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第五十一話「「自由にやっていいんだよ」」


「兄上、姉上!」


 私が二人を呼ぶと、兄上と姉上は揃ってこちらを向いた。

 そして「どうしたの?」と声を揃えて聞いてくる。 


「家にご迷惑をおかけする事になるかもしれません」


 まずはそう言うと、二人は目を瞬いたあと、穏やかな笑顔を浮かべた。 


「いいよ。何かしたい事があるんだろう?」

「はい。ですので父上に、私を勘当してほしいと――――」

「言わないよ?」


 私が全部を言い切るより早く、ラズリ兄上がニコリと笑ってそう遮られてしまった。

 続いてラピス姉上も人差し指を立てて「そうよ」と笑う。


「もしベリルが勘当になんてなったら、お姉ちゃんも一緒について行くもの。我が家にはラズリがいれば安泰だし」

「ちょっと待ってよ、ラピス。どうして僕だけ残る事になっているのさ。それなら僕だってラピスとベリルと一緒に勘当されたい」


 ラズリ兄上が腰に手を当て、むう、と目を細めた。

 いや、勘当されたいって言葉が変ですよ、兄上。

 だけど二人の言葉からは冗談という雰囲気は感じられなかった。兄と姉が本気でそう言っているのだという事は、一緒に暮らしていたから良く分かる。

 ……おかしいな、何か変な方向へ話が逸れ始めた気がする。

 これは軌道修正しなければと、私は慌てて二人の言葉に待ったをかけた。


「いやいやいや、お二人とも、何がどうしてそうなって。というか、そんな事になったら父上と母上が悲しみますし困りますから」

「あら、確かに。よく考えたら、その状況ならお父様とお母様も一緒について来るわよね。自分で自分を勘当するんじゃないかしら」


 自分で自分をどうやって勘当すると言うのか。

 けれどラズリ兄上まで「そうだね」なんて頷いている。

 いよいよややこしくなってきた話に頭の中が大混乱していると、後ろから思わずと言った様子で噴き出す声が聞こえた。

 顔を向けると、そこではアズとジャスパー、アイドの三人が笑いをこらえるように顔を逸らし、肩を震わせている。

 ジャスパーなんて涙まで浮かべているじゃないか。そこで笑っていないで、今こそ助けて頂きたい。

 ほら、さっきまでアルマさんに視線が釘付けだったダイヤ王子だって、さすがに困惑した顔をしているじゃないか。


「兄上、姉上。そうなったら屋敷の使用人の皆が路頭に迷う事になりますよ」

「あら。それならば、皆を連れてシーライト王国へ行くのはどうかしら?」

「えっ」

「ほら、ベリルがいつも楽しそうに出かけていくでしょう? それを見ていて、あちらも楽しそうだなってずっと思っていたの」

「それは良い考えだね、ラピス。あちらではベリルが仲良くやってくれているから、諸々の話もしやすいし」


 これは良い案だと兄上と姉上は良い笑顔で頷き合っている。

 いや、あの、確か兄上と姉上にはこの国に婚約者がいらっしゃいましたよね……?

 特に気にならないんだろうか、それとも一緒に連れて行く気でいるのだろうか。

 何だか一家揃って夜逃げするみたいな話になってきて、どうしたものかと私があたふたしていると、


「だからね、ベリル」


 と、少し真面目な顔になったラズリ兄上に名前を呼ばれた。

 反射的に兄上の顔を見ると、隣に立つラピス姉上も同じく少し真面目な顔になって、揃って口を開いて、


「「自由にやっていいんだよ」」


――――と言ってくれた。


 思うようにやれと。

 二人の言葉に思わず言葉が詰まった。

 頭の中で、以前に両親が言ってくれた「自由で良いのよ」という言葉が蘇って来たからだ。

 もしかしたらあの時の両親の言葉に込められていた本当の意味は、そういう事だったのだろうか。

 卑屈に考えて、捻くれて――――勝手に距離を取っていた私に。


 じわりと胸と目の奥が熱くなるのを感じた。


「――――はい! ついでにもう一度拡声魔法もお願いします!」

「ええ、まかせて!」

「ラピスばっかりずるい」


 私の頼みに笑顔で応えてくれる姉上と、ちょっと拗ねた様子のラズリ兄上。

 有難いと、思う。嬉しいとも思う。

 そして申し訳なさと後悔が混ざって、少し泣きたくなっていると、


「お嬢様」


 とアズに声を掛けられた。

 振り返れば、アズとジャスパー、アイドの三人がニッと笑ってサムズアップしていた。


「何かやる事あるー?」

「うん、この後でね。良い?」

「「「もちろん」」」


 三人は「任せておけ」と頷いてくれる。

 ああ、私は本当に――――恵まれていた。

 今更になって気付いたそれが嬉しくて、笑顔で頷き返すと私はエピドート教授の方へ顔を向ける。

 そのタイミングでラピス姉上の拡声魔法が掛かった。喉がふわりと温かくなる感覚を感じながら、私は一度目を閉じる。


 エピドート教授の望みがラブラさんの真実を取り戻す事ならば、ここでそれを叶える事が出来れば、矛を収めてくれると私は信じている。

 私を利用していたのは確かだけど、それでもあの人たちが本当に、心の底から復讐に駆られて生きていたようには私には思えないのだ。

 だってラブラさんの部下や家族なのだ。元冒険者の集団なのだ。

 私が冒険者に贔屓目があるのは理解しているし、冒険者全員が良い人だってわけじゃない事も理解している。

 だけど、それでも、私は信じたいのだ。冒険者なら仲間みたいなものだ。仲間なら、一緒に戦うなら、信用出来なくたって信じて頼らなければダメだとジャスパーは教えてくれた。


