第四十二話「あー、これ、茨の君だわ」
グランドメイズ二十九層。
数時間後、予想していた以上にグランドメイズの攻略は順調に進み、残すところあと一層という所まで来た。
サファイア王子からの届け物の仕事がある事、サファイア王子をお待たせしている事もあって、普段よりも早めに進んだ事も理由の一つだが――それ以外に二十八層からの構造があまり複雑ではなかったというのもある。
二十二層までのグランドメイズは迷路のような複雑な構造になっていた。
だが二十八層に入った時から複雑性は鳴りを潜め――言うなれば単調な造りとなっていたのだ。
しかも上層や中層では見られなかった小部屋まで存在し始めている。中には石で作った簡素な寝台なども残っており――ダンジョンの中でふっと現れた生活感にほんのりと不気味さも感じてしまった。
……こうなると本当にここは神殿か何かだったのかもしれない。
「うーん、誰もこんな部屋があるなんて話はしてなかったよなぁ」
ジャスパーがぽつりと呟く。
冒険者の酒場で知り合った冒険者には、すでにグランドメイズを攻略済みの人もいた。
その冒険者たちからグランドメイズの情報や途中までの地図を買ったりしていたんだけど――そう言えば誰も下層の詳しい話はしていなかったな。
「まぁ口を噤む理由も分からんでもないが」
「そうなの?」
「ああ。結末が分かっている物語は面白くないじゃろう?」
なるほど、それは確かに。
推理小説などでトリックや結末が分かってしまえば、読み進めた時の感動や楽しさは半減してしまう。
冒険者にとってダンジョンはそういう存在なのだろう。
さて、そんな話をしながら私たちはグランドメイズを進む。
ただ雰囲気が変わったせいか、不思議とモンスターが生息している気配は感じられなかった。
壁にも通路にも爪痕等のモンスターの痕跡は――ちなみに排泄物等はダンジョンネットワークで吸収される――ない。
何とも不思議なダンジョンだ。
そうして歩いていると、やがて下層に続く階段が見えてくる。
最下層――三十層へ続くグランドメイズ最後の階段。
ジャスパーはカンテラを持った手を伸ばし、階段の下を覗き込む。
「何か下の方、明るいな。降りたらカンテラいらねーかも」
「燃料代が節約になってラッキーじゃの」
カンテラの燃料は食料に次いで消費率の多いものだからね。
こちらでは冒険者の酒場で仲介して貰った仕事や、冒険で得たアイテムや素材を買い取って貰った分で賄っているから、節約できるタイミングは大事である。
でもいくら節約が大事と言っても、使うべき場面で渋るような事だけは命に関わるからダメだとアイドに教わったなぁ。
ふっと思い出しながら、階段を降り始めたジャスパーに続く。
一段一段降りるたびに、石の階段を靴が踏む、カツカツとした硬質な音が響く。
心なしか漂う空気も冴え冴えしいものに変化しているように思う。
三十層に何かあるのだろうか――緊張半分、期待半分で階段を降り最下層に辿り着く。
天井から目もあやな光の雪が降り注ぐ、広い空間。
その中央に白い石像が立っていた。
身体を茨で覆われた女神像だ。
「あー、これ、茨の君だわ」
石像の目の前まで来ると、それを見上げたジャスパーがそう言った。
「茨の君?」
「ああ。ドライアードが強い魔力を持った結果、半神化した存在なんだよ。なるほど、こいつを祀っていたのか」
「ドライアードって言うと樹木に宿る精霊だっけ?」
「そうそう。茨の君は寂しがり屋の引きこもりでさ。茨の君の住処に誰か遊びに行くと、帰ってしまうのは嫌だって森に迷いの魔法をかけて……」
そこまで話してジャスパーは「ああ」と苦笑した。
アイドも納得顔で、
「なるほど、やたらとここが複雑なのはそのせいか」
と肩をすくめる。
どうやらグランドメイズが迷宮状態になっているのは、その『茨の君』の寂しがりが原因のようだ。
