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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第三章 魔人戦争編
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魔人達の日常 その二

 レオ達三人にユリウス達を任せた私は、訓練している魔人達の中に入る。その直後、近くにいた魔人が私に飛び掛かった。


「ガルルルル!」

「奇襲を仕掛けるなら声を出すな」


 私はその方向を見ずに尻尾で凪ぎ払う。全ての方向が見えている私に、背後や空中からの奇襲など通用しない。奇襲したいのならば、もう少し工夫しなければならないのだ。


「ブモオォォ!」

「ヒヒィィン!」


 私の尻尾に弾き飛ばされた魔人とは逆の方向から、一頭の牛と一頭の馬が突っ込んで来る。二頭は四本の脚を力強く動かして、全速力で駆けていた。


 それを見た私はその場で停止し、全身を外骨格で覆って待ち構える。それと同時に二頭は……シユウとアパオは獣形態から魔人形態へと変化し、獣の時の速度のままに突撃してきた。


 最初に突っ込んだのはシユウである。頭に生えた立派な角の先端を私に向けており、シユウの体重と現在の速度をもってすれば私の外骨格を貫けるかもしれない。


「ふん」


 だが、それは直撃すればの話だ。私は二本の角を両手で掴むと、両足で踏ん張ってシユウの突撃を受け止める。シユウの力に押されて後ろへと身体が流されてしまうが、数秒後には完全に止まった。


「アパオ!今ブモ!」

「ヒヒィン!任せろ!とぉう!」


 力が拮抗して止まる直前にシユウが背後に向かって合図を送る。するとシユウの巨体に隠れていたアパオがジャンプして、私の顔面に向かってドロップキックを放った。


 前足はヒト種のようになっている二人だが、後足は牛や馬のままになっている。つまり、二頭とも蹄を持っているのだ。アパオの脚力から繰り出された蹄が私の顔面に直撃し、外骨格を砕いて脳を強く揺らした。


 二人の突進も蹴りも、破壊工作任務の前よりも力強くなっている。そのことは大変喜ばしいのだが、まだまだ私を倒すには足りなかった。


「ブモッ!?」

「ヒヒィン!?」


 私は両手に力を入れてシユウを持ち上げると、着地したばかりのアパオに向かって投げ飛ばす。重量級の二頭は悲鳴を上げながら転がっていった。


 二頭が敗北すると同時に他の魔人達が私に殺到する。我先にと襲って来るのは連合軍の魔人達であり、彼らをけしかけつつ隙を窺っているのはティガル達だ。


 最初はティガル達が連合軍の魔人達の相手をしてから、全員で私を相手に立ち向かう。これが我々の鍛練であった。これが全員にとって良い鍛練となる。三人の新入りについても気になるが、私は既に治癒している頭の外骨格を撫でながら目の前の鍛練に集中するべく構えるのだった。



◇◆◇◆◇◆



 三人の鍛練はレオ達三人に任されたが、ケルフは自己主張をあまりしない性格であるし、ラピは無口な上に昨日ユリウスと喧嘩と言うには一方的な暴力を振るっている。必然的にレオが教官となる必要があった。


「ええっと、俺はレオだ。一応、年少組の纏め役をしてる。よろしくな」

「……ちっ」

「ちょっとユリウス!あの、私はアリエルです。で、こっちがユリウスで……」

「僕はボルツだ」


 三人の自己紹介を聞きつつ、レオは三人を観察していた。彼はアニキと呼んで慕う冥王蠍の魔人と贖罪兵のルガル隊を引っ張って来た父ティガル、そして父と同じく贖罪兵のカダハ隊を引っ張っていたザルドを尊敬している。そして年少組のリーダーとして彼らのようになりたいと思っていた。


 そしてきっと目の前にいる三人は自分と同じ年少組として扱われる。自分と一纏めにされるであろう相手をしっかりと観察していた。


 ユリウスは明るい茶色の髪と同じ色の瞳を持つ少年だ。年齢は十代前半でレオと同世代だと思われる。目付きがとても悪く、今もラピをジロリと睨んでいた。睨まれているラピは完全に無視を決め込んでいて、それがユリウスをより苛立たせているようだった。


