戦いの足音と武器選び
師匠の話を要約すると、今回の戦いにおける目標は共和国軍が占拠したアーディウス要塞を奪還することである。ここは中央戦線における敵側の最前線にある要塞であり、同時に現在の占領地で最も大きな要塞でもあった。
ただでさえ共和国軍は侵略を始めた当初のような勢いを失っているのだ。この要塞を陥落させれば、共和国軍はもう一度南へ侵攻する力を完全に失うだろう。それどころか戦線を維持出来ず、後退することしか出来なくなるかもしれないと言うのが中央戦線の予測である。
逆に要塞を陥落させられなかった場合、中央戦線は損害を出して疲弊するだけになる。そうして中央戦線が大きく弱体化した場合、今度は共和国軍の方が攻勢に出る可能性は高い。そしてシラ要塞が戦場になることだろう。弱体化している以上、シラ要塞は陥落すると思われる。それは中央戦線の瓦解を意味していた。
その時には我々は間違いなく全滅している。どんな時でも我々は最も危険な先鋒を任せられるのだから。アーディウス要塞攻略に失敗した時点で我々の命はないだろう。あったとしても殿として使い潰される未来が見える。やはり、戦いとは勝たなければならないのだ。
「弟子よ、お主はアーディウス要塞に向かう補給部隊の輜重車を襲っておったのだろう?何か知っておるか?」
「いえ、帰還の途中で師匠に申し上げたこと以上のことは何も存じません。あえて申し上げるのなら、我々に妨害されながらも決して補給を止めなかったことでしょうか」
「ふむ、妨害されてでも急いで前線に物資を届けねばならぬ事情があるかもしれんと言うことか。だが、襲撃した輜重車の中身は大したものではなかったのだろう?ううむ……わからん!ならば考えるのは止めだ!」
師匠は顎に手を当てながら何かを考えていたようだが、すぐに考えることを放棄した。豪放磊落な師匠は細かいことを考えるのが嫌いだ。苦手なのではなく、嫌いなのである。つまり、師匠は頭が良いのに頭を使うのは面倒臭がるのだ。
頭を使うのが面倒臭いので取りあえず突撃して、それが上手く行かなかったとしても騎士団の武力で耐えられる。頭の回転が早いので耐えている間に的確な判断を下して状況を打開するのだ。
最初から突出して包囲されていたのに、何故か戦闘が終わってみれば最も損害が少ないのは竜血騎士団であることは多い。実に不思議である。
「何はともあれ、戦いが近いことは伝えたぞ!そのときに後悔せぬよう、鍛練に励むことだ!ガッハッハ!」
師匠はそれだけ伝えると颯爽と去っていく。これから竜血騎士団の鍛錬に向かうのだろう。私も負けてはいられない。師匠の言う通り、戦いになってから後悔しないように鍛錬を積むべきだ。
よし。今日から出陣の日の前日まで、生存本能を刺激するくらいに厳しめに行こう。そう決めてから私は運動場へと戻るのだった。
◆◇◆◇◆◇
師匠から戦いが近いと知らされた三日後、正式に出陣の日程が決定したという下知があった。私はそれをあの男からネチネチとした嫌味と突発的な癇癪を交じえながら聞かされた。
嫌みはもう慣れているし聞き流せば良いのだが、癇癪を起こすのは本当に止めて欲しい。茶が入ったカップを自分で投げて私の服を汚した癖に、そのカップが割れて怒り狂うのは流石に正気を疑う。これが許されるとは、あの男がどんな環境で育ったのか気になるほどだ。
「ボス、今回の呼び出しはやっぱり例の件か?」
「ああ、その通りだ。夏が終わる前にアーディウス要塞を攻めるらしい。大きな戦いになるぞ」
