第三十九話「これはソルトスライムの核……ッ!」
エピドート教授の研究室に到着した私たちを、教授は快く迎え入れてくれた。
しかも紅茶まで出してくれるという好待遇。
良い人だなぁと思うし、私は好きだけれど――色々と集まった情報から浮かんで来た嫌な予感はどうにも拭えない。
……実は今回はアイテムを融通してもらう、という建前で、少し話がしたいなと思って来たんだ。
いつもこうやって来ているのに、ただ話をするだけに行くのは変かなと思ってさ。
一応、ジャスパーのアドバイスを受けて、回復薬にしか使えない素材を厳選して持ってきました。
……願わくば、そんな心配なんてしなくて良いくらい、このまま何も起こらないでくれるといいな。
そんな事を思いながら私は紅茶を一口飲んだ。
「話は聞いていましたが、ベリル君が無事で良かったですよ」
「エピドート教授にもご心配をおかけしました」
「いえいえ。厄介な仕事を依頼したのは僕の方ですから。生息しているモンスターの情報も不足していた事が分かりましたし、色々と本当に申し訳ない」
エピドート教授は「不謹慎ですが、ウォータースピリットの情報も更新する事が出来ました」と言った。
何だかんだで私がくらった毒も役に立てたようで何よりである。
「いえ、私の不注意ですから。……ところで教授、折り入ってご相談が」
「何でしょう?」
「いやその、この間の神樹の森の件で、アイテムを結構使ってしまいまして……」
「ほほう」
私の言葉にエピドート教授が眼鏡をキランと光らせた。
言わんとしている事が伝わったようだ。
私は鞄から先日飛ばされた際にグランドメイズで手に入れた素材の幾つかを取り出してテーブルの上に置く。
その中の真っ白な石粒を見てアンドラがサッと青ざめた。
「これはソルトスライムの核……ッ!」
モンスターの種類まで当てるとは、さすがである。
どれだけスライムが嫌いなんだろうか、この男は。
「まあ……!」
その反対にアルマさんは目を輝かせていた。
やはり気のせいではなく、アルマさんもこういった素材アイテムに興味があるご様子。
アズはそんな正反対の二人の反応を見比べて、小さく笑っていた。
「ほほう、これは良いものですね。……何がご所望で?」
「解毒薬と氷結の小瓶を少々……」
「ふっふっふ……なるほど、なるほど……」
そうやって怪しい笑顔で笑い合う私とエピドート教授。
そしてガッチリと握手を交わす。
それを見たアズとアンドラは「何だこの会話」と揃って呟いていたけれど。
アルマさんは相変わらず素材に釘付けだった。
「アルマさんはこういうの、お好きですか?」
「はい、大好きです! 小さい頃から色々な道具を作るのが好きで……将来はそういう道に進みたいと思っているのです」
ほうほう、それは良い夢だなぁ。
楽しそうに語るアルマさんを見ていると、ふとエピドート教授がとても優しい眼差しを彼女に向けている事に気が付いた。
何だろう、この類の眼差しは最近覚えがある。
確かあれは毒から目が覚めた私に、父上と母上が――――。
「そう言えば」
考えていたその時、アズがエピドート教授に話しかけた声が聞こえて我に返った。
いかん、ボーッとしている場合じゃなかった。今回はエピドート教授と話しにここへ来たのだ。
「アルマ様の解毒薬もそうですが、お嬢様の解毒薬を作って下さったのも教授でしたよね。その節は本当にお世話になりました」
「いえいえ。僕は作っただけですから、お礼は素材を用意してくれた彼らに」
アズが頭を下げるとエピドート教授は両手を軽く振ってそう言った。
「正直、月の涙なんてレアアイテムを使えるなんて思いませんでしたから。感謝したいのは僕の方ですよ」
「確かにあの効き目は素晴らしかったな。解毒薬が出来た一時間後には、アルマはすっかり良くなっていたようだし」
エピドート教授の言葉にアンドラはしみじみと頷いた。
おっと、来たな、この話題。ちょうど良いから少し踏み込んでみよう。
「ええ、本当に。ああ、くそう。可能であれば私も見てみたかった……! アンドラは見たのかい?」
「いいや、見ていないな。治療もエピドート教授に任せきりだったから」
「見ていたならばぜひ感想を聞きたかった、残念……!」
「お嬢様、本当にそういうの好きですよね」
「うん」
話を合わせてくれたアズに私は力強く頷いておく。
なるほど、アンドラも解毒薬自体は見ていないし、恐らく他の誰も立ち入っていないのだろう。
ふんふんと頭の中にメモをしていおく。
話しをしていると、エピドート教授は「いやぁ」と照れたように笑った。
「何だかそう言われると照れますねぇ」
「……ちょっとだけでも残っていません?」
「お嬢様……」
ダメ押しをしてみると、エピドート教授は考える素振りを見せた後「ああ、あった」と何かを思いついたように立ち上がって棚の方へと言った。
そうして棚の一つを開けると、中から黄緑色の液体が入った小瓶を取り出す。
小瓶の中に入っている液体はほんの少しだ。
「これがその時の解毒薬の残りです」
「おお……!」
「君は本当にこう……」
「何だいアンドラ、アイテムは冒険する上で大事なものだよ」
私がそう言うと、アンドラは「やれやれ」と言った様子で肩をすくめた。
アンドラだって似たようなものじゃないか。解せぬ。
まぁそれは置いておいて解毒薬の存在は確認できた。量から考えると使われた事は確かだろう。
……だけど。
「あと、氷結の小瓶と一般的な解毒薬ですよね。少し待っていて下さい」
「よろしくお願いします」
お願いしたアイテムを取りにエピドート教授は研究室の奥へと向かって歩いて行く。
その背中を見ながら、私はテーブルの上に置かれた黄緑色の解毒薬を見た。
アイドとジャスパーから事前に解毒薬の特徴について幾つかレクチャーを受けている。
回復薬や解毒薬は、アイテムの品質や効果が上がれば上がる程に、その色は無色透明に近づいて行く。
月の涙を使ったものならば最上級クラスに位置するものだ。
しかしこの解毒薬の色は黄緑色――これはグラススパイダーの毒用に作られた中級クラスの解毒薬である。
月の涙で作られたものでは、ない。




