第五十二話「それを陛下が仰いますか」
エピドート教授が語るのは、今からずっと昔。彼らの両親が生きていた頃の事だ。
その頃はまだラブラさんとズルタ陛下の仲は良かったらしい。
ズルタ陛下はラブラさんにとって初めての甥にあたるそうで殊更可愛がって、それで良い所をみせようとラブラさんは張り切ったそうだ。
最初の内はズルタ陛下も喜んでいた。伯母上はすごいと懐いてくれていたらしい。
だけど、それがまずかった。ラブラさんはやり過ぎたのだそうだ。
やがてズルタ陛下が成長した頃に、次の王位継承候補についての話題が出始める。
ラブラさんとしては順当にズルタが王位につくだろうと思っていたのだが――その頃、国民からのラブラさん人気がかなり高くなっていた。
そして臣下の中にもラブラさんを王に、という声が出始めていたのだ。
ズルタ陛下は必死に努力をしていたが、常にラブラさんと比べられる日々だったらしい。
そして徐々にズルタ陛下はラブラさんを憎むようになり、諸々が拗れた結果、ラブラさんの存在を消す事しか、王位につく方法はないと考えた。
そうしてラブラさんの隙をついてグランドメイズに転移させ、呪いを使って閉じ込めたのだ。
「…………」
長い話を終えたエピドート教授。
それを聞いた周囲からは言葉が失われていた。皆、何と言ってよいものかと視線を彷徨わせている。
……教授は、決してラブラさんだけを守るような事を言わなかった。
あくまで平等に話をしてくれたように私には感じられた。
「……トルマリン王国の貴族など、普通は隣国のダンジョンには行かない。だから誰も解くはずがないと思ったのだがな、なかなかどうして、上手くいかないものだ」
静けさを破るように、目を伏せていたズルタ陛下がそう言った。その声には先程までの尖ったようなものはなく、酷く苦いものが混ざっている。
自然と集まる視線の中でズルタ陛下は顔を上げ、ラブラさんの方を見た。
「……ああ、そうだ。私が努力したところで、伯母上には敵わない。だから追い出し、二度と戻れぬようにした。私以外に王はいないのだとして、伯母上から王座を奪い取ったのだよ」
「……父上、それしか本当に方法はなかったのですか?」
静かに問いかけるサファイア王子に、ズルタ陛下は口の端を上げて卑屈に笑う。
「優秀な者と常に比較され、落胆される視線を受け続けた事などないお前には分かるまい」
「…………」
暗闇の底を映したかのようなズルタ陛下の目が、サファイア王子に向けられる。
沼の底へ引きずり込まれるかのような、呪いのような言葉。
それを胸の内に溜め込んだままずっと、ズルタ陛下は生きてきたのだろう。
だけど。
「それを陛下が仰いますか」
私はそれに関しては、同情なんてしてやらない。
「何だと?」
「良く言えますね、と言ったんですよ」
ズルタ陛下が感じていたであろう気持ちは、私にも良く分かる。
それは吐き出せないくらい苦しくて、酷く辛くて、もがいてももがいても浮き上がれない程に重いものだ。
私もそれが泣きたくなるくらいしんどい事だって知っている。
だけど今の言葉に関しては、私はズルタ陛下に同情する気持ちは無い。
だって知っているのだ。
「比較され、落胆される視線を受ける辛さが分かっているならば。――――陛下は何故、ダイヤ殿下にそれを強要したのですか?」
私がそう言うとダイヤ王子が息を呑む音が聞こえた。
幼い頃に家族全員で招待されたお茶会での事だ。その時の事を思い出したのはつい最近だけど、あの言葉が記憶違いで無かったならば。
その辛さを理解しているならば、言えるはずがない言葉だ。
そして分かっているからこそ言って良い言葉ではないのだ。
ズルタ陛下が目を見開いて、口を僅かに開けたのが見えた。
自分が何を言ったのか初めて理解したというような顔だ。
王位を継ぐであろうサファイア王子に同じ思いを味あわせたくないが故に、無自覚で発した言葉だったのかもしれない。
ズルタ陛下は驚愕に染まる目でサファイア王子とダイヤ王子を交互に見たあと、顔を落とし、両手を見つめた。
その手は僅かに震えている。
「私は」
そんなつもりは。
続かなかった言葉は、それだったのだろうか。
長い、長い沈黙の後。
ズルタ陛下はようやく顔を上げ、ダイヤ王子を見る。
「ダイヤ……――――すまなかった」
ダイヤ王子は困惑した顔をズルタ陛下に向ける。
それから一度アルマさんの方を見た。気のせいか、アルマさんの表情が少し穏やかになっているような気がする。
ややあってダイヤ王子はズルタ陛下に向き直り、数歩分、近づいた。
「私よりも、言うべき相手がいるはずです」
そしてダイヤ王子ははっきりとそう言った。
視線に促されズルタ陛下はラブラさんとエピドート教授たちを見る。
それから酷く後悔した顔になり。
「―――――本当に、申し訳なかった」
と深々と頭を下げた。
ラブラさんは首を横に振ると、
「……私は戦い馬鹿だからね、政には向いていないんだ、本当に。ズルタの方がずっと王に向いている。お前にちゃんと、そう言うべきだった。――すまなかった、ズルタ」
と同じように頭を下げた。
そしてしばしそうした後で顔を上げ、ラブラさんはエピドート教授の方へ向き直る。
「……これで、どうか矛を収めてくれないか?」
そう声を掛けると、エピドート教授は大きく息を吐いた後、
「はい」
と、小さく笑った。
……ああ、良かった。これで一応、何とかなったのかな。
そう安堵してアズたちと笑い合っていると、
『もー! もー! もー! それで“はいそーですか”って済むわけないじゃないッ!』
と、甲高い少女の怒声が響き渡った。




