第四十九話「――――余計な真似をしないでもらおう、伯母上」
「――――余計な真似をしないでもらおう、伯母上」
ラブラさんの意志を聞いた直後、良く通る声が響いた。
声の方へ顔を向けると、そこにはズルタ陛下とダイヤ王子、それから数名の護衛騎士の姿があった。
急いで来たのだろう、ズルタ陛下とダイヤ王子は肩で息をしている。
だがそんな状態でもズルタ陛下は険しい顔を崩さず、睨むようにラブラさんに目を向けていた。
ダイヤ王子は「伯母上?」と不思議そうな顔でラブラさんとズルタ陛下を見比べている。
「……久しぶりだな、ズルタ」
「ええ。まさかアレが解除されるとは思わなかった。……サファイア、余計な真似をしたな」
ズルタ陛下はジロリとサファイア王子の方を見る。
サファイア王子は不快そうに目を細め。
「余計な真似とはずいぶんですね、父上。私など比べ物にならないほどのそれをラブラ様にしたのは、あなたでしょう」
「ど、どうされたのですか、兄上? 父上も一体何を言って……。そもそも、今は言い争いなどしている場合では」
険悪そうな二人の様子を見兼ね、ダイヤ王子は困惑しながら間に入る。
だが二人から短く「黙っていて」と言われ、困った顔になった。
ダイヤ王子の反応の方が正しいのだけども。
そんな事を思って見ていると、ふと、ダイヤ王子と目が合った。
ダイヤ王子は目を瞬くと、私たちの方へと速足で近づいて来る。
「ベリル、君も来ていたのか。というか、その格好は……」
「少し事情がありまして。しかし殿下、早かったですね。お見事です」
「あ、ああ。ありがとう」
私がそう言うと、ダイヤ王子はホッとしたように小さく笑った。
急いでズルタ陛下を連れてきたのに、途端にこんな状況になっては戸惑うのも無理はない。
ダイヤ王子は少しだけ表情を緩めるとラブラさんを見て「ところで」と小声で話しかけてきた。
「あそこにいる女性は誰だい? 父上も兄上も知っているご様子だったが……」
「ハーフエルフのラブラさんです。ズルタ陛下の伯母君にあたる方ですよ」
「そ、そうか伯母……伯母?」
良く分からなかったらしい。
ダイヤ王子は頭上でひたすらに疑問符を浮かべている。
まぁその辺りは私もしっかりとは知らないから、サファイア王子から直接話を聞いた方が良いと思う
「とりあえず今はそういうものだと思って頂ければ」
「分かった」
ダイヤ王子は素直に頷いた。
……この人も、落ち着いていると普通に話せる人なんだな。
何て発見をしつつ、私はサファイア王子たちの様子を見る。
「学院のこれも伯母上の仕業であろう? まったく、厄介な真似をしてくれたものだ。サファイアまで巻き込むとは本当に……」
「グランドメイズの最下層に閉じ込められていたラブラ様が、そのような真似が出来るはずはありませんよ。まだそれなりにお若いのに耄碌されましたか、父上」
……あちらは全然落ち着かないな。
というか言い合いが普通に親子喧嘩に見えて来たぞ。
誰か止められる人物は、と思って辺りを見回すと、とても笑顔のラズリ兄上が視界に入った。
……あれはかなり苛立っているな。隣のラピス姉上が頬に手を当てて困っている様子だ。
「こりゃ長引きそーね……」
「状況を読んで下さいまし、と言えたら楽ですのにねぇ……」
ジャスパーとアズも呆れた顔になって言う。アイドも「仕方がない」と言わんばかりに肩をすくめた。
うーん、これならもういっそ、あちらに話を進めて貰った方が良いかな。
そう思って私は兄上と姉上に手を振って呼びかける。ぶんぶんと手を振っていると、二人は直ぐに気付いてこちらに来てくれた。
「どうしたんだい、ベリル」
「兄上、姉上。つかぬ事をお伺いしますが、拡声魔法って使えますか?」
「ええ。私が使えるけれど……どうするの?」
「お話し合いがいつまでも終わらないので、あちらに出てきて貰おうかと」
私がそう言うと、兄上と姉上が「ああ……」と遠い目になった。
「ですが、それをしてしまえばズルタ陛下が危険なのでは?」
「だけど放っておくと生徒たちも危険だから。時間が掛かると向こうも苛立つでしょうし」
命を天秤に掛ける事はしたくないけれど、引き伸ばしている間に生徒たちに犠牲者が出る――なんて自体は避けたい。
私がそう訴えると、二人はお互いの顔を見た後「そうだね」と頷いてくれた。
二人に「ありがとうございます」とお礼を言うと、私はダイヤ王子の方を振り返る。
「それでは殿下。これから学院側に呼び掛けますが、出来れば止めないで頂けると」
「いや、止めないよ。あれでは話が進まないからね。よろしく頼む、ベリル」
話を聞いているダイヤ王子に一応断って置こうと思ったが、思いの外あっさりと許可を頂いてしまった。
……今の状況だけだとダイヤ王子が一番優秀に見える。
などと失礼な感想を頂きつつ、私は学院の方へ身体を向けた。
「姉上、お願いします」
「ええ。まかせて」
姉上の言葉が力強い。
少しして、呪文の詠唱が聞こえたかと思うと、喉の辺りに温かさを感じた。
拡声魔法が掛けられた証拠だ。
私は一度手で喉をさすってから、大きく息を吸う。
誰に呼びかけるかは決まっている。
私の声を知っていて、応えてくれそうな人物。
『エピドート教授ッ! ズルタ陛下をお連れしましたッ!』
わんわんと反響して響く声。
近くにいたアズたちは思わず耳を塞いだ程の声量だ。
どうやら姉上は、かなりはりきって魔法をかけてくれたらしい。
「そ、其方、勝手に何を――――」
声に驚き目を白黒させるズルタ陛下。
だが全てを言い切るよりも早く、学院の正面玄関を覆う蔦が開かれる。
そこから姿を現したのはエピドート教授とアルマさんだった。




