閑話 ジャスパーと公爵 後編
ベリルはトルマリン王国では上手くやれていないと言っていた。
確かにベリルは貴族らしくないし、貴族らしい社交とやらは向いていないのだろう。
だけどベリルは良い奴だ。トルマリン王国の冒険者の連中だって知ってる。
たぶんあいつは貴族社会の中で、自分の良さを発揮する方法が分からないだけなのだ。
それを父親である公爵が分からないはずがない。
「公爵様。悪役やって嫌われるのがベリルのためだってんなら、そりゃどうかと思いますよ」
「どうか、とは?」
「あいつはそんなに上手く生きる事ができる奴じゃないです」
「――――」
俺の言葉が意外だったのか公爵は目を丸くする。
「ベリルって書類仕事とかすげぇ早くて丁寧なんですよ。シーライト王国の冒険者の連中は、冒険者登録更新の申請書類をいっつもギリギリまで出さないんですけど、やれ書き方が分からないとか、ここどうするんだっけーとか騒いでいると、ベリルがひょいと覗き込んで助けてくれるんです。もっと余裕を持ってやれば良いのにって言いながら、徹夜で手伝ってくれるんですよ」
「あの子が……」
公爵が初めて聞いたというような顔をしている。
……ベリルって親父さんとこういう話はしていないんだなぁ。
そんな事を思いながら話を続ける。
「俺も――あいつに助けられました」
灯り花の森を出て、里の仕事のために冒険者になった頃。
俺は嘘ばかり吐いていた。
里から与えられた俺の仕事は情報収集で、集めた情報の中には当時組んでいたパーティの仲間に危険が迫っている――という類のものもあった。
一緒に組んで冒険する仲間の身が危険だなんて知れば、やはり何とかしたくなる。
それで仲間を守るために色々な嘘を吐いた。
だけど幾ら理由はあっても、何度も何度も嘘を吐けば、だんだんと誰からも信用されなくなる。
仲間は守る事が出来たけれど距離が出来て、上手くいかなくなってパーティを抜ける。
そんな事を何度か繰り返している内に、俺には『嘘吐きエルフ』なんて渾名がついていた。
嘘吐きなんて言葉に良いイメージはない。
だからどんなパーティに入っても長続きしなかった。嘘を吐きエルフは信用出来ないってさ。
自分で蒔いた種だけど、この頃は全てがどうでも良くなって結構荒んでいたんだ。アイドとはその頃からの付き合いだけど、昔話をするといつも「お前は変わったのう」と言ってくれる。それくらい今の俺とは違っていた。
それで、その荒んでいた時にベリルと出会った。
俺が酒に酔った冒険者に絡まれていると、間に入って止めてくれたんだ。
そいつが怒って、
『嘘吐きエルフを庇うのか!』
と言ったらベリルが、
『別に今は嘘を吐いていないでしょう』
と真面目な顔で言うんだ。
そうしたら冒険者はさらに怒って、
『嘘ばっかり吐いてるんだよ、そいつは!』
って言うんだけど、ベリルは相変わらずの態度で、
『酒飲んで暴れる方がよっぽど困るよ。ほら周り、ぐちゃぐちゃじゃないか。片付ける片付ける』
なんて言って冒険者を引っ張って、一緒に片付けをして出したんだ。
正直、変な奴だなぁって思って、唖然として見ていたら俺も手伝わされた。
そうして片付けている間「何で嘘吐きエルフなんて呼ばれているの?」と聞かれた。
正直に答えるのも恥ずかしいし、周りから馬鹿にされるのも嫌だったから、はぐらかしていたんだけど――諦めないんだよ、あいつ。
延々と何で何でと聞かれたもんだから、面倒くさくなって話してしまったら「君は良い奴だね」って笑ったんだ。
馬鹿にもせずに、疑いもせずに、そう言ってくれた。
――――森を出て以来、そんな事を言ってくれた相手は初めてだった。
自分がやっていた事を初めて肯定して貰えた気がして――嬉しかったんだ。
それからだ。だんだんと俺を『嘘吐きエルフ』と呼ぶ奴が減って行ったのは。
今ではその時の冒険者とも普通に酒を飲んで話をする仲になっている。
その時の事をベリルに話したら「だって平気で嘘を吐くような目はしていなかったからさ」と言われた。
俺が自分から言わなそうだから、しつこいくらい聞いてみたんだって。
ほんとしつこかったわ、アレ。相手によっては怒鳴られたり、手だって出たかもしれないのに、俺のために聞いてくれた。
ベリルはそういう奴だ。
目を瞑って、聞かない振りをしてやり過ごせば上手く生きる事が出来るのに、面倒くさくて損する方を悩まず選ぶ奴なのだ。
「自分を悪く見がちだよなーとか、卑屈だよなーってところはありますけど、本人が思っているよりもずっとベリルはちゃんとしていますよ。器用な方じゃないけど、無自覚で他人を助けようとする奴です。貴族社会ではそういうのは損するだけだろうけど、でも――それがベリルの良さだろうし、俺はそういうベリルが好きです」
そこまで一気に言って区切ると、俺は公爵の目を見る。
「知ってるでしょ?」
「……ああ。……君はベリルの事を良く見ているのだな」
「良く見てなくたって分かりますよ。ベリルは基本的にお人好しですし」
「そうか」
公爵はほんの少し苦しげに笑い、テーブルの上に組んだ手に目を落とす。
「……陛下は事が終われば、直々に皆に説明して下さると仰った。そうすればベリルを見る周りの目は変わる。あの子は周りが言うような半端者ではないのだと、ベリルという一人の貴族なのだと知らしめることが出来る」
公爵は一度言葉を切ると、少し躊躇うように間を空け――続ける。
「何よりも私はあの子に……自信をつけてやりたかった」
公爵の言葉に込められていたのは、紛れもなく親が子を想う愛情だ。
……ああ、何だ。ちゃんと愛されているじゃないか、ベリル。
その事に少し嬉しくなる。
「本人に言ってやったら喜ぶと思いますよ」
「そう、だろうか」
「冒険仲間の俺が保証します」
俺の保障なんて役に立たないかもしれないけどね。
でもベリルの喜ぶ姿は想像出来る。
だって毒で意識不明になって目が覚めた時に、親父さんたちに抱きしめられたベリルは驚いた顔をした後に、とても嬉しそうな顔で泣いていたから。
「……ベリルは良い仲間を持ったのだな」
「あいつも良い奴ですからね。そいつはお相子ってもんですよ」
「ははは、そうか。……そうか、ありがとう。……また娘の話を聞いても良いだろうか?」
公爵はおずおず、と言った様子で聞いてくる。
直接聞けば良いのになーって思ったけど、そこはやっぱり、父親だからなのかな。
まぁ話すくらいなら全然良いとも。
そう思って俺は胸を叩いて頷いた。
「ええ、もちろんっすよ! 何でも聞いて下さい! 何なら今でも良いですよ?」
「そうかい? それでは……ジャスパー君はベリルを好きだと言ったが、それはどの意味での好きなのかね?」
「ごっふ!?」
公爵の目が光る。
勢いで言ってしまった事を後悔すべきなのか、それとも腹をくくるべきなのか。
すっかり冷めてしまった紅茶に手を伸ばしながら、俺は必死に頭を回転させていた。




