第四十七話「月の涙の使い道はこれかぁ……」
大急ぎでトルマリン王国に戻り、学院へ向かう。
そこには幾重もの太い茨で追われ、すっかり様変わりした建物があった。
「…………何コレ」
思わず呟いてしまったが、まさしく『何コレ』という様子だった。
茨の隙間から学院の白い壁は見えるものの、入口や窓はしっかりと塞がれてしまっている。
サファイア王子は学院が占拠されたと仰っていたが、これは想定外だった。
「今日の昼くらいにこうなっていたらしい」
学院を見上げながらサファイア王子が説明してくれる。
昼ならば時間帯的にはまだ学院は終わっていないので、中には生徒たちがいるはずだ。
となると人質は学院の生徒たち全員というわけか。
ただ学院にはアンドラのように武術の心得がある生徒もいる。にも関わらず、こうして占拠されているとなると、犯人はそれ以上の腕を持った複数の相手という事になるだろう。
茨に覆われた様子からしても、魔法の心得がある者も含まれているはずだ。
これは厄介な事になったな……。
「ベリル!」
どうしたものかな、と学院を見上げていると遠くから名前を呼ぶ声が聞こえた。
声の方へ顔を向けると、ラズリ兄上とラピス姉上がこちらへ向かって来るのが見えた。
二人とも学院はすでに卒業しているが、様子を見に来たのだろう。
「兄上、姉上。こちらにいらっしゃって――――うぷ!?」
挨拶しようとしたら、ラピス姉上に飛びつく勢いで抱きしめられた。
「良かった、ベリルは無事だったのね!」
ぎゅうぎゅうと力いっぱい抱きしめられるのは嫌ではないが、如何せん息が苦しい。
私が若干の酸欠で目を白黒させていると、ラズリ兄上が「ラピス、ベリルが死んでしまう」と止めてくれた。
ラピス姉上はハッとした顔で手を緩め。
「ご、ごめんなさいベリル。お姉ちゃん、ほっとして……」
「い、いえ、大丈夫ですよ、姉上。ご心配をおかけしました」
心配してくれたのは分かるので、そこは嬉しい。
なので笑ってそう言うと、姉上は「ごめんね」と申し訳なさそうに眉を下げた。
「お二人はどうしてこちらへ?」
「私が頼んだんだ。君たちとラブラ様を連れて戻る必要があったから、先に学院の様子を調べておいて欲しいとね」
どうやらサファイア王子が兄上と姉上に異変が起きた学院の調査を依頼したらしい。
それにしても、私たちとラブラさんを連れて戻る必要があったとするならば、この犯人はもしかして……。
ラブラさんの方へ視線を向けると、彼女はどこか苦しげな顔で茨に覆われた学院を見上げていた。
「…………本当に、お前たちは」
呟いた声には苦しさや悔しさ、そして愛情のようなものも感じられた。
ラブラさんがグランドメイズの最下層で話してくれた『馴染み深い者たち』が、学院を占拠した犯人なのだろう。
「それで、どうだった?」
「はい。在籍する生徒と教師のほとんどが捕らわれているようです。占拠した犯人は――――元騎士団員が複数」
「え?」
ラズリ兄上の言葉に私は目を瞬く。
元騎士団員……?
どういう事だろうと思っていると、ラブラさんが軽く首を振って、
「……私の部下だ。その親族も入っているかもな」
と教えてくれた。
「ついでに茨の君もいるわなーこれ……」
すると補足するようにジャスパーが言う。
どうやら学院を覆っている茨は、半神である茨の君の魔法によるものらしい。
……待て。そうなると何か嫌な予感がしてきたぞ。
「月の涙の使い道はこれかぁ……」
神樹の森で採取してきた『月の涙』の用途は、回復薬以外だと召喚魔法になるらしい。
あれが何に使われたのか分からないままだったが、半神を召喚できるほどの触媒となると説明がつく。
「お嬢様、そうなると茨の君を召喚したのはエピドート教授という事に?」
「なるだろうね。だけど……そうなると、ただ呼ばれたから協力してるってわけでもなさそうだ」
茨の君はラブラさんの話し相手だった。
ラブラさんに対しては良い感情を抱いていると考えて間違いはない。
恐らく――――茨の君は望んで協力しているのだと思う。
ラブラさんの部下の元騎士団員、そして茨の君。
この二つから考えられる今回の動機は恐らく。
「そうなると、狙いはズルタ陛下かの」
「ご明察。――――学院を占拠後、犯人から拡声魔法で要求があった。“人質を無事な姿で開放して欲しければ、ズルタ陛下を連れてこい”とね」
ラズリ兄上が静かにそう話すと、サファイア王子がこめかみを抑え、眉間にしわを寄せるのが見えた。
「父上が来るかどうか……」
「……恐らく、来ると思いますわ」
サファイア王子の苦い声に、ラピス姉上ははっきりと答える。
「ラピス、どういう事だい?」
「ダイヤ殿下がどんな手を使っても必ず連れてくる、と仰って下さいました」
「ダイヤが?」
その言葉にサファイア王子が驚いた顔になる。
ラピス姉上は学院を見上げ、
「犯人側にダイヤ王子の想い人もいらっしゃるようですし」
と言った。やはりアルマさんも関係者だったようだ。
それならばダイヤ王子は必ずズルタ陛下を連れて来るだろう。
どんな手を使ってもと言うくらいだ、力づくでもズルタ陛下を連れて来るに違いない。
なので「それならズルタ陛下に関しては安心ですね」と言うと、サファイア王子にさらに驚かれた。
「君はダイヤを信じてくれるのか?」
「信じると言うか経験則です。それに……」
言いながら、私は剣の柄に手を当てる。
「一緒に戦うなら、信じて頼らなければダメだと教わりましたから」




