第四十四話「まぁ何だ、ぶっ壊して欲しいのだよ」
呆気に取られている内に、ラブラさんは再びソファの方へ戻って来た。
そして何事もなかったかのように腰を下ろす。
「な、出られないだろう? 色々試してみたんだがなぁ」
いやぁ困った困ったと、あっけらかんと笑うラブラさん。
何とも軽く話すラブラさんだが、その内容自体は全く笑えるものではない。
一歩でも外に出ようとしたら雷が落ちて来るとは、何とも殺意が高い。
今は指先だけだったけど、これが全身だったらと考えると実に恐ろしい。
……確かに、これは外に出られないだろう。
「その、ラブラさんはいつからここに?」
「ベリルが生まれるよりは前だったかな」
ラブラさんは顎に手を当て、天井を見上げてそう答えてくれた。
私が生まれるより前というと、少なくとも十七年以上はここに閉じ込められているという事になる。
幾らラブラさんがハーフエルフで長命でも、それは――辛い。下手をすれば精神に支障をきたすおそれだってある。
私ならそんなに長い時間、一人で閉じ込められていたら、おかしくなっていただろう。
「まぁ話し相手はいたし、途中からライト陛下やサファイアも来てくれるようになったからね。ここ最近ではベリルが文通相手になってくれていたから、退屈はしなかったのだよ」
軽く手を振ってラブラさんは笑う。
逆に気を遣われてしまって申し訳なくなってくる。
「有難い事に食料も運んで貰えていたし、ほとんど来客が無いという事を除けば、ここは静かだし昼寝もし放題だ。そう言う意味ではまだまだ引きこもっていても良かったんだが……」
「そういうわけにはいかなくなったんですね?」
「ああ」
ラブラさんは頷いてテーブルの上に置いた手紙を持ち上げる。
「……私の馴染みが深い者たちが、どうにも厄介な事を企んでいるらしくてな。さすがに放って引きこもっているわけにはいかなくなった」
手紙を見つめつつラブラさんは神妙な顔になる。
どうやらそれがサファイア王子からの手紙の内容のようだ。
そうなると――やはりここ最近の色々から考えて、エピドート教授たちの件が絡んでいる気がする。
もし違う件であってもラブラさんは命の恩人だ。
その人が頼むというのであれば断る理由はない。
「分かりました、協力します。それで、私は何をすれば?」
「ありがとう。ベリルの頼みたいのは呪いの解除だ」
呪いの解除というと、天井のアレだろうか。
しかし私は魔法関係は不得意なので、呪いの解除なんて芸当が出来るとは思えない。
……のだけど、その辺りの事情も手紙のやり取りで話しているので、ラブラさんは知っている。
ならば魔法を使う云々ではないのだろう。
「解除と言っても、ベリルは魔法は残念じゃったが」
なんて考えていたら、アイドの言葉がストレートについてくる……。
ラブラさんは小さく笑った。
「ああ、知っているよ。アレの解除は魔法ではなく、どちらかと言えば物理的なアレだ。まぁ何だ、ぶっ壊して欲しいのだよ」
「何とも力技ですね!?」
呪いを解除するにはあの天井の結晶を壊せば良いらしい。
しかしまぁ……呪いとはもっと複雑だと思っていたけれど、壊すくらいで何とかなる代物なのか。
「それならラブラさん、自分でも行けるんじゃね?」
「前にやってみたんだが、呪いを受けた張本人が解除しようとすると、追尾性の雷の柵バージョン・ツーが発生する」
アレそういう仕組みなんだ……っていうかラブラさんも試し済みなんだ。
しかも追尾性って、凶悪だなぁ……。
若干顔が引きつるのを感じながら私は天井の結晶を見上げる。
「それならライト陛下やサファイア王子では駄目だったんですか?」
アズが聞くとラブラさんは「ああ」と頷いた。
「サファイアたちと協力して調べた結果、あれはトルマリン王国の貴族の血筋の者にしか解けないという事が分かってな」
「血筋?」
「呪いをかけた奴が術式を組んだ時に、そういう風に定義したのさ。だからライト陛下には解けなかった」
ライト陛下は若い頃にグランドメイズを攻略したと聞いた。
ラブラさんが閉じ込められたのはその後らしいが、グランドメイズの異変を察知して様子を見に来てくれたのだそうだ。
閉じ込められた当初のラブラさんは雷の柵のせいで怪我を負い、また食料もなく、ほぼ瀕死の状態だったらしい。
それを見てライト陛下が大慌てで傷の手当てや食料の手配をしてくれたのだそうだ。
その流れで呪いの事を知った陛下は何度か解除を試みたそうだが、結果は失敗に終わったらしい。
「それならばサファイア王子は……」
「解けないな。呪いは術者の血縁者には解けん。逆に魔力を吸われて強化される」
そう言ってラブラさんは肩をすくめた。
……血筋?