鍛錬を終えた後、夕飯を食べながらあの男の話を仲間達に伝えた。開戦が近いことは既に伝えてあるので、仲間達の反応は一部を除いてかなり薄い。露骨に顔を強張らせて緊張を露にしているのはユリウス達三人組くらいのものだった。
彼らは厳しい鍛錬こそ積んでいるものの、本物の殺し合いをやったことはない。運動場の鍛錬は殺し合いのように激しいが、あくまでも鍛錬でしかないのである。
「要塞同士の間に幾つか基地があったよな?あれも落とすのかねぇ?」
「監視用の奴だろ。進軍してるのを見りゃ、勝手に逃げるさ。どうせ罠だらけだろうし、霊術士に焼き払わせるんじゃねぇか?」
「何だかんだで攻城戦って久し振りだなぁ……そうだ、壁登りで競争しようぜ!」
「おいおい、ガキみてぇなこと言ってんじゃねぇよ」
そんな三人を余所に、仲間達は思い思いに会話をしていた。命のやり取りに慣れている我々は、戦いの前から緊張して精神的に消耗することの愚かさを知っている。戦いに臨む前だからこそ、普段通りに過ごすべきなのだ。まあ、少々緊張感に欠け過ぎているような気もするが。
「ふむ、あの三人はこれが初陣か。だったら戦場で使う武器を選ばせておいた方が良いだろう」
「おう。そろそろ武器の使い方も教えとかなきゃな」
ティガルとザルドは三人に使わせる武器とその訓練の話をしていた。普段の鍛錬では、我々は常に素手同士で行っている。だがそれは他の魔人達に武器を持たせた場合、鍛錬での死亡事故が多発するからだ。理性を失って暴走しがちなカレルヴォ式の魔人に武器を持たせるのは戦場だけで十分なのである。
一方でユリウス達三人はオルヴォ式の魔人であり、十分な理性を保てている。それなのに武器の鍛錬をさせなかったのは、魔人としての力を十全に扱えるようにするためだ。自分の力を把握せずに武器を持っても良いことはないからな。
その点、三人はもう武器の扱いを学んでも良い頃合いだった。ボルツは微妙にも思えるが、彼は戦闘のセンスに乏しいだけで魔人としての力は把握出来ている。武器を握らせても問題はないだろう。
「なあ、アニキ。ユリウス達も武器を使えるようになんのか?」
「ん?ああ。戦争に行く前に最低限の使い方は覚えてもらう」
「それなら、武器を選ばせてやろうぜ!持って帰った武器がたくさん余ってるんだからさ!」
焚き火を見ながらティガル達の話を聞いていると、レオが近付いてきて私に尋ねる。その質問に肯定すると、レオは早速武器を見せてやれと言い出した。
今は夜なので、これから鍛錬を行うことは出来ない。しかしながら、自分に合う武器を選ぶことは可能だ。それに今のうちに武器を選んでおけば、明日の朝に武器を選ばせる時間を削減出来る。その方が効率も良いし、レオの提案に乗るのも良いか。
「良いだろう。三人を連れて我々の荷馬車に連れて来い」
「わかった!」
レオは元気よく返事をすると、三人がいる場所に走っていく。私も特戦隊が使っている荷馬車に向かうことにした。
厩舎の裏に置かれている荷馬車は、最初に与えられた荷馬車を改造したものだ。荷台は破壊した自走砲から無理矢理剥ぎ取った装甲で補強され、車軸と車輪には砕けた槍の穂先などを流用したスパイクが取り付けられている。生半可な攻撃では破壊されることはないだろう。
それを牽引するのはシユウとアパオの二人であり、天井の上には彼らが用いる武器の大振りな両刃斧と棘付きの金砕棒が載せてある。戦場まで牽引して、その場で変化してからそれぞれの武器を担いで前線へ向かうのだ。
「連れて来たぜ、アニキ!」
「ああ。今開けてやる」
