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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第三章 魔人戦争編
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魔人達の日常 その三

 ユリウスとボルツから引き離されたアリエルは、自分の手を引っ張る小さな女の子……ラピをまじまじと眺める。見た目は橙色に近いフワフワとした茶髪に少しタレ目で眠そうな雰囲気を漂わせる可愛らしい女の子だ。


 しかし、その本性は自分達のリーダーだったユリウスを一撃で気絶させるほどの手練れである。それを十分に理解しているアリエルは逆らわずに従っているものの、やはり引き離されたユリウスのことが気になるからかチラチラと後ろを見ようとしていた。


「何?」

「えっ、あっ、ううん。何でもないの」


 後ろを見ようとしているアリエルだったが、ラピに尋ねられると咄嗟に誤魔化してしまう。昨日の一件から、きっとラピはまだユリウスのことを良く思っていないだろう。そのユリウスのことを心配していると知られれば機嫌を害すると思ったのだ。


 ラピはそれで納得したのか、アリエルの手を握ったままズンズンと歩いていく。どうやら誤魔化すことには成功したようだ、と彼女は胸を撫で下ろした。


(ユリウス達が実行をして、私達が誤魔化す。ついこの間までやってたことなのに、何だか懐かしいなぁ)


 ラピに手を引かれながら、アリエルは以前の生活を思い出す。ユリウスとアリエルの二人は、帝都のスラム街に住むストリートチルドレンだった。子供の中では喧嘩に強かったユリウスはとある集団のリーダーであり、アリエルは副リーダーのような存在だった。


 二人が率いていたのは二十人ほどのグループで、スラム街の集団としては中規模であった。彼らの収入源はスリや置き引きである。ユリウス達が盗み、アリエル達がその逃走ルートを確保する。そうして得た金の一部をスラム街の顔役に上納金として納めることで、ボロ屋ではあるが屋根のある空き家に住むことを許されていた。


 そんな生き方を代々続けてきたグループだったのだが、転機が訪れたのは今年の春のこと。何の前触れもなくスラム街に帝国の兵士が押し寄せたのである。ユリウス達は逃げようとしたものの、逃げ道は全て塞がれていて捕まってしまった。


(捕まって牢屋に放り込まれた時はこのまま死んじゃうって思った。でも……)


 アリエルはその時のことを思い出してその顔を曇らせる。スラム街の住人は悉く帝国兵に捕まった後、一ヶ所に集められた。そして大人の一部が複雑な霊術回路が刻まれた部屋へと連れ出され、同じ数の動物と押し込められると魔人に変えられてしまったのである。


 カレルヴォは同時に複数人を魔人化させる霊術を開発し、それによって魔人を量産する方法を編み出していた。ただし、この方法は合成される生物同士の相性などを一切考慮していない。魔人として肉体が強化されるものの、拒絶反応からか狂暴化する個体が多くなってしまう欠点があった。


 そんな事情を知らないアリエル達からすれば、顔見知りの姿が半人半獣の化物と化していき、その大半が狂気に犯されて獣の咆哮を上げる様子を見せ付けられた形になる。それで絶望するなと言う方が難しいだろう。彼女達だけでなく、まだ魔人化していない者達は悲鳴を上げて逃げようとした。


 しかし、帝国兵が逃がしてくれる訳もない。スラム街の住人は次々と魔人化させられていく。恐怖に戦いていたアリエル達だったが、彼女達は何故か別の部屋へと連行された。その部屋に集められたのは全員が子供であり、年格好で選別されたのは明白だった。


 もしかしたら助かるかもしれない。そんな希望を打ち砕いたのは青い肌をした霊術士が現れた時である。見たことのない肌の人物は、子供達を一人ずつ外へ連れ出して魔人に変えられてしまった。アリエルもある生物を使って魔人にされ、気を失った。


(気が付いた時、近くにいたのはユリウスとボルツだけ。他の子供達は……皆、死んでた)


 ラルマーンが用いた術式はカレルヴォの手違いによってオルヴォが作ったものだったので、ヒト形態と魔人形態という二つの姿を持つ存在になった。だが、オルヴォの術式は合成する生物同士の相性を事前に確かめるのが前提になっている。運良く相性が良かった三人以外は拒絶反応によって死んでしまったのだ。


 だが元々ラルマーンの習作であった上にオルヴォの術式で魔人化してしまったのが彼女達だ。そのせいで三人はカレルヴォによって失敗作の烙印を押され、常に最前線にいる特戦隊へと送り込まれたのである。


(私はユリウスがいたから耐えられた。でも、ユリウスはまだ立ち直ってない。だから幸せそうに眠る赤ちゃんに八つ当たりなんかしちゃったんだ……戦場で産まれた赤ちゃんなのに)


 スラム街で生き延びて来ただけあって、ユリウスもアリエルも恵まれた環境にいた子供よりも精神的に大人びている。しかしそんな強靭な精神の持ち主であっても、一度に二人を残して全滅したことは二人の心に大きな傷を刻んでいた。


 アリエルはユリウスの存在が支えとなっていたが、ユリウスは未だにその衝撃から立ち直っていない。それはユリウスがグループのリーダーであり、仲間達を救えなかった自責の念がのし掛かっているからだとアリエルは考えていた。


 しかしながら、原因が原因であるが故に立ち直るのは難しい。ユリウスを責めているのは彼自身であり、自分で自分を許せるようになるまで彼の苦悩は続くのだから。


「ここでいい。始めるよ」

「あっ、うん。それで何をするの?」

「魔人形態の練習。変化出来ないと話にならない」


 運動場の端にアリエルを連れてきたラピは、ストンと地面に座るとアリエルにも座るように促した。アリエルもスラム街育ちなので、剥き出しの地面に座ることに忌避感はない。彼女は年下の少女の指示に従って地面に座った。


