第五十話「あなたはそうやってまた、無かった事にするのか……ッ!」
「……出てきてくれたか」
現れたエピドート教授たちを見て、私は少しホッとする。
隣にいるダイヤ王子は「アルマ……」とポツリと呟いていた。
何となくだがアルマさんもダイヤ王子に目を向けた気がする。
「ベリル、其方……」
ズルタ陛下が険しい眼差しを私に向けて来る。
まぁ、想定内だ。なので私はしれっと、
「そのおつもりで来て下さったのでしょう?」
と答えておいた。ここで「さすが陛下!」などと太鼓持ちをしても良かったが、さすがに神経を逆なでするような発言は控えて置く。
陛下からの視線は痛いが、気付かないフリをしているとエピドート教授が口を開いた。
「御足労頂き感謝致します、陛下。そして――――ラブラ様、よくぞご無事で」
普段の柔和な声色はなく、張りつめたそれ。
ラブラさんに呼びかける時だけ少し柔らかくなった。
「ああ。エピドートとアルマだったな、君たちはアンダリュの子だろう? 目元がとても良く似ている」
「――――はい」
「ありがとうございます、ラブラ様」
ラブラさんの言葉にエピドート教授とアルマさんが微笑んだ。
言葉から察すると、教授とアルマさんは兄妹……なのかな?
離れているからはっきりとは言えないけれど、微笑んだ時の表情が似ている気がする。
さて、そんな二人だが。
教授もアルマさんもラブラさんの姿を見て嬉しそうではあるが、その反応は控えめだった。
何でだろうと思っていると、同様の事をジャスパーも思ったようで。
「……何か、あまり驚きっつーか、感動っつーかが少ねーのな」
「そうですわね。もっとこう……サファイア殿下くらいのものを想像していたのですが」
「お前たちは本当にのう……」
ジャスパーの言葉にアズが同意すると、アイドが「やれやれ」とため息を吐いた。
二人の声量はラブラさんたちには聞こえない程度の小声だけど、近くにいる私とアイドには丸聞こえだ。
あまり深刻になり過ぎても、思考がガチガチに固まってしまうので、普段通りの二人の様子は有難くもあるのだけどね。
ちなみにダイヤ王子も声が届く距離にはいるが、アルマさんを見つめたまま動かないので恐らく聞こえてはいないと思う。
そこは良かったなぁと思っていると、
「怪しげな動きがある事は知っておったが、それがまさか其方だったとはな、エピドート。アルマが伯母上の部下の子供かもしれないなどとは、良く言ったものだ」
と、ズルタ陛下がエピドート教授に向かってそう言った。
……ああ、なるほど。ダイヤ王子とアルマさんの関係に、ズルタ陛下があまり好意的ではなかったのはそういう事か。
例え不確かな情報であっても、そういう噂を耳にすればズルタ陛下は当然アルマさんを警戒する。
陛下の目がアルマさんに向いている間は、他の事への注意は薄くなる。その時間を利用して、教授たちは今回の件の準備を進めていたのだろう。つまりアルマさんは『囮』でもあったのだ。
納得していると、エピドート教授はズルタ陛下にこりと微笑んだ。
「私の言葉を信用して下さった事は感謝しておりますよ、陛下。あまりに簡単に信じて下さったものですから、少々心が痛みましたが」
「良く言う。――――其方は一体何が目的だ?」
ズルタ陛下が目を細め、そう問いかける。
するとエピドート教授は大げさに肩をすくめて見せた。
「何が、とはおかしな事を。あなたはご自分が何をなさったのか、お分かりにならないので?」
「何だと?」
「言葉にしなければ分かりませんか? 我が父を母を、そしてラブラ様を。醜い嫉妬心で陥れ、存在すら抹消する。自分本位な理由で事実を捻じ曲げたあなたに我々が何を望んでいるのか、分からないほど愚かではないでしょう?」
教授は淡々と告げる。
言葉遣いは丁寧だが、その内容は非常に刺々しく、冷たい。
周囲の温度まで冷えて行くように感じられた。
ズルタ陛下はエピドート教授をしばし睨んだあと、小さく息を吐き、
「…………なるほど。私に死ねと申すか」
と言った。
その言葉に、エピドート教授は何も答えない。
それを肯定と受け取ったのか、ズルタ陛下は言葉を続ける。
「未来を担う若者たちをここで失うわけにはいかない。彼らのためならば命を差し出すくらいわけはない」
そこまで一気に話した後、ズルタ陛下は「だが」と言葉を区切る。
「だが、私もまだ死ねぬ。やりかけた仕事が山積みなのでな。この国のため、それを片付けるまでは死ぬわけにはいかん。其方らの目的は伯母上であろう? こうなってしまえば、伯母上はもう自由の身だ。これ以上は何をするつもりもない。――――学院を開放せよ。そうすれば、今回の事は罪には問わぬと約束しよう」
そして平然と、心得顔でそう言った。
その瞬間、今まで涼しい顔をしていたエピドート教授の顔が歪む。
「……あなたは!」
怒りに強張った顔で、エピドート教授は唸るように低く声を紡ぐ。
「あなたはそうやってまた、無かった事にするのか……ッ!」
――――ああ、もしかして。
教授の言葉に、今まで感じていた違和感の答えが、胸にストンと落ちてきたように感じた。
ラブラさんをグランドメイズの地下に閉じ込め、彼女の部下を追放した事に対しての怒りは大いにあるだろう。
だが恐らく、エピドート教授たちはズルタ陛下の死を願っているわけではないと思う。
彼らが何に最も憤っているのかは、感情を吐露したエピドート教授の言葉に詰まっている。
きっとそれは全てを“無かった事にされた事”だ。
ならば教授たちの目的は陛下の死ではなく――――ラブラさんの真実を取り戻す事。
だから占拠する場所に学院を選んだ。ラブラさんの真実をズルタ陛下だけではなく、未来のトルマリン王国を担う若者に聞かせるために。
――――それならば、私は。
やるべき事が分かった途端、考えるよりも早く私の体は動いていた。




