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大般若孝vs八百長横綱――赦しの物語――  作者: pip-erekiban
第一章 汚された国技
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張り手一閃

 こうして始まった令和〇年名古屋場所。

 東の正横綱(こま)(みね)は、

「狛ヶ峰負けろ」

 というアンチからの怨念交じりのヤジを嘲うかのように、初日から順調に白星を重ねていった。狛ヶ峰同様休場明けの西正横綱江戸錦(えどにしき)は序盤の五日間で早くも黒星が二つ、中日までに横綱大関陣で安泰だった日が一日もない波乱の場所であった。早くも上位陣で勝ちっ放しは狛ヶ峰ただひとりという独走状態。

 出色は中日八日目に組まれた東前頭三枚目連山(れんざん)との一番であった。三役に名を連ねることも多い、いわゆる実力者が相手である。

 この日まで対連山戦は狛ヶ峰が十五勝二敗と圧倒していたが、このところ二場所は狛ヶ峰の休場により対戦が無かった場所を挟んで連山のニ連勝。どうやら実力者が第一人者攻略の糸口を掴みつつあるという中で組まれた取組であった。

 狛ヶ峰はそのことを意識してか、例によって呼吸を合わせようとしない。双方が一回ずつ突っかけて土俵下の審判員からは怒号が飛んだが、それらはすべて連山に向かって浴びせかけられていた。審判も、第一人者として君臨する狛ヶ峰には強い口調で注意を促すということが出来ないのだ。これも長期政権によって腐敗したいびつな土俵上の風景の一端であろう。

 三度目の仕切りでようやく立った両者。戦慄の場面は次の瞬間に訪れた。狛ヶ峰が連山の顎の辺りを狙って左の張り手一閃。

 連山は脳震盪を起こし、半失神状態で膝から崩れ落ちて仰向けになった。倒れた際に連山の右膝があらぬ方向に折れ曲がり、観客席のみならず実況解説席からも悲鳴が上がる痛々しい光景であった。


 突き落としで狛ヶ峰の勝ち。


 自力で立ち上がれぬ連山は呼出二人に両脇から抱えられ、鼻からぼたぼたと出血しながら土俵を降りなければならなかった。連山はこの取組で右膝外側靱帯断裂、同半月板損傷の重傷を負い、この日から休場。

 翻って下手人の方はというと、「どうだ」という言葉が聞こえてきそうな小鼻を広げた興奮の表情もそのままに、懸賞の束を鷲づかみに掴んでガッツポーズよろしくその懸賞を誇示する有様で、悪びれる様子は微塵もない。これでは場所の終わりを待たずに横審あたりから批判の声が上がるのは必定であった。

 取組を終えて支度部屋に帰った狛ヶ峰は、床山が髪を整えている間に記者の取材に応じ、

「連山関が脚を引き摺ってましたが」

 という質問に対して

「大丈夫かな。心配だよね」

 とうそぶいて見せたのだから大したものである。

 この一連の「事件」に、横審はやはり苦言を呈した。

 その内容はといえば、

「狛ヶ峰による格闘技まがいの張り手は見苦しい。協会はかかる取組がまかり通るようなことがないよう、力士に対する教育を徹底すべきである」

 という通り一遍のものであったが、狛ヶ峰を擁護したのはここでも北乃花理事長であった。取材陣からこのことについて質問された北乃花は

「連山は狛ヶ峰の勝ちパターンである左の張り手からのカチ上げを待っていたふしがある。連山が勝った直近二番は、いずれも左の張り手を恐れず前に出て、二の矢のカチ上げを下から跳ね上げて懐に飛び込み、左を深く差して一気に寄る相撲だった。つまり今場所の一番で狛ヶ峰が見せた左の張り手は、これを恐れず前に出て来るだろう連山の裏をかいたもので、こういうのを攻略できなければ連山が本当に狛ヶ峰を攻略したとはいえない。連山が弱かったから壁に跳ね返された、というだけであって、見苦しい云々という意見は見当違いである」

 と、狛ヶ峰本人よりもむしろ堂々反論を加えてみせ、所詮は素人の集まりに過ぎぬ横審連中を白けさせ黙らせたのであった。ただ、そうやって解説する北乃花親方の表情は、「鉄仮面」と呼ばれて記者を泣かせた現役時代にも増して憤然としたものであったことは申し添えておかねばならないだろう。

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