 事件が落ち着いた時には、教授やアルマさんたちは命を落とす事になるかもしれない。

 恐らくエピドート教授たちはそれを覚悟している。

 でなければこんな大事を起こすわけはない。

 だけど、死んでそこで終わるわけじゃない。

 だってここにはトルマリン王国の未来を担う若者が大勢いるのだ。

 もしここで死んだとしても、蒔いた種はいつか継がれて、また芽吹く。大事なのは言葉で相手の記憶に残す事だ。


 私はトルマリン王国の貴族だ。

 本来であればズルタ陛下を守る事が正しい在り方なのだろう。

 けれど私はシーライト王国のライト陛下たちの事も見て来た。ライト陛下はやりたい事をやる方だ。けれど、本当にダメな時は側近のアラゴナさんたちが止め、諌めていた。


 ならこの国では、ズルタ陛下が行った事を、どうして誰も止めなかったのか。

 勇者と呼ばれるようにまでなったラブラさんの功績は決して悪いものではない。そして本人も王位など興味はないと、そのつもりはないとずっと示してきたそうだ。

 それをズルタ陛下はラブラさんを追い出し閉じ込めて、彼女の部下も追放して情報まで操作して消して、本当に無かった事にしたのだ。

 今は誰も知らなくても、少なくともその時は知っている人間が大勢いた。

 そしてその人間が諌めるべきであったのだ。


 ズルタ陛下の代になってから、トルマリン王国はより安定していた。

 王として執務に当たるその姿は真面目で、その腕も評価されている。

 そんな事をしなくても、ちゃんと王で在れたはずなのだ、ズルタ陛下は。


 私のような半端者がそんな事を言ったところで鼻で笑われる事だろう。

 そして私がこれからする事は確実にズルタ陛下の不興を買うだろう。

 だけど――――私のような半端者だからこそ、未来のこの国にいなくなっても構わな(、、、、、、、、、、)()


 家に迷惑が掛かると分かっているから、勘当して欲しいと――ミスリルハンド公爵家の人間ではないとして欲しかった。

 だけど家族は「それは嫌だ」と言ってくれた。一緒について来てくれるとまで言ってくれた。

 ――――言ってくれたのだ。

 ならばその言葉に私は応えなければならない。


 私は目を開くと、大きく息を吸い、


『教授!』 


 そしてわんわんと響く声で、エピドート教授に呼びかけた。


『ラブラさんとズルタ陛下に、一体何があったのですかッ!』


 ラピス姉上の気合の入った拡声魔法は、先ほど以上に大きく響き渡った。

 ビリビリと空気が奮えるのを感じる。

 声に驚いた全員の視線が自分に集まるのが分かった。

 ――――よし、よし。そのままこちらに注目して貰わなければ。


「……ベリル君?」


 エピドート教授が何を言い出すのかと困惑した目で私を見る。

 先ほどからずっと聞いていたけれど、エピドート教授もズルタ陛下も、遠まわしな言い方ばかりしていた。

 お互いがお互いに何かの言葉を引き出そうとしているのは分かる。

 けれどあれ(、、)では、他の人には分からない。

 ちゃんとはっきりとした言葉にしなければ誰にも分からないのだ。


『私が知っているのは、勇者が――――そこに立つラブラさんが、悪事を働いて処分されたという噂だけです! あなたは陛下からの信頼も厚かった! なのに、こんな真似をするくらいだ、きっと何か、そうする理由があるのでしょう!? 何の説明もないままでは納得がいきません!』


 思ったよりもスラスラと出てくる言葉に自分自身で驚いている。

 シロガネ大根役者と評判の残念な演技力を持つ私としては上出来ではないだろうか。

 アズなんて「お嬢様、お上手です……!」なんて手で口を押えて感動に震えているのが横目で見えた。

 ありがとう、アズ。でもちょっと大げさに感動し過ぎだと思うんだ。

 ジャスパーとアイドも「成長したな」なんて優しい眼差しで私を見ないで頂きたい。

 ……くそう、普段の私はどんなにヘタクソな演技をしていたのだろうか。


「……何故、君が」

「……あなたのおかげで私は、学院生活が楽しかったのですよ」


 これは本当だ。教授がいたからこそ、私は学院生活を過ごす事が出来た。

 教授はシーライト王国での冒険の話を、いつも楽しそうに聞いてくれた。

 例え利用された形であっても、それがあったから、悪役令嬢役なんて仕事を引き受けた後でも私は学院に通っていたのだ。

 だから利用するなら最後まで、ちゃんと上手く利用して下さいよ。

 そう暗に言えば、教授は目を見開いた。


「――――――」


 教授は目を見開いた。どうやら伝わったようだ。

 その一瞬、教授の目が学院で良く見た穏やかで優しいそれ(、、)に代わる。

 ありがとう、と口が動いた気がした。

 エピドート教授は一度目を閉じ、自身の首に手を当てた。ふわり、と魔法の動きが見える。


『ズルタ陛下は、かつて――王位継承候補として並んでいたラブラ様を、不当な手段で追い出したのです』


 そして、同じように拡声魔法を使い、話し始めた。

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