題ないのだが、自分に自由がないことを嫌でも思い知らされた。これから何をやらされるのか分かっているので、憂鬱な気分である。


 次に私のいる場所だが、ここはどこぞの王国の侯爵が所有する屋敷の地下にある施設らしい。正確な国の名前や地理はわからない。蟲を飼育しながらそんな話はしないからだ。


 若様は侯爵の跡取り息子で、今はこの施設を父である侯爵から譲られたそうな。では何のための施設かと言うと、王国では大人気の娯楽である『闘獣会』に出場する闘獣を育成するためのものだった。


 そもそも『闘獣会』とは何か。それは個人や団体が用意した生物同士を戦わせる見世物である。闘獣と呼ばれる生物が、大勢の観客に囲まれた闘技場でどちらかが死ぬまで殺し合うのだ。


 闘獣を用意する方法は何でも良い。人を雇って野生の生き物を捕まえさせても良いし、一から育て上げても良い。前者ならば強力な生き物を捕まえられる人材を雇わねばならないし、後者ならば優秀な調教師を雇えなければならない。どんな方法にせよ、闘獣を用意するにはコネも金も必要だった。


 それ故に闘獣を用意出来る者は限られる。王侯貴族や豪商、その他の裕福な組織……有り体に言えば上流階級の者達だ。連中にとって闘獣を所有していることは当たり前、強い闘獣は自慢の種になるらしい。


 つまり私は若様が他人に自慢したいがために飼育されているのだ……ああ、逃げ出したい。無理だけど。


 ちなみに『闘獣会』は平民も見物することが可能で、賭博も行われている。平民にとっては数少ない楽しみの一つというところだろうか。その利益は莫大なもので、勝利すれば投じた費用を上回る利益が出るらしい。そこで得た利益によって爵位を上げた貴族までいるそうだ。その裏で大損をして破滅した人が大勢いるのだろうが。


 前置きが長くなったが、とにかく奴等は私を『闘獣会』で殺し合いをする闘獣とするべく飼育しているのだ。そして命令に逆らえない私に、戦わないという選択肢はない。百年も生きなければならない使命を負う私との相性は最悪の環境だ。ああ、死にたくない。


 ただし、今いる箱の中は悪くない。私は同じ箱で生まれた、言わば同胞を皆殺しにした後、別の箱に入れられていた。ピンセットで運ばれたのは地面に砂を敷き詰めた大きな箱で、砂の他には枯れた木や大きな石などが置かれている。


 きっと私が生息していた場所の環境を再現した場所なのだろう。居心地はとても良い。特に石の陰で砂に埋もれていると、とても落ち着いた気分になれた。


「ふむふむ、やはり脱皮によって傷が癒えるようじゃな。流石は砂漠の暗殺者、冥王蠍よ。驚きの回復力じゃ」


 私はボロボロになっていたが、今日の朝には完全に治っていた。その理由はただ一つ。脱皮をしたのである。全身がムズムズして痒くなったかと思えば、身体の表面がパキッと鳴って割れたのだ。


 身体を動かすと裂け目は大きくなって、そこからスルリと音もなく脱け出した。驚いたことに新しくなった身体は失った鋏も折れた毒針も治っていたのである。何日置きに脱皮するのかは知らないが、脱皮の度に部位欠損まで治るとは…冥王蠍というらしい私の種族はトンデモ生物であるらしい。


「ならば今日から本格的な訓練を開始するかの」

「キイッ!?」


 脱皮した私を観察していた老人は、生まれた日のように再びピンセットでつまみ上げた。脱皮したことでほんの少しだけ身体が大きくなっていたものの、フル族の大人に敵うほどではない。私は節足をバタバタとさせながら抗ったが、完全に無駄骨であった…私に脊椎はないが。


 住み心地の良い箱から連れ出された先は、最悪なことに霊術回路が刻まれた箱であった。あの時のことを思い出した私は逃げ出すべく壁を登ろうとしたが、ツルツルと滑ってどうにもならない。


「動くな」

「ギッ!?」


 しかも老爺が一言命じただけで私は身動き一つ取れなくなってしまう。逆らっても良いが、無駄に体力を消耗するのもナンセンスだ。私は戦々恐々としながら老爺の動向に注目し、その真意を探ろうと試みた。


 老爺は節くれ立った長い杖を持ってきた。杖の先端には大きな水晶が填まっていて、私の知識がそれは霊術に用いる杖だと語っている。あんなものを使って何をするつもりだ?途轍もなく嫌な予感がする。


「さて、では始めるとするかの」


 老爺が杖の先端を箱の中に向けると、水晶の部分から紫電が迸って私の身体を貫いた。私は声にならない絶叫を上げ、箱の中でのたうち回る。このまま死ぬのではないかと思った時、箱の内側の霊術回路が白く輝いて私の傷を癒してしまった。


 身体が傷付いては治され、治った端から傷付けられる。私は痛みに苦しみながら、この行為に何の意味があるのかわからずに困惑することしか出来ない。


「魂の力である霊力と、肉体の力である闘気。その二つはどんな生物も例外なく持った力じゃ。しかしそれを認識し、発現させ、技術を磨くには膨大な時間が必要となる」


 老爺は生徒に教えるように私に語りかける。この老爺は度々私に語りかけることがあるので、最初は私が言葉を理解していると気付いているのかと思った。


 だが、どうやら違うらしい。この老爺は自分が今何をしているのかを教えるようにして話す癖があるようなのだ。仮に私が生徒だったとしても、向ける感情は憎悪だけで絶対に尊敬はしてやらんぞ。


「それには一つの裏技があるのよ。それは霊術によって傷付いた身体を強引に闘気を励起して治させること。一つ間違えれば死なせてしまうギリギリを攻めねば意味がないこの技法…その匙加減の上手さこそ、調教師としての儂の真骨頂よ」


 どうやら私を強くするために私を死の淵にまで追い込むことが目的らしい。私の命は玩具か何かだと思っているのか?ふざけるなよ、このマッドサイエンティストめ!