レオを先頭に四人がやって来た。レオはともかく、他の三人は未だに緊張した面持ちである。初陣が、それも大きな戦いが近付いているのだから気持ちはわからんでもない。だが急に自分よりも巨大な相手と戦わされた私と違って、彼らには心の準備をする時間があるのだからマシだと思ってもらいたいものだ。
私はレオに応えながら荷台の扉に手をかける。扉は砂の霊術で封じており、基本的には私と私が許可した者でなければ開けられないようにしてあった。中身は鹵獲した武器や防具しかないのだが……手癖の悪い者はどこにでもいるのである。
「すっげぇ……」
「これ、全部武器なの……?」
開け放った扉の中を見たユリウスとアリエルは、数百を超える数の武器が入った樽を見て唖然としている。それとは対照的にボルツはどこか期待外れだったようで、馬鹿にするように、しかし私に聞かれないように小さく鼻で笑っていた。
そのくらいで目くじらを立てるほど狭量ではないが、怒られたくないのなら最初からやらなければ良いのに。未だにこのボルツという少年のことはよくわからない。
私は荷台に入ると、武器が乱雑に詰め込まれた樽を外に運び出す。詰め込み方は汚いものの、樽の中身は剣の樽や槍などの長柄武器の樽、斧や鈍器の樽など武器の系統によって仕分けされていた。どの武器も保存状態は良好で、新品のような輝きを放っていた。
「好きな武器を選ぶが良い。誰にでも向き不向きはあるが、我々は魔人だ。直感で向いている武器を教えてくれるし、選んだのが不向きな武器だろうと高い身体能力のお陰でそれなりに使えるようになる。それにその武器の使い手が教えてやるから安心して選べ」
「だってさ!ほら、好きなのを選べよ!」
「一応聞いとくけどよ、レオはどんな武器を使ってるんだ?」
早く選べとせっつくレオに向かってユリウスはそう尋ねた。するとレオはちょっと待ってろと言って荷台に上がると、自分が使っている武器を持って来る。それはバスタードソードと呼ばれる直剣だった。
大人にとっては両手でも片手でも使える長さなのだが、まだ成長途中のレオにとっては両手持ちが前提の大剣のようなものである。父親の力強い背中に憧れを抱き、ずっと追いかけているのがレオという少年だ。迷うことなく父親が得意な大剣を選んでいた。
「ところで、何で俺の使う武器を知りたがるんだ?」
「そりゃお前と同じってのが嫌だからだ。なら俺は…こいつらにするぜ」
そう言ってユリウスが樽から抜いたのは、一双の大振りな短剣だった。彼の体格から考えると双剣のつもりだろう。レオとユリウスは仲が悪い訳ではない。だが、ユリウスはどこか対抗意識を抱いているのも事実である。大剣に対抗するように選んだのだろう。
個人的に双剣は格闘術を最も活かせる武器の一つだと思っているので、これまで頑張っていた鍛錬の鍛錬の成果も活かせる。悪くない選択だと私は思った。
私が感心して何度も頷く一方で、レオはニヤリとした笑みを浮かべている。まるで何かの悪戯を思い付いた時のような顔付きだ。一体何を考えているんだ?
「へぇ、双剣か。良いと思うぜ。それで決まりでいいんだな?」
「おう。男に二言はねぇよ」
「うんうん、そうかそうか。じゃあアニキ、明日からみっちり鍛えてやってくれよな!」
「うむ、当然だ」
レオからの頼みに私は大きく頷いた。特戦隊の中で最も双剣を上手に使えるのは間違いなく私である。双剣を選んだからには、短い期間だからこそ私が徹底的に鍛えてやろう。
「……え?」
「アニキは最強の双剣使いなんだ!良かったな!しっかり鍛えてくれるってよ!」
レオは会心の笑みを浮かべながらユリウスの背中をポンポンと叩く。ユリウスは何故か絶望したような顔付きで私を見ながらその場で崩れ落ちるのだった。
次回は11月8日に投稿予定です。