第四十話「あなたたち、本当に仲が良いのね」
翌日。
その日はまさに冒険日和というような、清々しい晴天だった。
そんな本日、私とアズ、ジャスパーとアイドの四人は、冒険用の装いを整えて我が家の広間でサファイア王子を待っていた。
私たちはこれからサファイア王子の依頼でグランドメイズに向かうのだが、自分の転移魔法陣はまだ調査中のため戻って来ていない。
なのでサファイア王子の転移魔法陣をお借りして、シーライト王国へ移動する事となったのである。
本来であれば私たちが王子にお会いしに行くべきなのだろうが、王城に向かえば多くの人目につく。
今回は出来るだけ人目につきたくない、という王子の意向もあって、こうして我が家から移動する事になったのだ。
それに「ラブラさんへの届け物」の依頼を受けた際に王子が「移動は任せてね」と仰って下さったので、ご厚意に甘える事にしたのである。
――それにしても、王子からの依頼でもあるけれど久々にシーライト王国へ向かう事が出来るのが楽しみだ。
そんな調子でワクワクしていると、アズに「お嬢様、ソワソワしっぱなしですよ?」と言われてしまった。
まぁ、だって、楽しみだからね。
アズの言葉に「いやぁ」と笑って返していると、広間のドアが開いた。
サファイア王子が到着されたのかと思いそちらを見ると、入って来たのは母上だ。
母上はにこりと微笑むと、私たちの方へと歩いてくる。
「ベリル、もう準備は良いのね?」
「はい、母上」
母上の言葉に頷いて答える。
すると不意に母上の手が私の頬を包み込んだ。そして心配そうな眼差しで、私の顔を覗き込んで来る。
母上の手の温かさが心地良くて、こんな風にしてもらったのは幼い頃以来だなと懐かしい気持ちになる。
……私が距離を取っていたからなぁ。
「ねぇ、ベリル。……病み上がりなのに本当に大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫ですよ、母上。もうすっかり元気です。それに動かないと逆に身体が鈍ってしまいますし」
「もう十分なくらい動いているのではなくて?」
「十分?」
聞き返すと母上は「この間の夜の事ですよ」と口を尖らせた。
この間と言うと、冒険者の酒場へ行った時の事だろう。
あの時は夜間の外出という事もあって、一応は父上に許可を取ったんだ。ジャスパーとアイドがいるから大丈夫だろう、と父上も承諾してくれた。
しかしその後で父上は母上にこってりと叱られたらしい。
母上曰く、
『百歩譲って夜の外出は良いですわ。でもまだ病み上がりですのよ、何かあったらどうします!』
との事だった。
夜の外出自体は目的がきちんとしていて護衛がいれば問題ない、というのが我が家の認識だ。
だがそれよりも、意識が戻って直ぐに外出をした事が駄目だったらしい。
戻ってから私も少し叱られたけれど、母上が真剣に怒ってくれた事を嬉しく感じた。
……うーん、悪役令嬢役なんて仕事を引き受けてから、何だか嬉しい事が増えた気がするなぁ。
「ベリル、聞いているの?」
思わず違う方向に意識が飛んでいたら、母上にはしっかりと見ぬかれてしまっていた。
慌てて「はい、聞いています」と答えると、母上はむう、と少し目を細める。
それから母上は手を下ろすとアズたちの方へ顔を向けた。
「アズ、この子をよろしくお願いしますね」
「はい奥様、お任せ下さい」
「ジャスパー君とアイドさんも、どうかよろしくお願いします」
「もちろんですとも!」
「お任せ下され」
私のことを頼むという母上の言葉に三人は力強く答えている。
……これはちょっと照れくさいな。
何だか顔がじわりと熱くなって来ていると、
「おー照れてる照れてる」
とジャスパーにからかわれた。
「誰のせいだと思ってる」
「はっはっは」
私が軽く睨んでみせるとジャスパーはカラカラと軽快に笑う。
アズとアイドからは微笑ましいと言わんばかりの眼差しを向けられた。
ぐ、ぐう、そんな目で見ないで頂きたい。
「お嬢様が照れるの珍しいですからねぇ」
「そうじゃのう。そう言えばラリマーにからかわれた時もそうじゃったの」
「そーそー。ありだぜ! もっと照れても全然オッケー!」
「何がありなのか!」
サムズアップするジャスパーに思わずツッコミを入れる。
するとやり取りを聞いていた母上がくすくすと噴き出すように笑った。
「あなたたち、本当に仲が良いのね。一緒に冒険を始めてどのくらい経つの?」
「えっと、二年くらい……ですかね」
二人との出会いは王立学院に入学する前だ。
ジャスパーとアイドの二人が組んでいた所に、お邪魔させて貰った形がパーティ結成のきっかけである。
自分で言ったけれど、二人と出会ってまだ二年なんだなぁ……。
もっとずっと長い時間一緒にいる気がする。
「最初は口喧嘩も多かったけどなー」
「えっそうだったっけ?」
「ジャスパーがからかって、アズが怒るのが定番じゃったろう?」
「それは今も大して変わらない気がしますけれど」
……確かに。
思わず大きく頷いているとジャスパーが「えぇー?」と口を尖らせた。
自覚がないのか、あるのか。
アズ曰くジャスパーのこういう所は「チャライですわ!」との事だが、その気楽さに何度も助けられた。
それに口喧嘩と言っても、昔と比べて本気で喧嘩しているわけでもないからね。
そんな思い出話をしていると、母上が「そうなの」と頬に手を当てて呟く。
「……ねぇベリル。シーライト王国から帰って来たら、冒険の事やお仲間の皆さんの事、お話してくれないかしら?」
「え?」
母上の言葉に驚いて聞き返す。
すると母上は少しだけ寂しそうに微笑んで、
「だってベリル、私たちに全然そういうお話をしてくれないでしょう?」
と言った。
……それは。
確かにシーライト王国での冒険の事は家族にほとんど話した事はなかった。
……その、何となく話し辛かったのだ。
母上の言葉に私があたふたしていると、
「えっマジで! それなら何時間、いや、何日分も話せるじゃん! やったなベリル、儲けもんだぜ?」
とジャスパーがそんな事を言い出した。
確かに今までの分を全部話すならば一日では足りないけれども。
……もしかして、家族とたくさん――普通の何気ない、ジャスパーたちとする会話みたいな事が出来ると、喜んでくれているのだろうか。
にこにこ笑うジャスパーの笑顔がジーンと胸に沁み渡って来る。
「……はい。その――――必ず」
やや小声になってしまったが、そう答えると母上はとても嬉しそうに笑ってくれた。
――――それから少しして、サファイア王子が到着し、私たちは母上に見送られながらシーライト王国へと出発した。




