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第七話「ワシ スライム キライ」


 攻略途中のダンジョンへ向かいたい。

 そういう時には冒険者たちは『記憶陣』というものを利用する。

 記録陣とは転移魔法の亜種で、設置した場所へと瞬時に移動する事が出来る便利な代物だ。

 場所が固定されている分、転移魔法のあれこれよりも随分お安い。そしてこれは冒険者ギルドが専門で販売しているものである。


 さて、そんな『記憶陣』から、攻略途中のグランドメイズに跳ぶ私たち。

 グランドメイズとはシーライト王国にあるダンジョンの中で、一位二位を争う広さのダンジョンだ。下へ、下へと進むタイプの構造をしており、潜っていくにつれて出てくる敵も強くなる。

 私たちが記憶陣で飛んだのは、そのちょうど中層くらいである。


「ただいまグランドメイズ! そんでさー、ここってあと何層あるんだっけ?」

「十層くらいじゃないかな」

「ほーん。まだまだあるなぁ……」


 ジャスパーが額に手を掲げ、遠くを見るフリをする。

 そんなジャスパーを見ながら、私はグランドメイズの壁に、持って来た封筒をぐにっと埋める。手紙は粘土にでも押し込まれたように、抵抗なく壁に吸い込まれていった。


「いつもソレしてるけど、何か意味でもあんの?」

「うん、文通してる」

「誰と!? え、文通ってこんなだっけ!? っていうかどこに行くのこれ!?」

「私のペンフレンドがグランドメイズの最下層に」


 そう、友達がいないと評判(?)のこの私ですが、ペンフレンドはいるんですよ。

 相手の顔見たことないけど。


「いやほんと誰と文通してんの……」


 ジャスパーが不気味なものでも見る様な眼差しを向けてきた。

 そんな目で見ないで頂きたい。


「たぶん性別は女性かなぁ」

「たぶんって、何で不確定なの」

「いや、前に王城で頼まれて手紙を埋めたのがきっかけで、それから文通に派生したんだよ」

「ライト陛下に?」


 ジャスパーは目を瞬いた。

 そうなのだ、文通のきっかけはライト陛下の頼みだった。「グランドメイズに行くならこれシクヨロ!」とか言われて手紙を渡されたのがきっかけで、ここの最下層に住んでいるラブラさんとの文通がスタートした。

 ちなみに手紙自体はグランドメイズのどの壁に埋めても届くので、グランドメイズを攻略するつもりがなければ入り口付近の壁でも問題が無い。

 そう説明していると、アイドが髭を手で撫でながら「ふむふむ」と頷く。


「なるほど、ダンジョンネットワークと言う奴か」

「何ソレ」

「お前は長生きエルフのくせに知らんのか」

「俺は灯り花の森のダークエルフだもーん。ダンジョン系は山のエルフの管轄ぅー」


 灯り花の森というのはシーライト王国の北方に広がる大森林の事だ。

 火が差し込まないほどに木々がびっしりと生えており、森の中は年中薄暗い。

 太陽の日差しが届かない代わり、森の中には灯り花という熱を持った光を放つ花が生えており、その群生地にジャスパーたちの村があるのだと以前教えてくれた。いつか行ってみたいものである。


「ダンジョンネットワークは、生き物の体の血管みたいなものかな。そこに特殊な紙で手紙を書いて魔力のある場所に埋め込むと、その先で不純物と判断されて外に排出されるの」

