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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第二章 戦奴編
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カルネラ港奪還作戦 その二十三

 地下道から出た後、マルケルス率いる帝国の軽装歩兵部隊は人気のない繁華街を駆け抜ける。彼は基本的に先陣を切ろうとするのだが、先頭を行くのは指揮官である彼ではない。それどころか本来は彼の部下ですらない者達だった。


「こっちです」


 先頭を行くのは、この奇襲作戦にどうしても参加したいと志願した者達だった。彼らが志願した理由は戦争における功名を求めたからではない。彼らは全員、このカルネラ港で生まれ育った地元出身者達だったのだ。


 帝国の北部を占領されている現状、故郷を奪われた帝国兵は無数にいる。そんな彼らは家族や恋人を殺されたり、先祖伝来の土地を奪われたりとこの侵略戦争によって直接的な被害を受けていた。


 そんな彼らの内には、大なり小なり復讐の炎が燃えている。それが強い者には、復讐のためならばどんなに危険な戦場だろうと赴くことに躊躇しない者達がいた。特に故郷が関わる戦場であれば、そんな者達は率先して戦おうとするのだ。


 帝国軍の首脳陣は劣勢だろうと士気が挫け難い上に土地勘がある者達が、先陣を任せるのにちょうど良いことを知っている。故郷を想うがあまりに暴走することもあるが、今回は侵略者から大きな都市を取り戻す最初の戦いだ。これから先のことを考慮するなら、兵士の士気を下げないためにも志願した者達の主張を受け入れることにした。


 流石に土地勘がある者達だけあって、彼らの先導のお陰で複雑な繁華街の路地を最短で抜けることが出来た。そこまで時間を掛けることなく、彼らは繁華街から倉庫街にたどり着いた。


「■■!?」

「■、■■!」


 繁華街で遭遇戦にはならなかったが、流石に倉庫街と港湾部には機鎧兵がいる。倉庫街に乗り込んだマルケルス達は、外壁での戦いへ増援として向かおうとする共和国軍の集団と遭遇してしまったのだ。


 ただし、その集団には機鎧を装備していない非戦闘員のカン族も混ざっている。どうしてそれがわかったのかと言うと、彼らは武装するどころか機鎧すら装着していなかったからだ。


 完全な丸腰という訳ではなく、機鎧の技術を用いた強化服を着ている。しかしながら、あくまでも運搬する労働者用なので装甲は一切なく、同時に武装もしていない。その代わりに背中には大量の物資が詰まったコンテナを背負っている。戦えない訳ではないだろうが、脅威度は高くないだろうとマルケルスは素早く戦力評価を下していた。


「敵だ!侵略者め!」

「うおおっ!侵略者を殺せぇ!」

「武器を持っていない者は殺すな!ええっと……■■■■■■■■(死にたくなければ)■■■■(降伏しろ)■■■■■■(降伏するなら)■■■■■(殺しはしな)……!盾を構えろ!」


 敵を見付けて即座に飛び掛かった先陣の兵士を宥めつつ、マルケルスは降伏勧告を行った。彼が発したカン族の言葉はアスミから教わったものだ。まさか敵から理解可能な言葉が飛んでくるとは思っていなかったらしく、カン族達は驚きを隠せなかった。


 思いもよらぬ降伏勧告に動揺していたのは非戦闘員だけであり、機鎧兵はほとんど反射的に銃口を向けて射撃を開始する。撃つ前に気付いていたマルケルスは防御するように命令したお陰で、最初の射撃によって先頭に立っていた兵士の防御が間に合った。


 盾に刻まれた霊術回路が輝き、強度が上昇して銃弾を弾く。侵略者が襲来する前の帝国軍では精鋭の兵士でも支給されることはなかった強力で高価な盾は、帝国が軍備増強すべく量産させた品である。機鎧兵の持つ銃弾程度では砕けない。盾の隙間から抜けた弾丸によって負傷する者はいたものの、それだけで戦闘不能になる者はいなかった。


「仕方がない!武器を持っていない者は殺すな!それ以外は殲滅する!突撃!」

「「「うおおおおおっ!!!」」」

「「「了解!!!」」」


 敵の被害を抑えるために味方に不要な損害を出す訳にはいかない。降伏勧告を再び行うことなく、マルケルスは攻撃せよと号令した。


 それを待っていたと言わんばかりに突撃したのは、やはり地元出身の兵士だった。彼らは危険な任務に自ら志願するほど、自分達の故郷に我が物顔で居座っている侵略者に対して激しい憎悪を抱いている。非戦闘員を殺さないという命令は守るつもりだったが、それ以外の敵に情けを掛けるつもりはなかった。


 盾を構えながら勇猛果敢に突撃して彼我の距離を縮めると、もう片方の手に持った剣で斬りつける。機鎧兵も負けじと鎧のギミックによって剣や槍などの武器を展開すると、振り下ろされる刃を迎え撃った。


 帝国兵と機鎧兵の戦闘力はほぼ互角であった。帝国軍の最前線にいるのは銃という強力な武器を扱う機鎧兵と戦える腕前の精兵なので、彼らと戦いが成り立つというだけでもカルネラ港にいる機鎧兵の武芸の腕前も優れていると言える。白機兵ほどではないにしろ、優れた兵士を相手にマルケルス達は少しだけ苦戦を強いられた。


「死ねっ!侵略者め!」

「母さんの仇っ!」

「■■■……!」

「■■■!?」

「数はこっちの方が多い!流れもこっちにあるぞ!押せ!押しまくれ!」


 しかし、お互いの数が違い過ぎた。地下道を抜け、マルケルスが直接率いて倉庫街乗り込んだ帝国兵の数は五百名ほど。それに対して遭遇した集団の数は多くても二百名ほどであり、その半分近くは非戦闘員だったのだ。それで勝てる道理はなく、彼らは次々と討ち取られていった。


