第四話『拝啓、ダンジョン底のラブラ様』
『拝啓、ダンジョン底のラブラ様。
いかがお過ごしでしょうか? 私は先日、学院生活で行われる演劇に出演する事となりました。
演目は悪役令嬢ものなのですが、何と私が悪役令嬢なのです。
大変荷が重く、毎日が大変で――――』
「お嬢様、入ってもよろしいですか?」
書き終えた手紙を確認していると、ドアがノックされアズの声が聞こえてきた。
手紙を折り畳んで封筒に入れると「どうぞ」と答える。それから直ぐにアズが部屋の中へと入って来た。
「そろそろお時間ですわ。準備をしませんと」
「え? ……ああ、本当だ。ありがとう、アズ」
「いえいえ! それでは、失礼しますね」
そう言ってアズはニコリと笑った。
ちなみにお時間、と言っても学院へ行くわけじゃない。今日は休日なのだ。
トルマリン王国の王立学院には週に三日の休日がある。
大体が社交の時間として使われているのが現状だが、休日とは体を休めたり、ストレスを発散するためにあるものだ。なので私は社交ではなく、そちらの方を優先している。
私の休日の過ごし方は専ら『外出』だ。
「ところでアズ。何だか最近かわいそうな目で見られる事が増えてきたんだよ」
アズに着替えを手伝って貰いながら、私は最近感じている悩みを話す。
実は魔法書が心の癒し事件以降「あの人かわいそう……」という意味合いの視線が増えたのだ。
噂の出所は恐らく王子たちだろうが、おかげで輪をかけて人が寄ってこなくなった。
まぁ人が近寄って来ないのは、多少寂しいが、それはそれで気楽でもあるので構わない。
だがしかし、嫌悪感ではなく生温かい視線を投げかけられるのも何とも居心地が悪い。
「でも人が寄ってこないのは、ズルタ陛下的には都合が良いのでしょう?」
「そうなんだけど、友人関係の確立には絶望的である事に気が付いてね?」
「もともとお嬢様は学院に友達がいないじゃありませんか」
いないけども!
確かに学院では私には友達らしい友達はいない。
そもそも貴族同士の付き合いは上辺や利害、建前が渦巻いていて、その中から信頼できる相手を探すというのも一苦労である。
私は――その、自分から友人を作りに行くというのはほとんどないので……。
だって方法が分からない。
私も一応は努力してみようと、姉上に貴族間の友達の作り方を聞いた事があるのだが、流行のドレスの話題とか美容の話をメインにすれば良いのよ、という助言を貰った。
……その、そう言った類の話にあまり興味が持てなくて、ですね。
分かってる、分かっているんだ。そんな甘っちょろい考えでは貴族の友達なんて出来ないって。
だが興味のない事を必死で調べて取り繕っても、それは何か違うのではないか、とも思って。
将来の事を考えると一人は二人、そう言った相手は必要なのだろうとは思うけれど……ただ、そんな思惑で友達を作るのは、相手に失礼なんじゃないだろうか。
まぁ今は悪役令嬢役なんてものが増えたせいで、友達獲得は絶望的にはなったのだけど。
「ま、まぁいいさ、私には冒険仲間がいるからね!」
友達について考えていると、頭の中に何人かの顔がふっと浮かんできた。
貴族の友達はいないが、貴族ではない友達ならいるのだ。
そんな友達に私はこれから会いに行くのである。
ふんふんと鼻歌を歌っていると、アズが苦笑しながら「はい、出来ましたよ!」と離れた。
姿見に映っているのは、動きやすい服装の上に鎧や武器を身に着けた私とアズの姿である。
まさしく冒険に出かけるような、と言うべきか。
いや、ような、ではなく、実際に出かけるところなんだけどね。
「よし、それでは行こうか、アズ」
「はい、お供しますよ、お嬢様」
私が手を差し出すと、アズが握ってくれた。
お互いに笑い合ったあとで、私は呪文を唱え始める。
「我は月と太陽の標を目指す者なり」
私の言葉に反応するように、足下の敷物の表面の一部が、ゆっくりと円状に光を放ち始める。
光はどんどん複雑に、そして美しく広がって行く。これは魔法陣と呼ばれるものだ。使う側が望む「世界の摂理と倫理の根源への扉」の一つを、文字と紋様で構築された鍵となる魔法陣を使い、言葉と魔力を込めて開錠する。言葉で言うとややこしい事この上ないものだ。
簡単には「これ使いますよ」と言って鍵と扉を開ける力があれば「はいどうぞ」という感じである。
以前にそんな事をアズに説明したら「身も蓋もない」と言われた。どうやら私は説明する側には向いていないらしい。
「風の女神ブルローネよ、我が手を羽に、我が足を風に。遥か頭上の空の路を渡り、我を彼方の地まで届けたまえ」
そうこう考えている内に最後まで呪文を唱え終わる。
すると私たちの体は魔法陣の光に導かれるようにフッと消え、時間も距離も越えて移動を始めた。
向かう先はシーライト王国。
トルマリン王国の隣にある、多種多様な種族が集まったとても賑やかな国である。