「へー? 何か生きてるみたいだな」

「生きているのですわ」

「マジで生きてんの?」

「うん。ダンジョンの途中で死んだ冒険者とか、死んだ魔物とかを食べて生きてる」

「そんな情報知りたくなかった」


 ジャスパーは耳を押さえて青ざめた。

 悲しいかな、これも食物連鎖という奴だ。もちろん私たちだって途中で命を落とせばダンジョンの一部となるわけである。出来ればご遠慮願いたいけれど。

 そんな話をしていると、背後でボトッと何かが落ちる音が聞こえて振り返る。

 音の正体はスライムだ。私たちの数歩後ろで、グランドメイズの壁からスライムが現れ、ボトボト落ちているところだった。


「何かスライムが壁から沸いたんだけど!」

「軟体系のモンスターは不純物扱いで、ダンジョンネットワークで飛ばされる事があるらしいよ」


 一説によるとスライム類はあまり美味しくないから、という話もある。ダンジョンは意外とグルメなのである。

 そんな不純物扱いされたスライムは落ちた所から順にくっつき、合体し、その形を大きくしている。

 そしてあっという間に私たちとさほど変わらない大きさになってた。


「でかいよ!? こわ! 助けてアイド!」

「ワシ スライム キライ」


 ジャスパーに縋られたアイドは無表情で首を横に振った。

 言葉などすでにカタコトである。

 アイドは昔、スライムに捕食されかけた事があるそうで、それ以来スライムが大の苦手なのだそうだ。

 そうそう、スライムって肉食なんだよね。肉、つまり、目の前の私たちは彼らの格好の獲物というわけである。

 ぷるぷると震えながら近づいてくるスライムに、ジャスパーは「ひい!」と青ざめた。


「ちょっと前衛がソッコーで戦線離脱したんだけど!?」


 そんなジャスパーの目の前で、スライムはさらに大きくなった。もはや通路を塞ぐレベルである。

 本では城くらい大きくなったスライムの話が書いてあったけれど、彼ら(?)の成長は無限大なのだなぁ。

 これにはアズも「あらまぁ」と目を丸くした。


「ぎゃー! キングじゃん! キング化したじゃん! やべぇよでけぇよ! 助けてアイド!」

「ワシ キング キライ」


 アイドは相変わらずの無表情のカタコトだ。そしてさり気なく、奴らから距離を取って後衛に下がってらっしゃる。さすが年長者、抜け目がない。


「頼りになるのが全く役に立たない! お願いだから前に! 出て!」


 わめくジャスパーにアズが目を吊り上げて怒る。


「うっさいエルフ! 魔法でもバーンと使っちゃってくださいな!」

「俺が魔法苦手なの知ってるだろォ!?」


 エルフは基本的に魔法が得意な種族だけど、たまにジャスパーのようにあまり得意ではない者もいる。

 素質云々ではなく、単に向いているかいないかの違いだ。

 私の演技がシロガネ大根役者と呼ばれるくらい下手なように、個人差である。

 まぁそれは置いておいて、背後から襲われているというのはポジション的にはよろしくないね。

 目の前にいるジャスパーの首根っこ掴んで後衛に下がらせると、私は剣を抜いた。


「大丈夫だジャスパー、安心して欲しい。まだ前衛はここにいる」

「ベリル様!」

「何と言ってもキングの核はレアアイテム!」


 そう、キングの核はレアアイテムなのだ。

 スライムは体の中央に『核』と呼ばれるものを持っている。それは総じて回復薬や魔法に関するアレコレにとても良い素材になる。

 だがしかし、大事なのはその大きさだ。スライムの核は体の大きさに比例する。

 小さなスライムであったならば砂粒レベルのそれが、キングクラスになればこぶし大くらいになるのだ。

 つまり目の前のキングの核は大きい。ゲット出来れば実にオイシイものなのである。


「ちょっとアズ、お宅のお嬢様がやる気出してんだけど」

「いつもの事ですわ」


 うふふ、と笑うアズも前に出る。

 そして二人揃って武器を手に、キングなスライムに突撃した。


「ちょー! ちょっと! 作戦は! 何!? 何で直ぐに突撃した!?」

「物理で屠る!」

「物理で抉る!」

「ヤダこの主従、驚くほどに脳筋!」


 ジャスパーの悲鳴が木霊する中、私は嬉々としてキングなスライムに武器を振り下ろした。






 それから、十数分後。

 前衛であるアイドが離脱したわりに、キングを倒すのにはそれほど時間はかからなかった。

 レアアイテムがかかっていると、やはり気合いの入り方も違って来るね。

 私は倒したスライムの体の中を探って核を取り出した。

 見よ、この美しく透明な輝きを!


「良かったですね、お嬢様!」


 アズがにっこにっこ笑って喜んでくれる。

 その後ろの方では、ジャスパーとアイドがそれぞれ別の意味で、死にそうな顔になって座り込んでいた。


「女って怖ェ……」


 どうやらトラウマを植え付けてしまった様子。

 ぐったりとした二人に、これ以上進むのは無理と判断して、始まって早々だが今日のグランドメイズ攻略はここで終了となった。

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