「■■■!■■■■!」

「■■■■!」

「くっ、増援か!注意しろ!」

「増援なら、我々も同じです」


 そうやって派手に戦っていたからか、倉庫街にいた機鎧兵の部隊が次々とやって来た。マルケルスは敵の増援が到着してしまったことに危機感を抱いたものの、自分のすぐ後ろから聞こえた声に思わず振り返った。


 彼の背後にいたのはデキウスであった。地下道の出口の防衛を命じていた彼がどうしてここにいるのか。その疑問に対する答えはデキウスの口からもたらされた。


「出口の防衛は後続の部隊に任せて来ました。そろそろ援軍が欲しい頃かと思いまして」

「最高のタイミングだ。勇猛なる帝国の兵士達よ、奮い立て!侵略者を追い払うぞ!」

「「「うおおおおおっ!!!」」」


 帝国軍の援軍がほんの少しだけ遅れて来たことで、戦いの趨勢は決したと言って良い。劣勢だった共和国軍にとって、援軍は天の恵みのように思えていた。しかし、そうやって士気が戻り掛けたタイミングで敵の数が倍ほどに増えたのである。


 希望を抱いた分、それを打ち砕かれた時の絶望は大きかった。特に最前線で戦っていた者達の絶望は特に大きかったらしい。援軍が到着した直後から、武器を投げ出して逃走する者が現れた。


「■■!■■■!」

「■■■■!」

「深追いするな!目的を忘れるんじゃないぞ!」


 逃走する機鎧兵の背中を追い掛けようとするカルネラ港出身の兵士を制止する。最前線で戦い続けていた彼らは、誰一人として無傷の者はいない。それどころか最も負傷者と死者が多い集団だ。疲労も溜まっていて全員が肩で息をしている。


 にもかかわらず、彼らの戦意は決して折れていなかった。ギラギラと猛獣のように瞳を殺意で漲らせ、復讐心に駆られるままに追いかけようとしていたのだ。


 しかし、彼らはカレルヴォの魔人のように理性を失ってはいなかった。指揮官であるマルケルスの命令はちゃんと届いていて、不満を堪えて追撃することを中断した。


 共和国軍が敗走した後、マルケルスは素早く部隊を再編してから戦いから逃げ遅れていた非戦闘員を拘束してから適当な建物の中に放り込んだ。デキウスの部隊と共に倉庫街の制圧を開始した。


 倉庫街にある倉庫に突入して、その中に誰もいないのならそれで良し、潜んでいる者がいれば人数に任せて素早く鎮圧する。その際に降伏勧告を行うのは忘れていない。そしてこの降伏勧告に従う者は彼らの想像よりも多かった。


「意外と降伏する者が多いな」

「容赦なくエンゾ大陸の民を殺した割りに、自分の命は惜しいようですね」


 マルケルスの独り言に、デキウスは侮蔑を隠そうともせずに応えた。共和国軍はエンゾ大陸の各地で無慈悲な虐殺を行っている。そのせいか自然と共和国軍の兵士、つまり機鎧兵は他の人種のような感情を持たないと勝手に思われていたのだ。


 実際は降伏した者のほとんどが非戦闘員だったのだが、そのことがデキウスの共和国軍に対する悪感情を和らげる理由にはならない。何故なら、彼はこの侵略戦争に関わった者達全員に等しく罪があると断じているからだ。


 実際に戦場に立っておらずとも、同胞の殺戮を止めず、得られた利益を享受している者を許す訳にはいかない。同じように考えている者は多数派であるし、マルケルス自身も彼らに罪はないとは思っていない。それ故に感情に任せて降伏した者への暴行などに繋がらないのなら咎めるつもりはなかった。


 それに今は議論をしているような場合ではない。倉庫街を制圧している最中であり、ここは安全とは程遠い戦場だ。ついさっきも機鎧兵の集団と鉢合わせて遭遇戦になっている。地元出身者の兵士が奇襲の可能性を示唆していなければ、大きな被害が出ていたかもしれない。


「それよりも、もう一つの部隊も上手くやっているようだな」

「……ええ。負担が半分になっているようです」


 ただ、陰気な話になることを嫌ったマルケルスは話題を変えることにした。自分が感情的になっていたことを自覚しているデキウスもその強引な話題転換をとやかく言うことはなかった。


 もう一つの部隊とは、三つ掘られた地下道の中で最も北側に空けられた出口から侵入した者達のことだ。彼らもまた港の機能を奪取するべく動いており、倉庫街の別の場所から戦闘する音が聞こえていた。


 その音は断続的に聞こえつつ少しずつ近付いているていることから、自分達と同じように共和国軍との小規模な戦闘に勝利しつつ倉庫街を進んでいるのだと推測される。どちらか一方に戦力を集中させられない状況は、お互いの部隊にとって有効に作用しているようだった。


「制圧、完了しました。捕虜となった者達はご命令通りに拘束した後、倉庫内に閉じ込めております」

「よろしい。これでここら一帯は確保した。先に進むぞ」

「はっ!」


 戻って来た倉庫の制圧に向かっていた部隊から報告を聞くと、マルケルスは進軍を再開する。そして順調に倉庫を制圧しながら北上するのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミカの師の言葉、命あっての物種 を思い出しました。 マルケルスがカン族の言語をアスミから習ってたなんて驚きでした。マルケルスの生真面目な性格がわかると共に、二人の親密さが伝わってきました。…
[一言] 戦闘員でもなきゃ死の間際まで抵抗しようなんて思えませんよねえ しかも今回は敵側から自国の言葉での降伏勧告までありますし
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