 アリエルが座ったのを確認すると、ラピは見ててと言いながら魔人形態に変化する。頭頂部から長い耳が生え、四肢が柔らかな毛に包まれていく。その過程は一瞬にも満たない時間で終わっていた。


「わぁ……」

「こんな感じ。わかった?」

「可愛い!」


 ラピの変化を見ていたアリエルだったが、魔人形態になった彼女の愛らしさに思わず抱き締めてしまった。魔人形態になったラピは小柄なこともあり、まるでぬいぐるみめいた愛らしさがある。アリエルは衝動のままに行動してしまったのだ。


 衝動的にラピを抱き締めてしまったアリエルは、やってしまった後から自分の失敗に気が付く。もしかしたら怒らせたかもしれないと思ったアリエルが恐る恐るラピの顔色を窺うと、ラピは眠そうな顔のまま目を閉じて眠りそうになっていた。


「……はっ。鍛練しないと。あにきに叱られる。離して」

「うん、ごめんね」


 しかし、アリエルの不安は杞憂に終わる。ラピは仲間とのスキンシップを好む傾向があるので、抱かれることに不快感は覚えない。しかし、今は鍛練の時間である。そのまま怠けていると、間違いなく冥王蠍の魔人に叱られるだろう。何故なら彼に死角はなく、今もきっと見られているからだ。


 アリエルは少し残念そうにしつつもラピを抱く腕の力を弱める。自由になったラピは魔人形態のまま立ち上がると、その場でシャドーボクシングを開始した。その動きを見たアリエルは絶句する。残像が見えてしまうほどに素早く、魔人となって向上したはずの彼女の動体視力を以てしてもその動きが捉えきれなかったからだ。


「何と合成されたかで違いはあるけど、魔人形態になればこのくらい簡単。アリエルは何の魔人?」

「えっと、それは……」


 ラピに尋ねられたアリエルは、昨日のように口ごもった。彼女には話したくない理由があるらしい。彼女にも事情があることはわかるものの、わからなければ指導は難しい。次の戦いで死にたいのならば別だが、生き残りたいのであれば正直に話すべきだ、とラピは思っていた。


 ラピは口下手なので、思っていることを伝えるのは苦手である。だが、彼女の無垢な瞳にじっと見つめられると逆らうことは難しい。アリエルは言いにくそうにしながら自分が合成された生物についてようやく語った。


「……蜂」

「ん?」

「だから、蜂なの。その……合成、だっけ?それをされた生き物は大きな蜂だったのよ」


 アリエルは項垂れながら自分が何の魔人なのかを明かした。元々カレルヴォはオルヴォのように素材にこだわることはない。特に魔人を量産するようになってからは家畜や帝都の近郊にいる捕まえやすい生物を素材にするようになっていた。


 アリエルもまた帝都の近くを飛んでいて捕まった蜂と合成されている。ただし、アリエルが口に出したがらなかった理由は素材の強弱ではない。彼女は昆虫と合成させられたことが苦痛であり、知られたくなかったのだ。


「気持ち悪いよね?はぁ、言いたくなかったなぁ……」

「むぅ、羨ましい」

「え?何で……?」

「あにきに似てるから」


 気味が悪いと言われる覚悟をしていたアリエルだったが、ラピの反応は思いもよらないものだった。蜂の魔人であるアリエルは、ラピが『あにき』と慕う冥王蠍の魔人に近いと言える。それがラピには羨ましく映ったのだ。


 意外過ぎる反応にアリエルが戸惑っていると、運動場の中央辺りが俄に騒がしくなった。思わずアリエルがそちらを振り向くと、何人もの魔人が宙を舞っているではないか。


 それをやっているのは、冥王蠍の魔人である。己に名前はないと断じた彼は、魔人を纏めるのに相応しい武力を有している。そのことをアリエルはまざまざと見せ付けられた。


「ほら、あにきはとっても強い。虫と合成されたアリエルもきっと強くなる。鍛練しよ」

「う、うん……」


 きっと自分はどれだけ鍛練しても、あんな化物じみた力を得ることは出来ないだろう。そんな直感を抱きながらも、アリエルはラピに言われるがまま鍛練を開始した。


 今の今まで、アリエルは蜂という昆虫と合成された自分を嫌悪していた。そしてその感覚はきっと世間一般の感覚なのだろう。だが、自分が嫌っていた自分の身体をラピは一切忌避しなかった。魔人としての自分を肯定してくれたことで、アリエルは心の中にあった澱みのようなものが霧散していくのを感じていた。


 戦場に出なければならないので、特戦隊は常に命の危機に曝されてしまう。だが特戦隊という集団は、魔人になった自分にとって唯一の居場所になるかもしれない。その集団で認められるためにも真面目に鍛練を積もう。もしもまだユリウスが反抗的なら、積極的に説得しよう。そんなことを考えながら、アリエルは鍛練に集中するのだった。

 次回は10月27日に投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一歩踏み出せたアリエルは大丈夫。ユリウスもきっと気持ちを切り替えることができるようになるでしょう。二人のつながりは強いと思うから。 ボルツも含めて、三人がみんなと打ち解けられる時が来ると信じ…
[一言] なるほど、新入りのユリウスとアリエルはそういう身の上だったわけですか で、ボルツはまた別口で合成後の知り合いとかなんですかね? そしてアリエルが合成されたのは蜂ですか 元の生物的には飛行能…
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