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大般若孝登場

 たこ部屋に毛が生えた程度のワンルーム。五十センチ四方のみすぼらしい卓台を挟み、一人用ベッドを椅子代わりにして腰掛けるのはこの部屋の主、大般若だいはんにゃたかしであった。曾て国政を司る議員にまで登り詰めた男のこれが暮らし向きかと思われるほど荒んだ生活。卓上には食い散らかしたコンビニ弁当に缶チューハイの空き缶が十本ほども。

 卓の向かい側には議員時代の大般若孝を秘書として支えたこともある長崎浩二。卓上の空き缶の半分は、この男が空けたものだ。

 その長崎が午後九時のニュースを見ながら呆れ顔で言った。

「いや、社長こればっかりは無理だって。足許見られて大金ふんだくられるのがオチだよ」

 画面には

「横綱狛ヶ峰、八百長問題で引退へ」

 のテロップが流れ、虚脱状態で会話にならない横綱に代わって代理人が記者との一問一答に応じている様子が映し出されている。

「あのさあ、無理だ無理だってなんもやらなかったら今の大般若興行だってなかったわけ。取り敢えずやってみるのがうちの流儀だろうがよ」

 脳天気ともいえる大般若の発言である。

「そりゃそうだけど……」

 と長崎が口籠もったのは、大般若孝にその自信を裏付ける実績があるからだった。

 曾てはメジャー団体と呼ばれた全国プロレスに所属し、同団体のトップであるジャイガンティス久保にかわいがられた、プロレスラー大般若孝であったが、試合中のアクシデントで再起不能ともいえる重傷を膝に負う。

 復帰を賭けた一戦に敗れ一度はプロレス界を去った大般若孝だったが、プロレスへの夢断ちがたく自ら団体を立ち上げる形で復帰を果たした。

 ただ、このころのプロレス界といえば大般若孝の古巣である全国プロレスとそのライバル団体、真日本プロレスに勢力が二分されており、この両団体ともテレビ放送の枠を持っているという点において業界では圧倒的であった。

 曾てはインターナショナルプロレスという団体が独自色を発揮して第三勢力としての立ち位置を確立していたが、これもテレビ局が撤退したことによってジリ貧に陥り、結局崩壊した歴史があった。

「テレビが付かなければプロレス団体は保たない」

 というのがこの業界でのジンクス、常識であった。


 再起不能を宣告された重傷によってやむを得ず選んだ新団体の立ち上げ。

 しかし大般若孝は、資本金僅か五万円で立ち上げたこの団体で大いに名を売ることになる。

 というのは、テレビ放送がないことを逆手にとり、お茶の間では忌避されがちなデスマッチという試合形式を採用して、ファンの支持をじわじわと広めていったのだ。

 全国プロレスや真日本プロレスの試合なら深夜のテレビ放送を録画してさえおれば、敢えて会場に足を運ばなくとも観戦することが出来る。だが大般若興行はそうはいかなかった。週刊誌やスポーツ紙で知る大般若興行の選手達が、実際に動き、言葉を発し、抗争を展開する様子を見聞きし、会場の熱気を間近に体感するためにはそこへと足を運ばねばならなかった。

 そして大般若孝は、そうやって会場に足を運んできた観客に対して全力のパフォーマンスを見せた。

 過酷なデスマッチで耳目を集めるという単純な話ではない。

 メジャー団体なら若手に周囲をがっちり囲まれて観客との接触も最小限になりがちであるが、そういった団体と違い人数に限りがある点をこれも逆手にとって、選手はほとんど単身で花道を行き来した。観客は選手に触りたい放題だし、選手の側も積極的にファンサービスに応じた。まさに逆転の発想であり、これこそが大般若興行の在り方だった。

 試合後、大般若孝は勝っても負けても情念たっぷりに観客のおもてなしをした。口に含んだペットボトルの水を「聖水」と称して観客席に向かい噴霧し、感情の赴くままのマイクパフォーマンスで観客の喝采を浴びた。

 いつしか大般若孝は

「炎のカリスマ」

 或いは

「涙のカリスマ」

 という二つ名を得るようになった。

 大般若孝は、

「テレビが付かなければプロレス団体は保たない」

 というジンクスを身を以てぶち壊して見せたのである。その自信こそが大般若孝の原動力だった。


 この大般若孝という男と三十年来の付き合いがある長崎浩二は、大般若が横綱狛ヶ峰引退の報に接して

「うちのリングに上がってもらおう!」

 と言い出したことを

「この男なら実行に移しかねない」

 と危惧した。

 八百長発覚という前代未聞の不祥事によって半ば強制的に引退に追い込まれた横綱ではあるが、実のところ生涯戦績のうち八百長での勝利が何割を占めるか、といった踏み込んだ調査はなされていなかった。調査よりも処分が優先されたのだ。

 それだけに

「狛ヶ峰最強説」

 は妙な説得力を持って今現在も生きていたし、厳にそうやって確立している「狛ヶ峰ブランド」を前面に押し立てられて高額なファイトマネーを要求されることを長崎浩二は恐れた。

 相手はいわば手負いの獅子である。下手に辞を低くして試合を請えば、却って不遜な態度に出て他の選手と不要の軋轢を生じかねない点も長崎が狛ヶ峰の参戦を忌避する所以であった。実際、過去の栄光にすがってプロレスに徹しきれず、未成のまま終わった大器が多いのも、この業界の特徴のひとつであった。


「うちのリングに上がってもらおう」

 と言い出した大般若孝は、その時点で既に相当酔いが回っているように長崎には見えた。持って生まれた彼の気質がそのようなセリフを吐かせたのか、単に酔って気が大きくなっているだけなのか、毎度のことながら俄に判別しがたい点が長崎を閉口させた。


 テレビ画面に目をやると、そこには

「優勝回数、年間最多勝記録、六十八連勝等は参考記録として残す方針」

 とのテロップが映し出されている。

「へぇ~。八百長やってたのに記録は残すのか。

 大相撲ってのも案外おおらかだなあ」

 長崎浩二の心配をよそに、呑気な声を上げる大般若孝なのであった。

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