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 饗庭孝男を読んで明治・大正・昭和初期には、日本にも近代の問題があったという事がよくわかりました。近代の問題は明治政府が、近代国家の枠組みを作る為、普通教育とか国語の統一とか、そういうものの成立が前提にあります。それが為に、国家同士の強烈な争いも生まれたわけですが、この争いは、それぞれが国家それ自体を強烈な一つの形態ゲシュタルトとして捉えた事に一つの成因があるのでしょう。


 政治学者の野田宣雄は、グルーバル経済が近代に生まれた国民国家の枠組みを掘り崩していくと予想していましたが、実際にはどうなるかはわからない。いずれにしろ、立川談志の言うように人には帰属したいという願望があるので、それを国家におくか宗教におくか、今は探っている状態なのでしょう。

 

 明治の青年らは、自我の自由や人生の問題を真剣に考えましたが、その一方で、国家という枠組みを強烈に作り上げる必要というのが日本にあったので、自我の自由と国家の秩序は鋭く矛盾したと思います。大逆事件と、事件に対する反応などはその良い例かと思います。政治と芸術、と言ってもいいですが、現在は対立があるように見えてないと思います。これは後述します。

 

 明治の青年らが、社会の秩序に対する悲劇的な自我を把握しえたのは、西欧から新思想が吹き込まれたという事、また対立しうる秩序があったからであると思います。対立する秩序と、主体の自由は近代においては同時発生的に現れたのではないかと私は考えています。この矛盾に様々な悲劇ないし優れたもの、残虐なもの、偉大なものが生まれた。そういう現象がかつて日本にもあったような気がします。

 

 それと忘れてはならないのは日本近代文学のチャンピオンである漱石・鴎外の二人はその大きな部分を封建社会の倫理性に負っていたという事です。漱石が文学に命を賭ける、と決めるのは武士道的な決断であり、その倫理は過去から引き継いでいる。鴎外が文学を余技にまわし、様々な事に耐えながら国家の秩序に甘んじる。そこにも武士道的な決断がある。漱石・鴎外の倫理的な志向性は日本の歴史性に負っている部分が多い。だから、ただ主体の権利や自由を無責任に主張する文学には大した力は生まれないと見るべきでしょう。

 

 現代においては、実質的に「文学はない」と言って良さそうです。その理由は矛盾に聞こえるでしょうが「文学がある」からです。つまり公的に認められた形での文学なるものはあるとされ(芥川賞や直木賞)、それと同一に溶ける事だけが文学だとされているからです。そしてそこに疑いを持たない人達が「作家」であるからです。つまり、世界と個が一つに溶け合った時、同時に個の存在を描く芸術としての文学も消えたのですが、その残滓、形式としての「文学っぽさ」が残ったのではないかと思います。


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