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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第三章 魔人戦争編
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鍛錬の成果

 ユリウス達が我々と合流してから、しばらくは任務を与えられるでもなくシラ要塞の中で鍛練に明け暮れていた。任務がないのは楽で良いが、油断してはならない。これまでの経験上、長期の間任務を与えられなかった後は大きな戦いが待っているからだ。


 それを知っている特戦隊の仲間達は真面目に鍛錬を積み続けている。カレルヴォの魔人達が戦いを予感しているのかは不明だが、鍛錬するように命令されているので運動場は変わらず怒号と悲鳴が轟いていた。


「えいっ!で、出来ました!」

「おぉ~、上手になったじゃん!」

「これなら実戦でも十分使えるわぁ。アリエルには霊術の素質があったのねぇ」

「むぅ、霊術よりも武術の方が役に立つ」

「わわっ、待ってラピちゃん!」


 鍛錬の二日目からこれまで、アリエルはトゥルとファル、そしてラピの三人によって霊術と武術の両方を教わっていた。幸いにもアリエルには高い霊術の素養があり、また魔人由来の身体能力もある。荒削りながら実戦レベル、すなわち通常の機鎧兵と渡り合えるくらいには磨かれていた。


 今は魔人形態となって背中から生えた翅を羽ばたかせて空中で静止しながら、得意とする風の霊術で真空の刃を虚空へと放っている。その威力は中々のものであり、白機兵には通用しないだろうが、機鎧兵ならば鎧ごと切り裂けるだろう。


 霊術の鍛錬を終えると、待ってましたとばかりにラピが飛び掛かる。本気には程遠く、しかし魔人でなければ反応するのも難しい速度で繰り出した蹴りをアリエルは翅を羽ばたかせて大きく退いて回避した。


 それに気を良くしたのか、ラピは流れるような連続攻撃を仕掛ける。それをアリエルは必死に回避し、どうしても避けられない時には四肢を包む外骨格で受け止めていた。


「トゥル、アタシ達も行くよ」

「わかったよぉ、お姉ちゃん」


 ラピの相手はアリエル一人では荷が勝ちすぎるので、ファルとトゥルも参戦した。空を飛んで三次元的に動き回って戦うファルと見た目以上のパワーとタフネスを誇るトゥルの姉妹は、アリエルにとって心強い援軍に映ったことだろう。


 ラピ対三人という構図になったわけが、実は素手同士という条件だとこれでもラピの方が若干有利なくらいだ。真上から迫るファルの蹴りを回避し、トゥルの剛力が乗った拳を受け流して投げ、アリエルの渾身の手刀に合わせて懐に飛び込んで体当たりを食らわせる。うむ、やはりラピは格闘術に関しては天才だな。


「ガルルルル!今日こそ殴り勝ってやる!」

「グオッ……!やるな、ユリウス!こっちも行くぞ!」

「ガフッ……!まだまだぁ!」


 別の場所では魔人形態になったレオとユリウスが足を止めての殴り合いをしていた。ユリウスは霊術の才能はそこそこだが、喧嘩慣れしていることからもわかるように武術の才能は中々のものだった。


 だからこそ武術の鍛錬に精力的に取り組み、実力はグングン伸びている。今ではレオと正面から殴り合えるほどになっていた。レオもユリウスも回避するか防御するかすれば良いのだが、あえて守りは放棄して殴り合っている。ただし、これは互いに意地になっているわけではない。純粋な鍛錬であった。


 足を止めての殴り合いは、ティガルが提案した鍛錬法だ。魔人である我々は他のヒト種よりも高い身体能力を持ち、高い治癒力によってヒト種ならば動けなくなる怪我でも問題なく戦えることが可能だ。しかしながら、痛覚はヒト種の時の状態を引き継いでいる。つまり、魔人にとっては無視してよい程度の負傷に大袈裟な痛みを感じてしまうのだ。


