第八話「スライムの核です」
楽しい休日はあっという間に過ぎて行き、憂鬱な学院生活が再び始まった。
なので私はまず、楽しい事を優先する事にした。
向かった先はエピドート教授の研究室だ。ズルタ陛下曰く、孤立している私が唯一交友のある先生である。
丸眼鏡をかけた見るからに研究者肌の教授は、ちょっとサイコパスなところもあるけれど、私にとっては趣味が似ていて話しやすい良い先生だ。
「やあベリル君。レアなアレは手に入りましたか?」
「これこの通り。これで今回のアイテムの件も何卒……」
「ふっふっふ、そちも悪よのぅ」
「何ですのこの会話……」
私と教授のいつも通りやりとりにアズが半眼になった。
実はエピドート教授には、ダンジョンで手に入れたアイテムを渡す代わりに、冒険用のアイテムを融通してもらっているのだ。
回復薬とか攻撃系のアイテムである。
うちは魔法職のいないパーティなので、こういったアイテムの存在は大きい。
普段使うものはシーライト王国で買い揃えているけれど、ちょっと手が出ない金額のものとかはこうして交換して貰っているんだ。
貴族なのにお金を気にするのは変だと思うかもしれないが、自分がやりたい事に使うものは自分で何とかしたいからね。
「いつもありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。いやぁ、まさか学院でダンジョン産のレアなアイテムを手にする機会があるとは思いませんでした」
お礼を言うとエピドート教授は楽しそうに笑ってそう言ってくれた。
普段は遠巻きにヒソヒソ言われている事が多いので、こうして普通に話が出来て、しかも喜んで貰えるのは純粋に嬉しい。
私がこうして学院に通えるのはアズやエピドート教授のおかげである。
そんな事を思いながら今日も幾つかアイテムを頼んで、私たちは教授の研究室を出た。
さて、そろそろ授業の準備をしないとなぁ……なんて考えていたところ、ふと「ベリル」と名前を呼ばれた。
振り返るとそこにはダイヤ王子と、そのお友達一同が廊下をふさぐように並んでいた。
思わず「げ」と口から出そうになったが、何とか押しとどめた自分を褒めてやりたい。
……しかし、何だか機嫌悪そうだな。
剣呑な雰囲気に、何かしたのかと考えながらひとまず挨拶だけはしておく。
ダイヤ王子も挨拶を返してくれたあとで、
「少し、いいかい?」
と尋ねてきた。
「ええ、はい。何か?」
「君は彼女の事を知っているか?」
そう言うとダイヤ王子は斜め後ろに手を向けた。
王子たちで見え辛かったが、そこには一人、可愛らしい風貌の少女がいた。
ふわりとした栗色の髪と青色の目が綺麗な彼女は――確かコーラル王国からの留学生だったかな。
「コーラル王国からの留学生のアルマさんですね?」
「それだけか?」
「趣味嗜好を語れるほどの接点がないのですが」
私がそう言うと、取り巻きの一人であるアンドラが「白々しい!」と目を吊り上げる。
……いや、本当に何の話ですかね。
アズなら知っているだろうかと視線を向けると、彼女も「何の話ですか」といった様子で首を傾げていた。
うーん、これは……。
「貴様がアルマに嫌がらせをしているのは、皆知っている!」
ええ……嫌がらせってなに……。
特に身に覚えがないんだけど、もしかしたらズルタ陛下の手助けなのかな。
しかし何故アルマさんに嫌がらせをしなければならないのか。
謎である。
「嫌がらせなんて無駄な時間の使い方をした覚えが……」
「お嬢様、お嬢様」
思わずそう言いかけた時、アズがそっと脚本を開いて見せてくれた。
そこには「王子の恋人に嫌がらせをしている時」と書かれている。
……あるんだ。さすがですね、王妃様。
恋人かどうかは知らないが、パターンとしては合っているので、私はそこを読むことにした。
「えー……『この私が具体的にどんな嫌がらせをしたのか教えて下さる?』」
「何で急に棒読みになるんだ」
「いや、仕様です。それにしても彼女が出来たんですか、それはめでたい。お祝いにこれをどうぞ」
「何だいこれは」
「スライムの核です」
エピドート教授に渡した余りである。
スライムの核は見た目が綺麗なので、加工してアズとお揃いの装飾品にでもしようかと考えていた所なんだ。
ちなみにスライムの中にはソルトスライムという種類がいて、幸運を呼ぶという逸話がある。
このスライムはソルトスライムではないけれど、そういった逸話からスライムの核をお祝いとして贈る文化が冒険者の間であるんだよ。
なのでダイヤ王子に彼女が出来たのならば、お祝いにちょうど良いだろう。
そう思って差し出したのだが、ダイヤ王子たちに物凄く嫌な顔をされた。
「は!? 気持ち悪い!」
「ええ……これ一つで牛が一頭買えるのに……」
「そんな気持ちの悪い物で!?」
アンドラめ、スライムの核に何て失礼な事を。スライムの核は質の良い回復アイテムの素材になるのに。
たぶん彼らが常備している上級回復薬にも入っていると思うのだけど、知らないのだろうか。ばらしたい。
……ところで。
嫌そうな顔をしている彼らの向こうで、アルマさんだけがスライムの核に熱い視線を向けている気がする。
……もしかしたら、これに興味が!
