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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第三章 魔人戦争編
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新たな三人と裏事情

 ユリウスとアリエルとボルツ。この三人の子供達が我らが特戦隊の補充要員である。今のままでは戦力にはならないだろうが、鍛えればその限りではない。特戦隊として戦場に放り込まれる日はそう遠くないだろうから、その時まで可能な限り鍛えてやるとするか。


「アスミ、この三人の訓練はどうなってる?」

「それなんだが、まださせていない。連合国の魔人共の相手をさせたら殺されかねんし、ワタシ達もそちらに手一杯だったからな。それに……どうやらワタシ達を恐れていてな、近付くのも難しい」

「ふむ、慣れない子供にとっては刺激が強すぎたか」


 アスミは肩を竦め、私は唸りながら頷いていた。彼女達はカレルヴォによって二種類以上の生物と合成された魔人となっている。その姿は同じ魔人としても異様だった。その理由は体毛の色と肌の色がカン族の時と同じになっていたからだ。


 カン族は黒色や焦げ茶色の濃い色の髪に青い肌を持つ民族である。二種類の生物としか合成されておらず、またカン族の見た目に近いアスミはそうでもない。だが、他の仲間達は違う。彼らはヒト種とはかけ離れた姿をしていた。


 初めて顔を合わせた時、最も衝撃的だったのは四種類の生物と合成された魔人である。彼は背中から生える蝙蝠のような形状の青い翼、両手足と胴体を覆う青い鱗、黒い体毛と黒い牙を持つ猪の頭部、そして短いが鋭く青黒い棘がビッシリと生えた細長い尻尾を持っていた。狙ってそんな外見にしたのかどうかは定かではないが、私達ですらこれを見て驚かなかった者はいなかった。


 恐ろしい見た目であるし、見た目に違わず戦いになれば雄々しく戦う屈強な戦士である。翼で空を飛べる上に固い鱗は通常の銃弾くらいなら弾いてしまうほど。尻尾は第三の腕のように使えるので、意外とトリッキーな戦いぶりも見せてくれる。


 しかし、普段はとても大人しい上に子供達にも優しい。ミカが作った飯を食べている時はとても嬉しそうにする無垢な性格なのだが……実際に交流しなければそれを知ることは出来ない。見た目で怖がっていては一生その距離が縮まることはないだろう。


「まあ、おいおい慣れてくだろ。初陣までにゃ慣れてもらわんと困るしな。あと、慣れるまでは俺達が稽古をつけるわ」

「要塞にいる間は俺達も雑用を手伝おう。どうせすぐに別の任務で出ていくことになるだろうが」

「それがいいだろう。だが、それも明日からだ。今日は身体を休めろ」


 我々はついさっきまで共和国の占領した地域に隠れ潜みながら破壊活動を行い、それから地中を移動し続けてここまで戻ってきた。魔人の体力はヒト種よりも大幅に多いが、それでも皆の顔には濃い疲労の色が見てとれる。休息は必要だった。


「はいよ、ボス。それでこいつらって何の魔人なんだ?見たところ普通のガキだけど」

「……普通の、ガキ?」

「ちょっ!?何すんだよ!?離せって、痛べはっ!?」


 話は終わりとばかりに首からゴキゴキと音を鳴らしながらティガルはふと気になったとばかりに尋ねる。その時、私はとても重要なことに気が付いた。


 私は早歩きでラピを乗せたままユリウスに近付くと、両脇に手を差し込んでを持ち上げて全身を観察する。嫌がるユリウスは抵抗するべく私の頬を殴ったが、私の下顎と頬に収まっている小さな鋏は固い外骨格に包まれている。生半可な打撃では揺らぐことすらなかった。


 むしろユリウスの方が痛かったのか、殴った瞬間に顔を歪ませる。だが、彼がその痛みを覚えたのは一瞬のことだっただろう。何故ならユリウスが私を殴った直後にラピが彼の首筋に蹴りを入れたからだ。


「……ラピ」

「あにきを蹴ったんだから、このくらい当然」


 ラピに蹴られて気絶してしまったユリウスは、私の腕の中でぐったりとしている。呼吸もしているし心臓も動いているので生きてはいるが、これは間違いなくやり過ぎだ。アリエルは顔を真っ青にしているし、ボルツに至っては小さな声で死にたくないと何度も呟いている。誰も殺さないから安心しろ。