 実際の戦闘では痛かろうが苦しかろうが剣を振らねばならない時がある。そんな時に考慮しなくても良い痛みのせいで動きが鈍っていては、生存率が大きく下がってしまう。そこで考案されたのが痛みに慣れるための鍛錬だった。


 この鍛錬では二人一組になって殴り合い、痛みに慣れさせると同時にこの程度ならば即座に治癒するのだと意識に刷り込むのが目的だ。ティガルは急所を避けて刃物で刺せば良いと言っていたが、ザルドとソフィーが強硬に反対して今の形に収まった。それでもかなりの荒行だが効果は確実であり、戦場で無駄に怯むことが減っていた。


 ちなみに私は痛覚を遮断すれば良いと言ったのだが、全員に変なものを見る目を向けられて却下された。その後、ミカに普通はそんなことは出来ないと言われたので皆に薦めるのは諦めている。これが一番楽だと思っているので残念だ。


「ほい、上」

「うっ!」

「ほい、下」

「くっ!?」

「ほい、中……と見せて下」

「ぶべっ!?」

「戦場で転んだら死んだと思った方がいいよ。ほい、次」

「うぐぐ……」


 また、別の場所ではケルフが年少組とボルツの鍛錬を行っている。顔を狙った拳をギリギリで防ぎ、脛を狙ったローキックを正面から受けてよろめき、腹を殴るフェイントに引っ掛かって足を刈られて転がっていた。


 こんなことは言いたくないが、ボルツは武術も霊術も才能に乏しかった。鍛錬では両方とも磨いているのだが、その成長の度合いは遅い。本人も向いていないことがわかっているからか身が入らず、それがより成長を阻害していた。


 私の知識によれば、人々の才能に差はあっても成長の上限は存在しない。それ故に才能が乏しいとしても努力をすればどこまでも成長出来る。しかし、才能の差と言うものは如何ともし難いものがあった。才能がある者は鍛える前から強く、そして成長が速いからだ。


 逆に才能が乏しい者は鍛える前は弱く、成長も遅い。並みの鍛錬では両者の差は開くばかりであり、追い抜きたいと望むならば数倍の努力が必要になる。実際、我が師(アレクサンドル)の部下に努力によって竜血騎士団の末席を勝ち取った者がいたはずだ。


 その騎士と同じくらいに努力すれば、ボルツも我々の中で上位の実力者となれるだろう。しかし、本人がやる気にならない限りは無理である。せめて機鎧兵を相手にしばらく耐えられる最低限の実力は付けて欲しいものだ。


「ガオオオオッ!」

「グルルルルッ!」


 三人の様子を観察しつつ、私はティガルとザルドの二人を相手に組手を続ける。虚実を織り交ぜながら爪で正確に急所を狙ってくるザルドと、肘による打撃を中心に時折重い蹴りを放つティガルのコンビネーションは抜群だ。


 尻尾を使わないという縛りを設けた私は防戦一方である。だが、逆に言えば防ぐことは出来ている。圧倒されて叩き潰された訳ではない。ここから逆転することは十分に可能である。


「ガオッ、オオッ!?」

「ふん!」


 ティガルが腹を狙った蹴りに合わせて私はあえて前へと踏み込む。ティガルの蹴りは直撃すれば外骨格が一撃で砕けるほどの威力だが、それは足先が当たった場合だ。太腿ならば威力は半分以下にまで落ちる。


 私は脇腹で蹴りを受け止めると同時に、ティガルの太腿を抱え込んだ。そして軸足を刈って押し倒しながら、顔面へと肘打ちを叩き込んだ。


「グオオ……!」

「ガルルッ!」


 両腕を交差させて肘打ちを防いだティガルだったが、打撃の衝撃を受け流すことは出来なかったので腕の骨が折れてしまう。呻くティガルに追撃する前にザルドの喉を狙った貫手が迫ってくる。