「まー俺も直接見たわけじゃねーけどな。お袋がそう言った」
「それなら地下に作らない方が良さそうな気がしますけどねぇ」
アズの言葉にアイドが髭を撫でながら、
「もしかしたら、元々この辺りはここが普通の高さだったのかもしれんな。自然災害然り、人工的な開発然り――そうして地下に埋もれてしまった可能性があるのう」
女神像と、そして天井を見上げてそう言った。
何かあったのかもしれないし、なかったかもしれない。
それだけ長い間、ここは地面のずっと下にあった。
……こんな地下で長い時間いるのはきっと寂しいだろうな。
ラブラさんも、もしかしたら――。
「……そう言えば、その茨の君ってここにいるの?」
「どうだろうな。特にそれっぽい魔力は感じねーけど……」
ジャスパーは腕を組み、辺りを見回して首を傾げる。
エルフ族が魔力を感知しないなら、茨の君はここにいないと考えて良いだろう。
寂しがり屋の他に引きこもりらしい茨の君が、外に出るなんて余程の事なんだなぁ。
「まぁとにかく、じゃ。攻略を完了しようではないか?」
おっと、そうだった。
アイドの言葉に私たちは頷くと、揃って女神像に右手を触れる。
すると女神像は淡く光を放ち始める。
『――――グランドメイズの最下層に辿り着きし者よ、名を』
するとどこからか女性の声が聞こえてくる。
声に促されるように、私たちはそれぞれ名を告げる。
すると女神像からはひと際強い光が放たれ、やがて目を開けた時には、私たちの目の前には、グランドメイズ制覇の証である攻略報酬が浮かび、現れた。
星と月をモチーフとした金色のコンパス。
辞典に載っていた名称は『迷わずの道標』だ。
どんな場所でも、どんな魔法が掛かった道でも、決して狂わず方角を指し続けるコンパスである。
『汝らの進む道に、幸運の導きがあらん事を』
どこからか聞こえてきた声はそう言うと沈黙する。
それと同時に女神像の光はすうと消えて行った。
――――攻略完了である。
ほう、と息を吐いて、手の中にあるコンパスに目を落とす。
……終わった。
少し遅れて、ようやくたどり着いたという達成感が湧きあがってくる。
私たちはお互いの顔を見て、にっと笑うと、
「「「「おっつかれー!!!」」」」
空いた手でハイタッチした。
ああ、ダンジョン攻略って、この瞬間がたまらない。
全てのダンジョンがこういう仕組みになっているわけではないけれど、ダンジョンの最奥に到達したこの感動はどれも等しく同じで、他の事では味わえない。
やっぱり私は四人で冒険をするのが好きだ。
何だか楽しくなって笑いながら、辺りをぐるりと見回すと、ふと奥の方に扉のような形のレリーフがあるのが見えた。
……おっと、嬉しくて少し飛んでいたけれど、もう一つ仕事があったんだ。
私はコンパスを鞄に仕舞うと、扉のレリーフの方へ歩いて行く。
「お嬢様、この先にいるんでしたっけ?」
扉のレリーフを見て言うアズに私は頷く。
「らしいね。開け方は確か……」
サファイア王子から聞いた方法を思い出しながら、私は扉のレリーフの中にある、ひと際大きい花に手を触れる。
そこに軽く魔力を流し込むと、扉の形に彫られたレリーフが光始める。
そして細かく振動しながら、真ん中から二つに割れた。
「おお……」
こういう仕組みの扉だとは聞いていたけれど、実際に見ると凄いな。
そう思っていると、開いた空間の向こうから、
「――――やあ、聞いていたよりも早かったな」
と言う女性の声が聞こえてきた。
その直ぐ後で現れたのは耳の尖った長身の女性。
「一応は初めまして、と言った方が良いか。私がラブラだ、こんな遠くまで良くぞ来た。歓迎するよ我が友人、そしてお仲間の方々」
にこりと笑うこの人が、サファイア王子から頼まれた手紙の届け先。
そして私の文通相手であるラブラさんだ。