 とは言え、抵抗しなくなったことで調べるのは楽になった。私は尻尾の先端を使って粗末な服の裾を少し捲り上げて腹や背中を観察する。うむ、普通だ。次にズボンも捲って脛や太ももを観察する。うむ、普通だ。普通の、ヒト種なのだ。


「おい、マジで何してんだ?」

「待て、ティガル。この子供達はおかしいぞ」

「おかしい?どう見ても普通の……あ?」

「そう、どう見ても普通のヒト種だ。()()()()()なんだ」


 途中でティガル気付いたようだが、ザルドの言う通りこの三人は我々と同じ製法……すなわちオルヴォ式とでも言うべき製法で作られた可能性が高い魔人なのだ。その中でもより旧式である私のように手足などに合成された生物の名残がないことから、きっとティガル達と同じ方法なのだ。


 どうしてわざわざハディンとか言う奴はカレルヴォ式ではなくオルヴォ式で魔人を製作したのか。その理由は完全に不明である。だが、この三人がここに来たのは即戦力にならないだけでなく、カレルヴォが失敗作と断じる魔人だったからに違いない。


「アリエルとボルツ。お前達、魔人形態にはなれるのか?」

「すっ、すみません!何を言われてるのかわかりません!」

「ぼっ、僕もわからない、です……」


 ふむ。魔人形態になったことはない、と。では魔人形態になる感覚を掴むところから始めなければなるまい。魔人は魔人形態になってこそ真価を発揮出来る。それが出来なければ他の者に着いていくことすら難しいだろう。


 三人がどう思っているのかはわからないが、特戦隊に来た以上は仲間である。そして仲間が死ぬのは気分の良いものではない。時間の許す限り鍛えるしかあるまい。


「鍛練は明日以降にするとして、ティガルの質問に答えてくれ。お前達は何の魔人だ?鍛練の内容にも関わるから教えて欲しい」

「えっと……」

「うぅ……」


 改めて尋ねるとアリエルは俯き、ボルツは奥歯を噛み締めながら目尻に涙を溜めている。そんなに暗くなる話題だろうか?その辺にいる連合国兵に聞かれるならともかく、私は同じ魔人である。そして周囲を囲む者達も同じだ。恥ずかしがる必要などないと思うのだが……?


 私は複眼で仲間達の様子を窺ってみる。彼らの表情は私と同じ困惑が二割ほどで、残りは同情するような眼差しを向けていた。彼らには理由がわかるらしい。解説してもらえないだろうか?


「あー、旦那。そいつは酷ってもんだぜ」

「この子達はまだ魔人にされたって事実を受け入れられてないんですよぅ。私達だってぇ、最初の頃は戸惑ったんですよぉ?」


 いつの間にかケルフからロクムを受け取っていたリナルドとトゥルの夫婦が私を諭す。魔人になったことを受け入れられない……なるほど。そう言うことだったのか。ここに来るまでの間に割り切ったと思っていたが、そんなことはなかったらしい。繊細なのだな。


 ならば無理に聞き出すこともないだろう。私は未だに気絶したままのユリウスを横にすると、取りあえず今日は休むようにと仲間達に指示するのだった。



◇◆◇◆◇◆



 帝都には高い塔がいくつも聳え立っている一角が存在する。その塔は様々な分野の研究塔であり、帝国に仕える優秀な霊術士や錬金術士が与えられた塔に籠って己の研究に没頭していた。


「ふむ……これも失敗ですカ」


 その塔の一つの中でカン族の研究者、ラルマーン・ハディンは透明な容器の中身を観察しながら呟いた。失敗したと言いつつも、彼の顔に失望や苛立ちは浮かんでいない。むしろ興味深そうにじっくりと観察していた。


 手に持っていた紙に記録を付けた後、肉体労働を行わせるための奴隷に中身を処理するように命じる。その時点で容器の中身への興味が完全に失せていたのか、別の容器の中身をチェックし始めた。


「こちらの経過は良好……ふーむ、やはり相性は重要と言うことですネ」


 彼は再び記録を付けると、別の容器へと視線を移す。塔の中には同じような透明の容器が幾つもあって、その中は緑色の液体で満たされている。そして液体の中にはヒト種の手足……のように見えるモノが浮かんでいた。