何だか不吉な言葉が聞こえてきたけれど、この呪いを仕掛けた人物がサファイア王子の血縁者だと言うのならば。
「サファイア王子の血筋がって、まさか、ラブラさんをここに閉じ込めたのは王族……?」
浮かんだ可能性を私が恐る恐る言葉にすると、ラブラさんは静かに頷く。
……いや、待て待て。
状況の整理が追いつかない。私がこめかみを抑えて必死で頭を回転させていると、
「――なるほど、そういう事か」
と、アイドが呟いた。
そちらを見ると、アイドが珍しく強張った顔をしている。
どうしたんだろうと私が思っていると、アイドは深く息を吐いて、壁に掛けられた青透明の剣『星の魚』を見上げた。
「闇を払う聖剣とも、光を切り裂く魔剣とも言われる『星の魚』。他人を遠ざけていた偏屈なドワーフの名工が、ただ一人のためだけに打った剣。その持ち主の噂はドワーフの間では有名じゃった」
「アイド?」
アイドは真っ直ぐにラブラさんを見たまま、続ける。
「その者はな、ベリル。トルマリン王国でかつて勇者と呼ばれていた人物じゃ」
「――――勇者?」
驚いてラブラさんを見ると、彼女は肯定するように頷き、笑う。
静かな様子のラブラさんとどこか疲れた様子のアイドを私とアズ、ジャスパーはオロオロしながら忙しなく交互に見る。
「待て、待て待て。マジで!? えっそれならまさか、あんたトルマリン王国の王族!? えええええ、それが何だってこんな場所に……」
「い、いえ、“勇者”の事は全て隠匿されています。つまり、そうする事情があった……?」
混乱しながら私は状況を必死で整理する。
ラブラさんは冒険者だったと言った。それで勇者で、王族で――。
アズの言う通り勇者の事はトルマリン王国ではほぼ全てと言ってよいくらい情報が隠匿されている。
そして勇者は噂では悪事を働いたと言われているが、それ以前はとても立派な人だったらしい。
その勇者がラブラさんだとすれば――正直、私には悪い事をするような人には見えない。
エピドート教授の事を見抜けなかった私の判断は頼りないかもしれないが、サファイア王子やライト陛下とも付き合いがあるくらいだ。
ラブラさんは悪い人ではない。
そんな人を呪いまで使ってここに閉じ込めたのはサファイア王子の血縁者。
つまり王族で――。
――そこまで考えた時、頭の中に一人の顔が浮かんできた。
「……もしかして、ズルタ陛下ですか?」
そう、ズルタ陛下だ。
ズルタ陛下は冒険者を遠ざける節があった。
もしもそのきっかけがラブラさんであるならば、彼女をここに閉じ込めた犯人の可能性が高い。
私の問いにラブラさんは「そうだ」と肯定する。
「そんな、どうして……」
「これには深い事情が――というほど大層なものはないのだがね。……ただ、あいつにとって私が重石だったんだ」
アズの言葉に、僅かに目を伏せてラブラさんはそう言った。