(身体付きから見て、ユリウスって奴は喧嘩に慣れてるって感じかな?腕に自信があったからこそ、ラピに昨日ボコボコにされたことを根に持ってるっぽいけど……素手同士だったらほとんどの大人達よりも強いラピの強さを見破れない程度の眼力しかないってことは、戦士って言えるほどの実力はないんだろう)


 ユリウスに続いて、レオはアリエルについて考察する。彼女はファルとトゥルの姉妹の白髪よりも艶のある銀髪に青み掛かった黒い瞳の美しい少女だ。昨日もそうだったが、彼女はユリウスのフォローを積極的に行っていることから十中八九魔人になる前からの付き合いなのだろうと誰もが予想していた。


 そんな彼女は今、ユリウスを宥めようとしつつレオ達三人全員の顔色を窺っている。自分達の機嫌を損ねたのではないか、と不安になっているのは明らかだ。


 美少女に不安げな眼差しを向けられた三人だったが、彼らが動じることは一切なかった。同じ女性であるラピは当然だが、健全な少年であるレオやケルフが気後れしないのは美形を見慣れているからである。


 彼らは帝国に反乱した亡国、それも王侯貴族の末裔だ。その容姿の美しさは誰も彼も平均よりも上であり、アリエルの容姿に鼻の下を伸ばす者はいないのである。


(アリエルって娘はこの中だと一番賢い。自分達の現状を一番よく理解している。俺がリーダーだって言う前からそのことを理解してた。きっとアニキが俺達三人を呼んだ時、俺を最初に呼んだからだ。魔人は男だろうが女だろうが強くなるから、真面目に鍛練すれば良い戦士になるな。んで、最大の問題は……)


 アリエルに対してそれなりの高評価を下しつつ、レオは最後の一人であるボルツを見る。レオの目には、このボルツこそが最も面倒臭そうな相手だと映ったからだ。


 ボルツはアリエルくらいの身長で、少年にしては少し背が低めである。茶色に限りなく近いくすんだ金髪は強い癖毛であり、黒色の瞳はずいぶんと小さい。丸々とした頬と膨らんでいる腹部から、この少年は小肥りであることは明らかだ。


 このように肥えることが出来るのは余裕のある裕福な家庭に産まれた者だけである。現にユリウスとアリエルはかなり痩せている上に食事を勢い良く食べていたことから、今日の食事にも困るような生活を送っていたのだとレオは推測していた。


 別に裕福な家庭に産まれたからと言って、レオ達はどうこう言うつもりはない。だがその時の意識が残っているのか、ボルツは明らかにレオ達を見下していた。彼の目はレオ達を見る帝国兵のそれと同じなのだ。


(どう見ても強そうなアニキには怯えてたから、臆病な奴だと思ったけど……こっちが本性か。パッと見て強そうじゃない俺達には遠慮せずに偉ぶってる。同じ魔人なのに……何にせよ、年少組のリーダーの俺がナメられてるのは絶対にダメだ)


 明らかに自分を侮って見下しているボルツを見て、レオは父ティガルの言葉を思い出していた。まだ魔人になる前、ルガル隊はカダハ隊を含めた他の贖罪兵の部隊と共に反乱の鎮圧へと派遣された。


 その際、一つか二つの部隊が全滅し、部隊としての体をなさなくなったらしい。戦いの後、実際に近くで戦っていたティガルはその原因は部隊内の不和にあったとレオに語った。


(確か、父ちゃんはリーダーの言うことを聞かない若い衆が勝手に突っ込んだのが原因で部隊が崩れたって言ってた。俺達みたいな味方がいない集団が生き残るためには固い結束が必要なのに、それを保てなかったせいで滅びたって。この二人……特にボルツはこのままだとその若い衆みたいに平気で逆らいそうだ)


 そんなことを許す訳にはいかない。仲間達を死なせる訳にはいかない。特戦隊が崩壊する原因を一つでも残しておく訳にはいかない。


 そこまで考えたレオは決心する。今日中に上位に立つ者に逆らってはならないことを叩き込んでやろうと。三人を任された当初は魔人形態になる練習をそれなりに優しく教えてやろうと思っていたのだが、そのプランを修正しようと。


「ラピ。お前はアリエルが魔人形態になる練習に付き合え」

「いいよ」

「ケルフ。お前はさっきの続きだ。この二人は俺が見る。二人はここに残ってくれ」

「うん、わかった」


 ラピは自分を睨み付けるユリウスを完全に無視してアリエルに歩み寄ると、彼女の手を掴んでその場から離れていく。ケルフはいつものように微笑みを浮かべながら後ろにいた子供達を連れて離れていった。