 大まかな形状は標準的なヒト種の手足と同じである。しかし、普通のヒト種の腕には素肌が全く見えなくなる程の密度と長さの体毛は生えていないし、指から鉤爪は伸びていない。それに鱗にも包まれていなければ、壁に吸い付く吸盤もなかった。


 ヒト種の形状に近いが、ヒト種ではあり得ない特徴を持つ手足。それはカレルヴォの魔人の手足だった。ラルマーンは戦場で死んだ魔人を回収し、実験資料として利用していたのだ。


 捕虜として捕まったラルマーンだったが、共和国の研究者だった彼はその頭脳を評価されたことで魔人にされることを免れた。代わりにその頭脳を帝国のために用いることを誓わされたのだ。


 帝国の出した条件をラルマーンは迷う素振りすら見せずに了承した。研究さえ出来ればよい彼にとって、共和国を裏切ることなど何の問題もない。むしろ彼の研究資料やデータを焼き払った共和国軍を憎悪こそすれ義理立てすることなどなかった。


「あの方法で魔人を作らせてもらったのは良い経験でしたネ。これからも作ることですし、色々と参考になりましタ。しかし……」


 ラルマーンは少し前のことを思い出す。帝国のために働くことになってから、彼は助手としてカレルヴォの研究を手伝うように命じられた。最初、ラルマーンはカレルヴォに出会うのを楽しみにしていた。それは彼こそが魔人を最初に作り出した霊術士だと聞いていたからだ。


 ラルマーンの研究は『外的処置によるカン族の品種改良』だ。彼は滅びた神の呪いによって脆弱になったカン族を、呪われる前の状態にまで戻す方法を探っていたのである。実はマルケルス達三人が目撃した腑分けして薬品浸けにされた人体の標本は、カン族とその他のヒト種の違いを知るためにラルマーンが集めさせたものだったのだ。


 閑話休題。そんなラルマーンにとって、魔人の存在を知った時には雷に撃たれたかのような衝撃が走った。彼の目にはこの技術がヒト種の品種改良の成功例と映ったからだ。


 その直後に抱いた感情は尊敬と興味である。自分とは異なる方法によって自分の目指す目的を成し遂げた者に心の底から敬意を向け、是非とも会って研究について語り合いたい。そう思ったからだ。


 それ故にとても喜び勇んでカレルヴォと面会したのだが、ラルマーンは少なからず失望していた。カレルヴォが優秀なのは確かだが、魔人という革新的な技術を生み出せるほどではないし……何よりも俗物であったからだ。


「あんな男が魔人の技術を一から作り出せる訳がありまセン。何より、術式の補助具に用いている技術が共和国由来だと知りませんデシタ。誰かから盗んだのでしょうネ」


 そしてラルマーンが失望しながら助手としてカレルヴォ手伝いをしている間に疑問を抱き、その疑問は遂に確信に変わった。オルヴォがハタケヤマに依頼して作らせた合成する際に用いる補助具。それに用いられている技術について、カレルヴォは()()しようとしていたからだ。


 それを知ったラルマーンはカレルヴォに取引を持ち掛けた。その技術について教えてやる代わりに、自分にも魔人を作らせて欲しい、と。


 権力者と繋がりのあるカレルヴォに持ち掛けるには危険な取引だったが、彼は熟考した後に渋々ながら受け入れた。ラルマーンのように感付く者が出て来てボロが出ることを防げる上に、帝国には魔人を作り出せる者を増やせと命じられていたからだ。


「作る段階になったとき、カレルヴォが間違えて旧式の霊術陣を持ってきたせいで失敗作を作ってしまいましたガ……実のところ、どちらが失敗作なのでしょうネ?」


 ラルマーンは部屋の片隅にある霊術陣の描かれた図面をチラリと見てから鼻で笑う。その霊術陣には、ラルマーンの筆跡で改良点が幾つも記されているのだった。

 次回は10月15日に投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] ラルマーンの興味の向く先に何があるのか。 恐怖でしかない。 今後一体何人が彼の好奇心の餌食になるのか。 子供たちの成長も気になるけれど、これから登場するであろう魔人たちも気になります。 …
[一言] あ、もう既に見抜かれてるんですねカレルヴォが盗人って そしてあの3人は不幸中の幸いで旧式の霊術陣で作られたからこその人の見た目だったわけですか
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