閑話 ジャスパーと公爵 前編
俺はジャスパー。
シーライト王国にある灯り花の森出身のダークエルフだ。
エルフってのは総じて魔法が得意な種族なんだけど、俺は例外で魔法は不得意。
全く使えないわけではないけど、大したものはない。せいぜい土の精霊に頼んで、嫌な奴の足を地面に引っ付けて動けなくしてもらえるくらいだ。
一応、俺は灯り花の森の里長の孫なんだけど、魔法の才能がないから早々に次期里長争いからは外れている。
里長ってものに興味はなかったから別に良いんだけどね。
ただ里長の孫だからって仕事は与えられていて――その仕事の一環で冒険者になった。
そうして色々あって、ベリルたちとパーティを組むようになったってわけだ。
さて、そんな俺だが、今はアイドと一緒にベリルとアズの出身であるトルマリン王国にいる。
毒で倒れたベリルに解毒薬を届けに来たのだ。
最初にアズからベリルの事を聞いた時は血の気が引いた。
グランドメイズの一件の直ぐ後だったから余計にそう感じたのかもしれない。
……ホント、何とかなって良かった。
解毒薬が効いている事は分かったけど、五日も目を覚まさなかったから、後遺症が残っているんじゃないかって心配だったけど、そこは大丈夫みたいだ。
ベリルの無事が確認出来たのでシーライト王国に帰ろうと思ったんだけど、転移魔法陣で連れて来てくれたサファイア王子が忙しいらしく、俺とアイドはそのまま少しの間、ベリルの家でお世話になる事になった。
最初は落ち着かなかったんだけど、屋敷の人たちは優しいし、飯は美味いし、何だか良い香りがするしで、しっかり寛がせて貰っている。
そんなある日の事だった。
麗かな日差しの中でうとうとしていた俺は、ミスリルハンド公爵――つまりベリルの親父さんに呼び出された。
名目上は「一緒にお茶でもどうだい」って事だったんだけど、明らかに朗らかにお茶をしようねって目じゃなかった。
しかも一人きりである。アイドはサファイア王子の付き添いで冒険者の酒場へ行っているし、アズはベリルと一緒に学院に用事があって出かけている。
ナゼコンナコトニ。
テーブルを挟んでミスリルハンド公爵と向かい合いながら、俺の頭上にはひたすらに疑問符が浮かんでいた。
公爵は紅茶を一口飲むと、ニコリと笑う。
「ジャスパー君」
「はい」
「君は、うちの娘とどのような関係なんだ……?」
公爵は顔の前で手を組んでそう言った。
やべぇ笑顔なのにすげぇ怖い。
お前は娘の何なんだ――なんて台詞は娯楽本で見た事がある、ある意味憧れのシチュエーションなわけですが、よもやそれが俺に来るとは!
ある意味少し感動しつつ、
「ぼ、冒険仲間ですよ?」
と当たり障りなく答えた。
片思いしてますよ!
とか正直に答えたくもあったが、公爵からどんな反応が返って来るのか想像して少し怖かった――べ、別にチキンじゃねぇけど!
「冒険仲間か」
「ええ。何でそんな事を?」
「いや、その……仮に。あくまで仮にだがね、ベリルと君が恋仲――なんて事になっているのならば、君をどこぞの貴族と養子縁組でもさせた方が良いのかと考えていてね」
「はい!?」
何を言い出すんだ、この公爵様!?
確かに理想はそれなんですけどね、養子縁組ってどこをどうしたらそこに話が飛ぶの。
「いやいやいや、何がどうしてそうなったんです!?」
「いやその、貴族と結婚するとなると、身分云々でとやかく言われるのが煩わしいだろう?」
まぁ確かにそうなんだけど……。
有難い提案ではあるが、さすがにそれはどうだろうなぁ。
養子縁組と言ったって、俺はダークエルフで長命だ。目の前の公爵の何倍も歳は上である。
人間の年齢で換算すれば別だけど、それでも普通に考えれば俺の方が親……もはや曾爺さんとか曾々爺さんとかそういうレベルだ。
書類上と言っても、何だかなって感じになるに違いない。
貴族と結婚というだけで見れば理にかなっているようには思うけど……何かこの思考の具合がベリルと良く似てるなぁ。さすが親子。
……だけど。
「結婚は置いておいて……ベリルは学院を卒業したらシーライト王国へ行きたいって言ってましたよ?」
俺がそう言うと、公爵は少しだけ目を開いたあと、伏せた。
「……やはりか」
「ベリルとその辺りの事は話していないんですか?」
おかしいな、ライト陛下から話があったってベリルは言っていたから、てっきり親御さんにも話していると思ったんだけど。
俺がそう思っていると、公爵は眉尻を下げて困ったような顔で笑う。
「いや、話はしているよ。ライト陛下からもお話を頂いているとあの子から聞いた。……だが、今のままではまだ無理だろう」
「もしかして例の悪役がどうのって仕事ですか?」
「ああ。あれが片付かない限りは外へは出せないだろう」
公爵の言葉に、俺は僅かに苛立ちを感じた。
ベリルの話では王様は公爵に事前に話をしていたはずだ。
その事が足かせになっているならば、そこで断れば良かったのだ。
たぶんベリルでは断れない。断る事ができたのは公爵だけだ。
例えば王の命令であっても、ベリルのシロガネ大根役者レベルの演技力をしっかり伝えれば諦めただろうに。
「ならどうして断らなかったんですか?」
「……あの子のためだ」
公爵の言葉に俺は目を細める。
いくら国王の頼みだからって、悪役の真似事をさせて、周りから嫌われるのがベリルのため?
幾らなんでも、それはおかしいだろう。