 残されたのはレオとユリウスとボルツの三人である。ただ、ユリウスは離れていくアリエルが心配になったのだろう。レオの指示を無視してアリエルを追い掛けようとしたのだが、その前にレオは立ちはだかった。


「何処に行くんだ、ユリウス。お前は俺が鍛練を付けてやるって言っただろ?」

「うるせぇ!どけ!」


 レオはあくまでも優しく、諭すようにユリウスを説得する。しかし聞く耳を持たないユリウスはレオの顔面を思い切り殴り付けた。


 喧嘩慣れしているからか、ユリウスの拳は子供ながら速い上に重さも乗っている。しかし、そのどちらもラピの拳には程遠く、そしてレオが尊敬する冥王蠍の魔人の拳とは天と地ほどの差がある。正面から殴られたにもかかわらず、レオにはまるで通用していなかった。


「弱い。弱すぎる。そんなんじゃ、初陣で確実に死ぬぞ」

「何だガフッ!?」


 スッと無表情になったレオは、死なないように気を付けながらユリウスの腹を殴る。そこでよろけたユリウスの脚を払い、彼を背中から地面に叩き落とした。


 急なことに受け身を取れなかったユリウスの肺から空気が強制的に押し出され、言葉にならない悲鳴を上げながら苦しそうにのたうち回る。そんな彼の側に立ったレオは、無表情のまま脚をユリウスに向かって振り下ろした。


「ッ!?」


 レオの動きに反応出来なかったユリウスは、思わず身体を硬直させることしか出来ない。振り下ろされたレオの脚はユリウスの顔の真横を踏み抜き、地面を陥没させてめり込んだ。


 レオはゆっくりと脚を上げてから、脚を振って脚の裏についた土を軽く落とす。そして無表情だった顔にここで初めてハッキリと侮蔑の表情を浮かべつつ、地面に膝をついてユリウスの顔を正面から見下ろした。


「悔しいか?だけど、これが現実だ。お前達は弱い。やろうと思えばここにいる全員が一瞬でお前達を殺せるぞ」

「このっ!調子に乗んグッ!?」


 怒りに任せて起き上がろうとしたユリウスだったが、その前に素早く動いたレオが片手で口に手を当てて頭を押さえ付けた。レオは魔人としての力を使いこなせるので、ユリウスはレオの手を引き剥がすことは出来ない。


 それでも負けん気が強いからか、ユリウスは抵抗することを止めない。何にでも噛み付く性格は問題だが、この力に屈しない精神力は評価すべきだ。内心で感心しながらも、それを表情には出さずにレオは続けた。


「強くなりたいか?強くなって、こんな悔しい思いをせずに済むようになりたくないか?」

「……」


 押さえ付けられながらレオに問われて初めて、ユリウスはその動きを止める。しかし、その濁っていた茶色の瞳は急に爛々と輝き始めた。もう押さえ付けておく必要はないと判断したレオはユリウスの顔から手を離し、その手を彼に差し伸べた。


「なら、俺の言うことを聞け。聞いて強くなれ。お前達も魔人だから、必ず強くなれる」

「……ふん」


 ユリウスは差し伸べられた手を掴まずに自力で立ち上がる。レオは苦笑しながら立ち上がり、ボルツの方を振り向く。そして尋ねた異論はあるか、と。


 ボルツはブルブルと震えながら首を全力で横に振った。彼はレオのことを子供だと侮っていたのだが、この数秒で必要なら容赦なく自分を殺すことを厭わないことに気付いてしまったからである。こうして反抗的だった二人の少年は、レオの言葉に従って鍛練を積むようになるのだった。

 次回は10月23日に投稿予定です。

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[一言] 厳しさが実は優しさだということがわかるときがきっとくると考えて頑張るしかないですね。 仲間として受け入れる限りは死なせたくないという気持ちをみんなが持っていることに、チームワークの良さを感じ…
[一言] 舐められないように一番最初にガツンとやっておかないといけませんよねー ここの魔人達はかなり温厚ですし理不尽な事はしませんが、ソレで調子に乗って別の部隊の魔人に舐めた態度なんか取ったらあっさり…
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