魔人達の日常 その一
帰還した翌日、私達は日の出の少し前に目を覚ます。そして何時ものように要塞の雑務を開始した。我々には厩舎や厠の掃除に生ゴミの焼却など、誰もやりたがらない雑務が命じられている。本来ならば戦闘員である我々の仕事ではないのだが、指揮官であるあの男が中央戦線の司令部に善意で労働力を提供した……と言うことになっていた。
本当の狙いは我々への嫌がらせであり、そのことを我々は理不尽だと思っている。だが、そんな扱いにはとっくに慣れているし、文句を言うことに労力を使うのも馬鹿馬鹿しいのでさっさと片付けるのだった。
「あー、臭かった!飯だ、飯!」
「腹へったなぁ」
そうして雑務を終えると朝食の時間がやってくる。魔人は飢餓にもそれなりに強いが、食事を摂取しなければ死んでしまう。他の兵士に与えられるほどの量ではないものの、食糧は支給されていた。
だが、その食糧は決して上質なものではない。野菜屑や骨にこびりついた腐りかけの肉、カビの生えた固いパンなど兵士の食糧で廃棄されるはずのものが与えられていた。
「どうぞ」
「おう!ズズ……くぅ~!染み渡るぜ!」
「毎度のことながらミカさんは料理が上手よね」
「私達も教えてもらってるけど、同じようには行かないわ」
そんな劣悪な食事環境であるが、ミカが上手に調理してくれるので美味しいと言える味わいになっている……らしい。未だに私は美味しいとか不味いとかがよくわからない。甘味だけはよくわかるのだが。
私は器に入ったスープを飲み干し、固いパンをゴリゴリと噛み砕く。スープにパンを浸して柔らかくして食べる仲間達は私を見て苦笑している。皆も同じことが出来るはずなのだが、柔らかい方が良いと言う者が多いのだ。良くわからんが好きにすれば良い。
「ズズズ……うめぇっ!うめぇ……うぐっ!?」
「美味しいね、って!ちょっと、ユリウス!大丈夫!?」
ミカの作ったスープを初めて食べるユリウスとアリエルは、器を受け取るまでは警戒していたものの、いざ口を付けてみればスープの味の虜になっている。特にユリウスの勢いは凄まじく、急ぎ過ぎて喉に詰まったらしい。アリエルは慌てて背中を擦り、ことなきを得ていた。
二人の反応は初めてミカの料理を食べた特戦隊の仲間達と同じ反応だ。つまり、二人は彼らと似たような食生活を送ってきたと言うことになる。考えてみればあの年齢で魔人にされたのだから、生活水準が高かった訳がない。二人が馴染む日は案外近いのかもしれないな。
「おえぇ……生臭い……!でも、食べなきゃ……うぷっ!」
逆にボルツはスープを口に含む度に苦しそうにしている。生臭いと言っているので、スープに不満があるようだ。これは私を含めた仲間達全員よりも優れた嗅覚の持ち主だから……という雰囲気ではない。本当に味が気に入らないようだった。
共和国時代は知らないが捕虜になってからは美味しい食事を提供されていたアスミですら、ミカのスープは美味しいと感じていた。それを不味いと思ってしまうボルツは、これまでもっと良い食生活を送ってきたと言うこと。そしてユリウスとアリエルの二人とボルツとの間には距離があるように見える。ボルツは二人とは異なる生い立ちなのかもしれない。
三人がここに流れ着くのにどんな経緯があったのか、気にならない訳ではない。だが、無理矢理に聞き出すつもりもない。これから馴染んで行けば自分達から語ってくれると思う。それまで気長に待とう。
「飯は食い終えたか?そろそろ時間だ」
「はいよ、ボス」
「ああ、面倒臭ぇな。鍛練なら俺達だけの方が身が入るってのに」
「つべこべ言わない!」
「洗っとくねぇ~」
「気を付けてね」
ロクムを膝に乗せたトゥルが霊術で水を作り出し、シャルを含めた数人が共に空になった器を洗っている。魔人は基本的に全員が鍛練に参加するのだが、それでは要塞の雑務がおろそかになってしまう。そこで持ち回りで一部の者達は雑務のために残るのだ。
特に赤ん坊を抱えるトゥルはなるべく、妊娠しているシャルは必ずこちらに回すようにしていた。あの男は我々を道具としか見ていないが、そのお陰で誰がどこで何をしているのか把握していない。誰を雑務に回しているのかも知らないのだ。
それを利用して目の届かないところでは好きにさせてもらっている。ティガル達が族長と呼ばれるのと同じようにな。
「おい」
「なっ、何だよ!」
「何を呆けている。お前達も来るんだ」
身体を解しながらゾロゾロと別の場所に向かっていく仲間達を見ながら、ユリウス達三人は座り続けている。この中で最も弱いお前達こそ一番鍛練を積まなければならないと言うのに、こんなところで呆けていて良い訳がない。私は三人の前に立つと、ついてくるように命令した。
昨日の顔合わせが最悪だったからか、ユリウスは喧嘩腰で私を睨むしアリエルは怯えている。ボルツは何かを察したのか忍び足で逃げようとしていた。無論、反抗されようが怯えようが連れていくし、逃げるのも許さない。ユリウスの首根っこを掴んで持ち上げ、ボルツの胴に尻尾を巻き付けて捕らえた。