 背後から襲わないのは私に死角がないことを知っているからだ。背後に回り込む手間よりも、ティガルを倒すために両腕が塞がっている今を逃さないという判断である。流石はザルド、冷静な判断だ。


「なっ!?」

「ぬん!」


 しかし、私を倒すには今一歩足りない。尻尾を封じ、両腕が塞がれて両足が届かない状態でも使えるモノがある。それは頬に収納してある小さな鋏だ。私は二つの鋏によって、ザルドの貫手をガッシリと掴みとった。


 私は首を力一杯に振って、驚愕に両目を見開くザルドを引き寄せる。そこで鋏を開いてザルドを解放すると、前のめりになったザルドの顔面に頭突きを食らわせてやった。


「グウゥッ!?」

「ガルオォォ!」


 鼻先を押さえながらザルドはよろめき、組み敷いていたティガルは折り畳んだ足を私の腹に当てて思い切り押す。その力に逆らわず、私は自分でも地面を蹴って後退した。


 ザルドはブンブンと頭を振って痛みを払い、ティガルは腕をゴキゴキと音をさせながら立ち上がる。元々頭突きを受けただけのザルドは軽傷であるし、ティガルも両手を動かしているので腕はもう治っているらしい。まだまだ戦えるようだ。


「おおい!我が弟子よ!どこに居るのだ!」


 私を含めた三人が再び激突するべく構えた時、運動場全体に響き渡る大声が聞こえてきた。あれだけの大声を出せて魔人の集団に向かって堂々と弟子がどうのこうのと言える人物は一人しかいない。そう、我が師(アレクサンドル)である。


 師匠のことを知っているティガルとザルドは顔を見合わせてから構えを解く。間違いなく行ってこいという意味である。私は他の魔人達の鍛錬を二人に任せ、師匠の下へと駆け出した。


「お待たせしました、師匠」

「精が出るな!ガハハハハ!」


 魔人形態を解いた私が師匠に一礼すると、師匠は豪快に笑いながら背中をバシバシと叩く。毎度のことながら、師匠の剛腕で叩かれると痛いから勘弁して欲しい。何度言っても聞いてくれないので、もう指摘するのは諦めたが。


「師匠、ご用は何でしょう?合同訓練でしょうか?」


 師匠がわざわざこの運動場にやって来る理由は二つ。一つは合同訓練の誘いである。特戦隊は竜血騎士団を初めとした幾つかの騎士団との合同訓練に呼ばれることがあった。


 これは師匠が我々の武力を高く評価しているからである。我々としてもカレルヴォの魔人のような格下ではなく、歴戦の騎士達と手合わせする経験を積む良い機会なので歓迎していた。


 ただし、もう一つの理由は歓迎出来るものではない。そして時期的に考えて後者の、すなわち歓迎出来ない理由だと私の直感が告げていた。


「それならば良かったのだがな!戦だ!それも、今回は大きな戦いになるぞ!」


 そして予想通り、歓迎出来ない方の理由だった。師匠は中央戦線でも五指に入る実力者である。そんな師匠は中央戦線の首脳部が決定した情報が真っ先に届く立場だ。そうして得た情報で我々に関係するものを教えに来てくれることがある。それこそがもう一つの理由であった。


 遂に戦いが始まるらしい。それも師匠が『大きい』と言ったことから、多くの兵士を動員する戦いになるのだろう。この侵略戦争の趨勢を決めると噂されていた戦争になるのかもしれない。なるべく死者を出さないように勝ちたいものだ、と私は願いながら師匠から細かい話を聞くのだった。

 次回は11月4日に投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] やはり次の戦が始まるんですね。サソリ君の勘が当たってしまいましたね。 子供たちが大人になる前に闘いが終わるといいと思います。
[一言] 出自とかではなく武力で評価してくれる竜血騎士団みたいな所に所属できれば言うことないんですがねー まあ帝国が滅びん限りは訪れなさそうな未来ですなあ
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