気のせいでなければ、ひょっとしたらアルマさんとは話が合うかもしれない。
学院初の友達(になれるかもしれない相手)だ。
くっそう、悪役令嬢役が邪魔をしなければ話しかけに行くのに。
「そんなことより、彼女への嫌がらせをやめてもらおうか」
話がずれかけた時、ダイヤ王子がコホンと一つ咳をして言った。
その言葉にアンドラたちもハッとした顔になる。
「そうだ。大方、婚約者候補でありながら、殿下の恋人になれなかったことを妬んでいるのだろう?」
婚約者候補……ああ、そう言えばそういう設定もあったような……。
だけど妬むとか、いやいやいや、それはない。
確かにダイヤ王子は顔は整っていると思うが、顔で言うならば私はライト陛下やジャスパー、アイドのような健康的な顔立ちの方が好きだ。
以前、アズにもそういう話をしたところ「それはシーライト王国顔が好きなのでは?」と言われた。
シーライト王国顔とはこれいかに。
まぁ顔はともかくとして、そもそも王子の人となりについてよく知らないので、好意を抱く抱かない以前の話なのである。
「モテるんですか、殿下」
おっと、口が滑った。
そんな私の失言をフォローするように、アズが一歩前に出る。
「言いがかりはおやめください、殿下。お嬢様はそんな事をするような暇人ではありません」
アズが少し怒ったように言った。
ただ視線がダイヤ王子ではなくアンドラを見ているあたり、どちらに対して怒っているのか分かりやすい。
たぶん『貴様』発言のあたりが、アズには受け入れられなかったのだろう。
一応は、家柄としては私の方が上になるからなぁ。
「侍女の躾もなっていないのか? きゃんきゃん吼えて喧しい」
そんなアズを、アンドラがフンと鼻で笑った。
はっはっは…………何ですと?
さすがにカチンと来て私は目を細めた。
アズは実務も戦闘もこなせる、私にはもったいないくらいの優秀な侍女だ。そして姉妹同前の相手である。
そんなアズを、彼女を良く知りもしない奴に馬鹿にされて黙っている事などできようか。いいや、できない。
私はにこりと笑うと、貴族らしさなどぺいっと明後日の方向に投げ捨てた。
「ほうほう、躾と来ましたか。それはそれは――――そっくりそのままお返しする」
「何?」
「意味が分からないか? それとも聞こえなかったか? ならばもう一度言わせてもらうが、躾が足りないのはそちらではないかね。開いた口から腐臭がするぞ、俗物共。生きたまま屍にでもなったのか?」
思った以上にすらすらと言葉が出てきたが、これでも我慢した方である。
私の変貌にダイヤ王子たちは目を白黒させて固まった。
「お、お嬢様?」
「なるほど、それならば任せるが良い。除霊自体は初めてだが、物理で成功させるから安心しろ。――――表へ出ろ」
そう言って、私は親指でくいっと学院の外を指差した。
それからは早かった。
外にダイヤ王子たちを連れ出すと私は勝負を申し出た。
ダイヤ王子たちが「女性に乱暴は」などと渋っている中、挑発にのってきたアンドラを、拳一つで叩き潰す。
勝てると余裕ぶった態度のその腹に、抉るように一発。奴は白目を剥いて地面に崩れ落ちた。
ダンジョンで鍛えられた私の戦闘能力は、なかなか良い具合に上昇しているようだ。
「このように気に入らなければ正面から叩き潰すのでお門違いですよ。人の傘に隠れてこそこそするような輩と、一緒にしないで下さいな」
決めセリフのようにそう言うと、アズを連れてその場を後する。
ダイヤ王子たちが唖然とした顔をしていたのが印象的だった。
「恋愛沙汰は実に面倒くさい」
「お嬢様、私のために……」
「これでしばらく謹慎になるだろうからダンジョンへ行こう」
「そちらがメインですか?」
アズは小さな声で「ありがとうございます、お嬢様」と笑ってくれた。