 しかし、私の身体には発声器官がないし、怒鳴り付ける余裕もない。全身を駆け巡る電撃が止まるように願いながら、無様に節足を動かすことしか出来なかった。


「ふむ…まだ行けるか。初日でありながらまだ余裕があるとは、流石は選ばれし子よ。もう少しだけ出力を上げようかの」

「ギキッ…ギギイィィィ!!!」


 止めろ!止めてくれ!これ以上強くしないでくれ!私は必死に懇願するが、老爺に伝わることはない。有言実行とばかりに流れる電流の力は増し、それに比例して私の苦痛も増していく。意識が飛びそうなほど苦しいのに、それが許されないのは何故だろうか。それが老爺の言う匙加減なのかもしれない。


 激痛を味わっている最中、老爺の『調教』の成果が出始めたらしい。私は身体の中に老爺の杖から放たれる電撃に近い力と、儀式陣によって強引に引き出されている力を感じ取り始めていたのである。それを操ればこの苦しみから逃れられるのではないだろうか?


 私の知識には霊術と闘気という言葉はあれど、その使い方はわからない。だが、この苦痛から逃れられるかもしれないのなら未知の力を使ってみるべきだ。私は電撃に近い力を身体から我武者羅に引っ張り出す。すると、私の鋏と尾節が赤みがかった黄金に輝き、電撃を防ぐように砂の壁が現れたではないか。


「ほう!よもや初日に霊術を開花させるとは!やはり選び抜いた存在は違う!そしてそれを見抜いた儂の慧眼もな!クハハハハ!」


 老爺は興奮しているのか鼻の穴を広げて頬を紅潮させつつ、電撃を緩めることなく私を見ている。私としては楽しいことなど一つもないが、それをぶつけることは出来ない。何故なら今の私の力では電撃を防ぐので精一杯であるからだ。


「出現したのは土…いや、砂か。と言うことは得意なのは土と風であろうか。それに霊力の輝きからして、火の霊力も持っておる。三種もの適正を持つとは……ククク、有象無象の術士ならば嫉妬しておろうな」


 老爺は俺の出した霊術をつぶさに観察し、その性質を見極めている。必死な私に比べて、老爺は観察する余裕すらあるんだ。彼我の差は歴然としているらしい。悔しいが、むしろ私が防いでいることの方が快挙と言っていいのだろう。生まれて十日の虫螻(ムシケラ)がフル族に勝つなんてあり得ないのだから。


 私は身体から霊力を絞り出して壁を維持するが、老爺の電撃は徐々に強くなっていく。きっと私の霊力の限界を測っているんだろう。私は痛い思いをしたくないからではなく、ここまで来たら限界まで防いでやるという意地で耐えていた。


「霊力の出力は見習い術士と同程度か…生まれたてでこれならば十分に天才と言って良かろう。全く、期待させてくれるわい!」


 だが、私の意地もここまでだった。老爺は電撃の威力を一気に上げて砂の壁を一息に貫いたのだ。これまでとは比較にならない電撃が身体中を駆け巡り、私は痙攣することしか出来ない状態になってしまった。意識を失っていないのは奇跡だろう。


 このままでは死んでしまう!私は最後の力を振り絞って先程感じたもう一つの力である闘気を用いて治癒を試みる。少しだけ身体の痛みが和らいだ気がするが、外骨格の内側が全て痛い状態なので焼け石に水であった。


「むっ?闘気まで習得しておるのか……ならば治癒の霊術は不要じゃな。となると、明日からは身体作りと各種耐性の獲得になろう。クックック、忙しくなるわい!」


 老爺は独り言を呟きながら私をピンセットで持ち上げて、飼育用の箱に戻した。砂の上に落ちた私は寝床である石の下に向かおうと節足を動かすが、電撃によって傷付いた身体は上手く動いてくれない。


 節足と鋏を全力で動かし、身体を引き摺るようにして石の下を目指していると、老爺は私の目の前に何かを置いた。それは黒い粉が混ざった肉団子。赤く瑞々しい肉は新鮮で、私の複眼にはとても美味そうに見える。蠍は少食だが、傷付いた身体を癒すためか本能がこの肉団子を食べろと囁いていた。


 私は震える鋏で肉団子の表面を千切り、口に運んで咀嚼する。味覚はほとんどないので味の評価は出来ないが、腹が膨れるのと同時にじんわりと身体が暖かくなる感覚があった。


「どうじゃ?罪人の血を結晶化させた血晶石の粉末入り肉団子の効果は?罪人と言えど、娑婆におった時にはそれなりに優れた術士として知られておった。故に血に溶け込んでおった霊力は豊富。霊力が回復していくであろう?」


 ……言われてみればゴッソリと抜けていた霊力が回復している気がする。老爺の言う血晶石のお陰なのだろう。私をボロボロにした張本人が用意した栄養食を食べるのは複雑な気分だ。


 しかし、私が生き延びるためにはしっかりと食べて傷を癒す必要がある。私は使命を果たすまで死にたくないという一心で目の前の肉団子を食べ続けるのだった。

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