ユリウスとボルツはそれぞれ抜け出そうと暴れるが、この程度で私の手から逃れることは出来ない。二人の手足は空を切るだけで、少しも逃れることは出来なかった。アリエルはその時点で諦めたのか大人しくついてくる。うむ、それで良いのだ。
我々が向かったのは要塞の外縁にある運動場だ。要塞は五重の外壁で囲まれているのだが、その最も外側にある外壁の内側は人が最も少ない場所の一つである。要塞が攻められた時は最初に戦闘が起きる場所であるが、平時である今は外壁の上に監視の兵士が配置されているだけだった。
外壁と外壁の間には色々な設備があるものの、その空間を埋め尽くすほどではない。そうして出来た空き地は運動場として要塞にいる者達が使うことを許されている。それは私達のような魔人でも同じであった。
「ガルルルルッ!」
「見え見えだ!」
「グオオオオン!」
「遅い!踏み込みも足りんぞ!」
三人を連れた私が運動場にたどり着いた時、既に鍛練は始まっていた。そこでは連合軍の魔人達と特戦隊の者達が戦っている。本来ならば我々だけで行った方が鍛えられるはずだが、それは出来ない。何故ならこれは連合軍からの依頼でもあるからだ。
連合軍は罪人などを中心に帝国へと魔人の材料を提供し、それを魔人に変えてから戦争に投入した。その効果は絶大だったのだが、ここで一つの問題が発生する。それは魔人の損耗率高さだった。
魔人になれば元の戦闘力に関係なく強くなれる。しかし、カレルヴォの魔人はどんな状況だろうと力任せに突っ込むので戦果も大きいがバタバタと死んでしまうのだ。
これは狂暴になるように調整されているのが原因だと思われる。魔人になった者は傭兵崩れや抵抗する力を持たない者を襲う盗賊、不祥事を起こした兵士のように戦える者もいるがその数は圧倒的に少ない。最も多いのははずみで殺人を犯した者や住居を持たない浮浪者だ。戦う技術を一切知らない者が多い。これでは大量の戦死者が出るのも当然だろう。
広大な土地と桁違いの人口を誇る帝国ならば、何人死んでも気にせずに戦場で魔人を消費出来る。しかし、連合国は全て合わせても帝国ほどの人口はおらず、故に用意出来る魔人の素材の数も限られる。このペースで魔人が死に続ければ、決着がつくまでに資源が尽きてしまう。
そこで最初の魔人部隊であり、これまで生存し続けている我々に魔人達の調練を依頼されたのだ。連合国軍に恩を売る好機だと思ったのか、あの男はその依頼を二つ返事で受諾。我々が中央戦線に援軍として派遣される度に、連合国軍の魔人を鍛えてやっていた。
「ウゴオオオオッ!」
「避けられた後のことを考えろ!隙だらけだぞ!」
「シャアアアアッ!」
「大振り過ぎだ!そんなものが当たると思うな!」
連合軍の魔人達と特戦隊は殺し合いかと思われるほど激しく戦っているが、これまで死人を出したことは一度もない。その理由は二つ。それは魔人の治癒能力が死んでいなければ大抵の傷を癒すからであり、我々の方が圧倒的に強いからだった。
贖罪兵として戦わされていたティガル達は、魔人にされる前から相当強かった。そして魔人になってからこれまでの四年で魔人としての力を十全に活かして戦えるようになっている。正常な判断力を失って闘争本能のままに戦う者達など何人いても同じであった。
「ゴアアアアアッ!」
「ギャギィィィ!?」
それはアスミ達も同じこと。複数の生物の力を取り込んだ彼らは、複数の攻撃手段や防御手段を持っていることが多い。知能こそ獣と同等だが、度重なる戦いを潜り抜けただけあって動きに無駄は全くなかった。
ある意味、カレルヴォの魔人達が目指す理想的な戦い方だと言える。是非とも参考にして欲しいものだ。最初に接触した連中が最悪の性格だったこともあって、正直に言えばカレルヴォの魔人達に対する仲間意識は薄い。あいつらはまだ生きているが、仮に死んだとしても何も気にしないだろう。
しかし、我々と敵対した訳でもない他の魔人が死んでしまうのは悲しいと思ってしまう。自分でもとんだお人好しだと思うが、感情的な問題なのでどうしようもない。それは仲間達も同じであり、それ故に熱心に鍛練を行うのだ。
「化物同士が喧嘩してるところに連れてきてどうしようってんだ!?俺達を餌にするのかよ!?」
「そんな訳がないだろう。お前達にもここに混ざって鍛練を積んでもらう。お前達の教官は……そうだな。レオ!ケルフ!ラピ!こっちに来い!」
私の声を聞いた三人は、他の子供達を連れてこっちに来る。後ろに続く子供達は特戦隊に所属していて、三人が鍛えあげているところだった。
ラピと同世代である子供達は次の任務からは前線に出ることが決まっている。その時点で特戦隊は妊婦のシャルと赤ん坊であるロクム、そしてユリウス達以外の全員が戦闘員になる。彼らを戦闘員として数えないのは、さすがにそれまでには戦える水準に達しないと考えているからだった。
「アニキ、どうしたんだ?」
「この三人を任せる。最初の目標は魔人形態になれるようになることだ」
「わかった。頑張るよ!」
頼もしい返事を返したレオに一度大きく頷いてから、私は三人を託して鍛練をしている魔人達に混ざるのだった。
次回は10月19日に投稿予定です。