後日談 ディア・フォレスト 前編
トルマリン王国で、冒険者関連の仕事が落ち着きだした頃、私の所にアイドから連絡が来た。
届いた手紙を読んでみると、何でも一週間前からジャスパーと連絡が取れない、という事が書かれていた。
おや、と思いながらアズにも手紙を見せると、
「ジャスパーさんがふらっといなくなる事は、たまにありましたけど。一週間丸っと連絡が取れないのは珍しいですね、お嬢様」
という言葉が返って来た。
そうなんだよね。ジャスパーって、たまに数日、いなくなる事があるんだ。冒険の最中に、というはないけどね。
一緒にいると時にたまに「あらヤダ、家から呼び出しだ」なんて言って、数日姿を消す事があった。
家、というのはジャスパーの故郷の灯り花の森にある、ダークエルフの郷らしい。
行った事はないんだけど、たまに話は聞くかな。そんな事を思い出しながら、私はアズの言葉に頷く。
「そうだねぇ。今、あちこちの調整でアイドもジャスパーも忙しいから、連絡がまったく無いって気になるね」
「お嬢様は何か聞いていませんか?」
「うーん、特には。この間会った時も特には……あ」
そこまで考えて、私はその時のジャスパーの様子を思い出した。
最後にジャスパーと会ったのは十日前。その時の事なんだけどね。
仕事でシーライト王国へ行った時に、食事でもどうと言われて、ジャスパーと会っていたんだ。
アズが気を利かせてくれて、アンドラと一緒に少し離れたテーブルについてくれたから、二人きりというわけではないんだけど、そういう食事をしていた。
まぁそれはともかく、その時のジャスパーがいつもより何だかソワソワしていた気がする。
それに、そう言えば、あの時……。
「ねぇアズ。この間、食事した時の事、覚えている?」
「はい、ジャスパーさんがチキンだった時ですね!」
それは食事の内容がチキンソテーだった事なのか、その事以外なのかどちらを指しているのだろうか。
「そこはまぁ置いておいて。その時さ、ジャスパーから装飾品が何かって聞かれたんだ。その時にいつもと様子が少し違ったかなって」
「あらまぁ! ジャスパーさんったら!」
アズが楽しそうな様子で手で口を抑えた。
あ、あう、ちょっと、こういう反応は恥ずかしいな……!
「お嬢様お嬢様! それで、何て答えたんです?」
「剣を振り回すのに問題ないのがいいかなって」
「お嬢様……」
正直に答えると、今度は残念そうな目を向けられた。
何故だろう。だって普段使い出来るかどうかって、大事じゃない?
それにジャスパーだって「なるほど……」って神妙な顔で頷いてくれたんだよ。
……なんて心の中で言い訳をしていると、
「でも、装飾品の話題が最後となると……やっぱりよく分かりませんねぇ」
「そうだねぇ。うーん……。ねぇアズ、数日、予定が空いていたよね」
「はい、大丈夫ですよ。向かわれますか?」
「うん。心配だからね」
アズの言葉に頷くと、私はシーライト王国へ行く事を家族に伝えに行くために部屋を出たのだった。
◇ ◇ ◇
それから一時間後、準備を整えた私とアズはシーライト王国へやって来た。
ライト陛下やアラゴナさんに挨拶をして、冒険者の酒場へ向かう。
見慣れた木造の建物からは、相変わらず真昼間から陽気な声が聞こえて来る。
ああ、やっぱりいいなぁなんて思いながら中へ入ると、アイドの姿を見つけた。
「アイド!」
名前を呼んで手を振ると、アイドは直ぐに気付いてくれた。
降り返してくれるアイドが座るテーブルに向かうと、彼とは反対側にアズと並んで腰を下ろす。
「来てもらって悪いな。忙しかったじゃろう?」
「ううん、ちょうど空いていた時だったから大丈夫。それに空いてなくたって作るよ。アイドとジャスパーの事だもの」
「そうか。すまんな、ありがとう」
アイドの言葉に私とアズは笑って返す。それから直ぐに本題に入った。
「それでジャスパーの方はどう?」
「何か新しい情報はありました?」
そう聞くと、アイドは「うむ」と頷く。
「冒険者仲間にも調べて貰ったんじゃが、どうやら灯り花の森方面へ向かったらしい」
「ジャスパーの故郷だね。いつもの家からの呼び出しって奴かな」
「だと思うが、普段のジャスパーなら周りの連中に「家に帰って来るわ!」などと言いそうなんじゃが……」
アイドの話では、どうやら今回はそれもなかったらしい。
ソワソワした様子のジャスパーを見て、冒険者たちも「どうしたの?」と声をかけたようなんだけど「いや、ちょっと!」とはぐらかされてしまっていたらしい。
ジャスパーにしては珍しいな……。
なんて事を思っていると、アイドはこうも続ける。
「ちなみに、その直前なんだが、どうも装飾品工房から何かを買っていたらしい」
「装飾品」
ここでまた聞き覚えのある話が出て来たな……。
やっぱり、十日前にしたあのやり取りは、今回の件に何か関係があるのだろうか。
そう思って私が神妙な顔になっていると、
「何かあったのか?」
とアイドから聞かれた。
「この間、お嬢様がジャスパーさんと会った時に、装飾品の好みを聞かれたらしいんです」
「ほほう?」
アズの言葉に、アイドが興味深そうな顔になった。
それからアイドは髭を撫でつつ、
「……ふむ、そうなると、やっぱりアレかのう」
なんて呟いた。
「アイド、何か思い当たる事があるの?」
「少しな。ジャスパーの故郷から考えると、一つ気になる事がある」
お、それは新しい情報だ。何だろうと思って聞くと、
「はっきりとは言えんが、まぁ、一種の試練のようなものじゃな」
と教えてくれた。
試練か……ジャスパーの故郷に試練があるなんて初めて聞いた。
どんな試練なんだろう。一週間も連絡が取れなくなるくらい、大変な試練なんだろうか。
「……そうじゃの詳細はワシの口からは言えんが、様子を見に行ってみた方が良さそうじゃの」
「なら、私達も一緒に行くよ」
「む、そうか? ううむ、アズは良いが……ベリルもとなると……」
私が手を挙げると、アイドが腕を組んで考え出した。
え、あれ? 何か私が行ったらまずい事でもあるのだろうか。
アイドが困っているなら、行かない方が良いのかな……でも、ジャスパーが心配だしな……。
どうしたものかと考えていると、しばらくしてアイドは頷いて、
「まぁ、ジャスパーのせいだから良いじゃろう」
なんて言った。何が良いのか分からないけど、とりあえず同行しても構わないようだ。
アイドが何に渋ったのか分からないまま、私達は灯り花の森へと向かうため、酒場を出た。




